第五章 諫争

因縁の再戦

 フォートリエの屋敷にラメールとフランが現れたのは、午後六時の事。現在、激闘が始まってから既に一時間が経過していた。

 最初は全員が屋敷のホールにて乱闘を繰り広げていたが、気が付けば敵に追いやられるような形で異なる場所へと移動していた者達も居た。


「やっぱり、あいつとの決着は私がつけるべきよね」

「また操られたりするんじゃないわよ」

 アルベール姉妹の二人は、下級ヴァンパイアと共に襲い掛かってくるラメールの猛攻を屋敷の外に出て凌いでいた。

「嬉しいな……あなた達と一緒になれるなんて……」

「語弊がある言い方はやめて頂戴。あんたが私達を集中的に狙って、外に追い出したんでしょうが」

 戦闘の合間であるにもかかわらず煙草を咥えて火を点け、溜め息混じりに煙を吐き出すシルビア。

「違うよ。あなた達があたしについてきたの。自分から……誘われるように……」

「だから――」

 否定を続けようとするシルビアであったが、呆れた様子でそのやり取りを見ていたシャルロットがそれを止めた。

「シルビア。あいつには何を言ったって無駄よ。力付くで黙らせるべきだわ」

「――それもそうね」

 シャルロットに納得させられたシルビアは、口での説得を諦めて祓魔銃をラメールに向けて構えた。

「ふふ……相変わらず乱暴だね、あなた達は……でも、そういう所も含めて、あたしはあなた達が――」

「はいはい、もう聞き飽きたわよ……!」

 ラメールの話を遮るようにそう言って、祓魔銃を発砲するシャルロット。射出された銃弾はラメールには回避されたものの、背後に居た彼女の取り巻きであるヴァンパイアに命中した。

 シャルロットのその対応を受け、ラメールは不気味にニヤリと口元を歪ませる。

「いけない子だなぁ……あたしが喋ってる時に、銃を撃つだなんて。そういう悪い子には、お仕置きをしてあげなきゃね」

「お仕置き? もうそんな歳でも無いわよ」

「ふふ……大丈夫、あたしのお仕置きには歳なんて関係無いから。痛覚と恐怖を感じる心さえあれば――」

「わかったわかった、もうこれ以上あなたの気味の悪い話に付き合うつもりはないわ。始めましょう」

「もう、せっかちだなぁ……」

 シャルロットに急かされたラメールは、くすくすと可笑しそうに笑う。それから、右手を挙げてヴァンパイア達に攻撃の指示を下した。

「あなた達、殺しちゃダメだよ。指示通りにやってね」

 ヴァンパイア達に向けたラメールのその発言に、シルビアは眉をひそめる。

「随分と気の利いた指示ね。生け捕りなんて器用なマネがそいつらにできるとでも?」

「ふふ……できるできないじゃなくて、やるんだよ」

「……素敵な考え方ね」

 そこで、ヴァンパイアの一体が先頭を切って飛び掛かってきた事により、会話は中断されて戦闘が始まった。

 ヴァンパイアの数は二十体程であり、始めの一体をシャルロットが仕留めた直後に全ての個体が一斉に襲い掛かってくる。二人はそれぞれ左右に分かれ、数を分散させて戦い始める。分かれた二人の内、ラメールはシャルロットの方へと足を運んだ。

「予想はしてたけど……やっぱり私の方に来たみたいね」

 ヴァンパイアを処理しながら、こちらに歩いてくるラメールを見て舌打ちをするシャルロット。

「遊ぼうよ、シャルロット。まずはあなたから……」

「お断りよ」

 ヴァンパイアの襲撃の合間を縫って、ラメールにも発砲する。ラメールは当然のようにその銃弾を回避し、更に距離を詰めていく。

「あなたはあたしの人形になるの……それだけは譲れないの……絶対に……!」

 ラメールは裂けてしまいそうな程に口元を歪ませ、満面の狂気を露わにしながらシャルロットに飛び掛かった。シャルロットは慌ててその場から離れ、ラメールの死の抱擁から逃れる。

「愛されるのは悪い気分じゃないけど、あなたの愛は重すぎるのよ……!」

 背後に居たヴァンパイアを捻り蹴りで沈めた後、ラメールに向けて引き金を三回引く。すると、その内の一発が胸部を捕らえた。

 しかし、ラメールは怯まずに再び飛び掛かった。

「ッ――!」

「捕まえた……」

 怯むと思っていたシャルロットは反応が遅れてしまい、ラメールに飛びつかれてそのまま押し倒されてしまう。

「参ったわね……私とした事が同じ轍を二度も踏むなんて」

「後悔してももう遅いよ? 捕まえちゃえばこっちのもの。ヴァンパイアであるあたしに、力の勝負では敵わないんだから」

 両手をがっちりと抑え込み、その状態で顔を近付けるラメール。シャルロットは苦笑を浮かべ、顔を背ける。

「――その不気味な顔を近付けないで頂戴」

「ふふ……照れてるの? でも大丈夫、すぐにあたしの顔が愛おしく思えるようになるから……」

「そう。でも、残念だけど――」

 シャルロットが言葉を言い切る前に、離れた場所から一発の銃声が聞こえてきた。それと同時に飛んできた銃弾がラメールのこめかみから侵入し、内部を破壊しながら反対側まで一気に突き抜ける。

 ラメール自身は突然頭に謎の衝撃が走ったという事しかわからず、ただその感覚に呆然とするだけ。その隙に、シャルロットはラメールを突き飛ばして立ち上がった。

「助かったわ。でも強いて言うなら、もう少し早く助けてほしかったかも」

「文句を言える立場なの? こっちだって手一杯なのよ」

 祓魔銃の再装填をしながらこちらにやってきたシルビアは、呆れた様子で溜め息混じりにそう言った。

「そっか……興奮して思わず忘れちゃってたよ。あなたも居るんだったね」

 先程の銃撃がシルビアのものだと知ったラメールは、ゆっくりと立ち上がって二人に向き直る。

「残念だったわね。シャルは甘くても、私はそう簡単にやり込めないわよ」

「そうよ。私は甘くても――あ、甘くないわよ!」

「どの口が……まぁいいわ。二度と油断するんじゃないわよ」

「わかってるわよ。私に任せなさい」

 先程の危機など無かったかのように自信満々な表情でそう返答するシャルロット。そんな彼女に、シルビアはそっぽを向いてぼそりと呟く。

「……自信だけは一人前ね」

「何か言った?」

「別に」

 そこで閑話休題とし、二人は歩み寄ってくるラメールに意識を向けた。

「雑魚はまだ湧いてくるでしょう。収拾がつかなくなる前に、奴を仕留めるわよ」

 辺りに視線を走らせ、冷静に状況を判断するシルビア。

「了解。二人ならきっと楽勝ね」

 一方のシャルロットはシルビアと共闘しているという事からか、楽観的に状況を捉えており、飄々としている。

 そして、ラメールは――

「わかった……やっぱり生半可な力じゃ、あなた達の相手は務まらないよね。それならあたしも、本気でやらせて貰うとするよ」

 力を解放し、色を深紅に変貌させた瞳で二人を見つめていた。

 更に、彼女の周囲の空間がぼやけ、そこに裂け目のようなものが生まれる。そこから、彼女の直属であるヴァンパイア達が次々と現れた。

「なるほど。ここからが本番ってワケね」

「油断するんじゃないわよ。今度は助ける余裕は無さそうだから」

 二人は祓魔銃に新たな弾倉を装填し、これから始まる激戦に備えた。


 ――一方、外に出たアルベール姉妹とはまた別に、ノアとリナ、ルナの三人組もホールとは別の場所にて交戦していた。

 その場所とは、階段を登った先の二階通路。三人はそこで、フランと彼女が率いるヴァンパイア達の襲撃を迎え撃っていた。

「面倒な奴だな。どうしてそこまでボク達に拘る?」

 成り行きでフランと一騎討ちをしていたノアが、彼女の燃え盛る右手を両手で抑え込みながらそう訊く。

「そんなの決まってんだろ。オレがヴァンパイアの中で一番強いって事を証明する為だ」

「証明してどうする」

「逆に訊くぜ。証明しねぇでどうする?」

「そんな証明、必要無いね。ボク達ヴァンパイアの使命は主に従事する事だ。主を守る為の力は必要だが、その中で誰が一番強いかなんて事は意味の無い論争さ」

「怠けてやがんなぁ……そんなんだから、平和ボケしたような主に仕える事になっちまったんだろうよ」

「――なんだと?」

 主の話が出た途端、ノアの表情に翳りが差した。そしてそのまま、彼女は掴んでいた右手を捻り、関節を極めながらフランの身体を投げ飛ばした。

「お前の下らぬ価値観や、ボクの悪口はどれだけ語って貰っても構わない。だが主の事だけは聞き逃せないな」

「単純な奴だな。しかしそこまで従順な犬を演じて何が楽しいんだ? オレにはその気持ちがわからねぇな」

「何も考えずに力を振りかざしているだけのお前にはわからないさ」

「……そうかい。まぁ良いや、そんな下らねぇ考えなんて、わかりたくもねぇしな」

 フランは最後に嘲笑して会話を終えると、再び右手に炎を纏わせてノアに突進していった。再び、二人の一騎討ちが始まる。

 ――その一方で、リナとルナはフランには関わらずに他のヴァンパイア達の対処に尽力していた。ノアなら負ける事は無いだろうという考えの元、それなら辺りの邪魔者を掃除した方が効果的だと判断しての選択であった。

「結構減ってきたね」

 ヴァンパイアの首をナイフで無慈悲に掻き切って仕留めた後、ルナが辺りを見回しながら呟く。

 その言葉に、リナは呪文の詠唱を済まして闇の球体を生成してから答えた。

「元々こっちにはそこまで数を投入しなかったんだと思う。一番多いのは、多分アリス様とソフィアの方」

「ヴァンパイアハンターの方は?」

「さっき窓から見た時は、少なかった。取り巻きはもう二人が殲滅しちゃったんじゃないかな」

 リナはそこまで言って手元で止めていた球体を飛ばし、正面に居たヴァンパイアを仕留める。それから、再び口を開いた。

「――でも、ラメールには直属のヴァンパイアが居る。それを考えると、数は少ないかもしれないけど、あの二人が一番大変だと思う」

「じゃあ、手伝いに行く?」

「こっちが済んでからね」

「だね」

 その後、辺りのヴァンパイアを殲滅するのに大した時間はかからず、二人はすぐにノアの元へと向かう事になった。


 お互い一歩も譲らない接近戦を繰り広げているノアとフラン。そこにリナとルナが乱入し、状況は三体一となる。

「ノア、大丈夫?」

 魔法で牽制しながらノアとフランの間に立ち塞がるリナ。

「元からボロボロだった服がもっと悲惨な事になってるよ」

 ルナはノアの側に行き、彼女が纏っているほとんど服としての機能を失いつつある布切れをぐいぐいと引っ張ってみせる。

「――大丈夫だよ、これといった致命傷は負ってない。だから服を引っ張るのはやめてくれ」

「恥ずかしいの?」

「……もう一度言おうか?」

「いいや」

 その一方フランは敵の数が増えたという状況に対し、不敵な笑みを浮かべていた。

「雑魚が寄ってたかって、人数で勝とうってか? どこまでも下らねぇ奴等だな」

「大口叩いてて良いの? 後で余計に恥掻く事になるよ」

 リナの言葉にも、フランは態度を変えない。

「恥を掻くのはてめぇらだ。今の内に言い訳を考えておきやがれ。オレは一人でもてめぇらなんぞには負けねぇよ」

「……そこまで自惚れられると、なんだかこっちが恥ずかしくなってくるよ」

 呆れた様子で苦笑を漏らすリナ。そこで、リナは会話を終えて戦闘に入ろうと、ルナに目配せをしてその意図を伝える。

 そのまま二人が戦闘を始めようとしたその時、ノアが二人の前に歩み出てフランと対峙しながら言った。

「お前達は他の連中に加勢してくれ。ここはボクが請け持つ」

 その発言に、リナとルナはきょとんとした様子で顔を見合わせる。それからノアを挟むようにそれぞれ隣へ行き、彼女の横顔を見上げた。

「確かにそれは素敵な提案。アリス様も心配だし」

「ヴァンパイアハンターだって苦戦してるハズ。――でも、あなたは大丈夫なの?」

 ルナが心配そうに訊くが、ノアは鼻で笑って返答する。

「愚問だな。ボクを誰だと思ってる。こんな力だけの単細胞みたいな奴に負けるワケがないだろう」

「……案外似た者同士なんだね」

 ルナは“心配して損した”とでも言わんばかりに露骨に大きな溜め息を漏らして見せた。ノアは気恥ずかしそうに咳払いをして話を戻す。

「――とにかく、ボクなら大丈夫だ。それよりリナも言ったが、アリス様の方が心配だ。ソフィアもついているとは言え、まだエヴァも姿を見せていない。急いで向かってくれ」

 リナとルナはそこでもう一度お互いの顔を見合わせてから、正面に居るフランに視線を移す。

 そしてしばらく見つめた後、二人は踵を返して階段の元へと歩き始めた。

「絶対負けないでよ」

 背を向けたまま、リナがぼそりと言う。隣のルナは足は止めずに顔だけ振り向け、いたずらっぽく微笑を浮かべながらいつもの調子で言った。

「負けたら死体で遊んじゃうよ」

「……遊ぶな」

 戦闘の直前であるにもかかわらず、ノアは思わず気の抜けたような笑いが漏れてしまう。ルナは最後に小馬鹿にするかのように舌を出して見せてから、そのままリナと共に二階を後にした。

「――さて、待たせたね。いつでも良いぞ、かかっておいで」

 二人を見送った後、ノアは指を鳴らしながら視線を正面のフランに戻す。あえて手を出さずに一連のやり取りを見ていたフランは、退屈そうに欠伸を噛み殺しながらその感想を述べた。

「随分仲が良いようで。てめぇら忠実組は三百年前もそうだったっけな」

「もしかして嫉妬してるのかい? キミらしくもないな」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。憐れんでんだよ。ヴァンパイアのクセに馴れ合いに高じるなんてな」

「憐れみたいのはこっちの方さ。偏見に囚われ狭い考え方しかできないキミは、ボクから見たら実に憐れだ」

「けっ……勝手に言ってろ」

 フランは舌戦を終わらせ、右手に炎を纏わせて“こっちで戦うぞ”という意思を示す。

「下らねぇお喋りはもういい。そろそろ始めようぜ」

 それを受け、ノアも身構えて見せる。

「あぁ、来いよ。白黒ハッキリさせてやる」

 対極なる思想を持つ二体のヴァンパイアによる一騎討ちが再び始まった。

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