第29話タイトル募集中

「う、うーん、違うんだよ雪菜ちゃん……別に嫌がらせとかじゃなくて、本当に善意のつもりだったんだよ。心の底から喜んでもらおうと思って……だ、だって見てたじゃん! 俺のパソコンの履歴に残ってたもん! 色んなメーカーの豊胸マシーンのページが! だ、だから誕生日プレゼントに渡そうと思って。え、ちょっ、何で俺に向けて、いやいや! それそういう使い方するもんじゃないから!? や、やめっ――はっ!?」


 随分懐かしい悪夢から目を覚ますと、目に前には不思議な光景が広がっていた。


 白い。


 圧倒的な白さ。

 漂白剤に三日三晩漬け込んだタオルのような白すぎる空間がどこまでも広がっていた。


 上下左右、どこまでも白い空間。

 見ているだけで頭がおかしくなりそうな空間に、俺は1人立ち尽くしていた。


「え、何ここ……」


 この白さ……北海道か?

 いや、いくら北海道でもここまで白くはないな。

 まるで白いペンキの中で目を開けたみたいだ。


「えっと……おーい! 誰かいませんかー!」


 俺が呼びかけた声は反射することなく、どこまでも通り抜けて行った。

 この空間どれだけ広いんだよ。

 

 そもそもどうして俺はこんな所にいるんだ?

 全く思い出せない。


「何だよここ。まるで――」


 不思議なことに、俺はこの空間をどこかで見たことがあるような気がする。

 いや、正確にはこんな空間を、文字で見たことがある。

 具体的には、異世界物の小説で、だ。


 異世界転生系の小説は、大体主人公がトラックに轢かれたり、トラクターに轢かれかけて心臓発作起こしたり、姪に全裸ブリッジしてるところ見られたりで……死ぬところから始まる。

 死んだ主人公は異世界で新たな人生を始めるわけだが、その前に結構な確率でこういう謎の白い空間を訪れるのだ。

 そこで神様的な存在から素敵な能力を貰ったり、最近ではその神様的存在を異世界に連れて行ったり、そういうレクリエーションが行われる。

 

 転生者控え室みたいな?

 この場所はまさにそれっぽい。


 いや、しかし冴えない主人公が異世界に行って冒険……みたいな小説増えたよな。いや、昔からあるにはあったけど、最近は尋常じゃないくらい多い。個人的には結構前になるけど〇君17歳の戦争とか好きだった。あと、海外の最後の物語とか。やっぱいいよね異世界物。自分を知らない世界で新しい自分になりたいって願望はいつの時代も変わらないのな。ここだけの話俺にもそういう願望はある。異世界で○ぐみんに零距離爆裂魔法打ち込まれたいんじゃ~。

 

 おっと思考が寄り道に行ってしまった。


 しかし、ここが例の空間だとすると……一つの事実が導き出される。


「俺……死んだのか?」


 ま、まさかな……そんな馬鹿な。ありえない。

 そもそも死んだ覚えが全くない。

 確か俺はダイエットを始めて、朝からジョギングをしていたはずだ。

 それはもう軽快に足が進んで、それから……それから。


 ――冷たいコンクリート。


 そうだ。

 俺は倒れたんだ。調子こいて自分の限界も知らず走りぬけた俺は……倒れた。

 そしてコンクリートの地面にキッスをして……じわじわと熱を奪われ――


 死……マジで!? 認める!? 否、無理――


「おぇぇぇぇぇぇっ!?」


 思い出し直面した衝撃過ぎる事実に、精神的なアレがアレして、盛大にリバースをした。

 しかし何も出て来なかった。

 ゲロゲロする感覚はあるのに、何も出て来ない。

 その事実はまさしくここが死後の世界であることを感じさせた。


 全身が脱力して、地面に突っ伏す。


「畜生……! 畜生……!」


 あまりの不条理さに涙が出てくる。

 まだまだやりたい事もあった。

 今まで低空飛行だった人生だけど、やっと友達とか信頼できる人ができて、上昇気流を感じていたのに。

 なのに……!


「いやだあぁぁぁ! 俺はまだ、死にたくない! お、俺にはまだやりたいことが残ってるんだ! お、俺にはまだ……」


 俺の慟哭は虚しく白い空間に吸い込まれていった。


 こんな事なら、もっとやりたいことをやっておくべきだった。

 エリザにいつもお世話してもらってるお礼をしたり、大家さんと遊んであげたり、うっかり転んでデス子先輩のローブの中に頭を突っ込んだり、たまには遠藤寺を酔い潰して介抱するという名目でアレしたり……いくらでもあった……!

 だがもう遅い。俺は死んでしまったのだ。

 圧倒的な後悔が体の内側からズキズキと痛みを伴い這い出てくる。


 俺は泣いた。おんおん泣いた。

 CLANNADのafter18話を初めて見た時よりも泣いたと思う。


 暫く泣いていると――


「――何じゃ、随分やかましいと思ったら、珍しい客が来とるの」


 ふいに、背後から声がかけられた。


 蠱惑的な声だ。例えるならそう……お話の中に出てくる女盗賊団の首領のような、そんな声。人生に退屈しきった気だるい声。

 その声は、財宝の中に埋もれ、どこかつまらなそうな表情で1人酒を飲む寂しげな女性をイメージさせた。


 声だけでそこまでイメージが湧くとか、俺って結構想像力豊かなのね。

 せっかくだしもっと広げとこうか。

 

 俺は彼女を殺す為に雇われたヒットマンで、盗賊団に潜入する為に女に化けた。他の団員にない男性的(実際男性)な雰囲気を纏った俺に、彼女は目を止め興味心からか身の回りを世話させるようになった。すぐ側で過ごすことで彼女が他の団員に見せない不思議な魅力に取り込まれていく俺。だがそれは彼女も同じだった。異性(実際異性)の雰囲気を感じさせる俺に少しずつ惹かれていった彼女はとうとう自分の寝所に俺を招き『な……!? き、貴様……そこにぶら下がっている物は一体――』思いのほか初心だった彼女に俺は保健体育の教育をすべく――おっと。これ以上はここでは語れない。続きは脳内図書館で!


「だ、誰だ!?」


 俺は声の主を見る為に振り返った。


 そこには……まあ、美女がいましたね。逆にこの場面で微妙な女性、いわゆる微女が出てくる流れとかないわな。


 目を引いたのは褐色の肌と、エリザを思わせる銀色の長髪。

 顔から察するに年齢は……20代中盤か?

 だが纏う雰囲気が老成してるとかそういうレベルじゃねえ。仙人レベルだ。


 服装はドレスだった。白いドレスの至る所に装飾品が飾られた豪華絢爛な衣装。

 俺の拙い語彙じゃ、言い表せない神秘的で魅力的なドレスだった。

 だが数々のアニメ作品を見てきた作画厨の視点から言わせてもらうなら……あの衣装動かすとしたら、秒間2~3人はアニメーターが死ぬ。

 そんな緻密かつ豪華な意匠が施されたドレスを着た美女。


 そんなイカにもなオーラを纏った美女が目の前に現れたので、俺死後異世界出発直前説は濃厚になってきた。


 間違いない、この美女は女神的なアレだ。転生を司る系の女神だ。


 きっと俺の次なる人生が豊かになる素敵なサムシングを与えてくれるに違いない。

 まあ、貰える物は貰っておこう。病気以外はな。

 

 女神は何故かニヤニヤと面白い物を見る目で俺を見ている。


「違うぞ。妾は神などではないぞ」


「へ?」


 俺、声に出してたっけ?


「もう一つ答えておくと、ここは死後の世界でも無ければ、異世界とやらに行く前の待機室でもないぞ」


 美女から語られた衝撃の事実。


「え、ち、違うんですか? でも、俺死んだんじゃ……」


「生きておる。意識を失っておるだけじゃ」


 美女の言葉は不思議と信じてもいいと思わせる何かを感じた。まるで直接心に語りかけているような染み込んでくる言葉。

 

「マジで……よ、よかった……」


 安堵感で体の力が抜けた。

 そのまま真っ白な地面にくたくたと座り込む。


「ふむ。正規の方法で来たのではないな。まだ早すぎるしのう。意識を失った事で、偶然繋がった……か」


 美女は興味深そうに俺を見ながら、何やら呟いている。


 しかし座り込んだことで気づいたが……この美女、凄い、胸が。

 俺が今まで会った中で、一番ビッグだ。

 『あのね、大きさじゃないんだよ』という偉人の言葉を信奉している俺だが、こんな凄い物を目の前で見せられちゃ『大は小を兼ねる』派に鞍替えせざるをえない。何らかのアクシデントに乗じてラッキスケベ的に胸の中に飛び込みたいが、相手の正体が分からない以上、迂闊な行動はできない。ノーモーションで首刎ねられたりしたら笑えないしな。

 

「まあ少々フライング気味じゃが、いい機会と思っておこうかの。どれ、よく顔を見せてみい」


 そう言うと美女は俺に近づいてきた。


 そしたらね……揺れるんですよ。お山が。皿に上に乗せたプリンみたいに。

 身近にエリザというお手本がいるから分かる。この女……ノーブラだ。間違いない。

 こんな凶悪な物を拘束具も着けずに野放しにしてるとか……こいつ、サードインパクトを起こす気か? 


 そんな新世紀何とかゲリオンの始まりを感じていると、いつの間にか目の前に来た美女が俺の顔に手を伸ばしてきた。

 冷たい指が俺の顎に触れ、優しく上を向かされた。やった! 顎クイ童貞卒業!


 何故かその指の冷たさを、どこかで感じたことがあるような気がした。


「ほうほう……冴えない顔じゃの」


「なんだと」


「まあ……よいか。必要なのは内面じゃからな」


 などと供述した美女は、満足した表情で俺から離れた。


 ていうか何なんだ一体……分からない。意味不明な空間に、意味不明な褐色美女。

 これは夢か?


「そんなものじゃ。正確には――ここはお主の心の中。イレギュラーじゃが夢を通じて、ここにアクセスしておる」


 俺の心臓を指で指しながらそんな事を言う。

 だーかーら、イレギュラーとかアクセスとかそういうのやめて! 中二病が再発しちゃうでしょうが!

 うっかり出席表に†虚無の申し子†とか書いちゃったら、責任取ってくれんの?


 しかし……ここ、俺の心の中なのか。

 真っ白なんですけど。これは俺が穢れのない純白な存在であることを表しているのか? いや、まだ穢れてないことは認めるけど、それをこんな壮大な形で見せつけられても……。童貞を卒業すると、この空間は綺麗な白じゃなくなるのかな? 大人になるって寂しいことね。


「ククク……」


 美女は相変わらずニヤニヤと俺を見ている。

 そこに嘲笑はない……と思う。誰よりも嘲笑の目に晒された俺だから、相手が浮かべる笑みが嘲笑なのか、そうでないのかは分かる。

 だがなんだろうかあの笑みは。ケージの中のモルモットを見るような、わが子に向ける慈愛のような……そんな矛盾した物を感じる。


 つーか誰だよテメーは。人の心の中に現れて好き勝手言いやがって。

 心不法侵入の罪で一ノ瀬交番にしょっぴいてやろうか。ウチの巡査長は容赦ないぞ? 母の味を再現したカツ丼で容易く犯人を自首させるからな。犯人じゃなくても自首するレベルだぞ。


 いや……マジで誰なんだこの人。


 俺の心の中にいるってことは……遊〇王的に考えて、もう1人のボク?

 いやいやいや……別人過ぎるだろ! 2Pカラーとか、殺意の波動に目覚めたとか、ツキノヨルオロチの何とかとか、もし俺が殺人鬼として育ったらとか……そういうレベルじゃねーぞ? 性別すら違うし。いや……生えてるのか? あの見た目で? あり、いや……なし、か……いやいや……保留にしておこう。


「妾の事が気になるようじゃな」


「え、いや……はい」


「まあ、名乗ってもよいが……今のお主には聞き取れんと思うぞ?」


 どういう意味か聞き返す前に、美女は名前らしき物を言った。

 らしき物ってのは、それが名前かどうか分からなかったからだ。

 具体的には


「妾の名は――■■■通■銀■。シルバ■■ー■とも呼ばれておるな。む、その顔、やはり聞き取れておらんな」


「何かノイズが走ったみたいで。銀とかシルバとかは聞こえたんですけど」


「ほう!」


 ここで美女は先ほどとは違う笑みを浮かべた。喜びだろうか。


「まだ3月ほどしか経っておらんのに、そこまで聞こえたか。ほうほう……いや、此度の■■■は想像以上に合うのう」


「はぁ……」


「よい。妾のことはそうじゃな……シルバちゃんとでも呼ぶといい」


「汁婆?」


「シ・ル・バじゃ。尊敬と畏怖を込めてシルバちゃん、じゃ」


 何がちゃんだよ、ババア自重しろ。

 もちろん思っただけで口には出さなかったが、汁……もといシルバちゃんの目に殺気らしき物が浮かんだので、素直に従うことにした。

 シルバちゃん神々しいよ! シルバちゃん!


「無論じゃが、お主の別人格とかそういう存在ではないぞ?」


 よ、よかった……。

 何がよかったって、これで安心して攻略できるってことだよ。流石に自分自身を攻略はちょっとな。ハードルが高い。


 だったらシルバちゃんは何者なんだ? 何で俺の心の中に?


 シルバちゃんは挑発的な表情を浮かべた。


「一応聞いておくが、妾の存在に思い当たるフシはないかの?」


「そう言われても……」


「何じゃつまらんの。1発で当てれば、褒美に先ほどからお主がジロジロ見てる妾の胸を好きにさせてやろうと思ったんじゃがな」


「5秒待て」


 やべー、絶対に当てないと。

 こんなチャンス見逃す手はねーぜ。


 俺の心の中にいるってことは間違いなく人間じゃないよな。何かエリザ的な雰囲気するし。人間じゃないオーラっていうの? そういうのビンビン感じる。

 ん? エリザ的? 俺の心の中?


 アレか? 守護霊か? いや、でも昔気まぐれで町の占い師さんに占ってもらった時、俺の守護霊『カナヅチのペンギン』って言われたんだけど……。やっぱりあの占い師フカしてやがったのか! そうだよな、俺の守護霊がペンギンのはずないしな!

 よし、決まりだ! シルバちゃんは俺の守護――


「……クク」


 こちらを見るシルバちゃんの目が「それでいいのか?」そう語っている気がした。

 まるで心の中を覗き込まれているような深い瞳が、そう思わせた。

 途端に自分の答えが間違っているような気がした。


「え、えっと……幼い頃の俺が生み出したイマジナリーフレンド『綾南零』ちゃん?」


「大外れじゃ」


「ですよね!」


 ちなみに件のイマジナリーフレンドちゃんは、その頃たまたまテレビで見た例のアニメの例のヒロインが元ネタだったりする。

 幼稚園くらいの頃のアルバムに、その子の絵書いてる俺がいっぱい映ってるんだ。


「ちなみにお主が考えていたもう一つの答えである守護霊でもない」


「あ、そうなの?」


「……まあ、あながち間違いでもないと言えなくもないが」


「マジで? じゃあ半分くらいは正解ってことで、片方だけ好きにさせて貰ってもいいの?」


「いいや……よくはないが。お主、思っていたより厚かましい思考をしとるの」


「いいじゃねえか! そんなに立派なもん持ってるなら、少しは俺にもお裾分けしてくれよぅ!」


「おい、普段心の中で思ってることが、駄々漏れになってるぞ?」


「マジで?」


 た、確かに……普段の紳士さを感じさせない発言をしてしまっている。

 どうやらここが心の中だからか分からないが、どうにも心の弁的な物が緩い。

 ふとした瞬間に思ってることが漏れ出てしまう。こんなんじゃ迂闊に町を歩けない。


「まあ、そもそもお主の思考は妾に筒抜けじゃから、今更という話じゃが」


「マジで!?」


 そんな気はしてたけど!

 え、ということはアレやコレ、具体的には盗賊の女首領が云々も丸聞こえってこと!?

 キャッ、恥ずかしい!


「うむ。ついでに言うなら、お主の脳内図書館とやらに蔵してあったその話の続きも読んだ」


「やめて!」


「あの図書館は面白いの。お主の多々な欲望がこれでもかと詰まっておる。お陰でここでの生活も飽きん」


 ひぃ!? 知らない内に俺の脳内図書館に侵入者が! 


 決して知られてはならない俺の大切な場所を知ってしまっているシルバちゃん。

 こりゃどうにかして口封じをしなければ、と口にはできないエロ方面の作戦を考えていると、この思考も筒抜けなわけで、もう詰んだ! 

 もう秘密を漏らさないことを条件に俺の体を好きにしてもらうしかないか……。


「む、そろそろ時間か」


「え? あ、か、身体が!?」


 違和感を覚えて自分の体を見ると、足元から薄ら消え始めていた。

 スタ○トレックのトランスポートみたい。


「中々に楽しい時間だったぞ。次は正当な方法で来るようにな」


「正当な方法って」


 自分の心の中にアクセスするとか、どうやんだよ。

 セラピストを訪ねるとか?


「それはいずれ分かる。近いうちにな。お主はきっと、妾に会いに来る」


 その予知染みた言葉は、やはり確信を感じさせた。

 彼女は最初から真実しか語っていない。


「そうじゃな。あの霊、名前はエリザと言ったか? あ奴のことでお主は、妾を訪ねてくる。いずれ必ずな」


「え? エリザ?」


 シルバちゃんの口から思いもよらない名前が出たので、詳しく聞こうとしたがどうやらその時間もないらしい。

 体は既に首辺りまで消えていた。


「さて、今代の■■■よ。暫しの別れだ。いずれ来るその時までの、な。お主の覚醒を待ちわびているぞ」


 覚醒って……バトル漫画かよ。


 おいおい、俺の人生ってゆるふわ日常系じゃなかったの? なもり先生辺りが作画した。

 日常物からバトル物に路線変更とか少年誌じゃありがちだけど、俺の人生もその煽りを受けちゃったのか? 色々大丈夫? トーナメント編とかに突入されても、誰もついていけないよ?


「最後に言っておくが。1日に1度でよいから、しっかりと妾の手入れをしろ。お主は妾の扱いが少々杜撰過ぎる。よいかくれぐれも――」


 そこで俺の意識はホワイトアウトした。





■■■



「むにゃむにゃ……いや違うって。豊胸マシーンはそういう風に使うものじゃ……だ、だから雪菜ちゃんに買った物であって、俺に使う為に買ったんじゃ……あ、だ、駄目、ひっ、ら、らめ――ひらめぇっ」


 懐かしい悪夢から目を覚ますと、不思議な光景が――広がってはいなかった。

 特にこれといって異常な所もない、普通の見覚えがある光景だ。

 

 ここは……近所の公園だ。間違っても真っ白な空間じゃない。

 ん? 真っ白な空間? 何の話だ?


 どうやら俺は公園のベンチに横になっているようだ。

 体を起こすと、額の上から何かが落ちた。濡らしたタオルだ。


「何で公園のベンチに……」


 未だぼんやりする頭を働かせると、少しずつだが記憶が戻ってきた。

 俺はかつて魔王軍の四天王『深淵のリクルス』として人類を粛清していたが、ある日昔失った恋人の面影がある少女を拾って……いかんいかん、前世まで戻ってしまった。


 えっと確か……そうだ。ジョギングしてたら、女の子に抜かされてちょっと競争意識が燃え上がって本気で追い抜いたら……倒れたんだ。


 そうだ。倒れてゆっくり意識を失ったんだ。頬に感じた冷たいコンクリートの感触が今でも残っている。


 それから……なんで公園のベンチに?

 考えていると

 

「あ!」


 という声が、セミの泣き声に混じってハッキリと聞こえた。

 声の方に視線を向けると、ジャージを着た少女が少し驚いた顔で俺を見ていた。


 少女は俺を見た後、ハッと何かを思い出したようにスマホを取りだし


「け、警察呼ばなきゃ!」


 と俺を見ながら言うのだった。

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