No,46
「ん……んっ」
軽く体を動かし亜子は目を覚ました。
ゆっくりと自身の顔を、目を擦って気づく。自身の手が自由になっている。
「柊人さんっ」
「おう」
「……」
飛び起きようとして隣りからの声に動きを止める。
チラッと視線を向ければ横に彼が居た。
「流石にこの時間まで寝られるとトイレぐらい行きたくなるぞ?」
「……そうですか」
自身の早とちりに恥ずかしくなり、亜子は胸元にかかるタオルケットを引き上げて顔を隠した。
「にしても君は本当にぐっすり寝るね。朝とかよく起きられると感心したよ」
「はい。目覚ましの音にだけは体が反応するんです。起きないと一日ご飯無しとか普通でしたから」
「そのネガティブ過去を久しぶりに聞いたよ」
笑って柊人は体を起こすと眠そうに欠伸をした。
「実はわたしが寝てから逃げ出してないですよね?」
どうも相手の様子を見ているとその疑いが頭の中を横切る。
「寝付けなかっただけだよ」
亜子の疑いに気づいた様子で柊人はまた欠伸をした。
「隣で甘い寝息を立てている暢気なお嫁さんが居たからね」
「……」
「それにしても君のぐっすりっぷりは凄かったけどね」
「……何ですか?」
タオルケットで隠していた顔を目元だけ出し、亜子は彼に不満げな目を向けた。
「気づいてないなら良いんだけどね。うん。むしろあれに気づかれてたら俺の沽券にかかわると言うか、紳士な態度が全て嘘だと思われそうだから」
「何をしたんですかっ!」
顔を真っ赤にして亜子は怒りだす。
「ごく一般的な夫婦なら普通にすることかな? 以外と亜子ってば凄いからずっとしてたけど?」
「またそうやってわたしの反応を見て楽しんでっ!」
いつも通りの冗談だと決めて亜子は怒る。
けど彼は笑ったままそっと手を伸ばして彼女の頭を撫でた。
「反応は子供っぽいのに体はもう大人なんだね」
「本当に何したんですかっ!」
流石に不安と恥ずかしさから、亜子は起きて『ガルル』と唸り出す。
本能で胸をガードしているのは、やはり亜子もその部分だけは人並み以上だと自覚はあるらしい。
「はいはい。そんな反応をしているから母さんたちに遊ばれるんだと思うよ?」
「……」
諭すような言葉に何も言い返せずに亜子は拗ねて怒り続ける。
「何よりどこに隠しカメラがあるか分からない部屋で君を玩具にすると思うか?」
「っ!」
慌てて辺りを見渡す。あの人たちなら十分にあり得る。
「まあ流石にそこまでプライベートを詮索しないと信じたいけどね」
「……ん~っ!」
増々膨れる亜子の頭を撫で、柊人は相手の御機嫌取りにシフトチェンジした。
「美味しいんだけどな」
「……」
寝室で遊んでいた訳ではないけれど時間を費やしていたら、メイドのエミリーが完璧な日本食を作っていた。
ご飯と味噌汁から始まり、焼き魚と浅漬けのキュウリや焼きのりなど完璧だ。
「口が亜子の味に慣れているせいか、ちょっと違く感じるな」
「そうですか?」
自分的には負けているような気がして亜子としては、どうしたらこの味が出せるのかが気になっていた。
「自分、亜子に餌付けされてますから」
「……煽てても許しませんからね」
まだ寝室でのことを気にしている亜子は若干拗ねていた。
「事実を言ったら怒られたよ」
「ん~っ!」
クスクスと笑い柊人はエミリーに今日の予定を説明していく。
海での遊びは本日までで、明日チェックアウトをして帰宅する。
荷物などは宅配便に任せ極力手ぶらで帰る方向とした。
全てのオーダーを聞いたメイドは軽く一礼をして準備を始める。
「そんな訳で海は今日までだけど大丈夫?」
「……そろそろ家が恋しいですしね」
「まあな。俺としては温泉に行きたかったが」
「止めて下さい。またのぼせでもしたら大変ですから」
何度ものぼせて死に掛けている相手を見ているだけに亜子の言葉は本気だ。
「でも温泉が好きなんだよな……亜子さんが水着で一緒に入ってくれれば良いんだけど?」
ブスッと頬を膨らませて亜子はまた拗ねる。
けれど相手の身を案ずる亜子としてはまた無理をされたくないのも事実だ。
「……前回のリゾートマンションのベランダでしたら良いですよ」
自分が提示できる限界の範囲がそれだった。
「あら? お嫁さんが優しくなった」
「わたしは主成分は優しさらしいので」
「そうだな。本当に優しいお嫁さんで俺も嬉しいよ」
のんびりととした時間を過ごし、夫婦は長い旅行をようやく終えた。
「ただいま」
「はい。おかえり」
一緒に帰宅した2人は玄関先で笑い合う。
荷物は明日届くし、エミリーは滞在に向けての準備の為にしばらくは別行動だ。
旅行疲れで2人は迷わずソファーに向かい腰を落ち着ける。
「疲れたな」
「ですね」
「しばらくのんびりしたいな」
「ですね」
クスクスと笑い亜子は飲み物を準備するために立ち上がろうとする。
と、彼に手を掴まれた。
「どうしたっ」
引き寄せられて彼の腕の中に納まる。
ドキッと大きく心臓が脈打ち……頬が熱くなるのを感じた。
「もう柊人さんったら」
「ん」
「悪ふざけがっ」
顔を上げて言葉を続ける亜子の唇が塞がれた。
今までで一番長い時間呼吸を止め……増々顔を真っ赤にした亜子は震えながら自分の唇に両手を当てた。
「うん。元気出た」
「もうっ!」
怒った振りをしてキッチンに逃げ込み何度も何度も呼吸を整える。
本当に彼は……と思いながらも顔を真っ赤にさせて言いようの無い興奮に体を震わせた。
お茶を淹れるにしてはたっぷりの時間を要し亜子はキッチンを出た。
「柊人さん。紅茶を淹れましたが」
「……」
「柊人さん?」
手にしていたお盆を落とし、亜子は慌てて駆け寄る。
血の気の無い顔をした彼は……ピクリとも動かないのだ。
そう。何度声をかけても動かなかったのだ。
(C) 2020 甲斐八雲
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