一騎当千の巫女

 フォートリエ家の屋敷にて交戦が始まったその頃に、ユーティアスでもまた別の戦いが始まろうとしていた。

 町の外れにある森の中に、ラメールが召還した百体に及ぶ数のヴァンパイアが集結している。彼等の狙いは、町の住民を惨殺して混乱を巻き起こす事であった。

 しかしシルビアの推測通り、そこにはエヴァの姿は無かった。エヴァもこの軍勢の中に居ると嘘を言う事で、少しでもフォートリエの屋敷に集まった者達を分散させようというラメールの目論見は失敗に終わった。

 それでも百体という数は決して少なくはない。町の住民が気付く間も無く窮地に立たされているという事は確かな事実であると言えた。

 ――ヴァンパイア達は一歩一歩、町へと歩を進めていく。

 森を抜け、町の様子が見える開けた道に出たその時、ヴァンパイア達はぴたりと足を止めた。

「随分と賑やかですね。これから町でお祭りでもあるのですか?」

 町の方から歩いてやってきたサクラは、ヴァンパイア達の前に立ち塞がって艶然とした笑みを浮かべた。

「強大な気配を感じてエヴァかと思って来てみれば、雑魚の集まりとは……骨折り損とはこの事ですね」

 目の前に広がるヴァンパイアの壁を見渡し、溜め息をつくサクラ。挑発の言葉は通じないものの、その態度から意図を汲み取ったのか、ヴァンパイア達の様子が徐々に怒りを感じさせるようなものに変わっていった。

「ふふ……怒りは闘争心を奮い立たせる為には有用な感情です。しかし、それは所詮付け焼刃のようなもの――」

 そこで、先頭で唸り声を上げて威嚇していた個体がサクラに飛び掛かった。

「――その身体が二つに分かれた時、それを思い知るでしょう」

 サクラは携えていた刀を素早く抜き、襲い掛かってきた健気な挑戦者を一文字に斬り捨てた。ヴァンパイアはサクラの宣言通りに胴体が真っ二つになり、地面でもがき苦しんだ後に灰と化した。

 その様を見届けた後、サクラは刀を鞘に納めながら微笑を浮かべてヴァンパイア達を見回した。

「さて、お次はどなた?」

 それを合図にするかのように、全てのヴァンパイアが一斉に襲い掛かった。サクラはその場から一歩も動く事なく、刀の柄を握り締めて身構える。

 そして、得意とする空間斬りを次々と目の前に放ち、迫りくるヴァンパイアの波を塞き止めた。斬撃の渦に巻き込まれた個体の四股や頭部が辺りに飛び散り、灰になっていく。

 およそ十秒が経過した時点で、その数は半分にまで減らされていた。このままでは為す術も無く全滅してしまう――という事を本能的に察したのか、ヴァンパイア達はぴたりと襲撃の手を止める。

「あら、もう降参ですか?」

 刀から手を離し、余裕に満ちた表情で髪に手櫛を通すサクラ。ヴァンパイア達はその場で唸り声を上げながらサクラを睨み付けている。

 しばらくその状態が続いたが、やがて集団の後方に居た一体が踵を返し、サクラから逃げるように走り始めた。

「ふふ……わたくしが見逃すとでも?」

 サクラは抜刀すると同時に刀を振り払い、真空刃を飛ばして逃げた個体を仕留める。

 すると、ヴァンパイアの集団はサクラに挑むものと背中を見せて逃げ出すものとで分かれた。

 前者の方はサクラが動きを見せる前に彼女を囲み、後者は来た道を戻り始める。

「ふむ……困りましたね。ここで全て仕留めるつもりだったのですが……」

 どれだけ早く周りの連中を片付けたとしても、何体かは逃がしてしまうだろうと嘆息を漏らしたその時、一発の銃声が聞こえてきた。

「(今の……アルベール姉妹のものではありませんね……)」

 銃声がしたのは、ヴァンパイア達が逃げていこうとした方向から。サクラは囲まれている事など気にもせず、そちらに顔を向ける。

 そこに居たのは、右手に銃を構えたルイズであった。彼女は逃げようとしたヴァンパイア達の前に冷徹な表情で立ち塞がっていた

「良かった。これで安心して戦えますね」

 サクラは状況にそぐわぬあざとい笑みを浮かべてそう言い、再び刀に手をつけた。

 逃げ出そうとしていたヴァンパイア達も行く手を塞がれては戦わざるを得ない。彼等も新たに現れたたった一人の敵を囲み、攻撃を仕掛け始めた。

 瞬間的に圧倒してしまうサクラのような派手さは無いものの、ルイズも下級ヴァンパイアに負けるような器ではない。右手の銃と左手の鉄剣を巧みに使いこなし、次々と迎撃していく。途中何度か腕や肩に咬み付かれる事もありはしたが、致命傷には至らずそのまま殲滅を続けていた。

 一方のサクラは、やはり圧倒的な力の差を歴然とさせる完璧な戦いを繰り広げていた。ヴァンパイア達は触れる事すら出来ぬまま、彼女の剣技に仕留められていく。

 ヴァンパイア側からしてみれば、悪夢とも言える状況であった。


「残念でしたね。数を集めた所で所詮は――という事です」

 くるりと器用に回転させてから、刀を鞘に納めるサクラ。辺りには燃え尽きた灰だけが散乱しており、百体は居たハズであるヴァンパイアの姿は一体も残っていなかった。

 そこで、共闘したルイズが歩いてやってくる。

「一応感謝は述べておきましょう。あなたが居なければ、何体かは逃がしてしまっていた事は認めざるを得ません」

 感謝の言葉を受けるもルイズは表情を微塵も緩める事なく、そっぽを向いて話題を切り替える。

「――エヴァはここには居なかった。恐らく、フォートリエの屋敷だろう」

「そうでしょうね。わたくしは今から加勢に行こうかと思っていますが、あなたも?」

「加勢じゃない。私は、私を騙した奴等に復讐をするだけだ。それが終われば、次は連中の番だ」

「ふふ……随分と自信がおありのようですが、たった一人でフォートリエ家に立ち向かうおつもりで?」

 サクラの質問に、ルイズは彼女をぎろりと睨み付けて訊き返した。

「勝てそうにないから逃げる――お前は私を、そんなマネをするような奴だと思っているのか?」

「命を粗末にするのは如何なものかと」

「逃げた命で生き延びてどうする。戦いから逃げ、生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がマシだ」

「ふむ……」

 サクラは腕を組み、ふと気になった事をルイズに訊ねた。

「あなたは、戦う事だけが意義のある行為だと思っているのですか?」

「それ以外に何がある」

 予想通りの返答だったのか、サクラはくすくすと小さく笑う。

「ふふ……そうだとは思いました」

「……何が言いたい?」

「そんな事はない――と、わたくしが言った所で、あなたが納得する事はないでしょう。いつか、ご自分で気付ける日が来る事を祈っていますよ」

 踵を返して森の方へと歩き始めるサクラ。その後ろ姿をルイズが睨んでいると、サクラは何かを思い出したように足を止めてこう言った。

「最後に一つだけ。あなたの存在を大切に思っている人物も居るという事をお忘れなく」

「何だと……?」

「ふふ……それでは。次に会う時は、敵同士かもしれませんね。その時は、どうぞお手柔らかに……」

 ルイズの視線を受ける中、サクラは軽快な足取りで森の暗闇の中へと姿を消した。

「……腑抜けた事を」

 ルイズはサクラの言葉を鼻で笑い、彼女とは反対にユーティアスの方へと歩き出した。


 下級ヴァンパイアは先程仕留めた群れで全てだったらしく、以降は一体も遭遇しなかった。

 サクラはその事を不思議に思いながら、森の中を進んでいく。

「(一体すらも見掛けないとは、何やら不穏な空気を感じますね……)」

 森を抜け、グランシャリオの麓に到着する。そこで不意に立ち止まり、腰に携えた刀に手を付けた。

「(この気配……)」

 辺りを見回し、嫌悪感を催す程の強大な気配の主を探す。

「ご機嫌よう、サクラ。今夜のパーティー会場はこの先よ」

 その言葉と共に、側にあった木の陰からエヴァが姿を現した。

「――えぇ、わかってますよ。ちょっとした余興に付き合っていたら、遅くなってしまいましてね」

 サクラは刀に手を付けたままエヴァを見据え、そう返答する。

「ふふ……今夜は素敵な夜になるわ。間に合って良かったわね」

「素敵かどうかは賛同しかねますが、確かに屋敷に到着する前にあなたと出会えたのは幸運でした」

「へぇ……あなた、私の事が好きだったの? 意外だわ」

「ふふ……まさか。顔も見たくありません」

 サクラは笑顔を浮かべてそう言うと、突然刀を抜いてエヴァに真空刃を放った。

「――ご挨拶ね」

 エヴァは身体をずらして真空刃を避け、サクラに不敵な笑みを向ける。

「あなたをここで仕留めてしまえば、この戦いは我々の勝利と言えますでしょう」

「だから、ここで私を倒すつもり?」

「何かご不満が?」

「不満というより、あなたじゃ力不足なんじゃないかと思ってね」

「……ほう?」

「あなたにとっては残念な事ながら、私の力はすっかり戻ってしまったわ。果たしてあなた一人で、私を倒せるかしら?」

 挑発的な態度を受け、サクラは表情をむっとさせる。

「……随分な自信ですね」

「当たり前でしょう。おもちゃを振り回してるだけの子供に負けるワケがないもの」

 上機嫌に笑いながら、徹底的なまでにサクラを煽り立てるエヴァ。

 サクラの表情には既に笑みというものは一欠片も見えず、彼女はただ静かにじっとエヴァを見据えていた。

 また、そのサクラの表情は、エヴァの機嫌を更に良くさせた。

「常に冷静沈着を装っているようでも、ふとした事がキッカケで感情的になってしまう――これはあなたの昔からの欠点よ」

「知ったような口を……」

 サクラはぎりっと歯を軋ませ、ついにエヴァの元へと風のような速さで接近し、刀を振り下ろした。

 エヴァは振り下ろされた刀を片手の人差し指と親指だけでつまむように掴み、受け止める。

「居合術に一番大切なものは研ぎ澄まされた精神とやらなんでしょう? そんな怒りに滲んだぶれぶれの心で私が斬れるとでも?」

「斬って見せますとも……」

 押し込んでいた刀を不意に引き込み、エヴァの体勢を崩させる。そして、前のめり気味になったエヴァの首を横から斬り落とそうと一思いに刀を振り下ろした。

 しかし、サクラの手に肉を断った感覚は無く、刀は虚空を斬り裂いた。

「危ない危ない。もう少しで首が無くなる所だったわ」

 いつの間にかサクラの真横に移動していたエヴァが、悠然と髪をかき上げながら呟く。サクラは気付いたと同時に素早く距離を離し、再び真正面から対峙した。

「全く、相変わらず不可思議な動きをしてくれますね……」

「お互い様でしょう? 剣から実体を持つ刃を飛ばすような芸当をするあなたに言われる筋合いは無いわよ」

「それはごもっとも」

 エヴァが言った不可思議な芸当による真空刃を再び飛ばし、攻撃を仕掛けるサクラ。それが回避される事は想定しており、直後に距離を詰めて接近戦に持ち込む。

 素早い斬撃を幾度となく繰り出すが、エヴァはその攻撃も全て回避した。

「どうしたのよ。もうお手上げかしら?」

 相変わらずの悠々とした態度でサクラを挑発するエヴァ。すると、サクラは不意に刀を鞘に納め、怪訝な表情でエヴァにこう訊いた。

「先程から一度も反撃をしてきませんが……何か下らぬ企みでも?」

「企み? とんでもない。私はあなたと遊んであげているだけよ」

「……はい?」

「まぁでも、そろそろ終わりにしましょうか。今夜のメインイベントは別にあるからね」

「ッ――」

 “終わりにしましょう”という発言に、身構えるサクラ。そんな彼女を見て、エヴァはくすくすと笑った。

「そういう意味じゃないわ。あなたを殺しはしないわよ」

「……何故?」

「ふふ……それはパーティー会場についてからのお楽しみ……。それじゃ、また後でね」

 エヴァは最後ににっこりと笑って見せてから、踵を返して木々の間の暗闇へと消えていった。サクラは肩の力を抜いてふうっと溜め息を漏らし、戦闘態勢を解く。

 それから、エヴァが消えていった暗闇を見つめながら呟いた。

「殺しはしない……? 一体何を企んでいるのです……?」

 思案に耽ようとするサクラであったが、すぐに行くべき場所がある事を思い出し、移動を始めた。

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