第3話 

 鬼瓦傑(オニカワラ スグル)と蓮は、幼稚園から高校時代までの竹馬の友で、凪とともに毎日のように遊んでいた。


 傑は知能指数が150以上あるのだが、肝心の学業の方には全く興味が持てずにテストは赤点。


 だがIT系の知識は凄まじく、自分でプログラミングやHTMLなどを使い自作のウェブサイトを立ち上げたり、高校生なのにもかかわらずMOSや情報処理系の技術資格を取得、そして自作のパソコンを作って売るなどをしていた。


 進路を考える時期になり、パソコンの分野の方に興味があった為か、学校を卒業した後にパソコン関連の専門学校に進学をした。


 だが、凪同様に連絡が取ることができずに数年間音信不通であった。


 蓮達の目の前にいる、オタクだった学生時代とは全く雰囲気が違う傑を見て、蓮達は心配な表情を浮かべる。


「なぁ……お前、何故そんなに痩せてしまったんだ? ひょっとして、クスリか……?」


 蓮は、傑が昔モテようと何度もダイエットしようとして数時間でギブアップしてしまった事を思い出し、ここまでガリガリになるのは覚醒剤などの薬物を投与しているからなのではないかと不安に駆られる。


「ど阿呆、前の職場での激務だ、俺ブラック企業のITソルジャーだったんだよ、俺学歴が無くてな、転職活動もうまくいかなくて、仕方なく定年までいようかと思ったのだが、ブラック過ぎてな、心身を疲弊してしまってな、10年も持たなかったんだよ……」


「……」


 世の中の仕事でブラックな職種の一つに、IT関係の仕事がある。


 椅子に座りパソコンを目の前にした長時間拘束、それほど高くはない賃金、眼精疲労や腰の痛み、そして職場にもよるのだが上司のパワハラが当たり前な世界は、どんな人間でも精神に異常をきたすと以前IT企業の派遣社員をやっていた元同僚の言葉を蓮は思い出す。


「蓮、お前は何をしていたんだ? いや、お前には悪かったがな、スマホで休憩中に遊んでいたら上司から取り上げられてしまって返してもらえなかったんだよ……」


「そっか、それは災難だったな、俺は実はな……」


 蓮は傑に、今までの経緯を話した。


 一通り話し終えた後、傑は溜息をつく。


「ふぅん……そりゃ、おまえは何も悪くはないな、だが……」


 傑は再度溜息をつき、銜えている煙草を灰皿にもみ消して、言いづらそうにして口を開く。


「社会で暴力を振るうのはご法度だ。仮にそれが社会正義でやったとしても、暴力を振るった人間は司法的な立場で言えば悪い」


「そっか……」


 蓮は深く溜息を付いて、短気な性格のせいでまともな就職先が無くなってしまった自分を呪った。


「でもよ、ネットに書かれてないんだろ? それならばいいんじゃねぇか?」


「あ、ああ……」


 蓮は解雇になった後にすぐさまネットで自分の名前を検索したのだが、全く何も悪く書かれておらず、出てきたのは自分と同姓同名の青春を謳歌する高校生のSNSだけであった。


「俺なんざ……」


「?」


「あ、いや、何でもねーよ。それよかここさ、食いログでコメントしてやろうか? 食いログには登録はしてあるのか?」


 傑は何かを言おうとしてやめて、隣で話を聞いている凪にそう尋ねる。


「え? いいの? 有難う。なかなか口コミとか書いてくれる人がいなくってねえ、バイトを雇う余裕すらないわ」


「てかお前、今何してるんだ?」


 蓮は昔とはかなり違った様子である傑に尋ねる。


「あぁ、俺は軽い鬱病になってしまってな、つい最近ようやく完治したんだ。いまは在宅のアルバイトをしてるんだよ」


「そっかぁ、俺はフリーターだよ、お互い金がねぇな……」


 彼等は自分の身を呪い、深い溜息をつく。


「手っ取り早くまとまった金を稼げる方法とかって無ぇかな……短期バイトとか」


 蓮はふと、テレビを見やる。


 テレビには、ネットで不倫が暴露されて炎上している青年実業家が、得意の持論を述べているのが蓮達の目には飛び込んでくる。


「お金が欲しけりゃね、治験ボランティアが手っ取り早いんすよ。寝てりゃ金貰えるから」


 そいつは、ふてぶてしく笑いながら視聴者たちにそう言い放つ。


「ん? なぁ、治験ボランティアって知ってるか!?」


「いや、知らない」


「知ってるわよ、新薬のモルモットでしょう? それでまとまった金が稼げるらしいわよ」


「それだ!」


 蓮はスマホで治験ボランティアを検索し始める。


「寝ていて金を稼げるなんて夢のようだな」


 傑も蓮と同じようにして、最新式のスマホを取り出す。


「ねぇそれ最新のやつじゃない! あんたそんな金もらってないのに何故そんなの買えるのよ!? 私なんてGUOで買った中古のスマホよ!」


「いやそれはな、失業保険とかで買ったんだよ」


「んな、働きなさいよ! あんたその気になればそれなりの企業に入れるでしょう!? 私達よりもパソコンできるし!」


「……」


 傑は暗い顔をして無言で検索を続ける。


(こいつ何かあったのか……?)


 蓮は長年の付き合いで、傑が何かを隠しているのか察知をしたのだが、人の事はあまり詮索はしないと決めているので、敢えて聞かない事にして、ウエブの検索ページを探し続ける。


「あった、治験ボランティアのやつだ。何なに、月15万円、睡眠薬の治験で、締め切りが明日までで、……こりゃあ、やるしかねぇな!」


 蓮はにやりと笑いながら、治験ボランティアのウエブページを傑に見せる。


「あぁ、やるか!」


 彼等は意気揚々として、申し込みのフォーマットに入力を始める。


「全くねえ、あんたら普通に働きなさいよ!」


 凪はそう言って、馬鹿ね、と呟き台所へと足を進める。

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