第3話 レッドキャップ

運がよかった。今日は牛肉がセールで安かった。

賞味期限ぎりぎりっぽかったのだが、大学生でお金のない僕にはこんな牛肉でもご馳走だ。

大きな牛肉の塊を手に晩御飯のメニューを考える。


ローストビーフ…そうだな、ローストビーフがいいな。

パッと頭に思い浮かんだローストビーフで今日は決まりだ。

家にハーブソルト、ローリエなどスパイス類は確かあったはずだし、丁度いいや。


ケットシー君は喜んでくれるだろうか。

それとも高級キャットフードのほうが喜ぶのだろうか。

一応キャットフードも買っているので、文句を言うようならこれを食べさせておけばいいだろう。


僕はルンルン気分で家に向かった。

相も変わらず風が少し肌寒い。

やはりマフラーをしてきたらよかったかな?

…やっぱりこのサンダルが良くなかったかな。

お酒臭くなってもレプラコーン君を靴から追い出して、ブーツを履いてくるべきだったか。

いやいや、それはちょっと可愛そうかな。


さて、もう家につく。


ガチャ


家のドアを開けると僕のアパートの奥に一つの人影が見えた。

その影はドアが開いた音でこちらに気が付いたのか、クルリと振り返る。


真っ赤なとんがり帽子を被り、背の低い老人のような姿。

その眼は赤くギラギラと輝き、口からは牙が飛び出している。

その爪は鋭く、更には刃物が握られていた。


そして、それは僕を確認するとゆっくりと近づいてきた。


「あ、ユート君。お帰りなさい。外は寒かったでしょ?部屋の中、ちょっと温めておいたからね」

「うん、いつもありがとう。レッドキャップ君は気が利くね」

「いやん、居候として当然のことよ?」


ゆっくり近づいてきたレッドキャップ君は僕からダウンジャケットを受け取るとハンガーに掛けてくれた。


彼はレッドキャップ君。

イギリスの民間伝承によるとゴブリンなどに似た悪鬼で、非常に残忍だとされている。

レッドキャップという名前の由来となった赤い帽子は、惨殺した人の血で染め上げたといわれている。


彼も、そのレッドキャップなのだが生まれつき血が苦手で一族から迫害されていたそうだ。

僕がヨーロッパ旅行で沢山の妖精を引き連れているのを見て付いてきたそうだ。

もっとも、僕は妖精を引き連れているつもりなどは全く無かったのだが。


「レッドキャップ君、今日はローストビーフにしようと思うんだけどいいかな?」

「え!?肉!?いいじゃな~い、血が出ない肉が切れるって最高よ!」


彼もレッドキャップなだけあって、血が出るのが苦手だけど肉を切ることは好きなようだ。

なので僕の家で料理人をしてもらっている。

彼の作る料理は絶品だ。最近ではネットで料理を自分で調べて色々と試行錯誤しているらしい。

…ちなみに女性っぽい喋り方だが、男だ。


「あ~ユート君に付いてきて本当に良かったわ~。好きなだけ血が出ない肉が切れて、アタシ幸せよ」


レッドキャップ君は僕から牛肉のブロックを受け取ると、料理の準備を始める。

牛肉ブロック全体にしっかり塩コショウ、ローリエ、オリーブオイルを塗り込んでいく。


「フンフ~ン、ちょっと仕込みに時間がかかっちゃうから、リビングでテレビでも見て時間を潰してて~」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」


もし僕が誰かと結婚したら、こんな感じなのかな。


「あら、アタシはユート君となら結婚してあげてもいいわよ?」


キッチンからレッドキャップ君の声。

ははは、結婚するなら人間の女性がいいかな。

でももし、おじいちゃんになっても相手がいなかったらその時はお願いしようかな。


「~♪~~♪」


赤い帽子の彼の歌声は、意外にも美しかった。

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