第3話

これからは堂本の屋敷に住むことになるみたいなので俺は荷物を取りに一時帰宅した。

 俺が住んでいるのはよくある普通のアパートだ。

 もうこの家ともおさらばか。


 およそ2年住んでいたんだがな。とは言っても心象に残ることはないが。


 服など必要なものをカバンに詰める。

 こんなものでいいだろう。


 アパートの退去だが梨奈が先に手を回してもらっていたので問題なかった。

 俺は大家に軽く挨拶してその場を後にした。

 何故だか大家に大変感謝された。普通退去すると金が入らなくはずなるのにな。

 もしかして俺は出ていって欲しいくらいに嫌われていたのか。




 俺は再び堂本の家へとバイクで向かった。



 バイクを案内された駐輪場に停めて俺の部屋に向かう。

 さっき一度部屋を紹介されたが俺のアパートより二倍ほど広い。


 俺は荷物を仕舞いゆっくりしているとこんこんとドアがノックされた。


「空、私よ、入っていいかしら」

「ああ」


 梨奈を招き入れる。

 するともう一人メイドが入ってきた。


「紹介するわ、私の専属メイドの湊よ」

「初めまして湊です。以後よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 メイド服を着ているからか、元々彼女が魅力的なのかは定かではないが綺麗だ。

年齢は20歳くらいだろうか?


「何か困ったことがあれば湊を頼りなさい」

「じゃあ性欲の処理を?」


 俺はベルトに手をかける。


「死にたいの?」

「冗談だから睨むな」


 まったくおっかない女だな。


「それで用はそれだけか?今日は少々疲れたんでな、寝かせてほしいんだよ」

「それもそうね。でもこれから夕食よ、食べないの?」

「その飯はタダか?」

「もちろん」

「なら食べる」


 食費がタダで済むなんて最高かよ。

 俺はその場でスキップをする。


「なんか可哀想な子ですね」(小声)

「おいこらそこのメイド聞こえてるぞ。何が可哀想だ、大抵の人は飯がタダで食えるだけで有頂天なんだよ」

「ほら早く行くわよ」


 梨奈と湊に連れられて、食堂へと向かう。


「おいおいどれだけでかいんだよ」


 そこは映画などでしかみたことのない縦に長い食堂だった。

 机は10メートル以上の長机。

 やっぱり堂本家は金持ちだな。

 たいそう豪華な夕食なんだろうな!




 ーーーーーーーーーーーーーーー



 夕食は大変満足だった。

 今まで食べてきたなかでもトップ10にはいるうまさだった。

 これが毎食のように食べられるのは最高だな。


 それと意外だったのは、梨奈と一緒に食べたことだ。

 てっきり俺は使用人とかと一緒に食べるものだと思っていたのだが。


 そして部屋に付いている風呂に入って、ぐっすり寝た。

屋敷に大浴場なるものがあるそうだから、いつかは入ってみたい。



次の日


「おはようございます」


 その声で俺は目を覚ました。


「・・・湊か?」

「はい。朝食の準備が出来ているので早く着替えて来てください」

「そうか」


 頭がぼーっとしていて気づかなかったが、俺は1つ疑問があったので湊に聞くことにした。


「お前どうやってこの部屋に入った?鍵閉めてただろうが」

「空様の部屋の鍵を持っているいますので」

「その鍵、寄越せ」

「嫌です」

「何でだ?」

「この鍵がないと空が引きこもりになってしまった時に対処できません」


 こいつ俺が引きこもりになると思ってるのか?


「は、ありえないな」

「そうですか。ですが何を言おうと鍵は渡しません」


俺が湊から鍵を奪おうと手を伸ばすがひらりとかわされる。


「ちっ」

「それよりも早く食堂へ」

「へいへい」



「様付けしてもらえるとか偉くなった気分だ」

「あなたには分不相応ですが」

「失礼な奴だな。てかお前、結構口悪いだろ」

「年上に敬語も使えない人に言われたくないです」

「それもそうだな」


 俺は西条の制服に着替えて食堂に向かった。

 俺が最後だったみたいだ。俺以外食べ終えている。

 梨奈はもうすでに食べ終えていた。


「空、西条高校までは車で送るわ」

「あ、別にいらねぇ。バイクがあるから問題ない」

「私が放課後に用事があるの。あんたの学校が終わり次第すぐに行きたいから」

「もう今日からボディガードってことか?」

「ええ、その通りよ」


 マジか。てっきり俺が転校してからだと思ってた。

 特に問題はないけど。


「それとこれ私の携帯番号、大事な用件の時だけかけなさい」

「愛の告白とかか?」

「そんなしょうもないことでかけてきたらあんたのスマホ壊すわよ」


 告白はしょうもなくないだろ。

 梨奈にイタ電やりたいが本気で俺のスマホを本気で壊すだろうからやめとこう。


「であんたの番号も教えなさい。それとメッセージアプリのIDも」

「へいへい」


 俺は素直に携帯番号とIDを教えた。


「私からの電話は3秒以内に出なさい」

「できる限りな」

「まぁそれでいいわ。準備が出来たら屋敷の前に来て」

「了解」


 俺は素早く食事を終わらせる。

 そして部屋に戻り、学校の準備を済ませて屋敷の前にやってきた。


「おいおい、これで行くってのか?」


 屋敷の前にあったのは真っ黒なリムジン。

 長さ8mあるぞ!これでカーブ曲がれるのか?


「ぼさっとしないで早く乗りなさい」


 梨奈は先に車へ乗り込んだ。俺も続いて乗る。


 リムジンの中は思ったより質素だった。

 てっきりシャンデリアくらいあるのかと。


「そんなもの邪魔になるだけよ」

「何で俺の考えがわかんだよ」

「ただの勘よ」


 お嬢様の勘凄まじいな。

 俺もその力欲しい。


 それから30分程で西条高校の近くに着く。


「この辺で降ろしてくれ」

「あら、校門の前まで送るわよ?」

「リムジンで行ったら大騒ぎになるだろうが。最後の登校くらいいつも通りにさせてくれ」

「そういうものなの?」

「そういうものだ」


 リムジンを止めてもらう。


「帰りに連絡しなさい。この場所で待っているから」

「へいへい」



 梨奈に見送られる。

 俺は数分歩いて学校に着いた。




「おーす」


 俺はクラスメイトに挨拶をする。


「おはよう、空」

「おはよう、空くん。昨日のニュース見た?」

「昨日のニュース?何だそれ?」

「何でもこの辺りで誘拐事件があったみたい」


 おいおいてっきりおっさんが情報規制とかしてるもんかと思ったが普通にニュースになってるじゃねぇか。


「でもそれ以外何もわかってないんだよね。誘拐された人も犯人さえも、ただ犯人は逃亡中らしいよ」

「へぇ」


 やっぱりあいつら逃げていたか。

 あの時二人目もやっておくべきだった。ただ、それだと梨奈に色々勘ぐられる可能性があったので行動に起こさなかったが、どちらにせよ関係は築いてしまったので何とも言えない。


 それはそれとして事件の詳しいことは帰って梨奈に聞いてみるか。


「あ、そうだ。俺転校することになったから」

「え、まじで突然だな。それでいつだ?」

「今日で最後だ」

「「早すぎないか!!!」」

「色々事情があるんだよ」


 俺だってこんなすぐに転校させられるとは思っていなかった。


「それでどこに転校するんだ」

「秀麗学園」

「秀麗ってあの金持ちが集まる秀麗か!」

「それであってると思う」

「なんでお前が秀麗にいけるんだよ!」

「俺もそれは知りたい」

「なんでお前が知らないんだよ!」


 経緯を喋るのは梨奈に止められている。

 何でも堂本の沽券に関わるとか。

 おそらく堂本ではなく梨奈が誘拐されたことを知られたくないだけだ。


 第一俺が堂本のお嬢様を助けたって言ったところで誰も信じないとは思うが。


「まぁそういうわけだ。お前らとは今日でお別れだ。この後先生からも伝えられるだろうよ」

「でもいいよな、秀麗学園。花園だって聞くぞ」

「花園?」

「ああ、可憐なお嬢様の集まりらしい」


 可憐?梨奈を思い浮かべたが可憐な要素が見つからない。

 外見だけは可憐かもしれんが、他はだめだろ。


 チャイムが鳴った。先生が入ってくる。


「お前らHRはじめるぞ。席につけ」


 クラスメイトは席につき始める。


「突然だが、真嶋が転校することになった。詳しくは本人から聞いてくれ」


 クラスメイト全員が俺を見た。

 こんなに注目されたこと、このクラスで一度もなかったぞ。


「それで真嶋、この後理事長室へ行けよ。一限サボってもいいから行け」

「・・・了解」


 最後の授業さえもろくに受けさせてくれないのか?

 まったくどうかしてる。まぁどうせ受けたところで学ぶことはないので寝るが。



 俺はその後すぐに理事長室へ向かった。







「入るぞ」


 俺はノックもせず理事長室の扉を開けた。

 そこには白髪のじいさんが偉そうに座っていた。


「ノックぐらいして入ってこんか」

「うるせぇ。それよりどういうことだ、俺の意見無視でなんでこんな簡単に俺の転校が決まってんだよ。いくら金持ちとはいえこんなことできないぞ」


 一ヶ月とかならわからんことはないが今日の明日で俺の転校が決まるなんてまずありえない。

 間違いなくこのじじいが絡んでいる。


「堂本家はな、西条高校の設立に大きく貢献してるんじゃ。つまるところ、わしよりも上の立場におるってことじゃ」

「上の決定は絶対だと」

「そこまでは言わんが。お前一人と堂本を比較するとな、しょうがないじゃろ」


 俺の意思は全く関係ないってことかよ。


「まぁそう怒るな。お前にとってもいい機会じゃろ」

「ああん?」

「秀麗に行くことで今までと違ったものが見えてくるじゃろう」

「そりゃあそうだろうな」


 金持ちの醜いところとかみえるかもな。


「あほなこと考えてるじゃろ」

「うるせぇ。俺の心読むんじゃねぇよ」

「それで聞きたいのじゃがお前が率直に思った梨奈お嬢様の感想は?」

「怖いもの知らずの猟犬だな」

「ほう」

「昨日、今日と見ただけだがほとんどの人間に一定の距離を置いてるな。屋敷のメイドにすらとかよっぽどだろ」


 湊とは仲良くやっているようだが。


「お金持ちにも大変なことがあるってことじゃよ」

「てめぇも金持ってるだろうが」

「だからわしも大変なんじゃよ。泉のことも心配じゃし」


 泉とは臼井の孫だ。

 同い年で数年前までは交流があった。

 だが高校は別になったのでそれから会っていない。

 まずどの高校に通ってるかすら知らん。


「泉がどうしたんだよ?」

「あぁ心配じゃ」

「人の話聞けよ、じじい」

「まぁいい。それより頑張るんじゃぞ。もうわしは面倒見れんからな」

「マジで話聞けよ。まぁ、あんたには感謝してるよ」


 臼井とはもう5年ほどの付き合いになる。

 こいつには世話になった。


「礼なら将来金を稼いで泉に与えるので問題ないわ」

「どんだけ孫を溺愛してんだよ。感謝はしてるが金はやらん」

「そうか」


 臼井は笑っていた。


「ほれ、もう授業が始まってるじゃろうが、早く行かんか」

「てめぇが呼んだからだろうが!じゃあな」


 俺は大きく音を立てて扉を閉めて、理事長室を出て行く。









 今日の授業が終わった。

 俺はこれでこの高校とはおさらばだ。


「空くん、この後空くんのお別れ会しようと思うんだけど来れる?」

「あぁ、すまん。用がある」

「これで会うの最後になるかもしれないから、だめ?」


 上目遣いで聞いてくる。

 どうしたものか。

 こういう会を開いてもらえるなら行きたいが、梨奈の用事に付き合わなければ。





 答えは1つだな。


「行く」

「やった〜!みんな空くんのお別れ会するから今から駅前のカラオケ集合ね!」





「空、どこへ行くのかしら?」

「げ、何で校内にいるんだよ?」


 振り返ると梨奈が立っていた。

 西条とは違う制服の子がいるので、周囲は困惑している。


「質問に質問で返すのは馬鹿がすることよ。でも答えてあげる。あんたが逃げると思って捕まえに来たわ」

「マジかよ。普通そこまでするか」

「事実あんた逃げようとしてたでしょ」

「俺は見返りがあるならやるべきことはやる人間だぞ」


 お金をもらっている以上対価として働くのは当然のこと。


「今、すっぽかそうとしてたじゃない。鼻の下伸ばして」

「女の子の上目遣いは仕方ないだろ。梨奈もやれば少しは女の子らしくなるだろ」

「バカじゃないの?それより早く行くわよ」

「あの〜、それと空とはどういったご関係に?」


 俺と梨奈の間に割って来た俺の隣の席の横田。


「主と奴隷」

「奴隷!こんな可愛い子の!空が憎い!」


 こいつそんな趣味があったのか。ドン引きだ。

 てか、奴隷はないだろ。しっかりとボディーガードって言えよ。


「すまんが用事があった。またどこかでな」


 梨奈の手を握り足早にその場を去る。これ以上あの場にいても面倒がおこるだけ。


「あんた、いつまで私の手を繋いでるのよ。もういいわよ」


 校門を出てすぐ梨奈が俺の手を振り払った。


「小さな子が迷子にならないように手を引くのはボディガードの役目とは違うのか?」

「私は子供扱いされることは大嫌いよ。最初だから許してあげるけど次は絶対に許さない」


 おっかないお嬢様だな。

 どうして可憐な見た目と同じような中身を備えていない?梨奈が猫被れば俺より優秀なボディガードくらい何人も集まるはずだ。


「前にも聞いたが俺より優秀な護衛なんて腐る程いるはずだ。梨奈に媚びるような奴ばかりでもないだろ。中身も備わったのくらい、いた。そうだろ?」

「ええそうね。お父様に紹介された人は優秀だったわ。護衛としての腕、振る舞い、どれもが一人前だった。けど私のパーソナルスペースを理解していなかった」


 パーソナルスペース、他人に近づかれると不快に思う空間のことだったか。


「それって護衛にとって致命的すぎないか」

「その通りよ誰もが私のパーソナルスペースに踏み込んで来たの。何度注意しても理解しない。それがたまらなく嫌だった」


 落ち着ける空間がないってのはストレスが溜まる。ストレスが溜まれば他に支障をきたす。

 こればかりは梨奈に同情する。


「俺も無意識に踏み込むかも知れないから、その時はちゃんと言えよ」

「空はそこの所大丈夫よ」

「何を根拠に言ってるんだか」

「他人と一線引いているような人は意識してなくてもパーソナルスペースに入ってくるようなことはないわ。私を助けたときや学校での様子を聞いて確信してる」


 確かに俺は人と深く関わることはない。放課後クラスの奴らと遊びに行ったりはしていたが一定以上の関係を作ることはなかったよう


「もうこの話はいいでしょ。早く行くわよ」


 俺はその言葉に素直に従い、梨奈について行く。




「それでなぜこんなところに」


 迎えの車に乗り、走り出して約30分。ついたのは古そうな服屋だった。


「空の新しい制服を買いにきたのよ。それ以外にも欲しい服があれば買っていいわよ。でもまずは採寸してきなさい」


 俺は店員に奥へ連れられて採寸をした。少しだが身長は伸びていた。


「あら、もう採寸終わったの?早かったわね」

「女子と違って胸囲とか測る必要ないからな」


 そう言って俺は梨奈の胸に目を向ける。

 梨奈も測る必要ないか。


 詰め寄ってきた梨奈が俺の腹を小突いた。


「あんた今すごい失礼なこと考えたわね」

「大丈夫、お前は成長期だ」

「私を愚弄するなら夕食のおかず減らすから」

「あの屋敷での唯一の楽しみを消すな」

「ならわかるでしょ。ほら他の服も選んでさっさと帰るわよ」


 ここ最近服なんて買っていなかったのでありがたく数着購入した。

 梨奈が勧める店だったので値段が高いと思っていたが意外にもお値打ち価格だった。まぁ俺お金出してないけど。



 その後まっすぐ家に帰り、寝た。

 晩御飯とってもおいしかったです。



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