第41話 そんなの、自分勝手すぎるよ

 それよりも、今のどこにお姉ちゃんが怖い要素があるのか?

 そんな思いが顔にでていたのか、答えの代わりに健吾は質問をぶつけてきた。


「優紀さん、リボンはどこにあったって言ってた?」


 ん?


 覚えていなかった。

 なんといっても幼稚園の頃の記憶なのだ。


「やっぱ、聞いてないよな。……アレさ、別に捨てちまった訳じゃなくて、俺がずっとポケットに入れて隠し持ってたんだよ。それを知った優紀さんがな」


 ――それ、かえして。ミキちゃんのたいせつなリボンなの。おかあさんのリボンなの。

 ――やなこった。ば~~か。かえしてほしけりゃとってみろよ。


「……あの頃の俺も相当バカだったけどな、調子に乗ってリボンを見せびらかしてたら、いきなり」


 そこで、健吾は、ガツン、というジェスチャーを入れて、凶器を再現して見せた。


「……フライパンで思いっきり」

「……いっ!?」


「それから立て続けに二発、三発」

「いっ、いっ、いっ!?」


 フライパンなんて、見た目はまるでコメディーだけど言ってしまえば要するに鉄の塊だ。

 鉄板で殴りつけるのと何も変わらない。


「あの頃の俺は、『たかがリボン』って思ってたし、そんなんでフライパン振り回す優紀さんがもう鬼のように見えたよ。ははは……。殴られて気絶して、そのまま水色公園に放置されて、起きたらもう星が出てて、冬の木枯らしでぶるぶる震えながら思ったよ。『ああ生きてる』って。『死ななくてよかった』って」


 思い出しながら、健吾は引きつった笑みを浮かべていた。

 ちょっとしたホラーだった。

 あたしの感動的な思い出が、唐突に血の匂いを帯びてきた気がする。


「で、でも、そうならそうとなんで隠してたの? 頭の傷って、ブランコにぶつけたって言ってなかったっけ」

「アホタレ。女にやられて死にかけたなんて恥ずかしくて人に言えるか。第一、俺がそういったら信じたかお前は?」


 確かに、お姉ちゃんは昔からおしとやかで人と争ったりするのが大嫌いだった。

 健吾がいまの話をしたとしても、あたしがどれほど信用したかは怪しい。


「けど、今なら話しても大丈夫かと思ったんだよ。最近の優紀さん、けっこう無茶苦茶してるからな」


 確かにそうだ。

 今のあたしはあっさり信じて引きつった顔に冷や汗まで浮かべていた。


「お姉ちゃんて、……ちょっと怖いかも」


 おしとやかで優しいのは間違いないけど、そんな人に限って思い詰めるととんでもない行動に出るのかもしれなかった。


「ば~~か」

「な、なによ」


 いきなりの罵倒に思わずムッとする。


「優紀さんが無茶してるのは、全部お前のためだろが。お前が怖いとか言ったら優紀さんがかわいそうだぞ」


あたしのため?


「違うか? リボンのことだって、今回のことだって」


 たしかに、お姉ちゃんは『これが一番いいと思った』って言った。

 これが一番美紀ちゃんのためだ、って。

 けどあたしにはどうしてもそうは思えないのだ。


「そんなの、自分勝手すぎるよ。だって、あたしはこんなことしてほしくなかったもん。入れ替わるのも、先輩を騙すのも、お姉ちゃんが倒れるのも全部いやなのに」


 どうしてお姉ちゃんはこんなことを考えたのだろう。

 あたしのため? 本当にそうなのだろうか。

 本当にあたしのためならば、変な計画なんか建てないで普通に断ればよかったのだ。

 それが一番よかったのだ。

 そうすれば、あたしは正々堂々先輩に告白出来たし、後ろめたい気持ちを抱えながら悶々とすることもなかったし、お姉ちゃんが倒れて心臓が止まりそうになることだってなかった。


「ねえ健吾……。お姉ちゃん、何でこんなことしたのかな」


 健吾は、顔を顰めて「さあな」と肩をすくめた。


「……お前にわからないもんがどうして俺にわかるんだ?」

「だって、健吾はずっとお姉ちゃんに協力してたんでしょ? 何か聞いてるんじゃないの?何も説明されてないのに、ただ面白そうだからっていうだけで本当にそれだけの理由で手伝ってたの? それじゃまるっきりバカじゃない」


「……バカで悪かったな」


 これだけ言えば何か漏らすかと思ったのに、健吾はあっけなく肯定してきた。

 お姉ちゃんもわからないけど、健吾はそれに輪をかけて何を考えているかわからない。


「けどな、他にどんな理由があったとしても、優紀さんがお前のことを考えてるのに代わりはないだろ。そういう人なんだよ。無茶なこともするし、見た目よりずっと危なっかしいけど、優紀さんは誰よりもお前を大切に思ってる」


「………」

「だから、何考えてるかわからないなんて悲観してないで仲直りしろよ。ケンカしっぱなしじゃ、わかるモンもわからねえだろ?」


 健吾の声を遠くに聞きながら、あたしは小さく頷いた。そう簡単に納得はできなかった。


 優紀さんは、誰よりお前を大切に思っている……。

 本当にそうなのだろうか。

 なら、どうしてあたしの気持ちを考えてくれなかったのか。

 どうして先輩の気持ちを考えてくれなかったのか。

 どうして? 


 どうして……………。


             @


 「ねえ、もうやめにしない? お姉ちゃん」

 二人で家に帰ってすぐ、ソファのところであたしはお姉ちゃんにそう持ちかけた。

 

 文化祭の前日準備を何とか途中で抜け出して、あたしはお姉ちゃんを連れて病院へ行った。

 それは柿本先生の指示でもあったし、あたしも同じ意見だった。

 いくら貧血と寝不足って言っても、一応ちゃんとした検査を受けておいた方がいいに決まっている。


 結局、何事もなく診察が終わって家に帰ってきたのが七時半。

 夕飯の支度をするというお姉ちゃんに「今日はあたしがやるから休んでいて」とソファに座らせ、台所に向かい始めてそこで思い出したように装って振り返り、「ねえ」と切り出したのだ。


 何でもないようなフリをしたつもりだけど、あたしの両足は確かに震えていた。


「あたしお姉ちゃんと仲直りしたい。仲直りして、こんなことももうやめにしたいの、だから……、ハイ」

 そして、あたしは、仲直りの印に手を差し出した。

 

 握手なんて他人行儀な気もしたけれど、お姉ちゃんと仲直りなんて初めてだから仕方がない。


 けど、お姉ちゃんは、ソファに座ったままあたしの手をじっと見つめて動かなかった。


(つづく)

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