第5話
マンションやアパートの賃貸契約を結ぶ際には、たとえ成人であっても仕事を持っている人でも、万一の際に借主に代わって責任を負うことになる保証人の署名・捺印が必要になる。
賃貸契約における『保証人』は、多くの場合『連帯保証人』という位置づけになる。
民法上では単なる保証人と連帯保証人には大きな違いがあり、保証人の場合は不動産会社や貸主から家賃滞納の支払い請求を受けた場合に、借主(契約者)のほうへ請求を頼んだり、借主の財産を差し押さえるなどの要求をすることが可能だが、連帯保証人の場合は貸主からの保証請求に対して拒否ができず、借主とまったく同じ責任を負う義務がある。
保証人を依頼する際にいちばん面倒がなく、不動産会社や貸主からも信頼されやすいのはもちろん両親だが、両親が定年を過ぎて年金暮らしだったり、ワーキングプアなどで収入が少ない場合は、より保証能力が高い兄弟・姉妹や親戚に依頼するケースがある。
また、親が遠方の実家に住んでいる場合は、近くに暮らしている親戚や会社の上司のほうが望ましいとされる場合もあるのだが、審査が厳しい貸主だと、もうひとり連帯保証人を立てることを要求されることがある。
宏の場合、少年院から退院後直ぐに両親と家族は失踪し、親類は絶縁、兄弟は幼少の頃に兄が亡くなった為に全く身寄りがおらず、会社の上司と言っても単発のアルバイトや派遣などで信頼に値する上司ではない為、保証人は少年院時代に保護司の人から勧められてお世話になったNPO法人の人にやってもらっている。
一人暮らしは黎明町から数駅離れた明神町で住んでいるのだが、街の規模は小さく、バスやタクシーなどが余り通っておらず電車は一時間に4本程度で、交通手段が少なくて生活に不便な為に思い切って黎明町に戻る事になった。
治験ボランティアが終わり、彼等はいつもの生活に戻っていった。
いつものように蓮は仕事が終わり、リサイクルセンターでようやく購入した3万円程の数年前のパソコンを家で使ってネットサーフィンに興じている。
(あーあ、宝くじを勢いで買ったのはいいが、当たるのかねえこりゃあ……)
七福神のイラストが描かれた宝くじを、蓮は見つめて、パソコンを操作している。
スマホの着信があり、蓮は最新の音楽動画を止めた。
『ねえ、私の店ね、食いログで高評価が付いたわよ』
着信主は凪からである。
『どうせまぐれじゃねえのか?』
――ネットの評価なんざ、あてにならないんだよな。
ネットで高評価のラーメンを食べに出向いたが、不味かったのを連は思い出す。
『それがねえ、何人も評価してくれているのよ』
『ふーん、お前の店調べてみるわ』
蓮は動画を閉じて、凪の店を食いログで探す。
探すほど一分、直ぐに凪の店が出てきた。
(変な評価が書かれてなければいいのだが……)
蓮は不安になりながらも、食いログのUSRをクリックする。
『黎明町で一番おいしい店 良心的な値段はさることながら、料理の腕前は良く、唐揚げはジューシーで、刺身は身が引き締まっており、それらを格安で提供してくれる隠れた名店である ヒッキー』
(ふーん、いいじゃねえか。このヒッキーって奴はいったい誰なんだ?)
『見たが良い事が書かれているな。このヒッキーって人は客の誰かか?』
『うーん、お客さんなんだけれどもねえ、多分。ネットに詳しそうな客さんと言ったら、傑しかいないのよね』
『あいつなんじゃねえ?』
『そうかもしれないわね、ねえ、傑なんか最近様子おかしいんじゃないのかな?』
『おかしいって、あいつは常に挙動不審だが』
『いやねえ、何か私達に隠し事をしているような感じがするのよねえ』
『でもよ、人の事を詮索しても何も変わらないだろ?』
『うーんまあそうなんだけどねえ……でもなんか引っかかるのよねえ、そんな気がしてならないのよねえ』
凪にLINEを送る時に、宏からLINEが入る。
『俺、黎明町の公団住宅に入居が決まったわ』
『まじで、でもあれって、保証人とかの関係があるんじゃないのか? 一人暮らしは駄目だとか』
『それがなあ、保護担当の人が役所に自立する為だとかうまく言ってくれて、決まったんだよ』
蓮は、無料でダウンロードした漫画キャラのスタンプを宏に送る。
『へえ、良いじゃねえか、何処なんだ?』
『椿団地の1号棟でな、104号室ってところだ』
『俺の部屋のすぐ真ん前じゃねえか!』
『でなあ、今日下見に行くんだよ、また凪の店に飲みに買ないか?』
『いいぞ、傑にも伝えておくわ』
蓮は宏とのラインをひとまず止めて、傑のアカウントを開く。
アニメキャラのプロフィール画像には、引きこもり野郎と書かれており、それが傑のLINEアカウントである。
『今日暇か? 凪の店に飲みに行かないか?』
メッセージは直ぐに既読になり、アニメキャラのスタンプでOKと送られてくる。
(こいつ暇人なんだなあ……あんなにパソコンが出来るのに、普通に働けばいいのになあ)
蓮はスマホを置き、いたずらで検索エンジンに傑の名前を入れてみる事にした。
もう暦の上では9月で秋なのだがまだ外は暑苦しく、午後7時を回った時、彼等はペットボトルを片手に『サーフィン』へと出向いた。
「いらっしゃい!」
ネットで反響があったのか、普段は閑古鳥が鳴く店内はなぜか珍しく客で賑わっており、彼等はカウンターへと案内される。
「とりあえずビールな」
「お前とりあえずビールって老けている証拠な、俺はウーロンハイ」
宏は蓮にそう言って、目の前に出されたおしぼりで顔を拭く。
「お前だって老けている証拠だろうが。一体何処の世界におしぼりで顔を拭く親父がいるんだよ」
「でも俺らもう20超えたろ?立派なおっさんだよ」
「あんたら立派なおっさんよ、傑は何がいい?」
「俺は……」
傑は何かに脅えたかのようにして挙動不審になり、周りを見渡している。
「んなよ、もうここにネット民は居ねえよ」
蓮は傑にそう言って、煙草に火を点ける。
「え…‥?」
宏は黙って、スマホを操作して、傑にウエブページを見せる。
『馬鹿 鬼瓦傑(25)、会社のバリスタに小便を混ぜて首』
「な、ばれちまったか……」
「なあに、何か不安な感じはしたからな……」
「……ああ、そうか。実はな、俺、前の職場でいじめを受けていて、ムカついたからやっちまったんだ、それを会社の奴にばれてしまって首になってな、誰かがネットに書いたんだ。それで……」
「まあ、大手は絶望的だがな、お前は顔写真は載っていないだろう? 住所も出ていないし、何も不安がる事じゃないぞ」
宏は傑の肩を叩き、運ばれてきた豆腐のお通しに箸を運ぶ。
「そりゃあね、私達長年の付き合いだからわかるわよ、様子がおかしいのは」
凪は私の奢りだと言って、傑の前に大好物のビールと軟骨の唐揚げをそっと置く。
「だがな、これでは正社員が……」
「んなよ、正社員じゃなくても普通に飯食っている奴いるだろうが。お前はパソコンの腕がぴか一だからな、副業で在宅で稼ぐのはどうだ?」
蓮はそう言って、運ばれてきたビールに口を運ぶ。
「ああ、今それやっているのだがな、あまり大した稼ぎにはならないんだ」
「あれって月に5000円ぐらいにしかならないんだろ? いくら稼いでいるんだよ?」
「……10万円だ」
「十分じゃねえか!」
「てかな、宝くじの発表って今日じゃねえのか? 見てみようぜ」
「そうだな、見るか」
宏はスマホで、宝くじの当選発表を見やる。
「んな、当たらないわよ、当たったらね、今日の分出してあげるわよ」
凪は彼等を小馬鹿にした態度で、ビールを口に運ぶ。
「おい、本当だな」
「え?」
「マジだよ、500万円当たっちまっているんだよ!」
蓮はにやりと笑い、宝くじを凪に見せる。
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