第16話未定

「エリザさ、風呂って入ってんの?」


 俺の口から漏れた何気ない一言。本当に何気ない、何の意識もしていない言葉だった。

 普通の人間なら、そんなこと言われたら『え、なんだって?』とか『ぷんすこっ』とか『お、それ聞いちゃう系? カァーつれーわ!』なんて反応をするだろう。

 だが、どうやら幽霊の彼女はヒトではない(分かりにくいパロディ)。エリザは俺の予想外のリアクションをとった。


「え?」


 先ほどまでふわふわと宙に浮いて機嫌良く縫い物をしていたエリザが、俺の些細な一言を聞いて……ポトリと床に落ちたのだ。さながら蚊取り線香に捉えられた蚊の如く、床にぺしゃりと落ちたのだ。

 この場合に落ちるは重力に引かれて落下するという意味の落ちるであり、女騎士の『堕ちる』ではない。だが堕ちたエリザ『ダークエリザ』はいつか見てみたい。心優しいエリザが闇堕ちしたことによって、俺をどんな目で見てくるのだろうか、俺気になります!


(あ、やべ。まずいこと言っちゃった?)


 尋常じゃないそのリアクションを見て、俺は今更後悔した。

 床に落下したエリザは、ゆっくりと体を起こし、ゆっくりと四つん這いのまま俺の方を向いた。そしてシャカシャカと素早い動きで四つん這いのまま俺に迫ってきた。


「うおっ」

「な、何で!? なんでどうして!?」


 獲物に追い詰められたリスのような、今にも泣き出しそうな……っていうか実際目の端に涙を浮かべたエリザは、あぐらをかいている俺を真正面から見つめてきた。


「ねえ辰巳くんっ? も、もしかして、もしかして……わ、わたし臭いの!? に、臭っちゃってるの!?」


 その言葉を吐いたエリザは、それはもう混乱していて、パニックを起こした子供のようだったよ……(孫に語る掛ける風に)

 それはそうと、実際エリザが臭いかどうかは後に置いておいて、エリザのような美少女が臭いっていうのは、かなり興奮する要素であると思う。

これに関しては否定派もいるだろうけど、俺は肯定派だ。美少女が臭い、いわゆるギャップだ。人はギャップに惹かれる。

会社では冗談の一つも言わない糞真面目な女上司が夜はSMのキングだったり、男と遊びまくりのビッチが実は惚れた相手には尽くしまくる一途系女子だったり、半人前以下のへっぽこ魔術師が実は無限の……だったり。

 人はそういったギャップに惹かれてしまう。俺も基本的に人見知りだけど、漫画とかアニメの話題の時はすげぇお喋りになるってギャップがあるから、惚れてもいいよ?

 近づいてきたエリザを落ち着けるように、穏やかな声で話しかけた。


「いや、臭くないと思うけど」

「ほんとに!? ほ、ほんとに臭くない?」

「いやいや本当だって」

「ほんとに? ……そ、そっか。よかったー」


 未だ涙を浮かべたままほっと胸をなでおろすエリザ。

 が、何かを決意するかのように、その口がキっと結ばれた。


「……い、一応確認して。ちゃんと確認してくれたら納得するから」


 俺が答えるのを待たず、そのまま近づいて体を預けるように俺の胸元に頭を押し付けてくる。


 『いくらなんでもこんな至近距離から匂いなんてかげるか! ちょっと冷静になれよ! ロックユー!』と俺のワイルドな部分がズズイと前に出てきそうになったが、ほぼ真下にあるエリザの頭から香る髪の匂いでディラックの海に還った。

 一言で言うといい匂いだった。頭に顔を近づける。シャンプーの匂いなのか、エリザ本来の匂いなのか、俺のスメルリストにない、いい匂いが鼻腔内に満ちた。

 何だろうか、いつまでも嗅いでいたくなるような、魅惑的な香り……やめられない止まらない。


「た、辰巳くん? 確認してる? ちゃ、ちゃんと確認してる?」


 うっせえ! ちゃんと確認して、スメルリストに『毎日寝る前に嗅ぎたい匂いです。これから成長していくにつれて洗練されるであろう期待を込めて☆4.6で!』ってコメント付きで登録したわ!


「く、くすぐったいよぉ。た、辰巳くん、も、もうっ」

 

 気づけばエリザの銀髪に顔を押し付けるようにして匂いを嗅いでいた。エリザがくすぐったそうに、身をよじる。

 い、いかんこれは罠だー! 確認のためにエリザの髪を匂う辰巳。だが、それはエリザの巧妙な罠だったのだ(ビクンビクン)


「ひゃ、ひゃんっ、た、辰巳くん、そこはダメだって……!」


 なんということでしょう。今やエリザの匂いを嗅ぐマシーンとなった俺は、その歩みを進め、気がつけば未踏破地域である、首へと到達していた

。髪の毛とはまた違う、別次元の匂い。髪の毛というある意味人体の付属品ではなく、生のエリザの匂い。その衝撃たるや、具体的な匂いの説明で文庫換算10ページはいきそうだ!

 そんなことになると『正直この辰巳はキモイ 24歳男』『幻滅しました、辰巳くんのファンやめます 15歳アイドル』『蝕を起こしたくなるくらいショックです 年齢不詳ゴッドハンド』『世の中クソだな 26歳警察官』みたいなご意見を頂戴して、後の人気投票に影響が出るかもしれない。自重しよう。

 何かフルーティな香りがした、これくらいでいい。


「も、もー。お返しにわたしも嗅いじゃうんだからっ」


 などと言いつつ、俺の胸元のスメルを嗅いでくるエリザ。


「や、やんっ、や、やめっ」


 今のは俺の声だ。ぐりぐりと押し付けるように匂いを嗅いでくるので、俺の敏感な部分が敏感サラリーマンになってしまったのだ。


「ちょ、エリザ。ストップ!」

「……くんくん」

「はいさいっ、これでおしまい! ちょっと離れ……エリザ?」

「……くんくん」

「エ、エリザさん?」

「……」


 先ほどまで『ひゃん』やら『んんっ』とか『やんっ(これは俺か)』みたいな可愛らしい悲鳴をあげていたエリザだが、今は無言だ。

無言だが、すんすんと小さな呼吸は聞こえる。

 俺の胸元にすっぽりと収まるように体を預けている為、その顔は見えない。


「お、おーい。エリザー。エーちゃん。えの字、えの助、えーたん、戯言遣い」


繰り返し呼びかけ、更に色々な呼び方で呼びかけるが反応はない。仕方がない。

 

「タツミクラッシュ!」

「あいたっ」


 タツミクラッシュとは、一ノ瀬辰巳の顎を相手の頭部に振り下ろす技である。一ノ瀬辰巳がこの技を編み出したのは、中学3年生の夏、あの忌まわしき夏の日……ラブレターを貰って向かった校舎裏にはクラスの中心的存在であるAが待っていて……(思い出したら胃が痛くなってきたので、今日はここまで)


「しょうきにもどったか?」

「え? えっと、何が? って、わぁっ! い、いつの間にこんなにくっついて……た、辰巳くんっ」


 先ほどまでの奇行は記憶から消失したのか、何故か俺を責めるような視線を向けるエリザ。


「わ、分かるけど! 男の子がそういうのに興味があるってのはわ、分かるけどっ」


 そういうのがどういうのか、是非詳しく、非常に詳しく聞きたい。


「まだ早いからっ、も、もうちょっとだけっ、じ、時間が欲しいかなぁって……ね?」


 何でガツガツ行き過ぎて年上のお姉さんに窘められる年下彼氏みたいな図になってるわけ?

 もー、女の子のこういう部分ってほんと分かんない! この経験が元で『女より男っしょ』って感じで俺が衆道に飛び込んだら、誰か責任とってくれんの?


「そ、それよりっ、その……どうしてわたしがお風呂に入ってないと思ったの?」

「ああ、それなんだが」


 俺はそれを思い至った要因を脳裏に思い浮かべた。


・昨日のエリザの私服は○カチュウの着ぐるみ


・エリザは誰かに取り憑いていないと外に出れない


・エリザは辛い物を食べると目が><←こうなる


・エリザの寝言は意味不明なものが多い。例→『金星ガニが……』『見て辰巳くん、今動いたよ!』など。エリザが寝てる押入れから聞こえた。


・幽霊だって汗をかく


 5つほどワードが浮かんだが、これ関係ないのばっかだな。最後の寝言は気になるけど、多分複座型のロボットに一緒に乗ってる夢かな?


 さて、まずはこれ『エリザは誰かに取り憑いていないと外に出れない』だ。本人の話では、エリザはいわゆる地縛霊であり、この部屋に縛られている存在だ。だからこの部屋から出ることができない。

 だが、例外として誰かに取り憑く(接触)している状態だと、外に出ることができる。


 そして風呂場があるのは、この部屋の外。アパートにある共有風呂だ。その風呂にエリザは一人では行けない。俺が風呂に行く時に憑いてきた記憶もない。

 つまりエリザは風呂に入っていないという考えに至ったわけだ。


 ところで話は変わるが、共有風呂という言葉に『キャー、タツミさんのエッチ!』的なムフフイベントを期待しているそこのあなた。

そんなものはない! 今までの生活の中で、大体誰がどの時間に使用するか分かるし、そもそも風呂に誰か入ってたら分かるし。

 が、一度だけ混浴イベントがあった。相手は俺が入っているのに気づきながらも、浴室に入ってきて一緒に湯に浸かることになった。

その相手は、いつも飴くれる女子小学生……のパパさんだった。なんか『最近娘は目に見えて活発になってきた。君のおかげかもしれないな』なんて渋い声でお礼を言われた。その後『ところで最近、娘があまりよろしくない言葉、いわゆるネットスラングを使用するようになったんだが、何か知らないかね』って言われたから、多分それ妖怪の仕業ですよって言って逃げた。そんな水に流したい苦い思い出(風呂だけに)


 話は逸れたが次、『幽霊だって汗をかく』これだ。これは先ほどの相互匂いクンカクンカ活動の際に、改めて確認した。エリザの首元にはうっすらと汗が浮かんでおり、幽霊だって汗をかくというのが再確認できたわけだ。

 まあトイレも行ってるし、汗もかくわな。ちなみに部屋とトイレの距離の関係上、かなりの確率でトイレ内の音が聞こえてしまうのだが、エリザは毎回『今からお化粧直しに行きますので、これを』と俺にヘッドホンを装着させてくるので、大丈夫だ(何が?)

 当然外すこともできるのだけど、それをやってしまうと変な趣味に目覚めてしまいそうなので、自重している。


 汗をかくということは、体が汚れるということ。体が汚れるということは、風呂に入って体を清めなければならない。

 そしてこの部屋に風呂は存在せず、風呂に行く為にはこの部屋の外に出なくてはならない。


――つまり……あれ? どういうことだ?


 エリザは部屋の外に出れないから風呂に入れなくて、でもいい匂いがして、でも汗はしっかりかいているから体は汚れる。

 矛盾しているぞ。これは一体……うーん、エリザは清めの炎を使えるフレイムヘイズの可能性あり?


「おかしいな。どうなってるんだ? エリザ風呂ってどうしてるんだ? 部屋の外だから、風呂には行けないだろうし、それにしてはいい匂いだし……え、実際風呂には入ってないの?」

「は、入ってるよぉ! お、女の子だよ、わたしっ。入ってるに決まってるでしょっ」

「でも実際問題風呂まで行けないだろ?」

「いや、それは……その……」


 俺の指摘に、エリザの目はあちらこちらへ泳ぎ始めた。さて、どうでるか?


「……お、女の子には色んな秘密が……あるんだよ?」


 出たよ! 女の子の秘密出たよ! もうそれ言われたら俺何も言えないじゃん! その魔法の言葉ってズルイ!

 いや、言論は自由のはずだ、俺だってその魔法の言葉が使えるはず。よし、今度外出先で職務質問されたら『男の子には色んな秘密があるんだよ?』って言って切り抜けよっと! まあ、多分最寄りの派出所に連行されるだろうけど。


 しかしどうしたものか。エリザの表情や仕草を見る限り、嘘をついてはいないようだ。エリザは嘘をつく時、両方の人差し指をツンツンとつつき合う癖があるからな。今はその癖が現れてない。

 だが、ますます分からん。


「も、もう辰巳くん! 女の子のお風呂事情なんて気にしちゃダメしょ! ほ、ほらっ、おやつにしよ! 今日は辰巳くんの大好きなフィナンシェだよ?」


 おやつか。丁度小腹が空いて……ん?


 おやつという言葉に、俺の視線は四畳半と玄関を繋ぐ廊下にあるキッチンに向かった。

 キッチン。古いが現役バリバリのコンロとそこそこの広さのシンク、そしてすぐ隣に冷蔵庫。……シンク。頑張ればエリザくらい小柄なら何とか、体を浸せるシンク。


(……まさか)


 俺の脳裏に、恐ろしい仮説が浮かんだ。そしてその仮説は、今までの証拠を立証してしまっていた。


「エ、エリザ……お前、まさか台所で……」

「え? ――ち、違うよ!? そ、そそそそそんなっ、台所をお風呂代わりにしてるなんて、ありえないよ! 台所はご飯作るところ! お、お風呂なんてまさかそんな……あるわけないよ」


 嘘が下手だな、エリザ。


 エリザの両人差し指の動きは、今の発言が嘘であることを示していた。

 確定だ。エリザは今まで、台所で水浴びをしていた。俺がのうのうと浴室で温まっている間、この狭いシンクで体を清めていたのだ。


「……なんてこった」

「た、辰巳くん!? 泣いてるの!? だ、大丈夫? お、お腹痛いの? 膝枕する!? 撫で撫でしてあげようか!?」

「ごめんな、今まで気づかなくて。辛かっただろ、あんな狭いところを風呂代わりにして、女の子なのにな……」

「だ、だから違うの! お風呂はちゃんと入ってるし、台所をお風呂代わりにしてるなんて――」

「俺の目を見て、嘘じゃないって言えるか?」

「……嘘つきました、ごめんなさい。ずっと台所をお風呂にしてました。で、でも、快適だったよっ? わ、わたし体小さいから、すっぽり入っちゃうしっ、ついでに台所のお掃除もできるし!」


 取り繕うように続けるエリザの発言に、俺の罪悪感はザクザクと蹂躙されていった。

 自分の間抜けさに涙が出る。エリザが台所で風呂に入っていたのもそうだが、エリザに嘘をつかせてしまったのも。そして台所で湯浴みをする美

少女幽霊なんてレア過ぎる光景を目撃しなかった己の運命に対する怨嗟に。


「本当にごめんな。何かして欲しいことあるか? お詫びに今なら何だってするよ」

「え? だったら、一緒にお布団で寝るのを週2日から3日に増やして……じゃなくてっ! わたしが勝手にしてたことだから、辰巳くんは悪くないの!」

「とりあえず風呂入るか」

「え!? さ、さすがにこのシンクに二人は無理だと思うよ?」


 そりゃそうだろう。そんなことしたら、俺とエリザが密着し過ぎて融合、新しい生物が今度ともヨロシク。

 

 混乱しているエリザを尻目に、俺は風呂の用意を始めた。いつもは1人分だが、今日は2人分。エリザがいるから、アヒルのおもちゃとかも必要か。


「ちょ、ちょっと辰巳くんっ。え、お風呂? お風呂って……え!?」

「エリザって石鹸何使ってんの?」

「わ、わたしは手作りの牛乳石鹸……じゃなくて! い、一緒に? も、もしかして一緒にお風呂入るの!?」

「そう言っただろ。さ、エリザも準備しろよ」

「いやいや! お風呂だよ!? お風呂ってことは裸なんだよ!? まだ結婚もしてないのに、裸を見せ合うなんてダメだよっ!」


 あ? 俺が見えないのをいいことに、全裸で過ごしてたのはどこのゴーストだよ。とか昔の黒歴史を突きつけてもいいが、多分泣くな。


「水着着るに決まってるだろ」

「え、水着? で、でもわたし水着なんて……」

「この間、大家さんに貰った服の中にあったぞ」

「あ、あったっけ?」


 あ、そうだ。大家さんの水着というレアリティ高すぎる逸品に目が眩み、アイテムボックス『辰巳と秘密の小箱』に仕舞い込んだんだっけ。


「あるから。だから行くぞ」

「で、でも……その……」

「そりゃ、男と一緒に風呂入るのは嫌だろうけど、そこは我慢――」

「嫌じゃないよ!」


 食い気味に言ってきた。


「い、嫌じゃないけど……むしろ凄く嬉しいけど……何か順番が……好きな人とお風呂は、もっとこう、後の方というか……辰巳くんがわたしの体に飽きちゃう可能性が……」

「ここの風呂は超気持ちいいぞ。浴室に温泉の素がいっぱいあって、好きなの使ってもいいんだぞ?」

「……うっ」

「風呂も広いしな。成人男性が2人入っても余裕が……あ、いや今のはなかったことに。それにアレだ。風呂の壁にでかい絵が書いてるんだぞ?」

「ふ、富士山のっ?」

「それは行ってからのお楽しみだ」


 ここを見ているあなただけ正解を先に公開! 正解は――『フルアーマーユニコーンガンダムの絵』だよ! お湯をかけるとデストロイモードになるオーバーテクノロジー付き! 大家さん作。


 俺が差し出す誘惑の数々に、最初は渋っていたエリザもとうとう諦めた。


「……一緒に入る」

「よし、行くか」


 そういうことになった。

 あとは俺の理性がデストロイモードにならないかだけが心配だが、これコンシューマー版だからダイジョーブでーす。



■■■




「えっと……お待たせっ」


 押入れが開いてエリザが幽霊特有のふわふわムーブで出てきた。


「お、お部屋の中でこんな格好、ちょっと恥ずかしいねっ」


 言葉の通り恥ずかしさを感じているのか、その顔には朱色が指している。さて、エリザが言うこんな格好とは。ずばり、スクール水着である。

 紺色の、室内の光を反射する艶を持つ、学校指定の、スクール水着だ。


「よし」


 俺は人知れずガッツポースを取った。

 何故かは分からないが、そうするべきだと思ったからだ。


 しかし、このスクール水着……。


「これって学生が着る水着なんだよね? えへへっ、変な感じ」


 変な感じにはなりそうなのは同意だが、このスクール水着、大家さんから譲り受けたものなのだ。

エリザは窮屈さやその反対を訴えていないということは、大体大家さんとエリザの体型は一緒ということで……。

 いや、それはいいとして、俺のインターネッツ知識が正しければ、あのスクール水着の形状はいわゆる旧型というやつ。

 旧型を知らない人の為にあくまでネットから入手した知識から説明するが、前身頃の股間部の布が下腹部と一体ではなく分割されており、下腹部の裏側で重ねられて筒状に縫い合わせてあるものであり、なぜそのような形状をしているかと言うと一説では胸元から入った水を逃がす為だとか成長に応じた伸縮性を実現させる為だとか、俺的には前者がいい、何故なら未成熟な女子の胸元から入った水流は股間部から抜けていくその流れになんとも言えない魅力を感じるのだ、ここだけの話俺はその水流になりたかった。水流になり、女の子の水着の中とプールを往復するそんな現象へと進化したい。

 まあ、ネットから得た知識の話だから鵜呑みにしないでね。


 話は戻すが、この旧型スクール水着、使用されていた年代は敢えて具体的な数字は出さないが、結構前だ。果たして大家さんはこのスクール水着を着ていたのだろうか、それともただのコスプレないしはそれに近いプレイに使用していたのだろうか。

前者だとすれば、以前から俺の脳内議会で度々上がる議題『大家さんロリBBA説』が信憑性を帯びてくる。

だが、俺は敢えて真実から目を閉ざした。

 大家さんが幾つなのか、それを考察するのはいい。だが答えを出すことはしない。謎というのは、それを論じている内が最も楽しいものだ。一度答えを出してしまうと、一時はその熱も燃え上がるが、後は冷めるだけ。

曖昧な物は曖昧にしておいた方がいい、俺が今までで生きてきて得た持論だ。

 何が言いたいかって言うと、○ラピカと○ズマは性別をはっきりさせない方がいいってこと! あんなに可愛い子が女の子のはずないし! 


「じゃあ、行くか」

「うんっ」


 久々にまともな風呂に入れて嬉しいのか、ぴょんと跳ねながら返事をするエリザ。

 そんな姿を見て俺の心もほんわか温かくなった。俺の心もぴょんぴょんするんじゃ~。


「いつも通りおんぶすればいいんだよな?」

「うん、いつもごめんね」


 遠慮がちな声色と共に、背中にかかるほんのわずかな重み。重いわけなんてなかった。心地よい重み。幽霊だから軽いのか、それとも女の子だから軽いのか。

俺には分からない、だって男の子だもん。

女の子を背負った時に感じる、心の中から染み出てくるこの暖かさはなーに? 分からない、だって男の子だもん。

この子を守らなきゃって思う、使命感にも似た想いはなーに? 分からない、だって男の子だもん。

男の子も大変なんだよ。だって女の子の前だと精一杯意地っぱりにならないといけないんだもの。


 と、俺が男心溢れるポエムを奏でていると、別の男の子の部分、いわゆる股間にある真理の扉がぎぃぎぃ音を立てて開き始めた。

 いや、開き始めたというか起動し始めたというか……とにかくアカン。


「わっ、た、辰巳くんの背中あったかい……そっか。きょ、今日はいつもと違って服着てないから……」


 原因は明白だった。俺の背中に当たる柔らかい感触、決して大きくはないが、無限の潜在能力を秘めた胸、それが今日は当社比10倍ほどの柔らかさを弾き出しているからだ。

 柔らかすぎてダメになる。『絶対おっぱいには勝てなかったよ』みたいな早すぎる即落ちコンボを決めてしまう。


「落ち着け……!」

 

 小声で真理の扉を諌めるが、そこは俺であって唯一俺でない部分、理性が届きえない場所だ。収めようと思って収められる場所ではない。


 普段ならともかく、今はいかん! なにせ今俺が身につけているのが、ボクサーパンツみたいなピチっとした水着とマフラーのみ。

水着は、まずい……(ビジュアル的に)

 仮に真理の扉が全開になった場合、俺を信用して体を預けてくれるエリザの信頼を確実に裏切るだろう。

 ヘタしたら明日から口を聞いてもらえなくなる。それはまずい。


 こうなったら、アレをするしかない。

 家族の顔を浮かべる、アレだ。アレは諸刃の剣、下手をすれば自ら致命傷を負いかねない自滅の刃。だが今真理の扉、いわゆる○んこを落ち着ける為にはこれしかない!


 俺は家族の顔、一番先に浮かんだ雪菜ちゃんの顔を思い浮かべた。


『もう兄さんは仕方ないですね。ほんと、私がいないと速やかに死ぬんでしょうね』


 いつもの冷ややかな表情と次いでに酷いセリフが脳裏に浮かんだ。傷ついた。

 だが、これで真理の扉も閉ま……何でさっきより開いてるの? 何で妹の顔浮かべて勢い増しちゃってんの?


『もう兄さんってば、ふふふ……』


 やめてー、脳裏に浮かぶ雪菜ちゃん妖艶な笑みやめてー。開いちゃうから! 真理の扉開いちゃうから!

 くっそ、母さんだ母さん。母さんの顔を浮かべよう。


「……ふぅ」

 

 効果は覿面で、真理の扉は猛烈な勢いで閉まり、次いでに鎖で雁字搦めになって、錠前が30個くらいついた。あれ? これはこれで大丈夫? これでEDになったとか洒落にならないよ?


「辰巳くん? どーしたの? お腹痛いの?」


 背負ったエリザが頬と頬を擦り付けるように、顔をぐっと突き出し心配そうな声を出した。


「あ、もう大丈夫だよエリザ。俺、これからも頑張っていくから」

「う、うん……うん?」


 俺の中で行われていた小さな戦いはエリザに感じ取られることなく終結を迎えた。水着の中の戦争~完~


 それはそれとして、エリザから与えられた胸の柔らかさは、俺の心の中にある『secret base ~エリザがくれたもの~』にしっかりと保管しておいた。これは2039年に公開予定! 乞うご期待!



■■■



「「さむい!」」


 部屋入り口の扉を開けた途端、俺とエリザは揃って同じセリフを吐いた。日は暮れ、アパートの庭にある筈のブランコが見えないくらい、すっかり夜の闇に染まっていた。


「さ、最近暖かくなってきたと思ったけど、夜はまだ寒いね辰巳くん」

「そ、そうだな」


 夏を間近に迎える今日このごろだが、水着一枚で外に出るにはまだ寒すぎた。

 だが、引き返しては風呂にいけない。


「ささっと行くか」

「うん。辰巳くん、その、もっとくっつくともっと暖かくなると思うから……もっともっとくっついていい?」

「ああ、うん。いいよ」

「やったっ」


 エリザの密着度が更に増して、何だかどえらいことになりそうだが、幸い俺の股間は反応しない。もう、しない。

 正直エリザは幽霊の体質からか、ちょっと体温が低いのでくっつかれると俺の体温が下がるのだが……あんな期待込めた声色で言われたら断れない。


 と、向かうべき風呂の方から、目にやさしい暖色系の和服を着た少女、大家さんが歩いてくるのが見えた。

 大家さんは歩みは俺の部屋の方へ向かっており、その手に持っているタッパーから、今日も何らかの差し入れを持ってきてくれたことを察した。

 感謝の意を込めて、先手を取る。


「大家さん、こんばんわ。いい夜ですね!」

「あ、一ノ瀬さん!」


 俺の呼びかけに笑顔を浮かべ、ぱたぱたと駆け寄ってくる。大家さんの履いている赤い鼻緒の草履が発するぺたぺたという音が廊下に響いた。

 大家さんがこちらに近づいてきて、その表情が笑顔→あれ?→いやいやまさか→い、いやいや……→う、うそやん→ナンデ!?と近づく距離に応じて変化した。

 俺の正面に立つ。その評定を困惑と羞恥が混ざったような複雑な表情だった。


「な、ななななななんて格好しているんですかー! な、なんて格好、何て格好!」


 と頬を染めながら、至近距離でガン見してくる大家さん。


「いや、いやいや……ふふふ。これはこれは……まさかの隠しイベント……えへへ」


 至近距離で笑う大家さん。

 きっちり1分間ガン見してきた後、手に持っていたタッパーを俺の部屋の中において、再び俺の目の前に戻ってきた。


「はい。……きゃぁっ! 一ノ瀬さん、何て格好してるんですか、もーっ!」

「はいじゃないが」


 両手で自分の目を隠しながら、悲鳴をあげる大家さん。指の隙間から目がバッチリ見えている。

 可愛らしい悲鳴をあげる可愛らしい大家さん、対する俺の態度は彼女のそれに反比例していた。


「なんすか今の流れ」

「な、なにがですか?」

「混浴露天風呂に若いお姉ちゃんが入ってきた時のおっさんみたいにガン見してきたじゃないですか」

「ちょっ、一ノ瀬さん!? なんてこと言うんですか!? やめてくださいよ!」

「いや、ツッコミ待ちかなって」

「わけの分からない格好でわけの分からないことを言わないでくださいよ!」

 

 ぷんすか、と箒片手に言う大家さん。さっきの大家さんは俺が見た幻か何かか? 


「ってそうですよ! なんて格好してるんですかっ、そんな下着一枚で! ……武装解除の魔法でも食らったんですか?」

「UQ○ルダーあれどう思います?」

「あー、どうでしょうね。今のところ個人的にペロペロしたくなるようなキャラ出ませんしねー」

「キリエちゃんは結構なPP(ペロペロポテンシャル)秘めてるんですけどね、まだイベント不足かなーって」


 大家さんとの漫画談義に花が咲いた。大家さんはかなり上位レベルのオタであり、同じく半神(デミゴッド)クラスの俺と話が合う唯一の人間だ。可愛いだけでなく、趣味も合う、この縁は大切にしていきたい。いや、マジで。


 話が盛り上がり、自分だったらベースの生物を何にするかの話になった辺りで、肩がトントンと叩かれた。

背後を見ると、エリザがちょっと頬を膨らませて「むー」と不満気な表情をしている。大家さんとの話に夢中になりすぎてしまった。いかんいかん。


「で、やっぱり私だったらカエンタケをベースに――」

「あ、すいません大家さん。俺風呂行くとこなんですよ」

「お風呂ですか? あー、ごめんなさい引き止めちゃって。そうですよね、一ノ瀬さん下着一枚だからそりゃお風呂に行くところなんですか!?」


 途中からスゴイ勢いで疑問形になったぞ。


「だ、ダメですよ! いくらなんでも下着一枚でお風呂まで行くとか、アパートの風紀的にも……」

「いや、これ、水着なんで」


 パンツじゃないから恥ずかしくない理論だ。


「あ、そうだったんですかぁ。もう私ったら勘違いしちゃって、えへっ。そりゃお風呂に行くんだから水着を着ますよね。……一ノ瀬さん水着でお風呂に入っちゃう系の人なんですか!?」


 ガビーンと効果音が見えるような驚き方をする大家さん。一々リアクションが面白い大家さんは嫌いだ……。ごめん嘘、大好き。


 しかし水着を着ている理由を説明するのは面倒だな。

 エリザと一緒に入る為なんて説明した日には『そんなエリザちゃんだけズルい! 私も私も!』なんて言いながら俺のファンが集まっちゃうだろうし。そんな俺のファン、いわゆる『辰巳君を愛するスール達が所属する~海百合会~(部長はイカちゃん)』と一緒にお風呂でおしくら饅頭状態を妄想していたら、残りの思考力で


「入っちゃう系の人です」


 と適当に答えてしまっていた。

 俺は度々、こうやって適当に物事を答えては自らの首を締めることになるのだが、これがいわゆる辰巳イズム。身に染み付いた癖と罪(シン)は永劫纏わり付くのだ、ククク……。


「はわわ……これはまさか……いつでも混浴イベント……一気に距離を……」


 俺の適当発言を真に受けた大家さんだが、あっちはあっちで何やら思案顔でぶつぶつ呟いている。

 さて、俺の妄想お風呂イベントも、唯一の男である辰巳が浴槽の中で女の子達の下敷きになるありがちなオチを迎えたので、ぼちぼち風呂に行こう。


「じゃ、大家さん行ってきます」

「……へ? あ、は、はい。えっと……近いうちに!」


 大家さんが何を言っているかよく分からないが、それを追求できるほど俺の体に余裕はなかったので、さっさと風呂に向かった。

 それから普通に風呂に入った。久しぶりに広い風呂に入れて嬉しそうなエリザの顔を見られたのでよかったと思いました。明日も一緒に入ろうと思いました。






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