第14話とあるチームのGP哀歌


     ───語り

       アナスタシア・オゴロワ




 その少女は、淡い栗毛色の髪が美しく、髪と同じ色のよく動く大きな瞳が可愛らしい女の子でした。


 小さな頃からどんな事でも負けず嫌いで、特に身体を動かす事が大好きな、いつも男の子たちをへこませている活発な子でした。


 ハイスクールに行く頃には、可愛らしさに美しさも加わり、学校中の男子の憧れとなりました。


 でも彼女は、自分の容姿を誇ることはありません。美しい髪もブルネットの瞳も両親からもらっただけのものです。自分の努力で得たものではなかったからです。


 彼女は着飾って美しく魅せることより、肉体を鍛え磨くことに魅力を感じ、スポーツに打ち込みました。そして夏は陸上の中長距離、冬はクロスカントリースキーで活躍し、地区の代表選手に選ばれるまでになっていました。


 少女はモーターサイクルのレースには、まったく興味がありませんでした。彼女にとってスポーツとは自分の力で競うもの、機械を操縦するだけのモータースポーツをスポーツと認めたくありませんでした。


 しかし、そんな彼女の人生を変える出逢いがありました。


 それは、ずっと彼女に夢中だったボーイフレンドに誘われて、地元で開催された世界GPを観に行った時です。


 初めはあまり気乗りしなかったのですが、生で観るレースの迫力とスピード。そしてそのスピードの中でライダーたちの見せるパフォーマンス。危険と隣り合わせの緊張の中で発揮されるバランスと研ぎ澄まされた反射神経。


 紛れもなくアスリートとしての高い身体能力を持ったライダーたちに魅せられたのです。


 中でもMotoミニモトップの女性ライダーの存在は衝撃的でした。


 ゲート係員の目を誤魔化し、パドックに紛れ込んだ彼女は、偶然そのライダーがレース前に身体を休めているところに遭遇しました。


 タンクトップにスパッツだけの姿で、贅肉のまったくない身体をリクライニングチェアに横たえ、目を閉じて集中力を高めているところでした。


 体には、大きな傷痕がいくつもありましたが、そのライダーの美しさを損ねるものとは思えません。むしろ、神々しさすら感じました。


「水をとってくれないか」


 突然、スタッフと勘違いしたのか、そのライダーが目を閉じたまま彼女にミネラルウォーターを頼みました。


 少女は慌てましたが、近くにあったクーラーボックスからペットボトルを取りだし、手渡しました。


「スパシーバ」


 ロシア語で礼を言われ、としました。


「どうやって忍び込んだ?ここの警備は弛んでいるな」


 彼女がスタッフでないことを、そのライダーは気配だけで見抜いていたのです。少女は何も言えず、立ち尽くすしかありません。


「レースをやっているのか?」


 戦士のような肉体を持った女性から尋ねられ、「ノン」と答えると、少し残念そうな顔をしましたが、さらに質問してきました。


「しかし何か競技はしているんだろ? 足音でわかる。運びがスムースだ」


 少女は足音だけで運動能力を見抜いたことに驚きました。


「陸上とクロスカントリースキーをしてます」


 すべて見抜かれてるような気がして、少女は正直に答えました。


「ほう……、興味深いな。どちらも私もよくトレーニングでしている。いつか一緒にしてみたいものだ。だが今日は、スタッフに見つからないうちに早く立ち去れ」


 会話はそれだけでしたが、少女の中に強烈な印象が焼きつきました。それはもう一目惚れと言えるでしょう。



 その日から少女の心は、あのライダーに夢中でした。近くのバイクショップに通い、その店のレースチームからレースに出場するようになりました。


 少しでもあの女性に近づきたい。少女にはGPライダーになることしか眼中になくなっていました。一緒にGPを観に行ったボーイフレンドから別れを告げられても、なんの感慨もありませんでした。



 少女のライディングセンスには素晴らしいものがあり、それに気づいた店主から、本気でレースするならとGPアカデミーを薦められました。ショップはレースのサポートやパーツなどの支援をしてくれていましたが、個人でレースを続けるには、体制的にも経済的にも限界があります。


 アカデミーに入っても、彼女はすぐにその才能を認められ、課程を終えるとついに念願の憧れのライダーのいるチームの四人目のライダーとして加わることが出来ました。


 彼女はデビューしてすぐアシストライダーとして頭角を現し、憧れのエースライダーから最も信頼されるようになっていきます。


 プライベートでも、スター選手であるエースライダーから特に可愛がってもらい、彼女にとって幸せの絶頂期でした。



 しかし、彼女の幸せを快く思わない者もいます。なんと、同じチームの他のアシストライダーにとっては、美しく才能もあり、エースから信頼されている新参の少女は嫉妬の対象でしかありませんでした。



 一般的にアシストライダーは、いずれ自分がエースの座に昇るか、他チームからより良い条件で引き抜かれるのをめざしているものです。


 新人に追い越されることを耐え難い屈辱と感じるのは無理もないことなのです。



 少女が絶えず身体の怠さを感じるようになったのは、シーズン半ばの夏頃からでした。お腹の具合も悪くなり、元々スリムだった身体は更に痩せ細っていきました。


 シーズン終盤には、美しかった栗毛色の髪が抜け落ち始めるようになり、憧れのエースライダーからも、レースを離れ療養するように言われてしまいました。もちろん彼女の躰を思ってのことです。


 それでも彼女は病院を抜け出し、自費でGPを追い続けました。しかしチームは、彼女がピットに入ることすら許可しませんでした。



 最終戦の決勝当日、サーキット近くのホテルの一室で、バスルームから髪が抜け、肌もカサカサに枯れ痩せ細った女性の遺体が発見されました。まるで老婆のようでしたが、身元を調べるとまだ二十歳だったそうです。


 同じ日、サーキットでも二つの悲劇が起こりました。


 どちらもトップチームのアシストライダーのアクシデントでした。


 一人は、ストレートを走行中、突然ハンドル操作を誤り転倒、脊椎を傷め二度と立つことの出来ない身体になってしまいました。

 しかしどうして直線で、急にハンドル操作を誤ったのか、なにも語りませんでした。


 もう一人は、コーナーをノーブレーキでまっすぐ進入してフェンスの支柱に激突、即死でした。

 事故を不審に思った主催者と警察が遺体を解剖した結果、直接の死因は心臓発作だったそうです。おそらく走行中に心臓発作をおこしたと思われました。



 レースの結果は、アシストを失ったにもかかわらず、同じチームのあのエースライダーが優勝しました。


 二位に入ったライダーがレース後に語った話では、まるで見えない何かがトップのライダーを守っているようで、どうしても近づけなかったそうです。


 

 今でもサーキット近くのホテルには、自分が死んだことに気づいていない少女が、愛するエースライダーを勝たせるために宿泊していることがあるそうです。

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