3 さあ、銃殺無双の開幕なり!

「魔王さま、冒険者どもの情報です!」


 石板従魔タブレットのオズが胸元を大きくはだけ、そこに文字を表示させた。



【疾風の魔法剣士 ザーパト Lv69】


【冷ややかな魔術師 オリエンス Lv53】


【黒き踊り巫女ダンサー ノルテ Lv48】


【エルフの一級魔族狩りハンター ユーク Lv71】



 HPとMPの詳細な数値はわからないが、森から現れた冒険者どもは四人パーティだ。



【冒険者生存数 4/4】



 次いでそんな数値も現れる。……ほう?


 俺のわずかな記憶の中では初めてだ。スキルFPSのおかげか。

 戦闘になった領域フィールド内の、敵の数をまとめたもの。便利だな。


「慌てるなよ、囲んで狩るぞ! いつものようにな!」


 四人のうち優男の魔法剣士がリーダーか。軽やかに風に乗り、草地の上を飛ぶように回り込むと、じっくり距離を詰めてくる。


「スキル起動! 旋風竜巻斬スラッシュスラッシュスラッシュ!」



必殺スペシャルスキル発動成功:フルゲージまでカウント40】



 その手に握る魔法剣には風の渦が発生し、徐々に大きくなっていた。


「さあ、風よ! 風よ風よ風の刃よおッ! 溜めに溜めて、魔王でもなんでも一撃でぶった切ってやる! そしてこのオレもついに英雄の仲間入りってわけだぜ! ハハハ!!」


「独り占めですか、ザーパト? 魔王の膨大なEXPは、トドメを刺した者に与えられるという話です。ならばこの私こそが!」



魔法陣マジックサークル生成開始】



 片眼鏡の魔術師が杖を構え、呪文の詠唱に入った。足元に魔力の輝きが走り、複雑な魔法陣が形成されていく。

 ――あの図形は、氷結系の範囲攻撃魔法か?


「どっちでもいいし! 魔王討伐の報奨金を山分けできたらね♪」


 気楽に笑うのは褐色の踊り巫女ダンサーだ。


「どうせアタシ、バックアップしかできないし。あ、そーだ。英雄になった方の情婦オンナになったげよっか? その方がお金に困らなそうだしさ。キャハハ!」


「……魔王、狩るはワタシ! 使命!」


 姿を消したエルフの魔族狩りハンターの声だけが聞こえた。


「転生を繰り返す、この世にそぐわぬ魂を今度も、サーガイアから追い払う!」



付与魔法バフマジック発動成功】



 スキルで姿を消したエルフは、つがえた矢に威力増強の魔法でも込めたようだ。俺たちの斜め後ろに表示が出た。


 もとより魔王である俺には、魔力の揺らぎが丸見えだがな。

 エルフとの距離は20mほど。相手の弓矢の射程圏内に入っているが……。


 ふ。俺のグロックにとってもいい距離だ。


「魔王さま!」


「オズ」


「……はい! わたくしは魔王さまの盾に!」


 従魔に魔法剣士への注視を任せ、俺はくるりと反転する。

 同時に向けるのは手にしたグロック18Cだ。


「はっ! なんだそりゃ?」


 魔法剣を振り上げて、風を溜め続ける優男が嘲笑う。

 他の者たちも同様だ。噴き出した魔術師がつい詠唱を途切れさせ、踊り巫女ダンサーが首を傾げたのが見えた。姿を見せないエルフはどうか知らないが。


 こいつらは銃がなんだかわかっていない。当然か。

 スキルFPSは俺にだけ与えられた、特別な力なのだから。


「ふ」


 思い知るがいい。俺は引き金トリガーに指をかけ――。


 パァン!


 乾いた音が一つ響いた。

 腕に反動が伝わった。銃口マズルがわずかに跳ね上がり、白煙が漏れる。


 炎が噴き出ることはなかった。飛び出した弾丸を目視することもできない。

 しかし、一瞬でグロックのスライドが前後に動いていた。薬室チャンバーのカバーから、筒状の薬莢カートリッジが一つ吐き出される。


 撃てた。――グロックは問題なくちゃんと、動作した!


「魔王さま!?」


 突然の破裂音に耳を塞ぐのは、側にいた従魔オズだ。地面に転がった黒い薬莢カートリッジにも驚いている。


「なんだ、今の!」


 魔法剣士の足が思わず止まる。が、鼻で笑って魔法剣を構え直した。


「魔法のこけおどしか? はっ、くだらないぜ……!」


「違うな、貴様の認識不足だ」


 俺ははっきり言ってやった。

 空中にいきなり、魔法の煌めきを宿した矢が現れる。それは一筋の光となって空を駆け――無数に分裂し、あらぬ方向に落下した。


 キュドドドドド!


 地面が揺れて土煙がいくつも上がる。一瞬で草地の一画が穴だらけに抉られた。


 ……当たればさすがに危なかったな。

 だが、それがどうした? 先にこちらが当てればいいだけのこと。


 大弓を手にした格好で、消えていたエルフが姿を見せていた。前のめりに倒れ込む。


「なに!? ユーク、おい!」


 魔法剣士が呼びかけるも、もうエルフは応えない。

 額に空いたのは銃弾の穴だ。流れ出る鮮血が、緑の草をみるみる赤く染めていく。


 当たった。狙い通りに!


「ヘッドショットだ」



【KILL 1】



 絶命の証として、オズの胸元に赤い表示が現れた。


 キル? いい響きだ。これが銃の威力――。

 相手のHPなど関係ない。ヒトの脆い箇所に当たれば即死させられる、というわけだ。


「今のが、魔王さまの新たなるお力? さすがはわたくしの魔王さま! お見事です!」


「ユーク? 嘘、マジ!? なんでやられたの、即死系魔法!?」


 踊り巫女ダンサーの女が、側にいた魔術師にわめく。


「魔法武器とでもいうのですか!? しかし今の攻撃に魔力の波動は感じませんでした!」


 魔術師も狼狽え、詠唱途中の魔法陣が歪んだ。


「ザーパト、迂闊に踏み込まないでください! 少なくとも今のは飛び道具のようです! それも凄まじい威力の!」


 ほう、やるな。すぐに銃の特性を見抜いたらしい。冒険者にしては頭の回る相手だ。

 しかし遅い。もう俺は次に、10mにまで迫っていた魔法剣士へと狙いをつけて……。


 パン、パンッ!


「グッ、ガッ!」


 近い的ほど当てやすいものはない。鋼の胸当てに二つの穴が穿たれた。


 今度は狙いを胴体にしたのは、わざとだ。金属製の鎧を貫通できるかどうか試したのだが、この距離なら問題ないようだな。拳銃ハンドガンでも十分な威力だ。


「ゲハア!」


 血の混ざった息を吐いて、優男の顔が青ざめた。信じられないという表情だが。


「もういいぞ」


 パン!


 ダメ押しにもう1発、胸のど真ん中に叩き込んだ。

 ――風が、散った。優男は魔法剣を抱いたまま膝を折り、動かなくなる。



【KILL 2】



 ああ、なんて簡単な作業なのか! 俺の指の動きだけで、こんなにあっさり冒険者どもをキルできるなんて。

 ぞくりとしたのは、命を奪った背徳感か?


 一方で、胸が――ときめく。

 これは……圧倒的な力による、愉悦? どうしようもなく笑みがこぼれていた。


「ふははっ、はははははははは!」


「やばい、なんかやばいし、魔王って! ……逃げよう、オリエンスぅ!」


 踊り巫女ダンサーの女が騒ぐが、一緒にいた魔術師は詠唱をやめない。

 30mほど離れているため、呪文の中身を聞き取ることはできないが、術式を替えた?



魔法陣マジックサークル術式変換】



 足元に展開していた魔法陣が分解し、魔術師の背後にいくつも新たな図式が生まれる。

 ほう。俺の攻撃を見て、威力より速さと手数を優先した攻撃魔法に切り替えたか。


「だから?」


 ……呪文の完成より先に、俺の指はグロック18Cのセレクターレバーに触れていた。


 パララララッ!


 今度は連射フルオートで撃った。おお、単発セミオートとはまるで違う!

 グロックから一気に大量の弾丸が吐き出された。


「きゃあ! 魔王さまあ!?」


 オズが跳び上がって驚いた。俺もすぐに引き金トリガーから指を離す。


 10発ほど撃っただろうか? その間、わずか1秒にも満たない。

 思っていたよりも凄まじい速さでグロック18Cは吠えた。白煙とともに時折、銃口マズルから炎すらぱっと上げて。


 排莢もあっという間で、地面に黒い薬莢カートリッジが散乱する。

 反動も単発セミオート時とは比較にならなかった。


 ――グロック18Cはただの18型と違い、スライド上部に四角い穴が空いている。Cの名が象徴する「コンペンセイター」という、発射時のガスを逃がす機構だ。

 おかげで18型よりも、撃ったときの跳ね上がりは抑えられるはずだ。しかし連射フルオートでは、さすがに銃口マズルが暴れた。


 故に、半数くらいは標的に当たらなかったが――。



【KILL 3】



 片眼鏡を落として、頭と胸に弾を受けた魔術師が倒れた。

 術者を失い、俺たちを囲んでいた光の障壁も掻き消える。


「あー! あー! アタシの足がっ、足があああーーーー!」


 悲鳴を上げて転がったのは、巻き添えを食った踊り巫女ダンサーだ。

 女は慌てて虚空からなにかを取り出し、褐色の太股を押さえる。

 傷を癒やす薬草の類か。自分で回復魔法くらいは使えるだろうに、痛みのせいで混乱状態のようだ。


 だから俺はその間に、悠然と距離を詰めた。


「後は、残り一人ですね。我が魔王アハトさまを舐めるからこうなるのです!」


 ついてきたオズが、数mにまで近づいた踊り巫女ダンサーに向かい、舌を出す。

 どうにか足は癒えたようだが、女は完全に怯えていた。支援系である踊り巫女ダンサーには、まともな戦闘力がないせいか。


 常に他の冒険者に頼り、誰かと組まなければ生きていくことができない脆弱な存在。

 しかし今、女の近くにあるのは――倒れた魔術師の死体だけだった。


「た、助けて……お願いいぃ。アタシ、魔王の情婦オンナになるしいいいぃ」


 哀願し、いきなり服を脱ぎ始めた。褐色のたわわな胸が露わとなる。


「ね? ね? けっこういい体してるでしょ? 好きにしていいからさあぁぁ!」


「命乞いか。貴様は間違っているぞ」


 つまらない。女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。汚らしい。


「ヒトごときが、魔王さまの相手に相応しいとでも? 思い上がりもいいところです!」


 俺の言葉を従魔オズが代弁する。然り、こんなヤツなどいるものか。

 それにな。


「……貴様ら冒険者は、どれだけの魔族を殺してきた?」


 俺は女の正面に立つと、グロックの銃口マズルを鼻先に突きつけた。


 すでに銃の威力を知る踊り巫女ダンサーは、座り込んだまま硬直する。

 尻の下に広がるのは黄色い水たまりだった。


「ま、待って……待って、待ってええぇ!」


「魔族が命乞いしても、貴様らは許したか? 違うな」



 レベルがすべてを物語る。

 こいつらは魔族を殺してEXPを得て、己を高めてきたのだ。


「殺したんだ。殺して、奪った。俺たちの存在の残滓を……!」


「ごめんなさい、ごめんなさあい! もうしないからあああ」


「ダメだな」


 絶対にキルする。許さない。だが……。


「否、最後に一度だけチャンスをやろう」


 俺は冒険者とは違う。グロックの銃口マズルを下ろすと、女が間抜け面を晒した。


「逃げてみろ。俺から逃げ切れれば見逃してやる。この草地を突っ切って、無事に向こうの森の中へ飛び込め」


「え……マジ、に?」


「然り、だ」


「魔王さまが嘘を吐くとでも思うのですか? 痴れ者め!」


 オズが怒鳴るが、俺には恭しく頭を垂れた。


「さすがです、魔王さま! わたくしは感服いたしました。よもやこのような下劣なヒトにも慈悲をかけるとは……」


「確かに、こいつを生かして帰してしまうかもな」


 ほら、どうした? 俺は女に光の障壁の消えた、草原の果てを指し示す。


 ――踊り巫女ダンサーの表情が変わった。

 治った足で立ち上がり、魔術師の死体の脇をすり抜けて駆け出す。

 全力疾走だ。しゃんしゃんと手首に着けた鈴が鳴る。



付与魔法バフマジック発動成功】



 同時に、魔力の煌めきが女の下半身を包んだ。ほう? あれは……。


「強化魔法ですか!」


 俺と同時にオズが見抜く。


 踊り巫女ダンサーは魔法の発動に言の葉を用いない。代わりに踊りや舞を通して、術式を起動する。

 それを走りながら行うとは、手練れの業だ。しかも脚力強化の魔法か。

 一蹴りごとに小型の魔法陣を踏みしめて、女は一気に加速していく。



付与魔法バフマジック発動成功】



 さらにもう一つ、光の衣を身に纏った。防御力強化の魔法も重ねるか!


「ふ」


 女は必死だ。後ろから撃たれるとわかっているのだろう。


 然り。俺は生き延びるチャンスをくれてやっただけ。

 グロック18Cを構え直すと、遠ざかる彼女に狙いをつける。


 20m、30m――まだだ。

 40m。かなり小さくなったが……後少し。


 もういいか。


 パアン!


 セレクターレバーは単発セミオートに戻してある。

 俺はグロックの有効射程距離ぎりぎりでの射撃をしてみた。1発で女が転ぶ。


 なんだ。50mでもちゃんと狙えば当たるではないか。

 だが、さすがにヘッドショットとはいかなかったらしい。まだ動く。


「なんでっ、なんでええええ!」


 遠くから泣きわめく声が聞こえた。

 着弾時に、光の衣の表面に防御魔法陣が展開したが、役に立たなかったからだろう。弾丸のパワーを甘く見たな。


 9㎜は貫通力の高い弾だ。そんなもので射程内の銃弾が止められるものか。


 パンッ、パンッ、パアンッ!


 俺は次々に弾を発射した。

 うち1発がバシッと見事に命中した。女の声が聞こえなくなり……。



【KILL 4】


【冒険者生存数 0/4】


【掃討完了――魔王の勝利です】



「やりました魔王さま! さすが、お見事です! 冒険者どもを殲滅ですね!」


 立て続けに出た表示にオズが飛び跳ねる。


 ……グロック18C、いいではないか。使える!

 俺のFPSというスキルは圧倒的だ。銃さえあれば俺は無敵――む?


 手にした愛銃に目を向ければ、そのスライドが後ろにずれたまま停止していた。

 自動装填ブローバックの最中にストッパーがかかったのだ。これは……。


「弾切れか」


「え? それって、魔王さま!」


 グリップから弾倉マグを抜けば、入っていた17発すべてがきれいになくなっていた。空になったためグロックが、自動でスライドの動きを止めたのだ。

 弾薬の込められた次の弾倉マグを装填すれば、ストッパーを外すだけでスライドが戻り、新たに弾が送り込まれる――。


 もちろん俺はすぐに乞うた。


「新しい弾よ、出でよ!」


 ブブー!



【素材が足りません】



 俺の命令をシステムが拒絶した。


 ……なに?

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