16.木陰のランチ

 学校の中庭にある、木陰になったベンチに座って、静子と一緒に遅いお昼ご飯を食べた。今日は風があったので、いくぶん涼しかった。

 話題はもちろん、再会した葵についての話となる。


 二年二組に葵がいる、という話。名簿には名前がなかったが、それは名前が違っていたからという話。それから、連絡先を交換した話。とどめに、静子はあとで覗いて顔を見るからと、葵の特徴を聞いてきた。


「……顔の半分にちょっと大きめの痣がある男子だよ」

「痣……?」

「こういう痣」


 私は、携帯から先程撮った図鑑の写真を見せる。


「蝶?」

「綺麗でしょ」

「うん」


 さすが古生物好き女子。生き物に抵抗がない。


「これに似た痣が顔にあるよ」

「わかりやすいね」


 ただ、先程より声のトーンが落ちていた。たぶん、そういう外見的特徴がある人物を好奇心だけで見に行くことに気が引けたのだろう。

 そして、その矛先は結局私にもどってくる。


「それで、好きなの?」

「ぶっ……」


 私は、今飲んでいた豆乳を吹いた。


「ちょ、きたないー」

「何でそういう事になるの」

「そういうのは、自覚したほうがいいんだよ」

「あのねえ……まだ何回かしか話したこと無いし、好きかどうかなんてわからないよ」

「そう?落ちるときは一瞬だからねぇ」

「……」


 確かにそういうものだろう。醒めるときだって一瞬だし。ていうか、落ちてはないでしょ。──たぶん。


「静子はどうなの? 望海先輩のほかに、気になる人いないの?」

「えっ……」


 今度は静子の目が曇る。その顔は望海ショックから抜け出せていない証拠だろうか?


「ごめん……まだ気にしてたんだ」

「うん、まあ」


 結局、互いにはっきりしない恋愛トークはそれ以上盛り上がることはなかった。食べ初めが遅かったから、昼休みの終わりが迫っていた。私は、やや急いでサンドイッチを口に詰め込んで、静子に尋ねる。


「そういえばさ、他にも気になることが一つあるんだけど」

「何?」

「さっき真千山がさ、私に勧誘してきたじゃない? 怪人結社の活動団体のこと。そこがね今度の休みの日に、海賊広告のパフォーマンスをやるんだって」

「へー」

「それも、大々的に」

「……」


 静子が、つけまつ毛をぱちくりする。顔が曇った。


「どう思う?」

「……わからない。知らないよ」

「なんか、聞いちゃった手前気になってて」


 すると静子は、薄いグロスを引いた口からため息を吐きながら言った。


「真面目だねえ、深は」

「真面目? あたしが?」

「んー、というか正義感が強い?」

「え、あたし正義感とかないよ?」

「ああ正義感とはちがうかな? 人様の曲がったことが嫌いなような?」

「それはちょっとあるかも」

「でも自分には甘々だよね」


 今度は私の顔が曇る。


「……ご指摘のとおり自分には甘々な駄目な子ですよ私は」

「自覚あるんだ」

「うん……それでどう思う? あたしどうしたらいい? 警察とかに言ったほうがいいのかな?」

「……警察って……余計なことしないほうがいいんじゃない? 後で面倒なことになりそうだしさ」


 それは、もっともな意見だと思った。


「うーん、やっぱそうだよね」

「何かする気? まさか行く気?」

「たぶん行かない」

「それがいいよ」


 静子の意見で心が決まった。──何もしない。そして断りの連絡をどこかで真知山芽衣に入れなければ。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。私と静子は急いで食事を終えると、立ち上がって校舎に戻った。

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