第12話 Fランク試験

 話はとんで、初の依頼から一年ぐらい経った日。


 この間は、何をしていたかと言うと地味な冒険者の下積み時代を俺たち三人は過ごしていた。

 この一年間で変わったこと、と言ったらあの初の依頼の次の日からニーナが、訓練の教官として参加するようになったことだ。


 どういう訳か、ニーナはあの日、紙をギルドに持っていく際に、マルクスに頼んだらしい。

 本人曰く、俺の他に二人加わっても特訓は出来るから自分に教官をさせてくれと。三人とも可愛いからきっと私が強くするとも言っていた。意味がわからない。


 マルクスに聞いても、「Bランク冒険者が特訓してくれるんだって、よかったね君たち」としか言わなかった。俺の方を見てニコニコしていたので、絶対に楽しんでると思った。


 ライトを連れたニーナは毎朝、訓練場の中央で、仁王立ちで俺たちを待っていた。


「待っていたぞ! 冒険者たちよ!」


 と言う声に、俺たち三人は(主に俺が)辱しめを受け、冒険者1日目のメニューに加えて、ニーナのぶつかり稽古をこなした。


 俺たち三人は、たかだかと笑うニーナに一回も攻撃を当てることができないまま、一年近くを過ごした。

 Bランク冒険者をなめていた。どっちかというと、ニーナをなめていた。


 訓練場では、得物が木の棒から小さな木の剣に変わった。変わったことにより、有利になるどころか寧ろ、剣の重心に振り回されて不利になっていた。

 あははと笑ったり、たまに鼻歌を歌ったりしているニーナがムカついて、がむしゃらに剣を振ってみたけど、無駄に指にタコが出来るだけだった。


 訓練で俺たちをいたぶって満足したニーナが帰ってから、昼食を取って、午後に一時間ぐらいマルクスの講義を受けた後に、Gランクの任務に向かう、というのが1日の流れだった。

 依頼の内容はどれも、最初のニーナからの依頼と似たり寄ったりで、荷物を届けたり、お店を手伝ったり、道の掃除をしたりなど雑用が多く、冒険者は何でも屋と化していた。


 冒険者の冒険って文字は、どこに行ったのだろうか……。


 冒険者になって苦節一年、やっと冒険者ランクのランクアップ試験の日がやってきた。

 一年間のことについて、もっと話した方がいいのかも知れないが、ほぼ愚痴しか出ないので割愛しよう。

 俺たち三人の友情は、深まった。それに間違いはない……はずだ。

 打倒、ニーナ。俺たちは一年間、その目標を掲げ続けた。……それでも結局、一度も倒せなかったが。


「うん、では試験を始めるよ。簡単な問題しか出ない筆記の試験だから、落ち着いて解けば大丈夫だよ」


この一年間でマルクスの言葉は信じないと決めた俺は、真剣な表情のままだ。


「……ラード君、なんで僕を睨んでるのかな? 試験の問題は僕が考えたんじゃないよ? 本当だよ?」


 信じない。お前の事は絶対に。

 午前中の訓練で疲れてる俺たちに対して、無茶振りのように依頼を二、三個受けてきたときは、こいつは本当に人間かと疑ったぐらいだ。

 君たちがいるとどんどん依頼書が減っていくからギルド職員としての仕事がスムーズに進んで楽だなぁ、とか言ってたけど、俺たちに依頼を持ってくるのはあんたなんだから、俺たちに拒否権ないだろ。


「さっさ、どんどん解いて。この試験が終わっても午後から依頼入れたから急いで行ってね」


 事前に言っておけ! バカ野郎!


「ラード君、そんなに睨まないでよ。……テレるじゃないか」


 わざとらしく笑うマルクス。

 ダメだ、こいつに構うと午後の依頼に間に合わなくなる。無視しよう、無視。


「合否は、明日にはわかるから頑張って。では、始め」


 試験の紙をみる。この近くに出るモンスターや採取で取れる野草などが書いてあった。

 本当に、一年間で習った簡単な問題だった。逆にそれが俺にとっては怪しく見える。

 くそ、なんで俺たちの担当がマルクスなんだ……もっといい人いただろ!


 試験中もマルクスはニコニコしていたが、俺たちは惑わされることなく、次の日にはFランクになっていた。







 ある日のこと、Fランク冒険者になった俺たちに初めての町の外の依頼が来た。


「サラメンド草の採取依頼? なんだ、サラメンドって?」

「ラード、サラメンドは傷薬にもなる薬草だよ。白い花で、花びらの先だけがちょっとピンク色の花なんだけど……ラード。試験にも出ていたはずなのに、もう忘れたの?」


 ここんとこ、実家が農家のおかげか植物博士になっているロムがそう答えた。……俺は、ロムの問いに関してはどこか遠くの方を見た。


「ハハハ、そうだねロム君、正解。サラメンド草は平地で育つ一年草なんだ。この時期がサラメンド草の開花時期で、その花びらが傷薬になるんだよ」


マルクスは、俺たちの様子を見て笑ってロムの話に少し解説を加えて説明した。……ちゃんと覚えていたぜ? ……ホントだぜ?


「この花自体は、どこにでも咲いているんだけど数が必要でね。冒険者になると傷薬は必須だから重大な依頼なんだよ?」

「……重大な依頼って言っても、他の材料だったり他の方法でも傷薬作れるだろ、実は」

「ハハ、さすがにラード君でもわかってしまったか。やる気を出させようと思ったけど失敗だね」


 そんなもので、俺のやる気は起きない!


「まぁ、大事な依頼ってことには違いないから頑張ってね」

「場所は、どこになるんですか?」


 ロムが普通に問いかける。


「西の町の門を出てすぐだよ」

「意外と近くに咲いているんだな……待てよ? それなのに、なんでこの依頼は誰も受けず、俺たちに回ってきたんだ?」


 俺たち三人は、マルクスを見た。


「……ハハ、本当にラード君は鋭いね。そうだね、こんな近いなら誰でも受けそうだね」

「何か隠しているだろ?」

「そんなことはないよ ?ただちょっと、素手で触ると痒くなる花で、水で洗うまで痒いのが収まらないぐらいだから何も心配ないよ?」

「全然、大有りじゃないか! どうせ、近くに水のある場所なんてないんだろ?」

「そこは、ノーコメントで」


 くそ、また騙されそうになった。


「でもどうしよう、ラード。僕自分用手袋とか持ってないよ?」

「私もないわ」


 ロムとハンナが答える。もちろん、俺も持ってないだが。


「大丈夫大丈夫、あの花は手袋をしていても染み込んできて痒くなるし、水筒ぐらいの水じゃ痒さは収まらないから心配いらないよ」


 俺たち三人は無言になった。

 何が大丈夫なのかわからないが、この上なくこの依頼が厄介な依頼なのは十分にわかった。


「でも、草木とかで指を切っちゃってもその花びらを付けておけば大丈夫だから安心するといいよ?」


 痛みと痒みで苦渋の決断をすることになるけど?ってその後に続くだろ、その言葉!


「では、いってらっしゃい。冒険者たち、僕はギルドで待ってるよ」


ついても来ないのか、あんたは。


「「「はぁ……」」」


 1日一回は、揃ってため息をついているような気がする俺たち。

 断れない訓練生の立場だからこそ諦めてる俺たちは、しぶしぶ西の門へと向かったのであった。







 実質、この世界に来てから初めて町の外に出ることになる。

 外への行き方をロムやハンナに聞いてみたもの、こいつらも知らないらしい。参った、どうして外に出よう。


 とりあえず、西の門についた俺たちに話しかけてきたのは、オッサンの門番だった。


「どうした?子供たち、ここは遊び場じゃないぞ?」


 門番のオッサンは、俺たちのことを心配に話しかけてきた。


「どうする? ラード」

「どうするも何もとりあえず、ギルドカード見せればいいじゃないか。証明書にもなるってマルクスが前に言ってた気がするし」

「あ、なるほど……」


 ごそごそと自分のバッグを漁り、ギルドカードを取り出したロム。


「あ、あの僕たち冒険者で。こ、これギルドカードです」


 緊張した面持ちでロムは、門番のオッサンにギルドカードを見せる。


「はぁあ、こんなに小さい子どもなのに冒険者になんのか。びっくりしたなぁ」

「は、はい! で、あの実は依頼で外に行きたいんですけど……」

「なるほど、ちょっと待てろ。…ちょっと人を呼んでくる」


 何故か、人を呼びに行った門番のオッサン。


「な、何か変だったかな?」

「いや、ロムが緊張している以外、変なとこはなかったと思うけど」

「そ、そうだね」


 相変わらず、大人には小心者のロムである。

 少し待っていると、槍を持った短髪の青年がやってきた。


「お、門番に呼ばれて来て見れば、本当に子どもだなこりゃ。ハハハ」


 いきなり、豪快に笑った。


「あの……」

「そうだった悪い、外に出たいんだったか?」

「あ、はい!」

「討伐か何か?」

「いえ、採取でサラメンド草です!」

「さ、サラメンド草か……が、頑張れよ?」


 青年は明らかに、嫌そうな顔をした。俺の中でサラメンド草の嫌な評価がまた一段階上がった。


「はい!」

「ハハ、元気のいいことはいいことだ。俺は、ゲーツって言うんだよろしく。この町の守衛冒険者をやっているCランク冒険者だ」


 守衛冒険者とは、町や村とか人が住むところには必ず一人はいる守衛専門の冒険者のことだ。こんな世界だからこそ、モンスターたちが町や村に入らないよういつも門番たちと一緒に見張る仕事で、Dランク以上じゃないとその仕事にはつけない。


「先日、Fランク冒険者になったばかり訓練生のロムです! こっちがラードでこっちがハンナっていいます!」


 ロムが一辺に紹介してくれたから、楽だ。俺ら二人は軽くゲーツに会釈する。


「なるほど、しかしその感じでは外に出るのは今回が初めてか?」

「は、はい……」

「訓練生ってことはギルド職員が依頼持ってきたんだろ? 初めての外の依頼がサラメンド草って、嫌な依頼を持ってくるヤツがいるんだな。誰だ、その依頼をお前たちに持ってきたのは?」

「ま、マルクスさんです……」

「ハハ、なら仕方ない」


 納得されてしまった。


「あいつは、性格がねじまがっているが悪い奴じゃない。素直に聞いていた方が得だぞ?」

「は、はい……」


 他の人の評価でも、マルクスはねじまがっているらしい。俺も強く同感だが。


「敵に回したくはないな、じわじわといたぶるのが好きそうな奴だし」

「そんな気は、僕たちもします」


 今頃、マルクスはくしゃみをしてる頃だろう。

 どこで噂されようと本人は、全く気にしなさそうだけど。


「ハハ、その感じじゃあいろいろ味わったようだな」

「ゲーツさんは、マルクスさんとは結構長い付き合いなんですか?」

「同期ぐらいだ、あいつも同じCランク冒険者だしな」

「それは、初耳です……マルクスさんがCランク冒険者だなんて……」

「たぶん、黙ってたんだろう。後々に、お前たちを驚かせようして」

「な、なるほど」

「ちなみに、言ってあると思うが冒険者ギルドの職員全員が基本Dランク以上の冒険者だったりもする」

「え……そ、それも初耳なんですが!?」

「くくく、これはマルクスの楽しみを一つ取ったのかも知れんな。お前たちの反応はいちいち面白い」


 ……なるほど、マルクスはそんな気持ちで俺たちで楽しんでるのかも知れない。


「もちろん冒険者ランクに関係なく、自身の能力だけで特別にギルド職員になっている奴もいるが、ごく僅かだ」

「そうなんですね」

「また、EランクやDランクは意外となれたりするが、そこから先が冒険者として第一の大きな壁となるから頑張れよ」

「はい!」


 久しぶりに、まともな冒険者に会った気がする。俺たちの近くには、どうしてか性格のおかしな人物が集まってくる。


「お、そうだった。お前たちは依頼中だったな、ちょっと話し過ぎた。今、門を開ける」


 ゆっくりと外側へと門が開いていく。

 少しずつ開いていく門の隙間から、外の風景が出てきた。そこには、様々な花々が咲いた広い平原が広がっていた。


「さぁ、行ってこい。サラメンド草は、すぐそこにあると思うから採り終わったら言ってくれ」

「わかりました」


 俺たちは、外の世界へ一歩踏み出した。


「ラード、すごい。遠くの方を見ても全然果てが見えない」

「あぁ……」

「ラード! 私、冒険者になって初めてよかったと思ってるかも!」

「俺もそう思う……」


 そのくらい、外の世界は凄かった。

 晴天の空の下で、流れる風が草や花たちを緩やかになびかせていた。それは町でも前世の記憶でも全く見たことがない景色で、俺は言葉を奪われた。


「ふ、二人とも、見つめてるだけじゃ依頼は終わらないよ。サラメンド草を探そう?」

「そ、そうだな。見たことない風景でびっくりしてた」

「う、うん。私も」

「えと、えぇと。サラメンド草はどこかな? すぐそこにあるってゲーツさんも言ってたけど……」


 花はあった。探す前にすぐに。


「あ、あれは……?」


 正面の風景に見とれてた俺たちだが、横を見てみると白い花が咲いていた。……大量に。


「な、なんかすごく甘い香りしない?」

「……あぁ、なんかくらくらするくらい甘い香りがするな」


 俺とハンナは鼻をつまんだ。


「サラメンド草は、甘い香りを出すんだね。資料には、書いてなかったよ」


 植物博士は、興味深げにそう言っていた。

 わざと、資料には書いてなかったんじゃないか、コレ。誰もしないだろこんな仕事。


 そして、わざと言わなかったあの腹黒男を俺は恨めしく思い出す。あの野郎……。


「ま、まぁやろうか……?」


 とうとう、植物博士も甘い香りがダメになったらしい。鼻をつまんでいた。


 そこからしばらく、くらくらくる花の匂いに頭が痛くなりながらも、手が痒くなるのも我慢して俺たちは依頼を終わらせた。


 俺たちは腹いせに、見つからないようにマルクスの服のポケットにサラメンド草を詰め込んでやった。


 ――だったのだが、奴は服のスペアを持っていて何事もなかったかのように振る舞っていた。……そして、次の日の俺たちの依頼が一つ増えていた。

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