第23話 ある穏やかな夜 

 正月が明けたある日の夜。

 俺は結衣の部屋でごろごろしていた。

 以前までと違って、単純に一緒に過ごしたいからだ。


 結衣はベッドで寝ころんで本を読んでいる。

 俺もカーペットの敷かれた床で寝ころんで本を読んでいたので似たようなものだけど。


 さっきまで読んでいた本は、ドタバタラブコメ……に見せかけた、叙述トリックものの

 悲恋物だ。序盤が明るく楽しい学園生活が描かれているので、すっかり騙されてしまった。


(おもえば、主人公に対するヒロインや周囲の人物の反応が変だったんだよなあ)


 叙述トリックの王道と言えば王道だが、見事に騙されてしまい、清々しい気分だ。

 出来の悪い叙述トリックは、途中でネタが割れてしまい白ける。


 その点、この作品は、うまく叙述トリックの不自然さを隠蔽して、しかも、

 ネタがバレる前の話も意味があるようにできている。


(うーん。この本は当たりだな)


 気がかりなのは、1冊では完結していないところだろうか。

 続編が出るといいのだが。


 ふと、ベッドから穏やかな寝息が聞こえてくる。

 結衣のやつ、寝ちゃったのか?


 「正式に」付き合うようになってから、こんな風に無防備な姿を見せることも増えてきた。


 立ち上がって結衣の様子を観察すると、本を抱きしめて横向きに寝ている。

 読んでいる内に眠気がしてきたのだろうか。


(ちょっと近づいてみようかな)


 顔を近づけてみるが、結衣が起きる様子はない。

 気持ちよさそうな顔をして、寝息を立てているその様子はなんとも可愛らしい。

 

 結衣は昔から俺と出来ていると思われていたのか、お近づきになろうとする男子こそ多くない。

 しかし、黒いロングヘア―に少し童顔気味な顔、ほどよく膨らんだ胸。

 幼馴染びいきではないが可愛いと思う。

 愛嬌はないけど、そんなところも魅力だ。


(ちょっと触ってみようかな)


 一線を越えたとはいえ、胸やらそういうところを触るのは俺の矜持にかけてやらないが。

 髪や顔を触るくらいはいいだろう。


 そう思って、寝ている彼女の髪をなでたり、頬をぷにぷにしたり、手を握ったりしてみる。

 

「うーん。昴ちゃん……」


 俺の夢でも見ているんだろうか?

 そうだとしたら、少し嬉しい。


 ふと、彼女の目がぼんやりと見開かれる。

 お目覚めかな。


「おはよう」

「おはよう、昴ちゃん」

「まだ寝ぼけてるな」

「寝ぼけてないよう」


 少し幼児退行したようで面白い。


 しばらくして意識が覚醒したようだ。

 で、そんな結衣で遊んでいた俺はジト目で睨まれる。


「昴、私に触れてたでしょ?」

「なんでわかった?」

「なんだか触れられてた感触があったもの」

「いや、すまんすまん。つい、出来心で」

「変なところは触ってないわよね?」


 もし触っていたら危ないところだった。


「もちろんだって。信用できないか?」

「もちろん、昴のことは信じてるけど」


 信用を壊すようなことはしないようにしよう。


「それより、何の本だったんだ?」

「?」

「いや、おまえが抱えている本」

「これね。戦国時代のことについての本よ」

「戦国時代というと、信長・秀吉・家康あたりの?」

「そういうのもあるけど、もうちょっと当時の価値観に踏み込んだ感じね」

「どういうことだ?」


 俺も人並みに戦国時代の知識はあるけど、ピンと来ない。


「たとえば、戦国時代って人の命が凄く軽かったらしいのよね」

「そりゃ、あちこちで戦争をしてる時代だからなあ」

「それもあるけど。一時の感情で軽く人を殺してたりとか、浮浪者で試し斬りしてたとか」

「それはエグいな」


 戦国時代のイメージが変わりそうだ。


「つくづく、今の時代に生まれてよかったと思うわ」

「そうだな」


 なんだか色気のかけらもない話になってしまった。


「ところで」

「ん?」

「私に触れるのはいいのだけど」

「いいのか?」

「もちろん、限度はあるけど」

「そりゃな」

「その前に、起こして欲しいわ」

「まあ、さすがに、寝ている間だといい気はしないわな」

「そうじゃなくて、私も昴と触れ合いたいってことよ」

「それはすまなかった」


 以前なら言わなかったような恥ずかしい言葉も、平気で口にしてくる。


「じゃあ、今からならいいか?」

「ちょっとムードがないけどね」


 そう言って、後ろから抱き着いてきた。

 寝起きの体温が伝わってきて、暖かい。


「結衣の身体、暖かいな」

「昴のは少し冷たいかも」

「もっと温めてくれてもいいんだぞ?」


 冗談めかしてそういう。


「じゃあ、そうする」


 もっときつく抱きしめてくる結衣。

 ここまでされるとさすがに恥ずかしくなってくる。

 とはいえ、ほどくのも忍びないので、しばらくそのままにしている。


 そうして、お互いに触れ合う夜なのだった。

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