No,12
『急遽GW明けに来日し、鈴木総理との会合を持つこととなったレウカント合衆国大統領は、朝鮮半島情勢などを話し合うものと思われます。今回の急の来日は、中露に対して牽制の意味を含んだ物と思われ……』
テレビニュースを流し見しながら、亜子は夕飯の支度をする。
何故かソファーに座る彼が慌てた様子でタブレットPCに手を伸ばしていたが、いつものことなので特に声をかけたりしない。
今夜は特売の都合でとんかつとなった。
パン粉から手作りして手間暇をかけた手作りだ。
日々の食費は柊人が支払っている。
光熱費も住んでいるマンションの管理費などもだ。
ただローンは無いらしい。一括で払って買ったらしいので。
亜子のすることは本当に家事全般だ。
何かあれば手を貸してくれる彼だが、最近は本当に体が辛いのか、自宅に居る時はソファーで横になってばかりだ。
「柊人さん」
「ん?」
「何か飲みますか?」
「ああ。なら紅茶で」
「はい」
応じて紅茶を淹れて届ける。
ソファーの彼は忙しなくタブレットPCを操作していた。
「どうかしたんですか?」
「ああ。ちょっと厄介事だな」
「そうですか」
彼が厄介事というなら大変なことだろう。
ただ自分には何も手伝うことが出来ないから優しく見守ることとする。
「そうだ」
「はい?」
座っていた床から立ち上がり、キッチンへ向かう亜子に彼が声をかけて来た。
「GWと言うか長期休みは、いつも泊りで温泉入りに行くんだけど」
「温泉ですか?」
亜子の心が少しときめいた。
自分の記憶上、温泉なんてお風呂の入浴剤でしか体験したことが無い。それも○○風と謳ったお湯が白濁になる物だ。
「湯沢にあるリゾートマンションだけど一緒に行く?」
行きたい。素直にそう思った亜子だが疑問が生じた。
「……リゾートマンションって何ですか?」
「マンションとホテルが合体した物だと思って貰えれば良いかな」
「……凄そうですね」
亜子の脳内でとんでもない建物が建築された。
「温泉は部屋の方にも引いてあるし、共有の大浴場も露天風呂もあるよ」
「……最高です」
脳内の建物が禍々しく変化した。
「小さいけど部屋にキッチンもあるし、何より建物の中にレストランもあるから食うに困らない。温水プールも小さなシアタールームも完備してるからインドアになるけどそれなりに過ごせるよ」
「どんな楽園ですか?」
脳内の建物に『天国』と銘打つ。
「問題は1LDKなんだけどね。最悪ゲストルームを借りるけどさ」
「大丈夫です。気にしません。今から楽しみです」
「そう。なら良かった」
息巻いてキッチンに向かう亜子を見つめ……彼女はどこまで理解してるのか柊人は不安になった。
そしてあっと言う間に時間が過ぎ、GWがやって来た。
日本・羽田
「観光?」
国際空港の入国管理場でひときわ目を引く女性が居た。
スラリとした長い手足に黄金比を思わせるプロポーション。その整った顔を見て、同じ列に並ぶ人たちが自身のスマホで検索を始める。出てくる画像は世界的に有名な女優兼モデルの物だ。
アフリカからアメリカに渡り、事務所の人間に掴まり仕事を済ましてようやく自由を得た彼女が次に来たのは……弟が住む日本だ。
入国管理官の問いに彼女は静かに頭を振る。
「違うわ」
スッと掛けているサングラスを下にずらし、世界的に有名な美人は優しく笑った。
「喧嘩よ」
移動は電車。新幹線であっと言う間に着いた。
荷物は事前に宅急便で送ってある。旅行なのに荷物を持たず移動する2人は、駅を出てタクシーに乗った。
本当に慣れた感じで目的地を口にした彼は、後部座席に深く腰掛け息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「温泉入って寝たいです」
「ですね」
途中でスーパーに寄って貰い、軽く買い物を済ませていよいよ目的地に向かう。
山道を登り辿り着いた場所は、本当にホテルを思わせる建物だった。
「うわ~」
先に降りた亜子は辺りを見渡す。
木々に囲まれた静かな場所で、息を吸い込むと水気を含んだ何とも言えない新鮮な空気が肺一杯に満たされる。
「凄いですね」
「ああ」
「……これも買ったんですか?」
「意外と安いよ。今住んでいるマンションより0が1個少ないくらい」
その金額が良く分からないが、本来の自分だったら一生縁のない場所だと亜子は思った。
カードキーで中に入り、フロントで入室の手続きをする。
先に届いている荷物をカートに乗せて部屋まで行くと、最上階だった。
「本当に安いんですか?」
「全盛期に比べればね。ここは訳ありでだいぶ安かったんだよ」
その訳を尋ねたらとんでもないことを言われそうな気がして、亜子は聞かないことにした。仮にここで殺人事件が起きてても許せると思うほどに見晴らしが良い。
何より部屋を出るとベランダに露天風呂があるのだ。
「それも温泉だから」
「どれだけ温泉が好きなんですか?」
「仕方ないのよ。お爺ちゃんはこれを生き甲斐にして生きてるんだから」
突如老人となり彼はソファーに座る。
辛そうだからそのまま座ってて貰い、亜子は台車の荷物を部屋に入れた。
荷物を紐解き室内の確認を終えた亜子は、ようやくその事実に気づく。
ベッドが1つしかない。
トイレに行く振りをして、洗面所で両手をついて正面の鏡を睨む。
これはあれか? 自分はついに一線を見える日が来たの? だけどそっちは婚前の取り決めに含まれてはいない。いないが自分たちは仮にも夫婦だ。それに結婚して無くても通っている学校でそんなことをしているカップルがどれ程居るか?
グルグルと頭の中を巡らせ、とりあえず夜までまだ時間があると自分を納得させて洗面所を出る。
するとソファーを倒してベッドにしていた彼が顔を向けて来た。
「フロントで布団一式借りるの忘れてた。お腹空いてるならお昼がてらレストランに行くけどどうする?」
「……」
「どうかした?」
「何でも無いです。ええ……本当に」
色々と考えた自分の何かを返して欲しくなった亜子だった。
(C) 甲斐八雲
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