第17回

「私を殺せるなら殺してみなさい。絶対に離さないから」

 恐怖に抗い、精一杯に叫んだ。男たちに背中を向け、久遠を庇うように覆いかぶさった。

 抱きしめる。男たちがじりじりと近づいてくる気配に身が震えたが、私は動かなかった。

 久遠。腕を斬り落とされようとも離すものか。

 永遠にも等しい数秒が過ぎた。私の体の下で、久遠が小さく息を呑む。

 叫び声、そして低い打撃音が耳朶を打った。なにが起きた? 薄く目を開き、肩越しに背後の様子を伺い見た。数名が気絶したように伏しており、他の者たちも混乱のさなかにあった。叔父も累も後ずさって、面食らったようにあたりを見渡している。

 男たちが倒れ、また倒れ、ついには全滅した。最後まで逃げ回っていた叔父もとうとう、くぐもった悲鳴とともに転倒した。手足を闇雲に動かしているが、自力では起き上がれないらしかった。まさしく目に見えぬ力で、地面に磔にされているような有様だ。

「畜生、なんだこれは――」

 またしても打撃音。途端に叔父の頭部ががっくりと傾き、動きが止まった。意識を失ったようだった。

「姉さま! ご無事ですか」

 斜めに射し入った陽光の煌めきの中に、一瞬、文乃の輪郭が浮かんだ。そう思えたが、瞬きをする間に失せた。半信半疑で、文乃、とそれらしい方向に呼びかけた。

「置き去りにしないでください、と申し上げたはずです。目が覚めたら洞窟の中で、隣には蛇だけで――どうしようかと思いました」

「文乃? なにがどうなってるの?」

「私にもよく分かりませんが、どうやらこの蛇は、周囲に合わせて擬態するようです」

 ようやく状況が飲み込めてきた。安珠が文乃を懐に抱きかかえ、丸ごと透明化して姿を隠しているのだ。

「ともかく間に合いました。さあ、姉さま。早くここを離れ――」

 びしゃり、と液体が振り撒かれる音がした。途端に甲高い呻き声が響き渡り、私は思わず身を固くした。見れば空中の一点が黒く滲み、その領域が染みのように広がりつつあった。あ、わ、と文乃の困惑した声もまた聞こえる。

「そこか、蟲けら。小娘ともども息の根を止めてやる」

 低く平坦な声音。ゆらりと幽鬼のように立ち上がった累の手の中には、空になった小壜があった。蟲除けの薬液を安珠に浴びせかけたのだ。

 きいい、という金属的な悲鳴が再び生じた。空間がうねうねと歪み、蠢き、揺らいだ。その向こう側に、苦痛のあまり擬態を維持できなくなったのであろう安珠の姿が見え隠れする。体内には文乃のものらしい小さな影もある――。

「迷い子、蟲笛吹き。まとめてあの世に送ってやろう。蟲けらは蟲けららしく、ここで死ぬんだ」

 累の目の焦点はもはや合っていない。しかしおそらくは本能のみで、安珠と文乃の、そして私と久遠の、立ち位置を把握している。均衡が一瞬でも崩れれば、即座に刃が飛んでくるだろう。私では避けられない。

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