第22話 宿命の一戦

 で、あの森に着いた。


「カラスメントって、絶対あのサラメント草からきてると僕は思うんだけど……」

「私もそう思うわ……」


 前を歩く二人が分かりきったことを確認し合っていた。


「考えたって意味はないだろう。マルクスが俺たちのために割のいい依頼を持ってきたことなんて、今までに一度でもあったか?」

「そ、それは……」


 二人は顔を反らした。


「はぁ……諦めろ。難易度は簡単な方だからすぐ終わる。ハンナの魔法で一瞬だ」

「でも死体は持ち帰らないといけないでしょ? 私が燃やしてしまっていいの?」

「うっ……それは……」


 やはりこれはマルクスにはめられたということだろう。これまた最悪な依頼の予感がする。


「葉っぱの先だけ持ち帰るとか」

「ギルドが納得するとでも?」

「しないよなぁ……」

「最近じゃ僕たちが一番サラメント草には詳しくて慣れてるってことになってるからね……まぁ誰もしない仕事だから僕たちにまわってきてるだけだけど」

「理不尽だ……」

「仕方ないでしょ、この町では私たちが一番下のランクなのだから」

「僕たち以降の新人なんて見たことないしね」


 俺とロムはFランク、ハンナはEランクだが、俺たち以下のランクの同業者はいない。つまりE~Gランクの依頼は選び放題である。だが、大抵は街の中の仕事(荷物運びや手伝いなど)だし、外の仕事は言うまでもなくサラメント草の採取ばかりだ。

 平和すぎるのが悪いとは思ってない。こんな仕事ばかりもってくるマルクスが悪いと思っている。


「ハンナと違って僕とラードはまだ訓練生だからねぇ……ギルド職員のマルクスさんに文句は言えないよ」


 それでも俺は言いたい!!


「ハンナのおかげでこうして一個上のランクの依頼が受けられるわけだしさ、感謝しないと」

「そうよ!ラードもっと頑張りなさい!」

「へいへい……」


 冒険者複数人で依頼をこなす場合、その中で一番高い冒険者ランクの依頼まで引き受けることができる。だが、依頼を失敗すると違約金が発生するし、複数回失敗を繰り返すと冒険者ランクの格下げなどの処罰が下ることがある。

 同時に複数の依頼を受けることも可能だが、リスクも倍になるため、金銭面で困っているなどの理由がない限り、普通はやらない。


「もうすぐ例の魔物が目撃された場所のはずだけど……」


 ロムがギルドからもらった簡易の地図をたよりに辺りを見回した。


「そうだろうな…さっきから嗅いだことのある甘い香りがすごく臭う…」


 俺たちは鼻をつまむ。慣れてる方だと思っていたが、そんな甘い考えを簡単に忘れさせるほどの臭いが俺たちを襲う。……甘い香りなだけに。


「ぐふっ!?」

「!? ラード!」


 気を抜いていた隙に新種の魔物から一撃(ツッコミ)を食らってしまった。あまりアホなことばかり考えてはいけないな。


「だ、大丈夫だ」


 すぐさまハンナが駆け寄ってきたが俺は手で制して止める。周りを見渡して、伸びたツルの根元を辿ると、木の陰に隠れた白い花を頭に咲かせた、植物の魔物の姿があった。


「あれは下手物の食い過ぎだな」


 驚きの白さに独特な香り。うん、これは完全にサラメント草から突然変異した魔物……俺たちとの妙な宿命を感じる。


「やっぱりって感じね」

「鼻が曲がりそうだよ…」


 ハンナは呆れ、ロムは今にも鼻が取れそうな表情をしていた。

 植物に花はあっても、鼻はないもんな。


「ぐふっ!!」

「ラード!」


 しまった、今度はツルに捕まってしまった。

 こいつは俺の心が読めるのかも知れない。さっきからこいつのタイミングがバッチリだ。


「ラードがすごく落ち着いた顔をしてるんだけど……」

「どうせロクでもないことでも考えてたんでしょ」


 ハンナは魔法の詠唱を始めた。ロムは様子を見ている。

 俺はさらわれた姫ポジである。


 カラステリアは植物系の魔物で知性は高くない。大きさは1mから大きいもので2mほどにもなる。雑食だが、多くの場合は近場の植物を捕食もしくは近くから根をはって養分を吸収して生きている。その際、取り込んだ植物の特徴がカラステリア自身に付与される。

 この特性のせいで、カラステリアは種類が多い魔物になる。動きは遅いながらも移動をし、生息地によっては森と森の間を行き来する。基本的に植物以外には攻撃してこないが、こちらから刺激した場合には敵対行動を見せる。


 これだけなら放置しても良さそうな魔物だが、こいつらは森を枯らすと言われている。あと、農家の天敵でもある。


「しかしこの独特な香りと白い花……フッ、これもまた宿命か」

「言ってる場合じゃないわよ! ファイアボール!!」

「あちっ!」


 ハンナの魔法がかすかに俺に当たる。わざとじゃないだろうか。


「ほら、自由に動けるようになったでしょ?寄ってくる蔓は私の魔法で何とかするから、あんた達二人は新種のカラステリアに近づいて体内の魔石を壊しなさい!」


 魔物には心臓部に魔石が存在する。魔石を破壊することによって魔物は活動を停止する。とはいえ、ハンナが言うほど簡単な話ではない。


「今でも鼻が曲がりそうなのに、わざわざあの白いヤツに近づいて魔石を破壊してこいって言うのか?少し触れるだけでももう痒いんだが?」

「……痒みと火傷、どっちがいいかしら?」


ハンナの手が俺たちに向けて光っていた。


「ろ……ロム! よし!二人で挟み撃ちだ!」

「し、植物相手に挟み撃ちが有効なのかわからないけど……やるしかないよね!」


男の威厳とか異世界では存在しないと思う。







1時間後。


「だはー! ……もう無理!」


 俺はギルドの食堂テーブルに突っ伏した。風呂に入りたいが、家に帰る気力も残ってない。ハンナは俺とロムがカラスメントを何とか倒した後、自分は魔力をいっぱい使ったからと言って、俺たちに死体を任せてそそくさと帰りやがった。

 二人でカラスメントをばらして持ってこられたものの、解体屋の親父には嫌な顔をされるわ、依頼達成のため受付に行ったらこれまた嫌な顔をされるわで散々だった。

 今現在も周りのテーブルの冒険者に嫌な顔をされている。


 ロムは……。


「う、腕がぁ!」


 俺がロープで縛って床に転がしておいた。


 ロムは死体受け渡しの時に、運悪く花びらから漏れた分泌液に触れてしまったため、腕に相当な痒みが訪れているに違いない。


「うぉぉぉぉぉ! 見てないでどうにかしてよ! ラード!」


 悶え転がり苦しむ戦友。


「……俺にはお前の暴走を止めることしかできないよ」

「そんな変なこと言ってないで僕を家まで連れていって!」

「……もう体動きそうにないから、ムリ。」


 笑顔で答えた。ロムは全力で悶え始めた。


「お疲れ様、ラードくん。依頼から帰ってきたみたいね」


 テーブルに伏せた頭を反対側に向けると、そこには午前中にも見たカーベラの姿があった。


「……訓練の続きはお断りだぜ」


 見えた瞬間に戦慄が走った。


「ふふ、私はそこまで鬼ではないですよ?」


 吸血鬼は、鬼ではないだろうか。


「よっと…それでちょっとお話があるのですが、いいでしょうか?」


 目の前に座っておいて話さないってことはあるのだろうか。


「俺に何かしろって言っても、一歩も動けないから。一歩も」

「ふふ、その様子じゃわかってますよ」


 俺の様子を見てカーベラは笑っている。笑い事じゃないんだがな。


「それでお話なんですけど……ラードくんたちって想像していたよりも弱いんですね」

「いきなり直球だな……」

「ニーナ様が歯切れ悪くラードくんたちの成長ぶりを話してくれてましたから、そんなには驚きませんでしたけど、ここまでとは」


 優しそうな顔して毒舌だなぁ。


「剣術関係は私にはよく分からないのでニーナ様にお任せしますが、体術……というよりも戦闘時の体運びなどは重点的にやった方がいいかも知れません。魔法は個人差が大きく出ますから何とも言えませんけど」

「……そんなことをわざわざ言いに来たと?」

「それと私とニーナ様との関係をもうちょっと話しておこうかなと思いまして」

「カーベラは母さんの使い魔なんだろ?」

「そうなんですが……今ではほとんど戦闘をせず、お店の店員をやっています。ニーナ様は私と戦った後、こうおっしゃいました。暇なら夫の店で店員やってくれない?と」

「母さんらしいな……」

「まったくです……はじめは私も意味がわかりませんでした。さっきまで命のやり取りをした相手に、店の店員をやってくれなんて。しかも、私は人間ではなく魔族…正気なのかとニーナ様を疑いましたよ」


 素の性格がとんでもない上に、実力もあるから手に負えない変わり者であることは確かだ。


「面白いなと思ってニーナ様の使い魔になってみたら、店の店長はまったくしゃべれないし、従業員は私しかいないしで、てんやわんやでした。どうにかこうしてやってますけど振り回されてばかりで、気づいたら息子さんがこんなに大きくなって、私まで面倒をみることになっていました」

「それは……。なんとも……」

「別に責めてるわけではありませんよ。ただこれは私の愚痴です。ニーナ様の可愛いお子様ですからね、会うたびに近況を聞いています」


 申し訳ない……。


「ふふ、これまた冗談です。感謝してます、ニーナ様には。魔大陸にいた頃と比べて、今はいい暮らしをしていますし、充実しています。ニーナ様に恩返しをしたいのです、私は」


 カーベラの瞳が優しく俺を見つめた。


「頑張ってくださいね、ラードくん」


 一瞬、俺の胸が高鳴った。誰かに期待されるような言葉をもらうのは前世を含めてはじめてだ。


「は、はい……」


 思わず、敬語で返す。


「ふふ、ニーナ様が可愛いというのはこういうところですかね。顔に出てますよ、ラードくん」


 言われてみると少し顔が熱い気がする……。


「……」

「あらあら、黙ってしまいましたね」


 カーベラが顔を覗きこんできたが、俺は顔をそらした。


「嫌われたでしょうか?」

「そ、それは…」


 ない、と答える前にカーベラに肩で抱えられてしまった。


「!? 何を…!」

「ふふ、実は元々ニーナ様にラードくんたちを迎えに行って、って頼まれていたんです。ハンナちゃんはもう家に帰ってきたみたいですから」

「……なるほど?」

「今日はお店を休みにして家族で楽しむらしいので、早く帰らないと」

「その前にロムを……」


 ――こ、こいつ! 静かになったと思ったら……し、死んでやがる!


「ロムくんは気を失ってますね。何があったでしょう?」

「ヤツは戦ったのさ……オトコとして…な」

「……やっぱりニーナ様と親子なんだなぁと思いますね」


 そんなつもりじゃなかったんだが。

 カーベラは俺と反対側の肩にロムをのせる。


「よっと」

「……待て、カーベラ。…このまま帰る気か?」

「そうですけど、なにか?」


 吸血鬼とは言え、見た目は人間の女性。その肩に男の子二人をのせて街中を歩けば、相当な視線を集めることになる……ヤバイ!


「……おろしてくれませんかのぉ?」

「無理ですね。遅くなるとニーナ様が怒るので」


 まぁなんて主人想いの使い魔なんでしょ。


「では」


 カーベラは主人の子供の意見については聞いてくれなかった。


 帰りたい…いや、帰ってるんだけど。

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