第43話 : 開戦と紛争 (裏話)


『これは悪い夢だ……神は我々を見捨てたのか?』


 米国人の兵士が、祈るように呟いた。たった一人、血まみれになり、空を見上げて悲劇を嘆く。

 思い出されるのは、遥か彼方から飛来する未知の生物で、戦車に乗っていたはずなのに、轟音と共に空の下に引きずり出され、同乗していた仲間が、"ソレ"に食い殺されたのを見届けてしまう。

 仲間の血で服が染まり、恐怖で失神したその兵士は、運良く生き残っていた。瞼の裏に、絶望の光景が張り付いて、眠れない日々を過ごすのだとしても。


 日本の東京。

 平和であるはずの日本の市街地で、軍事演習と称して始まった国連軍の攻撃が、全ての始まりかつ切っ掛けだった。

 ソレは、銃弾を受けても止まらない。物理法則を無視したような、巨体での高速飛行、鋼鉄で出来た装甲戦車を、咀嚼するように破壊できるあごを持った存在。

 生き物の内臓を食べるように、戦車の中から操縦者を引きずり出し、血まみれの牙で咥えていた人間を、上を向いて丸のみにする。対戦車ライフルか、戦車の主砲でしか有効な攻撃を与えられず、支給されたサブマシンガンやアサルトライフルでは、倒すことはおろか、襲われた仲間を助ける事すらできない超常の生物。



 それは、たった一発のミサイルから始まった。

 不運とタイミングが重なった結果、国連軍が放ったミサイルが異世界の『城』に命中し、一部を破壊してしまう。

 その防衛機構が発動し、周囲を固めていた国連軍と自衛隊の一部が『敵』と認識され、損害を受けたのだ。

 意外にも、異世界の『城』からの攻撃は、すぐ止まった。しかし、人々に恐怖を植え付けるには、十分すぎるインパクトを同時に与えていた。


 その『城』から飛来したのは、魔力で生み出された『生物』であり、蝙蝠こうもりのような羽を持ち、黒い爬虫類のような見た目だった。例えるなら、伝承にあるような『ドラゴン』に酷似していて、異世界では『ワイバーン』と呼ばれる生物だった。

 


 ――異世界から降り立った『城』に対し、国連軍……主に、米国主導の軍事行動が行われた。

 人間は、未知なものに対し恐怖を覚える。もちろん、それだけで軍事攻撃が行われるほど、人間は少なくとも、愚かではない。そう、多くの人間は信じていた。

 しかし、地政学的な観点から言えば、米国政府が日本と周辺諸国の意向を無視し、未知のモノへ先制攻撃をする理由は、確かに存在した。

 地球の裏側で、祖国ではない地で人間が死んでも、平気と思える理由が。


 例えば、それが危険であるかどうか、祖国から遠い地で試せれば、仮に何かしらの反撃により戦線が崩壊し、周辺国家から介入を許してしまっても、安全圏からその対策を導けると米国の参謀本部は考えていた。

 何もなければ演習と言い訳が出来るし、最悪の場合にも、国連主導で行われた攻撃だと言い訳ができるなら、米国政府による独断があったとしても、言い逃れが可能だという打算もあった。


 まず国連軍とは何か。

 読んで字のごとく、国際連合が指揮する多国籍軍であるが、軍事的影響力が大きい国が兵力を供給しており、その影響力は、現場の作戦指揮にも影響を及ぼせるものとなる。


 更に広い視点から推察するなら、過去の一世紀あまりの歴史が、この軍事行動を起こさせたとも解釈できる。

 いわゆる、大国と呼ばれる国の歴史は、戦争をして、植民地を得て、反乱が起き、戦争をする。この繰り返しで力を付けた側面が大きいという前提。

 いくら日本が従順な同盟国であろうと、米国が『日本』を国家として、心の底から信頼できるかは、別だという事実も添えて。


 それは、第二次世界大戦が終結し国際秩序が構築され、戦後70年以上が経過しても、原爆を落とした事の『報復』を考えない国は、少なくとも『日本』という特殊な精神構造を持つ民族以外では、国際常識として『ありえない』から。いつか反撃を受ける時が来るかもしれないという、小さな疑惑とも言える。


 それを踏まえて『日本』の地で、未知の物体に攻撃をし、そこから戦争に発展したとしても、激戦区となる日本の国力は低下する。同盟国であろうが、民間レベルでは過去の恨みが消えと思えても、国として見れば、将来の敵性国家が国力を落とす事は、マイナスではなくなる。

 その為に、同胞である兵士が死ぬ事になっても、いずれ来る軍需産業の活性化により、その損失が取り戻せるという下心もあった。

 ――人間は戦争に飢えている。国際秩序を作っている『軍需で上り詰めた国々』は、武器を消費し、流れる血で価値を保証し続ける『平和』を、近年は維持できなくなっていたから。

 平和を享受する為に生まれた世界の仕組みは、平和を作り上げた国や組織にとって、年月を積み重ねるほど『邪魔な存在』となるのは、一体どんな皮肉だろうか。



 閑話休題。

 その思惑に反し日本政府は、水面下で異世界人と接触する事に成功していた。他国から干渉を排除した状態で、対話を開始していた。国連へ『対処』を要望した手前、独自に平和交渉が成立する前に、この事実が露見してはならなかった。

 接触出来たのは、最前線で起きた『ある出来事』を、自衛隊の特殊部隊が目撃し、その後に接触に成功した為である。


 関与しているのは、防衛省の官僚が数名、政治家は与党の中でも数名に限定し、数としても多くない日本の諜報関連の人材が数名。

 諜報関連の人材の中に、実は日本の軍事部門の中で、オカルトを扱う少数の部隊が存在した。それを持つのは、世界でも長い歴史を持つ国や、宗教団体だけであり、歴史に抹消された技術を継承できた、極わずかな人材だった。日本、英国、そしてキリスト教系の団体と、仏教やイスラム教系の国と団体などがある。その中に、米国や中国、ロシアなどは含まれていない。



 そして運命の日。

 異世界の神、勇者や魔王、日本の政府関係者で、初の顔合わせが行われた時、タイミングを同じくして『城』への軍事行動が行われてしまった。

 異世界の『城』は、神が座す状態では、無敵に近い防衛能力を発揮する。

 仮に神がいなくとも、ミサイルの数十発くらいは、本来なら無傷で耐える。


 しかし――。


 米国の兵士の中に、紛れ込んでいた。世界を守るために、戦う存在がいた。

 その者が思う『世界』とは『米国』であり、国を守るため自ら軍隊に志願した『魔法少女』がいて、その力を使い、一撃を届けてしまった。最初は半信半疑だった米国だったが、その結果を目にし、目の色を変える。


「ああ、どうしてこうなったのか……」


 その呟きは、誰のものだったか。

 異世界側の人的損失は無かった。しかし、防衛機構が設計通りに動いた結果、この世界の住人と衝突する事になった。

 世界は『異世界の住人』を敵とみなすのに十分な動機を得てしまった。



 ――この時は誰も、更なる悲劇が待っているなんて、想像している人はいなかった。

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