第9話 県内ならどこへでも9秒(これが縮地を超えた縮地――縮々地)



前回までのあらすじ



『組織』の中の仮面付きに追い詰められた俺、一ノ瀬辰巳――前世名『深淵のリクルス』

 仮面付きの一撃が俺の急所を捉える寸前、かつての愛剣の 能力の一端を引き出すことに成功――形勢は逆転し、反対に俺の一撃が相手を捉えた。

 相手の仮面を破壊する一撃、崩壊する仮面。そしてそこに現れたのは――日常の象徴である彼女の顔。


 大家さんだった――


「大家、さん?」


「……お見事、と言っておきましょうか。野良能力者さん? それとも普段通り、一ノ瀬さんと呼んだほうがいいですか?」


「ど、どうして貴方が!? まさか――」


「洗脳でもなければ人質をとられて無理やりやらされてる、なんてことないですよ? これが私の本来の姿です。大家として、あなたをずっと監視していたんですよ、ふふっ」


「そん、な――」


 不敵な笑みと共に去る彼女を追うこともできず、ただ絶望に浸る一ノ瀬辰巳。

 家には帰れない、路地裏で夜を超す。

 そんな彼の元に一人の少女が現れる。

 もう一つの日常の象徴である彼女。

 彼女もまた、仮面にて顔を隠していた。


「……遠藤寺?」


「いや、違うよ。ボクの名前ははジョーカー。――能力を支配する方法、知りたくはないかい?」


ジョーカーとの会合はこの世界に一体何をもたらすのか?

崩壊していく日常、気づかない内に踏み込んでいた非日常。

光は一体どこにあるのか、闇の中に落ちていく俺には分からない。


次回、第8話――『覚醒-Awakening-』


俺は君に問う――



※※※



「――深淵を感じたことがあるか」


 というところで目が覚めた。

 まさか遠藤寺まで関係者(アチラ側)だったなんてな……我が夢ながらスゲェ展開だぜ。ただあの夢って俺の人間関係を元に構築されてるっぽいから、あと出てくるのって妹くらいしかいねーんだよね。あとイカちゃん。やっべえ、イカちゃんが敵になったら、俺確実に寝返るわ。


 さて、目も覚めたところで現状の確認をしよう。


 ここ……暗い、お香みたいな香りがする。俺……座ってる。俺……座ってる椅子に縛られてる。俺……なんかお腹の辺りがピリピリする。

 こんなもんか。

 ここから導き出される答えは――拉致監禁。


 え? マジで? 俺ってば拉致られちゃってる?


 困るってそーいうの、ちゃんと事前に連絡してくれてないと。それ相応のリアクションとれないじゃん。SNSとか吹き矢とかなんでもいーからさ。

 さっきトイレしてきたばっかりだから、あまりの恐怖に失禁ってリアクションもできねぇし。


 ほんと娯楽性を理解してくれない誘拐犯って困る。


 やれやれ――


「だ、誰か助けて……!」


 暗闇の中、俺は助けを求めた。

 この後誰にナニをされるか知らないが、きっと楽しいことにはならないだろう。何かの重要情報を得る為に俺を拷問して、知らないなら知らないで口封じの為に始末されちゃうやつ。頼む……! 拷問なら拷問で性的な拷問でお願いします……!


「――フッフッフ……目が覚めたようデスね」


 声は俺のすぐ目の前から聞こえた。

 しかし声の主の姿は見えない。部屋の中に満ちる闇がその姿を覆い隠している。

 助けが来たか……とは思えなかった。だって笑ってるし。セリフもアレだし。どう考えても俺を拉致った側の人だわ。


 俺は目の前の(恐らく)誘拐犯に対し、恐怖を堪えながら話しかけた。


「だ、誰だ? お、俺をどうするっていうんだ? や、やめてくれ……美少女小学生達の保健体育の授業の教材として使われるなんてイヤダ! ヤダヨー!」


「随分と都合のいい解釈デスね」


 あと美少女しか泊まれないホテルのオーナーもイヤだー!

 美少女しか服役してない刑務所のただ一人の看守もいやだー!

 女子中学生の寮の管理人なんて、妹を人質に取られてもやらないぞー!

 まんじゅうこわーい。


「で、俺に何の用ですかね? 会長」


「おや、気付いてましたか?」


 ぼぅと目の前に蝋燭の火が灯った。

 小さな灯りに照らされて現れたのは、小さなテーブル、そのテーブルに両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せる黒いローブ姿の女性が浮かび上がった。


「こんばんは、一ノ瀬後輩。元気そうでなによりデス」


「元気じゃないんですけど。お腹ビリビリしてるんですけど」


「フッフッフ……」


 人を拉致っといて意味深に笑う怪しい女性。

 この人こそが俺が(一応)所属しているサークル『闇探求セシ骸』の会長、デス子先輩だ。

 本名は知らないから、俺が勝手にそう呼んでるだけだけど。


「この闇の中で、更に隠蔽術式を行使した魔布を纏ったワタシの正体を見破るとは……流石『こちら側』だけありますね、フフフ……」


「そりゃ学校の中でこんな格好している人、先輩しかいませんから。つーわけでさっさと縄を解いてください」


「まーまー、そう急ぐことはないデスよ。時間は……まだまだあるのデスから。そう……まだまだ、ね」


 相変わらず胡散臭くて勿体ぶった口調だ。


「いや、ねーから。俺講義の途中だから。つーか今何時ですか?」


「今は10時頃デスね」


 10時か……講義が9時半に始まったから、実際拉致られてから、殆ど時間は経ってないってわけか。

 だったら下手に駄々こねるよりも、先輩のお遊びの付き合って、解放してもらった方が早いかもしれない。 


「用件は何ですか? さっさと済ませて下さいよ」


「おや、従順デスね。そういうところ、好きデスよ」


 フフフとか怪しげな笑み浮かべる人に好きって言われても、嬉しくない。

 これで先輩が、ローブを持ち上げるほどの豊かな胸の持ち主じゃなかったら、横っ面叩いて帰ってたけどな。

 よかったな先輩、あんたのおっぱいに感謝しとけよ。あとそんなおっぱいを与えてくれた遺伝子保持者であるママさんのママパイにも。


「では、本題に入りましょうか。――一ノ瀬後輩、定期報告を」


「は? 定期報告? 何のですか?」


「ふむ、ここに入部した際、掟について教えておいたはずデスが……」


 あァ? 掟?

 それってアレ? 部室で見せられた長ぇ巻き物みたいなやつ?

 覚えてないわー、先輩の胸ガン見すんのでいっぱいおっぱいでしたから。


「覚えてないデスか。ならしかたないですね」


 じゃあ俺帰っても――


「では改めて一から『掟』について説明するとしましょう」


 ですよねー。

 先輩はローブの胸元から、巻物を取り出して、眼前に掲げた。

 胸元を引っ張った時に肌色のプリン体が一瞬見えて、すぐさまその映像は俺の脳内図書館未成年立ち入り禁止フロア――通称ピンクゾーンに保存された。今夜はこの映像の試写会といきますか。無論0.5倍速で、な。


 先輩は巻物をテーブルの上に広げ、ゲフンと咳払いをした。


「掟一――『汝、同胞を裏切ることなかれ』。このサークルに入った人間同士、絶対に裏切らない、そういった掟デスね」


 人類みな仲良しこヨシ!をモットーにする俺的にはかなりいい感じの掟だけどさ……それってどこまでなの?

 具体的にさ、裏切りってのはどういうもんなの? 友人同士の借金の踏み倒しは入るの? マラソンで『最後まで一緒に行こうな』って言って先に行っちゃうのは? 敵に寝返ったけど、実は敵の動向を探るためだったとかの展開は? TOA(テイルズオブアルヴィン君)はありなの? 裏切りの定義ってナニ? 

 モテない仲間の中で先に結婚しちゃったらやっぱり裏切り者になっちゃうの?

 でも恋とか愛ってさいわゆる治外法権じゃん? 愛の前には法律とかモラルとか投げ捨てるものだろ。

 よく地球侵略に来る地球外生命体も『愛』の存在を知って『地球カ……。マアイイ、今ハ目を瞑ロウ。コノ胸ニ芽生エタ感情ノ正体ヲ知ルマデハ……』とか言って母星に帰っちゃうのが常じゃん。

 そう考えると愛ってやっぱ超越物質だよな。恋人を救うか世界を救うかって選択を迫られたら、俺最高即で恋人選ぶもん。

 つまり何が言いたいかって言うと、世界を選んで謡ってくれとか宣ったラ〇ナーは死ねってことかな。


「掟二『情報は共有すべし』これはこの世あらざる現象、存在を発見、体験したら報告し、互いに共有する掟デス」


「……」


 ちなみにこのサークルは『この世の不思議現象や魑魅魍魎を観測し、考察する』といった活動を行っている。言いたくはないが涼宮さんのところのハル……いや、何も言うまい。先生ェ……続編はまだなんですか……? 溢れかえった二次創作でネタが潰されたってマジですか……?


 しかし、この世にあらざる現象か……。

 あ、やっべーわ。これめっちゃ引っかかってるわ。


 やっぱそうだよなー。


 現在進行形で、俺の家に<あらざる現象>と書いて<カワイイ奴>いるもんなー。


 いや、ほんと……



――イカちゃんの可愛さはこの世あらざるよなあ!



 まあ報告しねえけどな。

 だってあんまりメジャーになったりしたら、俺だけのイカちゃんじゃなくなるもん! 先輩が『なんデスって? よし、じゃあそのイカちゃんとやらを捕獲しにアナタの家に行くでゲソ!』とか言ったら、俺全力で先輩をナックルオブデスることになるだろうし。


「掟三『月二回の会合には必ず参加すべし』これは言わなくても分かりますね? 何故、前回の会合を欠席したのか、それを問いただす為に、今回はこんな荒っぽい方法をとらせてもらった次第デス」


 んだよもー。大学のサークルでしょ? もっと気楽でいーじゃん。

 テイクイットイージーで行こうよ。

 どうせ会合たって、UFOを見たとか、どこぞのネッシー(ネス湖)ならぬチンポジー(チンポー湖。本当に存在する)の目撃情報がとか、一緒に映画撮影してた先輩が実は宇宙人だったとか、みずほ先生のはちみつ授業でねっちょんねちょんとか……そういう下らない噂話でも語り合うんでしょ? 薄暗い部屋で、ロウソク囲んで。


 やだよ俺、そんなカビでも生えそうな会合。

 俺の輝かしいモテロードには不要だっつーの。まあ、まだモテロードの入り口すら見つけてないけどね。しかし、そろそろモテロードに続くモテ洞窟を開くための4つのオーブの内の一つくらいは見つけとかんと、モテロードに入った時には既に彼は手たお爺だった、なんてことになりかねんな。


「お陰でワタシ、ワ〇ミの宴会料理を一人で平らげることに……」


 先輩はその時のことを思い出したのか、表情に影を落とし、げんなりと溜息をついた。

 会合ってただの飲み会のことですか。

 てっきり真っ暗な部室で儀式るもんだとばかり……。


「フフフ……周りは仲良さげに盛り上がってる中、ワタシは1人、フライドポテトを肴にカシスオレンジをちびちび……1人でビンゴを回し、数字を読み上げ、カードに穴を開ける……」


 ただでさえ闇寄りな声を更に沈み込ませていく先輩。

 ぶっちゃけかなり申し訳ないと思っています。

 幽霊部員とはいえ、新人の俺が飲み会に参加しないとか……。

 マジねーわ。今はサークルだからいいけど、これが会社だったら、間違いなく上司に目を付けられるレベル。


「……いや、すいません。でも俺、飲み会があるなんてこと知らなくて……」


「知らなかった? 毎日掲示板に告知をしていたのに? 会合までのカウントダウンもしていたのに? 校内放送も行っていたのに?」


 そ、そこまでしてたのか……。

 そういえば、掲示板に貼ってた紙も毎日変わってたな。


『会合まで一週間デス! 』


『会合まで6日デス! ビンゴ大会もありますよ!』


『会合まで5日! ここだけの話、実は近所のカラオケ店で二次会の予定が……nおっと、これ以上は言えませんネ――』


『会合まで4日。食品にアレルギーがある人は早急に申し出てください――』


『会合まで――』


『遂に明日が会合デス! 一発芸の準備は十分デスか? ワタシはできてますよ……フフフ。腹筋に気をつけることデス……』


『とうとうこの日がきました! 今日の夕方6時! 遅れたら呪いますよ!(何らかの事情により遅れる際はワタシにメールを一つお願いします)』


 掲示してたのを見たとき、エブリデイ更新の力の入れ具合に、『一体何が始まるんです……?』って感じで逆に近寄り難かったわけだが。

 しかし校内放送までやってたのか……。

 そういえば食堂とかで聞いたような気が……。

 でも俺学校の中にいる間は、かなり五感制御してますから……ほら、悪口とか遮断する為に。


「さて、基本的な掟をあげましたが……一ノ瀬後輩、アナタは二つの掟を破りました。裏切りの掟、会合の掟。掟を破った人間には罰が下ることは知ってますね?」


 知らねーよ。何で大学のサークルで罪とか罰とかあんだよ。

 ただまあ、罰の内容によっては、それを甘んじて受け入れることもやぶさかではない……。

 『美人家庭教師にエッチな本が見つかって説教される(ただし家庭教師は彼氏いない歴=年齢のウブっ子で、顔を真っ赤に染めながら行うものとする)』的な罰だったら、喜んで受け入れるがね……。むしろウェルカム。

 さあて、センパイ。あんたは俺にどんな罰を与えてくれるんですかねぇ。

 ちょっとワクワクしてきたぞ。


「で、先輩。罰ってのは一体?」


「罰の内容――それはとても恐ろしく冒涜的でかつ陵辱的なものデス。一ノ瀬後輩の自尊心を破壊し、身も心もシュレッダーにかけられたかのようにバラバラに引き裂きます。二度と掟を破る、この組織を裏切る、そんなことを考えなくなる、いやそもそも考えるという行為すら不可能に……フフフ」


 おーい! 最後! 最後なんか人権侵害の匂いがしますよー!

 なんか、脳に頭空ける的な行為じゃねーの?

 ちょっと待ってよ、現代ですよ? 現代社会でこんな人のお脳味噌を迫害するような行為が許されていいわけ?

 いや、ダメだろ。言っとくけど俺、ここから無事脱出できたらこのサークルのこと全部暴露っちゃうよ?

 実は組織とか言いながら、先輩一人しかいないワンマンサークルだってこと!

 俺がサークル入部したその日、俺が退室した後「や、やったやった! 遂に部員ゲットデス! ……嬉しいデスっ」ってぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでたこと!

 弁当を食べてる時、ものすっごい笑顔なこと!

 結構な頻度でローブに躓いて転ぶこと!

 黒いローブの下、実は下着だけ!

 先輩は寝るとき、全裸派!(靴下除く)

 俺の中学生時代のあだ名は『倒れたままのダルマ』!

 世界のどこかには幼女が統治してる国が存在する!

 もしも世界が素直になれない幼馴染だけの村だったら!

 俺はまだ本気出してないだけ!


 全部ある事からない事まで捏造して……言っちゃいますよ?

 それがイヤなら、秘密が漏れないようにしっかり確実に俺にトドメを刺しておくべきですぞ!

 ……ん? おかしいな、俺が助かる方向じゃなくなったぞ?


「世にも恐ろしい罰、それは――」


 先輩は口元を歪ませながら、呪詛を呟くような口振りで言葉を紡いだ。

 俺は悟った。俺の人生、ここでDEAD ENDだって。だって出会い頭に人に睡眠魔法(という名のスタンガン)ぶちかますクレイジーガールだぜ?

 肉体的に死ぬ、もしくは社会的に俺を殺すことだって躊躇するはずがない。


 俺の脳裏に大切な人たちの幻影が浮かんだ。

 雪菜ちゃん、エリザ、大家さん、母様、先立つ不幸をお許し下さい。

 俺、一ノ瀬辰巳は、このド田舎の大学で生涯を終えることになりそうです。

 雪那ちゃん、実家の俺の部屋、天井に隠してる一ノ瀬辰巳×ドラゴンボールのクロス漫画、燃やしておいてください。

 エリザ、畳の裏に貼り付けてる18禁書目録、近所の中坊の帰り道にさりげなく置いてあげて下さい。

 大家さん、俺のこと見上げてる時、タマに服の隙間からキワドイとこ、見えたりしてたこと黙っててスイマセン。

 お母様、中学1年生の夏、俺に下の毛が生えた情報を近所にリークしまくったこと……絶対に許さねえ! おかげそれから1年間、マダム達の視線は俺に釘付けだよ! 中学生の繊細な心は傷ついたよ! 俺あの世に行ったら『俺は地獄でもいい! だがあの女だけは絶対に天国に行かせないでくれ!』って天使の偉い人に頼んどくから! ざまあみろ!


 ……ふぅ、これで死ぬ準備はできた。


 だが、俺もただでは死なねえ。死ぬときは、会長、あんたも一緒だぜ?

 まあ、縛られてる状態で相打ちにはできないから、あの世で<デス子先輩、毎週金曜日はノーパンデー!>って噂を広めとくくらいしかできんな。

 あんたがあの世に来たとき、道行く天使達に週一でいやらしい視線を向けられる謎、解けるかな?

 俺は次回(あの世)への布石を打ちつつ、デス子先輩から罰を受けいれる覚悟を決めた。


 先輩は罰についてこう言った。


「次回の会合の幹事、それを全て――アナタに任せます」


 まるで死の宣告をするように、重々しい口調で……そう言ったのだった。


「は?」


 聞き間違いかと思った。

 だって罰にしては軽すぎる、っていうか特に罰になってねえ。

 罰ってのは普通、正月に親戚が集まった居間で甥っ子に「お兄ちゃんは学校卒業してから今は何してるの?」って尋ねられたり、自作の小説を母親に朗読されたり、父親が突然「オレ、仕事やめてユーチューバーになるわ」とか言い出したりすることでしょ?


 こんな飲み会の幹事なんて、罰でもなんでもない。

 だから俺は「へ?」って間抜けな感じで聞き返した。


「いや、罰って、それだけですか?」


 俺の言葉に先輩は、挫折しダークサイドに堕ちんとする主人公を見下ろすように笑った。


「フ、フフ、フフフ! どうデス!? 恐ろしいでしょう!? 全て、デスよ? お店の予約方法や入店方法の確認で頭がいっぱいになり、まともな日常生活を送れることはできないものと思っておいた方がいいデス。おタバコはお吸いになりますか?と聞かれたときの対応法……アナタに分かりますか? ラストオーダー、グラスコウカンセイ、ゴヨウノサイハソチラノボタンヲ、ホカノオキャクサマハナンジゴロイラッシャルノデショウカ……未知の言葉に怯えるアナタの顔が浮かびます――フフフ……!」


 ローブの裾で口元を隠しながら笑うデス子先輩を見ながら思った。

 この人も、友達、いないんだな……って。

 多分、この歳になるまで居酒屋に行ったこと、なかったんだろうなって。

 初めての居酒屋に一人で……俺はその光景を脳裏に浮かべ、そっと心で涙した。


「フフフ……! どうデス? 頭を下げ、心の底から請うならば……ワタシが作った『居酒屋予約の書~予約から当日の精算~』これを貸してあげることもやぶさかではありませんが?」


 ローブから取り出した手書きの冊子をまるで賢者の石の様に見せびらかしてくるデス子先輩に「分かりました。その罰受けましょう。でもそれはいりません」と返した。

 すんなりと罰を受け入れた俺に、先輩は「恐怖を知らないというのは……本当に滑稽デスね」とか言いながら不敵に笑った。


 というわけで次回の会合の幹事を任せれた俺は、早々と縄を解いて貰い、部室から退出することにした。

 退出する直前――


「あ、言い忘れていましたが……」


「はい?」


「その髪型、似合ってますよ」


「あ、どうも……ありがとうございます」



 不意にかけられた言葉に、俺から出た言葉は嘘偽りない、真実の言葉だった。

 人に褒められたり、お礼を言われたりするのは、何というか……痒くなる、心が。

 それは多分、俺の心がそういった言葉に耐性がないからだろう。他人との関わりが極端に希薄だったから。


「どうしました? 顔が赤いデスよ?」


「い、いや何でも、ないです」


 あちらからすれば、何とはない社交辞令的なものだろうが、どうしてこうも恥ずかしいのだろうか。

 くそう、俺の心よ、もっとエヴォれよ! エヴォって『はい? 髪型っすか? あー、もうこれで20回目だわー。似合ってるって言われたの20回目だわー』とか言い返せるようになってくれ。

 そんなんじゃいつまで経ってもモテロードに入れないぞ! 入り口どころか、その存在すら怪しいところだけども。


「髪型を変えたということは……やはり失恋デスか?」


「一言多いな!」


 真顔でそう言った先輩に返した俺の言葉は、俺の心から出た嘘偽りないツッコミだった。

 やはりって何だよやはりって……。

 部室から出ると、廊下の照明は全て落され、アラウンドダークネス、周囲は深い闇に覆われていた。


「はぁ?」


 人の足音、気配が全くしない。

 おやこれは? と携帯を見てみると現在時刻は22:00。

 夜の10時ですか、そうですか。嘘は言ってないですね。

 俺12時間近く失神してたわけですね。


「あの女……単位落としたらどうしてくれるんだよ」


 責任とって養ってくれるんでしょうね。言っとくけど三食鯖の味噌煮付きTSUTAYAまで3分、起床時と就寝時にキスがないと養ってやられないんだから!

 鯖の味噌煮は缶詰でも可!


 俺は妄想内で先輩を筆舌しがたい恥辱に塗れさせながら帰宅した。

 帰宅中に気づいたのだが、不思議なことにトイレから出た後あげていなかったズボンのジッパーが上がっていた。

 ジッパーを上がったということは、そこに人為的な力が加わったわけだ。しかしそれを俺が行うのは、気絶していた為不可能。

 つまり俺が気絶している間に、何らかの力が俺のジッパーに発生したとしか考えられないわけだが……一体なにが。

 わ、分からない……帰ったらでんじろう先生に電話で聞いてみよーっと。


 家に帰ったら、エリザが「遅い!」とカンカンに怒ってた。


「こんなに遅くなるならちゃんと連絡してよっ、心配したんだからっ」


 とちょっと涙目で言っちゃうエリザに『別に辰巳君がどこで何をしようがあんたには関係ないでしょ!』と俺の乙女的な部分に出てきて言ってもらおうと思ったが、女ってやつは怒っていると手がつけられないことは知っていたので、下手な言い訳をしないで有りのままあったことを話した。


「大学の先輩にスタン狩られて、こんな時間までお寝ンネしちまってました。すまんこって」


「辰巳君のバカっ! もう知らないっ!」


 と更に怒っらせてしまった。エリザは「そこのご飯勝手に食べたらいいよ! レンジでチンして温めればいいじゃん! サラダはチンしたら許さないからっ」と言い放ち、押入れの中にスーっと消えてしまった。

 世の中ホントのこと言えばいいってモンじゃないんだなぁ、じゃあホントのコトってどこで言えばいいの? 穴掘ってそこに叫ぶの? 現代社会で外に漏れないくらいの穴掘ったらポリスメンに叱られちまうなあ……世間は世知辛い、とか思うのだった。

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