第33話タイトル~おかえり~

「――あたしね今、ボコボコにしてやりたい男がいるの!」


 いるの……いるの……いるのぉ……のぉぉ……(エコー)

 女子高生の朝から赤裸々お悩み告白(何かの番組っぽい)が早朝の公園に響いた。


 どうやら俺の耳に間違いが無ければ、彼女――現役JKである美咲ちゃんの最近のお悩みは『ボコボコにしたい男がいる』ということらしい。


(嘘です! 美咲ちゃんが言ったことは全部嘘です! ……嘘だと言ってよミッキー)

 

 彼女の告白に俺は酷くショックを受けた。数値で表すと100メガショックくらい。

 彼女の口から出た反社会的(バイオレンス)な言葉が信じられない。つーか信じたくない。


 だってよ……美咲ちゃんなんだぜ?


 美咲ちゃんは俺みたいな常時首巻着用変人男奴(いつもマフラー巻いてる変な奴)を介抱してくれた上に、フレンドリーに話しかけてくれ、ダイエットにまで付き合ってくれるちょっとした聖人レベルで優しい女の子だ。

 だからきっと何かの間違いなんだ。美咲ちゃんはこんなこと言わない!


 もしかすると唐突に俺が難聴系主人公に進化(たいか)してしまい、別の言葉と聞き間違えてしまったのかもしれない。

 ほら例えばボコボコじゃなくて、ホコホコ……いや、ホカホカとか。え、なにホカホカって? すっげー気になる。生JKの生ナニでホカホカにされちゃうの?

 気になる……が、今は真相の追究だ。


「美咲ちゃん。ワンモアプリーズ。ちょっと聞き取れなくて。何をしてやりたいって?」


「えぇー。もぅ……恥ずかしいから、1回だけだよ? んんっ。――あたし、今ボコボコにしたいヤツがいるの! ……おしまいっ」


 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 俺みたいな奴にも優しい天使のようなJKが、実は暴力とか大好きな悪魔系JKだった……その事実は俺の心を絶望に染めていく。

 このまま絶望の底に堕ちて超大学生級の絶望になって、将来有望な子供達を罠だらけの屋敷に閉じ込めてそれをすぐ近くで眺めることが趣味なジグソウ系男子にフォームチェンジしそうになったが、心に残ったわずかな希望に縋り何とか踏みとどまった。

 そう――希望だ。希望はまだある。


「先輩以外の人で、このこと話したの……辰巳だけだからね! ほんっとうに、内緒にしてよ」


 えへへとはにかむ美咲ちゃんの目は、どこまでも澄んでいた。未踏地域の森に存在する穢れない泉のように透明感のある瞳。

 それが俺の心に残った希望だ。

 希望……そうだ。希望を捨てちゃいけない。希望は何があっても前に進むんだ。


 彼女の目――こんなに澄んだ眼をしてる少女が、人をボコボコにして悦に浸るような変態趣味を持っているわけがない。


 だから……そう例えばだ。


 そう例えばこの『ボコボコにする』って言葉。一見どう考えても暴力行為としか思えないこの言葉が、別の意味だったらどうだ?


 JKってのは昔から、言葉を縮めたり、組み合わせたり、付け足したりして新しい言葉を産み出す存在だ。


『チョベリバ』『それな』『イチキタ』『ヤグる』『メンディー』『ザギンでシースー』『がんばれ♪ がんばれ♪』『がんばるぞい!』『このおにぎりの具がシャケだからチクショウ!』


 これらは全てJKが生み出した新言語だ。多分。ちょっと違うのも交じってるかもしれないけど、気にしない。

 そんな言葉の錬金術士であるJKが使う『ボコボコにする』。これにはきと別の意味があるに違いない。そう、例えば普通に使うと恥ずかしい言葉の隠語だったり。


 ボコボコにする……ボコボコ……ボコボコ……恥ずかしい言葉……。

 考えろ……考えるんだ……親指かむかむ知慧もりもり……。


「――は!?」


 その時、俺の脳内に雷撃の如き閃きが走った。


『デートに誘う』


 これだ。この言葉に違いない。

 何も思いつきのままに浮かんだ言葉じゃない。ちゃんと論理的(ロジカル)な思考(シンキング)から基づいて思い至った言葉だ。

 

 デートに誘う⇒お茶に誘う⇒お茶⇒お茶は沸騰させるとボコボコ音がする⇒ボコボコにする。


 俺のマジカルバナナ的思考法によって、この式が導き出された。

 だったらどうなる? どうなっちゃうの? 教えて、アルプスのモミの木!


『あたし――デートに誘いたい男の人がいるの!』

 

 はい来ました。

 ほら、デートって言葉を使うのが恥ずかしい照れ屋さんな恋する乙女ちゃんの出来上がり! 『ボコボコにしたい』って言葉がこんな恋の魔法の言葉になるなんて。

 よかった……暴力大好きなバイオレンスJK(ジャック)はいなかったんだ……。

 目の前にいるのは1人の恋する乙女。


「もうそいつが通ってる大学の学科とか、靴箱は探し当ててるんだ。だからそいつの靴箱に手紙を入れて呼び出そうと思ってるんだ」


 フンス!と殺る気|(デートを)満々な表情の美咲ちゃん。

 ふふふ……もうそこまで相手を調べ上げているなんて……いい感じにTOKIMEKIがエスカレートしてるね。

 

「そうかそうか」


 俺は優しい気持ちになっていた。恋する乙女を見守る父親のような気持ち。

 ただ、知り合ったばっかりの生JKに恋焦がれる相手がいたことには、多少のショックを受けたが……まだ、終わりじゃない。

 え? この状況から入れるルートがあるんですか? あるんだなこれが。


 例えば『恋の相談をしてたら、いつの間にか好きになっちゃってた』ルートだ。

 この先、美咲ちゃんが俺に恋の相談をするとする。何やかんやで本命との本番前の練習ということで、俺が恋人役としてデートをしたり。

 練習としてのカラオケ、練習としてのペアルック、練習としての手繋ぎ、練習としての腕組み、練習としてのお姫様だっこ、練習としてのあすなろ抱き(知らない人はママかパパに聞いてね)

 そして練習としての――キス。

 だが俺は体を寄せてくる彼女を止める。「それだけは本番にとっておきな」と。そんな俺に美咲ちゃんは微笑みながら「ううん。これが本番だよ。もうずっと前から……本番になってたんだ」そして重なる唇。

 後はまあ流れでいくとこまで行っちゃって、若さに任せた2人はお城のような建物に入って花瓶の花がポトリと落ちて、俺が淫行条例で豚箱にインってわけよ。

 ……あれ!? このルートバッドエンドなの!?

 い、いやまだ抜け道はあるはず! 例えば遠藤寺に何とかしてもらって戸籍を改善して美咲ちゃんと同じ歳になるとか、怪しい黒服の後をつけて変な薬を飲まされ体は子供頭脳はその辺の大学生になるとか、過去に戻ることができる電話オーブンを発明してラブホテルに入る前に止めるとか……選択肢はいくらでもある。

 新しい道はいつだって自分で切り開くもの!


「美咲ちゃん。呼び出してからの言葉(こくはく)とか考えてるの?」


 それはそれとして、今は目の前で恋の行方を見守ることにしよう。

 俺の質問に、三咲ちゃんは満面の笑みを浮かべた。


「言葉? うん! もちろんだよ! ――この変態破廉恥男! あたしの奥義で死ぬまで死ね! 2度とお姉ちゃんに近づけないように煉獄の焔に抱かれて消えろっ。……って感じで襲い掛かろうかなーって」


「告白が物騒すぎる!」


 あれ? 恋する乙女の告白はどこいったの? それとも最近の流行りってこんなの? 戦って勝った方が相手を自分の物にするとか? いつからラブコメ界はそんな世紀末になったの?


「な、なあ美咲ちゃん。その一応確認なんだけど……ボコボコにするってさ。相手をデートに誘うとかの隠語じゃ……」


「へ? デート? 隠語? よく分かんないけど違うよ? ボコボコは、相手をメッタメタのギッタンギッタンにのして、可能な限り病院送りにすることだけど」


 はい、恋の魔法おーしまい、うふふ。

 ボコボコはボコボコだったよ。暴力以外の何物でもなかったよ。バイオレンスだったよ。そして想像以上にオーバーキルだったよ。

 まあ知ってたんだけどね。さっきまでのは唯の現実逃避。三咲ちゃんが暴力系ヒロインだって信じたくなかった俺の願望。はいこっからが現実。


「もっと具体的に言うと、えっと、殴ったり蹴ったり、踏んだり叩いたり極めたり……」


「もう……いい……」


 あと縛ったり吊るしたり焦らしたり、刺したり嬲ったり晒したりするんでしょ? んでそれがボクの愛なのとか言っちゃうんでしょ? 知ってるよ。俺は詳しいんだ。


 つーか何? 美咲ちゃん平然とした顔でこんなこと言ってるけど、最近のJKって他人をボコボコにして悦に浸ったりするのが趣味なの?

 ボコボコにした相手を背景に自画撮りして『あー、顔に返り血付いちゃった☆ こんなん絶対ブスに写ってるわー』とか呟いたりしちゃうの?

 んでフォロワーが『ほんとブスだわ。よくそんなブサイク面ネットに晒せるな』とか返信したら、そいつをボコボコに参上してそれをまたアップロードして以下繰り返しに無限ループの突入しちゃうの? ゼロから始まる修羅道生活なの?


 いやいや俺が高校生の頃、同級生の女子は……と思い出そうとしたが、どうも同級生の女子と趣味の話どころか日常会話すらした記憶がないので、何だか泣きそうになった。

 悲しみに暮れる俺をよそに、美咲ちゃんは続けた。

 

「ボコボコにする場所も考えてるんだー。学校の帰り道に空き地があってね、結構人どおりも少ないから目撃者もいないし! それに部活の練習でよくその空き地使ってるからね! 罵声とか泣き声とか何かが折れる音がちょっとくらい聞こえてもご近所さんから『またいつもの連中か。ふふ、元気でいいねぇ』って感じで!」


 笑顔を浮かべながら『プロジェクトB(ボコボコ)』の計画概要を説明する美咲ちゃん。

 その表情からは正常な人間が他人に害を加える際に持ちうる感情――悪意や敵意、殺意、罪悪感……そういったものは全く感じなかった。何一つも。

 どうやら美咲ちゃんは全く感情を伴わず相手に暴力を振るえるサイコパスである可能性が高い。もしくは普通の日常生活を送っていたら学べる『暴力ダメ、絶対。暴力を振るって良い相手は悪魔共と異教徒共だけ』っていう当たり前の常識が奇跡的に抜け落ちているのかもしれない。

 できたら後者であって欲しい。まだそっちの方がまともな道に戻りやすい。

 ただ普通そういった常識って、日常生活の中で当たり前に学ぶものだと思うけど……まあ、最近は家庭環境とか個人の個性がかなり多様化してるから、そういった常識が抜け落ちるような稀な環境にあったのかもしれないね。

 前者(サイコパス)にしろ、後者(常識欠落)にしろ、ちょっとお近づきにはなりたくないタイプだ。 


「あとね、あとね! 先輩から助言されたんだけど、ボコボコにした後はその姿を写真に撮っておけって。よく分かんないけど、あとあと脅しに使うからって。だから忘れないようにカメラ持って……って、アレ? 辰巳、どうかした?」


「えっ。な、何が?」


「だって、まだ走ってもないのに汗いっぱいかいてるし。もうしょうがないなー、拭いてあげる」


「――!?」


 タオルを持ちながら近づいてくる美咲ちゃんに対し、とっさに距離(バックステップ)をとってしまった。

 先ほどからの発言の数々によって、俺の中で美咲ちゃんはすっかり危険人物になってしまっていたのだ。 

 彼女の射程距離に入るのを、本能的に拒絶してしまう。

 先ほど目撃した演武から、ある程度彼女の射程距離は把握している。いや、待てよ。美咲ちゃんがタオルを使った技、布術を修めている可能性もある。

 もう少し距離を置こう。

 

「え……な、何でまた離れちゃうの? ど、どうしたの? 辰巳、さっきから様子が変だよ?」


「え、何でもないですけど?」


「何で急に敬語!? え、ええっ、あ、あたし何かした? ま、また何か変なことしてた!?」


 タオルを持ったまま、あたふたする美咲ちゃん。

 したっていうか、聞かれてたら軽く通報されるレベルの発言を垂れ流していたわけだが。


「ね、ねえ! あたし謝るから! 変なことしてたら謝るから! ……だ、だから教えて? 辰巳にそんな顔で見られたくないよ……」


 美咲ちゃんが悲しげな表情を浮かべながら言った。

 どうやら彼女に対する警戒心が表情に出てしまっていたらしい。

 どうも俺は『暴力』というものに対して、必要以上に警戒心を抱いているらしい。それも常人以上に。多分、過去にあった出来事が原因だと思う。

 その辺を語り始めると、クソ長くてつまらない回想を挟むことになってしまうのでノー。

 

 さて、できるなら、このまま美咲ちゃんとは距離を置きたい。

 俺自身の穏やかな生活の為にも、少しでも暴力というものから離れたい。


「……美咲ちゃん」


 だが一方で。この少女に。

 異性と話すのに慣れていなくて、常識から外れた発言もする、だけど俺みたいなやつに優しくしてくれたこの少女。


「うぅ……ねぇってばぁ……」


 捨てられた子犬のように瞳を潤ませる彼女を見ていたら、何かをしてあげたいと思った。

 優しくしてくれた彼女に、優しくしてあげたい。


 1人暮らしを始めてエリザや大家さん、遠藤寺達ににずっと優しくされている俺は優しくされることの幸せを知っている。

 優しくされるのは嬉しい。

 心の中が温かくなって、くすぐったくて、何かよく分からないけど心地のいいもので満ちていく。

 そんな心地のいいものが溢れるくらい、最近は周りからの優しさを感じるので、たまに。たまに、溢れてしまったそれを他に人にも分けてあげたいと思う。

 つまり何が言いたいかというと、今の俺には他人に優しくする余裕があった。珍しく。おせっかいを焼きたいと思えるくらいにはあったのだ。


 だから俺は優しくしてくれた彼女に恩返しをすることにした。

 俺ごときに何ができるか分からないけど、何かをしようと思った。

 最悪彼女の機嫌を損ねて、暴力の矛先が俺に向かう可能性もあるが、死にはしないだろう。

 よくニュースで実名報道されない未成年が『死ぬとは思わなかった』って供述してるけど……うん、大丈夫。大丈夫ですよね?

 

 だけどどうすればいい? 先ほどからの発言を省みるに、美咲ちゃんにとって相手をボコボコにするって行為は全く忌避するものではないらしい。

 このままだと将来的に、何らかの傷害事件でしょっぴかれてしまうだろう。


 ここはアレか? 1度痛い目を見てもらうか? 他人の痛みを自分で味わってもらうことで、暴力の無意味さを感じてもらうか?

 でも俺が「暴力は! いけない!」って叫びながらビダン空手で殴りかかったところで、ジャストガードからの10割コンボで病院に新しい患者としてぶち込まれる――いわゆるBYOU-INにNEW-IN!待ったなしだな……。

 

(……そうじゃない)


 暴力を止めさせるのに暴力を用いてどうするよ。

 目には目を、ハニワがワオ! じゃなくて歯には歯を……が通じるのは相手を罰するときだけだ。ハンブラビ法典にもそう書いてある。


 俺たち人間には言葉がある。

 言葉があるから俺たちは今日まで分かり合ってきたんだ。

 ここは言葉による説得によって、何とか彼女を悪の道から救い出そう。


 だがバカ正直に『暴力はダメデース!(ペガサスっぽく)』なんて言ったところで、彼女の凝り固まった常識は解せないだろう。

 どうにかして彼女の悪癖をモミモミして、解さなければ……!

 

『歩きスマホはダメだよ』


 ふと、以前美咲ちゃんからかけられた言葉を思い出した。一番最初に彼女と出会ったときの言葉だ。

 歩きスマホをしていた初対面の俺に、彼女は注意をした。見ず知らずの他人に注意をする、それは簡単なようでかなり難しい。

 美咲ちゃんにはそれができる正義感とそれを順守する一般的なモラルがある。まあ、モラルがある人は相手をボコボコにしようなんて思わないけど……そこは置いといて。

 そこにヒントがある。


「なにか言ってよ……うぅ」


 目の端にうっすら涙を浮かべる美咲ちゃんに近づく。

 そして精一杯の勇気を込めて彼女の肩に手を置いた。

 一瞬「なに触ってんだテメェ!」的な感じでボコボコにされる可能性も過ぎったが、どうやら大丈夫だったようだ。


「美咲ちゃん」


「な、なに?」


「今からちょっとマジな話をします」


「う、うん。……あ、あの、でも……ちょっと近いかなぁって。ちょ、ちょっとドキドキする……かも」


「奇遇だな。俺も(美咲ちゃんの射程距離に入って)ドキドキしてる」


 確かに俺と美咲ちゃんの距離は近い。あと一歩俺が踏み出せば、体がくっついてしまう、それくらいの距離だ。

 だがこうでもしないとマジな言葉は伝わらない。言葉の本気度は相手との距離に比例するらしいし(適当)

 あと


(これくらい近づけば威力のある攻撃は無理だな! 美咲ちゃん!)


 そういった計算もあった。○ムロレイが言ってたんだから間違いない。

 クワ○ロさんは同じことしてファンネルにボコボコにされてたけど、相手が美咲ちゃんなら大丈夫だろう。ファンネル式格闘術とか覚えてないだろうし。


「美咲ちゃんさ、何か男を呼び出してボコボコにするって言ってたじゃん」


「う、うん。言ったけど……」


「……ボコボコにするとか、されるとかさ。あんまり、ほら。一般的に言って、推奨される行為じゃないでしょ?」


「え? 何で? 学校の道場にしょっちゅう道場破りが来るけど、いっつも先輩達、ボコボコにして放り出してるよ? 殆ど毎日。だから別に……普通でしょ?」


 見つけたぞ――彼女の歪みを!

 どうやら彼女の歪みの元は、その部活にあったらしい。

 なるほど、毎日毎日誰かをボコり、ボコられる行為を眺め続けていれば、常識が麻痺するのかもしれない。

 某犯罪ゲームをぶっ通しでやり続けたプレイヤーが、外に出て殆ど無意識に「移動だるいなー。あの車盗んで行くかー」みたいな思考になって、ハッとしたみたいな話を聞いたことがある。

 案外常識ってのは簡単に捻じ曲がるのかもしれんな。 


「あたしが先輩に悩みを相談した時もさ『我が奥義を授ける。それを以てそやつの膝を地に付け、二度とうぬに逆らおうと思わぬほど痛めつけてやれぃ!』って」


「まずさ、その先輩は女なの?」


「え、そうだけど……だって女子高に通ってるし。レディスデーに映画見に行ったら、とりあえず止められるけど……ほら、先輩ボーイッシュだから」


「ボーイッシュ……」


「もう1人のザキ先輩……あ、山崎先輩のあだ名ね。先輩も『今は悪魔が微笑む時代だからなぁ。やってやれぇ、ケヒヒッ!』って」


「どうなってんだよその部活。ほんとに空手部なの? 実は一子相伝の暗殺拳とか伝えてるんじゃないの?」


 絶対病弱な天才武道家とかいるだろ。

 そんな世紀末な部活に所属してたら、暴力を振るうことに何の違和感も覚えなくなるわな。

 だがここで諦めるわけにはいかない。

 なによりそんな常識外れなことばっかりやってたら、いつか破滅する。


「いいか美咲ちゃん。しっかり聞いてくれ」


 美咲ちゃんには、歩きスマホを注意するくらいの一般的なモラルが残っている。

 いや、普通の人間でも他人を注意するのは結構な勇気がいる。

 それが出来る美咲ちゃんには、かなり正義感があるはずだ。

 だから――


「ムカツク奴を呼び出して、ボコボコにする。――それ完全にヤンキー(不良)だぞ?」


「ええええ!? ヤ、ヤンキー!? う、嘘っ、違うよ! あたしヤンキーじゃないよ!」


 よし、いける。

 美咲ちゃんの正義感はヤンキーを許容しない。かなりショックを受けているようだ。


「ちょ、ちょっと待って! 何? 何でいきなりそういうこと言うの!? や、やめてよ!」


 ショックを受けた美咲ちゃんが泣きそうになる。

 そりゃ、いきなりヤンキー呼ばわりされたら、普通のJKはショックだろう。


「あたしヤンキーじゃないし! だ、だって。ちょ、ちょっとムカツク奴呼び出して、ボコボコにしようとしてるだけだよ!? それのどこがヤンキーなの!?」


「ヤンキー以外の何物でもないんだよなぁ」


 あ、いや、ちょっと待てよ。


「美咲ちゃん、女だから――スケバンだな」


「ひぃ!?」


 美咲ちゃんの顔が青ざめた。

 

「う、うそ……何でそんなこと言うの……やだ……やめて……」


 そのまま力の抜けた両手でゆっくり顔を覆ってしまう。

 ヤンキーよりスケバンの方が特攻倍率が高かったようだ。


 何だか虐めてる気分になってきたぞ……。

 いや、まだだ。彼女をまともな道に戻す為には、手を抜いちゃいけない。


「いいか美咲ちゃん。世間一般で君がやろうとしてるのは、そういうことだ。君がどう言おうが、スケベ行為……じゃなくてスケバン行為に他ならない」


「うぐっ……」


 いかんいかん。スケバンってのは女(スケ)番って意味だ。間違ってもスケベ番長の略じゃない。

 こんなことばっかり考えてるから、言い間違えるんだ。罰として後でスケベ番長が主役の脳内ソフトエロ小説(ソフトクリームを使ったエロ小説と勘違いしても可)を描くこと!

 

『……む。また珍妙な話が図書館に増える予感が……まあいい。暇潰しに読んでやる』


 ん? 何か意味脳内で誰かの声が聞こえたような……まあ、いつものことか。


「スケバンじゃない……スケバンじゃないもん……だって先輩がぁ……」


「先輩のことはいい。今は俺の話を聞いてくれ。俺の目を見てくれ」


「……うん」


 美咲ちゃんの顔から手がどけられた。

 

「……ぐすん」


 普通に泣いていた。結構ポロポロ涙を流していた。

 女子高生を泣かせてしまったぞ……ヤバイヤバイ。カルマがかつて無い勢いで貯まっていく。何とかしないと『カルマを貯めて地獄に行こう!』キャンペーンに見事当選してしまう!

 フォローしないと……!


「いや、ほら……アレだ。確かに美咲ちゃんがやろうとしてるのは不良だけど……不良もいいところあるじゃん! えっと……ほら! 川の近くとかで、ダンボール箱の中で雨に濡れて震えてる猫に傘を差したり」


 自分で言っててなんだけど、このフォローはどうなの?


「うん……」


「家じゃ飼えないからって、毎日通って餌あげたり」


「うん……うん……!」


 コクコクと頷く美咲ちゃん。


「で、ある日いつものように餌をやりにいったら、ダンボール箱の中に猫はいない」


「ど、どこいったの!?」


「ふと子供の声が聞こえたのでそちらを見ると、母親に連れられた子供が。その子供の胸に――子猫の姿が。『えへへ、タマ。今日からタマはボクの家族だよ』と」


「タマ……」


「不良は新しい家族に背を向けて歩き去った。その顔に浮かんでいたのは薄い笑顔。だがその瞳から一滴の涙が零れ落ちたのを知っているのは、その涙が溶け込んだ川だけだった……おしまい」


 何の話だ。

 俺はいったい何の話をしているんだ。


「うぅ……不良かわいそう……でもカッコイイ……」


 だがどうやら美咲ちゃんには効果は抜群だったようだ。

 今のクソみたいなショートストーリーで、感動の涙を流している。


「不良いいかも……あと、アレだよね! 川に流されたダンボールに入った猫を助けたりするんだよね! 漫画でみたよ! 不良……不良か……えへへ」


 あ、ダメだダメだ。不良呼ばわりして暴力行為をとめようとしたのに、不良をオススメしてどうするんだ。

 何とか元のレールに戻さないと。

 

「――で、今のがいわゆる『いい不良』です」


「いい不良?」


「世の中にはいい不良、そして全く正反対の存在である――悪い不良がいます」


「そ、そうなの?」


 どんな存在にも対極の存在がある。アンブレイカルって映画でサミュエルさんが言ってたから間違いない。あと腕輪に対する反存在としてクビアが存在してるってアウラちゃんが言ってたから、これはもう間違いない。

 いい不良がいるなら、悪い不良もいるはず。


「その……悪い不良はなにをするの? 猫は? ダンボールに入った猫は?」


 ダンボールに入った猫好きだなこの子……。

 そうだな。


「悪い不良は……ダンボールに入った猫を川に流すんだ」


「悪すぎるよぉ! 何で!? 何でそういうことするの!? 本当にそんな悪いことする人がいるの!?」


「ああ、存在する。川に流される猫がいる以上、流す存在もいるはずだし」


「た、確かに……!」


 納得しちゃうんだ……。

 美咲ちゃんってかなり流されやすいな……川だけに。


「で、美咲ちゃんがなろうとしてるのは、悪い不良です」


「悪い不良やだー!?」


 よし、この辺りでいいだろう。

 ひどくショックを受けている美咲ちゃんの肩を優しく叩いた。


「さて、ここで俺の話は終わりだ。美咲ちゃんの周り、先輩達の中では相手をボコボコにする行為は日常的なものかもしれない。だけど、世間一般的には、不良行為なんだ。つーか普通に捕まる。先輩達は何かそのことについて言ってなかった」


「警察が来るだろうけど、返り討ちにしてやれって」


「先輩らマジで世紀末に生きてんな」


 明らか生まれる時代……ていうか生まれる世界線間違ってる。


「うん……」


 美咲ちゃんは俺の目をジッと見つめてきた。

 ちょっと気恥ずかしくなって目を逸らそうとするが、澄み切った目に捉えられたかのように顔が動かない。

 その澄み切った瞳の奥で、彼女が何を考えているか俺には分からなかった。


 暫く――時間にして1分近く、俺たちは見つめあった。


「うん、分かった」


 美咲ちゃんが頷く。

 ここで『分かった――やっぱり暴力はサイコーってことがねえ! ヒャッハー!』って襲い掛かられたら、もう俺は知らん。

 ただ蹂躙されるまま蹂躙され、JKに蹂躙された経験を元にした書籍とか執筆して一世を風靡するしかない。そうなったらその時だ。

 ついでに病院で今まで縁が無かったナース属性を鍛えよう。


「やめる。ボコボコにするの……やめる」


 俺の拙い説得は、どうやら上手くいったようだ。

 1人の少女を救えた充足感を感じる。そうか……人を助けるってこういう感覚なのか。悪くない。


「今思い出したけど……トキ先輩、あ、時田先輩のあだ名ね。トキ先輩は『連中の言うことは話半分に聞いておけ……コホッコホッ。激流を制するように、自らが正しいと思ったことを信じるのだ……』って言ってたんだ。今までザキ先輩達の言うことは全部正しいと思ってたけど……うん、やっぱり自分で考えて、やめることにする」


 やっぱり病弱キャラいたよ。


「辰巳の言うことを信じる。うん。辰巳の目、あんまり綺麗じゃないけど……でも、嘘は言ってないと思う。だから止める。むかつくから人をボコボコにするのって、悪いことなんだよね」


 俺の目ってそんなに濁ってるの?


「あ、いや、綺麗じゃないけど! で、でもあたしは好きだから! い、いや、好きって変な意味じゃなくて! えと、えっと……見られてたら、何かドキドキする、みたいな……そんな感じ……うん」


 美咲ちゃんは耳まで赤くしながら、俯いた。

 最後の方の言葉は消え入りそうなくらい小さな声だった。


「あっ。でもどうしよう……」


 顔を上げた美咲ちゃんはどこか困った様子だった。


「どうかした?」


「う、うん。えっと、ボコボコにするのやめたけど……それだったら、お姉ちゃんが……」


「ん?」


 どうにも要領を得ないので、詳しく聞いてみた。

 美咲ちゃんがボコボコにしようと思っていた男。それは彼女の姉の知り合いだった。


「最初はね、嬉しかったんだ。お姉ちゃんちょっとだけ変わってて友達少ないから、男友達なんて1人もいなくて……だから、初めてお姉ちゃんと友達になってくれて、あたしすごく喜んだの」


 だけど、と続ける。


「最近、お姉ちゃんの話とか、そいつと一緒にいる時にかけてくる電話で分かったんだ」


「分かった? 一体何が?」


「そいつの目的が」


 美咲はかなり可愛い。ということはそのお姉ちゃんも可愛い。

 可愛い女子大学生。しかし友達は少ない。

 友達の少ない美少女大学生に近づく目的は?


「そいつお姉ちゃんの! お、お姉ちゃんの……その……えっと、あのね」


 怒り気味だった美咲ちゃんだったが、徐々にモジモジしだした。トイレかな?

 トイレなら公園内にあるけど、公園のトイレ何か怖いよね? 美咲ちゃんもそう思うなら、致してる間ドアの外で待っていてあげてもいいんだけど。

 勿論、プライバシーに配慮して、耳と目を閉じ口を噤んで孤独に待機するつもりだけど、何かあった時助けにいけないし……そこはまあ美咲ちゃんの裁量に任せるよ。


「えっと……ほら、アレ。アレが目的で、アレってのは……ね?」


「え、ごめん。分からん」


 アレって?⇒ああ! それって……と返すほど、俺は察しがよくない。

 美少女大学生に近づく目的なんて、俺には分からない。アレがナニを示すかなんて、さっぱりさっぱり。

 分かりま千円!


「うぅー、だ、だから……アレはね。辰巳、分かるでしょ?」


 助けを乞うような視線には悪いが、俺にはどうすることもできない。

 だって本当に分からないんだもの。空飛ぶスパゲッティモンスター教に誓って本当だよ!


「だ、だから……だ、だからっ!」


 来るか……!

 俺はそっとポケットに手を入れ、スマホの録音機能をオンにした。

 え? 何で急にって? 急じゃないよ。かなり昔に俺は他人との会話内容を録音することがあるって、言ったよね? 遠藤寺との会話で。だから後付けじゃないよ。

 れっきとした伏線だから。


「体! お、お姉ちゃんの体が目的だったの!」


 よっぽど恥ずかしいのか、きつく目を瞑り、体をくの字にして叫ぶ美咲ちゃん。


「お姉ちゃんに近づいて、エッチなことするのが目的だったの!」


 おいおい……想像以上の収穫だな。

 生JKの生エッチが聞けるなんて、エロス系豊饒の神様に感謝しないと。


「お姉ちゃんと2人きりの部室で体を触ったりしてるから、間違いないもん! お姉ちゃんも免疫が無いから騙されて裸見せたりしてるし!」


「え、裸?」


 どうやら想像以上に美咲ちゃんのお姉ちゃんはエロ的危機にあるらしい。


「2人きりの部室で裸を? そ、それって具体的にどういう感じ?」


 ああ、いかん俺。落ち着け。目の前にあるエロスに必死で危うい面が前に出てるぞ。

 クールだ。クールになるんだ。

 エロになんて興味ないんですけど? そういう表情を常に浮かべている紳士的な男、それが一ノ瀬辰巳だろ?


 まあ、それはそれとして、詳しくは聞きたいですね。

 あくまで美咲姉の現在おかれている状況を知る為に。


「あたしも電話口で聞いただけだから、詳しくは分からないけど……と、とにかくこのままじゃお姉ちゃんが危ないの! このままだとお姉ちゃんが変態男の魔の手にかかって……最終的にセック――」


「よしストップ。もういいから。分かったから」


 男に対する怒りとエロを語る羞恥による混乱からか、危うい言葉を発しそうになった美咲ちゃんを止めた。

 流石にこの後の言葉を言わせるのは不味いからな。ギリギリがいいんだ。ガチはダメ。

 生JKの生セ○クスはアウトだ。聞いた時点で罪悪感で、自首することになる。


「オーケー分かった。美咲ちゃんのお姉ちゃんがかなり危うい状況にあるのは理解できた」


「う、うん。……あ、あれ? あたしなんか凄いことを言おうとしてたような……」


 忘れるんだ美咲ちゃん。俺も忘れるから。

 このことを知ってるのは、公園に漂う冷たい朝の空気と俺のスマホだけ……。


「だ、だからね。2度とお姉ちゃんに近づかないように、そいつをボコボコにしようと思ったんだけど……でも、ボコボコにするのは止めたから。……えっと、あたしどうすればいいのかな?」


 今までその男を病院送りにすることだけを考えていたのだろう。他に何も考えていないようだ。

 ならば俺が責任をとるしかない。彼女の作戦をぶち壊したのは俺だ。

 彼女を真っ当な道に戻したのなら、真っ当な方法で彼女の姉を助ける方法を教えるのも俺の役目だろう。


「じゃあ、俺が手伝うよ。乗りかかった船ってやつ? ここまで聞いたからには、美咲ちゃんに協力するよ」


 今この俺の脳内には彼女の姉を助ける真っ当な方法が既にいくつか浮かんでいた。

 何も暴力行為に及ぶ必要はない。そいつの靴箱は分かっているんだ。例えばそう、嫌がらせの手紙を毎日入れておくとかな。靴に画鋲を仕込むとか、掲示板にそいつの罵詈雑言を書き連ねるとか……真っ当な方法はいくらだってある。


「ジョギングに付き合ってくれてるお礼だよ」


「ほんとに!? 嬉しい! あたし1人じゃどうすればいいか分からなくて。えへへ、ありがと! 辰巳が一緒なら凄く心強いよ!」


 美咲ちゃんの小さな手が、俺の右手を包み込む。

 その手はさきほど涙を拭ったからか少し湿っていて、そして想像以上に力強かった。

 つーか痛い! 右手がオシャカになる!


「と、とりあえずジョギングしながら、そのクソ男からお姉ちゃんを助ける作戦を話し合おうか!」


「うん、そうだね! 行こっ!」


 そのまま手を引かれ、公園の外に向かって走り出す。

 機嫌よく地面を駆け、トップスピードで走る美咲ちゃんに半ば引きずられ『これ、俺転んだらコンクリートで擦りおろしリンゴみたくなるな……』と危機感を抱くのだった。

 そして、年下の少女に頼られる心地よさを感じる一方、どこか自分の首を絞めつけているような悪寒も感じるのだった。





 

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