13.包帯を巻かれたクラスメート

 おはよう、おはよう、おはよう。

 別にクラスに親しい友達がいないからと言って、誰とも挨拶しないなんてことはない。私はものぐさだけれど、陰キャではない。陽キャでもないけど。──教室では、部活に精をだしていたスポーツ女子で通っていたから、特に肩身の狭い思いをするなんてことも無かった。もっとも、その部活はやめてしまったけど。

 お昼は、帰宅部になってからは、ほぼ毎日静子と学内のどこかで食べていた。それから、時折、上級生の目を盗んで、部活の仲間たちとも会っている。辞めてから知ったことなのだけれど、水泳部には、私以外にも居心地が悪いと考えている生徒が、三年から一年までそこそこの数いるようだった。


 ホームルーム前に、そんな事を考えながら教室を見渡していると、クラスの一角に人だかりがてきている。


 私は、なんだろう? と思って覗き込む。そこには、包帯がぐるぐる巻になった男子が一人座っていた。


「ミイラみたいだな」

「普通そこまでのケガだと入院なんじゃないの?」

「気持ち悪いを通り越して、おもしろいよな」


 そこは土浦正美という名の、男子生徒の席だった。そういえば、彼も帰宅部だ。


「土浦くん、どうしたの?」


 私は、わりとクラス内で親しくしている女子に尋ねる。


「こないだの怪人がらみの事件で怪我したらしいよ」

「……へー、災難だね」

「そうでもないよ。土浦くんて普段、Nサポーターズやってるから……普段から、ケガも仕方がないんじゃない?」


 その言い方には、複雑なニュアンスがこもっていた。


 Nサポーターズ。

 彼らは、市街を巡回して、街の安全を守るために活動をしている、犯罪防止NPO団体だ。市民の為に慈善活動をしており、時に特殊保安官ネイティブガーダーの下っ端みたいなこともする。

 正式名称はネイティブサポーターズとも、ナショナルサポーターズとも言われているけど、実は本当のところはよくわかっていない。街にいると青少年らに何かにつけて神経質に文句を言ってくるので、ナーバスサポーターズだなんて、名称もあるくらい。


「へー、そうなんだー、すごーい」


 ぶっちゃけ私的には、あまり興味はないのだけれど、いちおうクラスメートの手前、驚いてみせる。


「意外だよねぇ」


 クラスメイトが私に同調する。人によっては、Nサポーターズは尊敬に値するものでもあるし、嫌悪の対象でもある。ただ──それはそれとして、私から見る限りでは、土浦くんは、色白で線の細いひ弱そうなタイプで、ちょっとそういう活動には向いているようには見えなかった。

 しかし、耳をそばだてていると、包帯ぐるぐる巻の彼は、真逆のことを言った。


「俺、こう見えて頑丈だから」


 土浦くんは男子らのからかいに対して、特に嫌な顔をせず、笑顔を返していた。けっこうな強メンタルだな、と思った。

 チャイムが鳴って、教室に先生が入ってきた。教卓に先生が経つと、自然とクラスが静かになる。進学校だからか、小中学校では見られなかった規律がわが校にはあった。

 日直の号令。出欠の確認。教師からの伝達事項を経てホームルームが終了。ここから、お昼までノンストップでいつもの授業だ。


 一時間目は数学、二時間目は現国は滞りなく進んだ。三時間目は生物。──私は、生き物全般に抵抗がない。基本的には、犬も猫も、それどころか昆虫や爬虫類にも。だから、生物の授業についても、女子にしてはだいぶ好奇心をもって、聞いているんじゃないだろうか?

 もっとも好奇心や興味の度合いでいうと、静子の方が数段上ではあるけれど。彼女は、小学校時代から図鑑を買いあさり、その知見を密かに広げている。こないだの、買い物の際の本屋の前のように。


「……えー、このように昆虫というのは、哺乳類や爬虫類とはちがった外観をしていますが、同じように呼吸をし酸素を二酸化炭素に変えています。肺ではなく器官で。だから口を塞がれた人間がそうなるように、昆虫たちも器官が水にぬれると窒息して死んでしまいます」


 私は、生物の授業中ずっと別ページの蝶の写真を見ていた。実は葵の翅の模様が気になっていて、同じものがないか探していたのだ。

 けれど掲載されていたのはアゲハチョウやモンシロチョウと、それの亜種がちらほら。残念ながら葵の模様と同じものはなかった。蝶の種類は世界中で十四万種との記載があったから、そう簡単に同じものがあるわけない。

 結局私は、教科書で調べることを諦め、昼休みか放課後にでも図書室に行って、図鑑で調べることにした。


 そんな事を考えていたら、教室の窓側で、ものすごい音がした。土浦くんが、椅子ごとひっくり返ったのだ。

 皆びっくりして、授業がとまる。


「……!」

「土浦ぁ、おまえどうした!」


 生物の先生があわてて駆け寄ると、土浦くんは起き上がる。


「す、すいません……平気です」


 と、本人は言うが、フラフラとしていて大丈夫には見えない。


「具合が悪いのか?」

「ずっと座ってたら背中痛くて、姿勢かえようとしたらしびれちゃって、ひっくりかえったんです」


 クラスの生徒らが笑う。 生物の先生は心配そうに土浦くんを見ている。


「おまえなぁ、大丈夫なのか?」

「たぶん」

「とにかく、保健室行って休みなさい、今日の日直は?」


 生物の先生が言うと、日直の男子が面倒臭面倒臭そうに手を挙げる。


「送ってあげて。中島先生には俺言っておくから」

「はい」


 土浦くんは日直に支えられて、教室の外へと向かった。


 ただ──彼が私の後ろを通り過ぎるその時、私はまた、目眩をおこした。それは葵と、望海先輩の時にみた幻視と同じものだった。


 え、ここで? この幻は、日直男子のモノか、それとも土浦くんのモノだろうか?

 あるいは先生?──そう思っていると、高所恐怖症の人がみたら、卒倒しそうな景色が頭の中に入ってくる。


 それは、低く市街地を飛ぶ、鳥の目線だった。場所は、私たちの住む街。それから相良川が見える。景色が少し違う。馴染みの座国橋が、私の小さい頃の、細くてボロいもののままだ、たぶん十数年前の景色なのだろう。

 それから見えてきたのは市街地の一角。集合住宅の敷地の木に止まる、とても沢山の鳥。さらに目に入るのはアパートの一室らしき部屋。六畳半ほどの居間にテレビがある。そのテレビでは、特殊保安官ネイティブガーダーを扱った、特撮ヒーロー番組がやっていて、それをかじりつくように見ている男の子がいる。


 ふたたび木の上。多くの鳥。けたたましい鳴き声。──いったいなんの鳥だろう?それらは、アパートのそばにある大木に集まっていて、とてもうるさい。

 ふと見ると、木の下で、大人たちが迷惑そうに文句をいっていた。その中で、一人の幼稚園児くらいの男の子だけが興味深そうに木を眺めていた。

 木にとまる鳥と男の子目が合う。

 

 誰の視点?

 誰の目線?

 あれ?

 この子は土浦くん?


「授業を再会するぞー、あと一ページ」


 私は先生の声でハッと我に返る。

 また、何か見てしまった。しかもだいぶサイケデリックだった。流石にこれは、葵に相談したほうがいいのだろうか?

 私が、振り返ると土浦くんはすでに保健室へ向かった後だった。

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