第5話ライブの終わりに

「終わっっっっったああああああぁぁぁ!」


「疲れたああああああぁぁぁ!」


午後9時。ライブが終わって疲れきった俺と芽里が同時に雪に抱きつく。


「おい芽里!」


「何よ、そっちこそ離しなさい」


雪が俺の肩を掴んだ。よし、やっぱり俺の勝……


「おにい、やめて」


「なんでー!?」


引き剥がされたのは俺の方でした。なんだよ、やっぱり女子の方がいいのかよ。俺お兄ちゃんなんだよ。


「雪ちゃんは優しいんだね〜はー、癒される」


なんで俺が指くわえて見てなきゃいけないんだ。


「そんなに誰かに抱きついたいんならしづにいに抱きつけば?」


「それじゃ意味ないだろ!」


雫月なんかに抱きついたところで癒されないから。雪じゃないとだめなんだって。


「はいはい、準備できたんなら帰ろうね。おにい今ただの女の子の服きた男だよ。どうにかしてくれない?」


女の子の服きた男…… どういう状況……

なんだよ、と文句を言いながら俺は服や髪を整える。別にほんとに雪に文句があるわけじゃないけどな。文句なんてひとつもないし。


「電気消すよ? いい?」


部屋に忘れ物がないかを確認していた雫月が顔を上げそういった。多分大丈夫だろう。来た時と同じように関係者入口から外に出る。と、まあ想定内なのだがファン達が群がってきた。


「すいません、翔様と鈴ちゃん、まだこられませんか?」


「まだ時間がかかるでしょうか……」


「ごめんね、分からないんだ。でも見かけてないからもう帰ったのかも……」


にっこりと笑いながら雫月が答える。まあ俺たち今から帰るんだけどね。残念だったね、いくら待っても出てこないよ。ファンサぐらいしろよって言われるかもしれないけど俺らは一刻も早く人目のない家に帰りたいんだ。

雫月の言葉に混乱しているファンをよそに俺たち四人は駅へ向かった。


「明日も学校かあ……嫌だな……」


「私も」


全員全力で頷きながら大通りを歩く。家の近くより街灯なんかの光が少ないからだろうか。今日の満月が異様にきれいに見える。


「そうだ、夜何食べたい?」


さくらからと思しきメールを見た芽里が主に雪に問う。


「パスタ食べたーい」


にこにこと笑いながら雪が答えた。あんな笑顔向けられたら誰も断れない。というか断るような空気の読めないやつは俺が許さない。返事を聞いた芽里がさくらに電話をかける。


「あ、もしもし? うん、雪ちゃんがパスタがいいって。うん、今から新幹線。またあとでね」


とんでもないイケメンが超絶可愛い声で電話してるってなんかあれだな。見られたら困るな。今はほとんど人がいないから良いけど。芽里の声は可愛いしなんか落ち着くんだよな。


「なにか飲み物欲しい人ー!」


「私サイダー飲みたい!」


「俺もー」


「僕は何でもいいけどなにか飲みたい」


迷惑にならない程度にわいわいしながら駅についた俺たちは、なぜか俺の金で飲み物を買い帰りの新幹線へと乗り込んだ。



「ただいまー!」


「おじゃましまーす! あ、邪魔じゃないから良いか」


「おかえりなさい、ちょうどご飯ができたところですよ~」


流石有能なうちのメイド。ちゃんと帰宅時間に合わせて作っておいてくれるんだよな。芽里、確かに邪魔じゃないけどよその家でやっちゃだめだぞ。


「おかえりなさいお坊ちゃま、雫月様、芽里お嬢様、雪お嬢様」


なんで俺だけその呼び方……


「まだまだ私から見れば子供ですからね」


「心の中読んできやがった…… というかそれなら雪も芽里も雫月もだろ!?」


「お坊ちゃまだけそう呼ぶから面白いんですよ」


おい、征太俺の執事だったよな? 忘れてないよな? ほんとなんなんだよこんな腹黒とさくらが夫婦とか考えられないぞ。


「ほらほら、ご飯さめちゃいますよ。行きましょう?」


くすくすと笑いながらさくらが言った。俺以外の三人が競うように廊下を走りだす。食い意地……


「どうかされたんですか?」


「いや、なんでもない」


さくらと征太とともに俺は廊下を歩きだした。向こうの部屋から雪のおにいおそーいという声が聞こえてくる。かわいい。ほんと可愛い。天使。え? 俺がシスコン? そんなわけないだろ。


「あ、おにい、美味しいからちょっとおにいの分も食べちゃった」


飛び切りの笑顔を見せた雪に俺は思わず自分の皿を見る。


「ほとんど食べたんだ……」


「自分のところに移しただけだもん。だめ?」


許す……! 俺の夜ご飯ほとんどないけど許す! 全力で許す!

……甘やかしすぎか? そんなことないか。


「いいよ、好きなだけ食べて」


「やったー! おにいありがと~!」


俺はこの笑顔を見るためにこの世界に存在しているのかもしれない。

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