第23話 今度、試合を見にいってもいいですか?

 「えっと、お姉ちゃんは、家では、編み物とか料理とか、あと、テニスもたまにしてますよ」


 お姉ちゃんが横から割って入ってそう言った。

 あたしは先輩に気づかれないように気をつけながら、お姉ちゃんをムッと睨む。するとお姉ちゃんの向こうにいた健吾と目があって、クックと笑われた。


 「へえ。優紀ちゃんもテニスできるんだ。あ、そうだ。じゃあ、今度一緒にやらない? 近くでできる場所があるんだ。学校のテニスコートとかも、たまに使える日があるけど」


 先輩は、そんな水面下のいがみ合いに気づく様子もなく、平和な会話を続けている。

 あたしは、歯切れの悪い返答をかえす。

 「でも……。わたしのテニスは本当に趣味程度ですから。テニスっていっても、壁打ちしかしたことがありませんし……」

 お姉ちゃんはずっと帰宅部だったけど、テニスができるっていうのは本当だ。

 小さい頃に優子おばさんに教えてもらって以来、家事の合間に、近くの河原でちょくちょく壁打ちをしてたから。


 何を隠そう、中学時代は空手部だったあたしが高校からテニスを始めたのだって、お姉ちゃんの影響なのだ。


 だから、試合とかは無理かもしれないけど、ストーロークのフォームとかだけなら、むしろお姉ちゃんの方が綺麗かもしれなくって、あたしの代わりにテニス部の練習に出ても簡単にはばれないのだ。

 

 だから、部活にはお姉ちゃんに出てもらうことにした。

 

 仮にも一年のまとめ役なのに、そんなことでいいのかって言われたら、かなりグサっと来るけど、仕方がない。もう、腹はくくったのだから。


 けど、それとコレとは話が別だった。あたしがお姉ちゃんの姿でテニスをするのは危険すぎる。


「はは。大丈夫だよ。試合するわけじゃないんだから。それに、壁打ちばっかりなら、尚更、普通のテニスがしてみたくない?」


 熱心に誘ってくれる先輩には悪いけど、誘いに乗るわけにはいかなかった。

お姉ちゃんとあたしのフォームを交互に見比べたら、誰だって怪しく思わないはずがない。


「まあ、じゃあ、気がむいたらにしよっか?」


 先輩は少し残念そうにしてたけど、そういってあっさり話を切り上げた。

 もしかしたら先輩も、お姉ちゃんにいいところ見せたかったのかもしれない。

 だって、先輩がテニスをしてるところって、普段の柔らかい感じとは違ってキリッとしてて、すごくカッコイイから。だから、


「あ、あの、鹿島さん。するのは遠慮しますけど、見るだけなら……」


と、そこまで言ってから考え直す。


 あたしは、先輩に好きになってもらわなければならないのだ。


 だったら、もっと積極的にアプローチすべきじゃないだろうか。

 お姉ちゃんのマネをしておしとやかにって言っても、本物以上になれるはずがない。

 なにより、おしとやかさとか優しさって受け身的で、アピールしようと思ってできるものじゃないのだ。


 そう。

 だから、ちょっとお姉ちゃんっぽくなくても積極的に大胆に。

 

 あたし自身もそういうのは苦手だけど、先輩を好きな気持ちだけはまっすぐに表現した方が……。


 それだけが唯一、あたしがお姉ちゃんに勝ってる部分なのかもしれなかった。


 だったら……。

 

 あたしは、すっ、と息を吸いこみ


「……いいえ、あの、わたし、鹿島さんがテニスをするところを見てみたいです」


 さらにもう一言。頑張れ、あたし!


「だから……、あのっ、今度、試合を見にいってもいいですか?」


 あたしがそう言うと、先輩は嬉しそうに勢い込んで今度の文化祭で招待試合があることを話し始めた。


 あたしはほっと胸をなで下ろす。自分でも気づかないうちにちょっと口調が強くなっていた。考えてみればあまりお姉ちゃんぽくない雰囲気で、どう思われるか心配だったのだ。


 先輩は招待試合の日程やウチの学校の選手についてあれこれ説明して


「……そうそう、美紀ちゃんも出るよ。向こうの一年生は経験者らしいけど、結構いい勝負になるかもしれない。美紀ちゃん、今まで動きの良さだけでやってた感じだったけど、まあ、それでも十分すごかったけど、今日はなんだかすごくフォームも綺麗だったから。ホント、始めて半年とは思えないくらい」


先輩からお褒めの言葉をいただいて、フォームが綺麗になった『あたし』が喜びの声を上げた。


「アハハっ。そうですか? お姉ちゃんを見習って、ちょっと変えてみたんです。慣れてないから、ぜんぜん狙ったトコに入らなかったですけど」

「…………」


 さすがに、ほとんど壁打ちだけとはいえ、テニス暦六年のお姉ちゃん。

 なんだかすっごく悔しかったけど仕方ない。

 ガマンガマン。

 それにしても……。


 お姉ちゃんは、とりあえず、そつなく『あたし』のフリをこなしているようだった。

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