姉妹の矜持

 ソフィア達がグランシャリオの内部から出てきたのは、アルベール姉妹が戦闘を始めたのとほとんど同時の事であった。

 彼女達はラメール達と同じ洞穴から出てきたので、当然その戦闘の舞台に姿を現す。

「シルビア……!」

 彼女の姿を見つけるなり駆け寄ろうとするソフィアであったが、すぐにシャルロットと交戦している最中だという事に気付き、足を止めた。

 シルビアは木の陰に隠れてシャルロットの銃弾を凌ぎながら、現れたソフィア達に言う。

「ここは私に任せて、あんた達はヴェロニク達と一緒にラメールの方を追って頂戴。向こうの森の方に行ったわ」

「ヴェロニク達も来てるの……?」

「えぇ。一応それなりの武装はしてるけど、やっぱり連中だけじゃ心配でね。頼んだわよ」

「それはいいけど……あなたは一人で大丈夫なの?」

「大丈夫よ。それに――」

 その時シルビアの言葉を遮るかのように、彼女が隠れていた大木に一発の銃弾が飛んできた。シルビアは苦笑を漏らしてから、改めて遮られた続きを言う。

「――躊躇う事なく銃をぶっ放してくる愚かな妹に折檻せっかんをするのは姉である私の役目よ。だから、あんた達は先に行きなさい。良いわね?」

 シルビアはそう言って一方的に会話を終わらせると、シャルロットに対して威嚇射撃をしながら別の大木へと移動した。

 それを見て、サクラがソフィアの肩を叩く。

「ソフィアさん。ここは彼女に任せて、ラメール達を追いましょう」

「う、うん……でも、本当に大丈夫かな……?」

「ふふ……心配する事はありませんよ。彼女なら、上手くやってくれるでしょう。それに、シャルロットさんの事は彼女が誰よりも知っているのですから。戦いにおける動き方やクセ――などね」

 サクラの話を聞き、ソフィアは“確かにそうだ”と頷く。

「確かに、私なんかが加勢しても邪魔なだけか……」

「そ、そこまでは言っていませんが……まぁ確かに、彼女からしてみれば、一人の方がやりやすいかもしれませんね」

「――わかった。行こう」

 ソフィアは決心をつけて、先程シルビアが示した方向へと向かって走り出した。リナとルナ、ノアの三人もそれに続く。

 サクラは彼女達とは少し遅れて移動を始めた。その際に、大木の陰に隠れて銃の再装填を行っているシルビアに視線を投げる。

 その視線に気付いたシルビアは、右手の人差し指と中指を揃えて敬礼のようなポーズを取ってから、その手をサクラに向かってすっと動す。

 それが、“あいつらをよろしく頼む”という意味だと判断したサクラは、ふっと口元を綻ばせてから、“お任せ下さい”という意味を込めて同じ動作を返した。それから、ソフィア達を追ってその場を後にした。


「(さてと……)」

 シャルロットと二人きりの状態となった所で、シルビアは今一度気持ちを入れ直す。

「(さっき私が隠れていた木に銃弾が飛んできたって事は、向こう側にはこちらの位置がバレてるという事――対してこっちはまだ掴めていない。まずはこの優劣を無くすのが先決ね)」

 何も見えない程ではないにしろ、辺りは暗く、物体の輪郭を認識するのがやっとという状態。シルビアは視覚ではなく、聴力を頼りにシャルロットの居場所を特定しようと試みた。

 足音、服がかすれる音、銃の動作音、息遣い――全神経を耳に集中させ、彼女が発する音を探す。当然、木々のざわめきを始めとした様々な雑音が入り混じり、特定は容易な事ではない。

 また、シルビアの意図を察したシャルロットも無闇に発砲などはせず、静かに息を殺してこちらの様子を伺っていた。

「(なるほど、思い通りには動いてくれないってワケね……。良いわ、それなら――)」

 シルビアは木の陰から飛び出し、正面の暗闇に向けて発砲した。

 辺りに蔓延していた静寂が、突然鳴り響いた銃声によって破られる。

「出てきなさい。今なら狙い放題よ」

 シルビアはそう言い放ち、次に聞こえてくる音は何だ――と耳を澄ましてその場に留まる。

 すると前方から、微かに草木を踏みしめた音が聞こえてきた。同時に前方にある木々の間にて、影が動いたのを補足する。

「(そこね――!)」

 シルビアはその影に向かって狙いを付け、引き金を引いた。

 寸前で標的が動いた事により銃弾は外れてしまったものの、その際にシルビアはあるものを見る事ができた。暗闇の中、確かに見えた長い銀髪――影の正体を知るには、それだけで十分であった。

 一方、突然物陰から飛び出してきた姉を狙撃する事に失敗し、位置を知られてしまったシャルロットは、やむ無く木の陰へと舞い戻る。

 自分が招いた結果とは言え、位置を知られていなかったという優勢が無くなったのはやはり痛い状況であり、彼女は渋面を浮かべていた。

 しかし後悔をしている暇などはなく、すぐに草木を踏む音が聞こえてきた。シャルロットは正面の状況を確認する為に顔を木陰から出そうとしたが、僅かに動いただけの時点で、今隠れている木に銃弾が飛んできた。

 シャルロットが木陰へと戻った際にシルビアは前進しており、既に二人の距離は五メートル程にまで縮まっていた。

「チェックメイトよ。大人しく出てきなさい」

 銃を構えたまま、ゆっくりとその木に向かって歩いていくシルビア。

 飛び出してきた瞬間に撃つ――彼女は極限にまで集中し、木陰から僅かに飛び出している白いジャケットの裾を見つめている。

 しかし、その集中が仇となった。シャルロットは咄嗟の判断で、木陰から空の弾倉を投げてシルビアの気を逸らした。

 苦し紛れとも取れる程の小細工であったが、それにより、張り詰められていたシルビアの集中がごく僅かな一瞬の間だけ途切れる。とはいえ、先に一発でも弾を当てた方が勝ちと言える一対一での銃撃戦では、その一瞬は非常に大きな問題である。

 その結果、シルビアはその後に飛び出してきたシャルロットへの反応が遅れてしまい、反撃を許す事になってしまった。

「ッ――!」

 シャルロットの発砲に対し、シルビアは反射的に身体を竦め、同時に体勢を低くしながら近くにあった木の陰に駆け込む。幸い被弾する事は免れたものの、シャルロットの銃弾はシルビアの頬をかすっていた。

「ちっ……小賢しいマネをしてくれるわね……!」

 シルビアは頬にできた傷に指で触れ、付着した血を見ながら思わず吐き捨てるようにそう呟いた。

 形勢は逆転し、今度はシルビアが動けなくなる。シャルロットが近付いてきている事は、彼女の足から発せられる草木を踏む音が徐々に大きく鮮明なものになっていっている事が物語っている。

「(さて、どうしたものか。私も何か投げてみようかしら)」

 心の中で冗談を言いながらも、シルビアは冷静に次の手段を考える。

「(私はあんたを殺すワケにはいかないから、それを踏まえて狙いを付ける必要がある。対してあんたはお構い無し。――確かに状況は悪いでしょうけど、射撃の腕ならあんたより私の方が上なのよ)」

 しかし結局、小細工を仕掛けるよりも真っ向勝負に出た方が勝算はあると踏み、シルビアは木陰から銃だけを出して足元へ威嚇射撃をしてから飛び出した。そして、こちらに歩いてきていたシャルロットに発砲しながら、別の木の元へと一気に駆け抜ける。

 それを受け、シャルロットも銃撃を返しながら再び側にあった木陰に身を隠す。

 お互いに銃弾が命中する事はなかったが、それをキッカケに今までの裏を取り合うような戦いは幕を閉じ、代わりにひたすら銃撃を交わし合う混戦が始まった。

 じっくりと狙いを付けようとすれば被弾のリスクも上がる事から、二人は大雑把に狙いを付けて発砲し、隠れ、隙を見ては木々を移動して有利な位置取りを奪い合う。

 その壮絶な銃撃戦はしばらく続いたが、シルビアが三つ目の弾倉を交換していた際、不意にシャルロットからの銃撃がぴたりと止んだ。

「……?」

 怪訝に思ったシルビアは、顔を木陰から僅かに出して確認する。――シャルロットの姿は見当たらない。

 不穏な空気を感じ、一旦木陰に隠れるシルビアであったが、次の瞬間視界の端から何かが飛び出し、同時に強い力によって身体を突き飛ばされた。

「(しまった……いつの間に……!)」

 いつの間にか反対側へと回り込んでいたシャルロットによる奇襲であった。度重なる銃撃によって聴力が一時的に低下していた事が災いし、シルビアは彼女の足音を捉える事ができなかった。

 倒れた際に銃を手放してしまったものの、すぐに立ち上がって素手のまま身構える。

 すると、シャルロットもまた銃を手にしておらず、そのまま右足で突き刺すような鋭い蹴りを顔面に目掛けて繰り出した。シルビアは上体を反らしてその蹴りをギリギリで回避してから、ニヤリと不敵に笑ってみせる。

「銃撃戦の次は肉弾戦がお望み? 上等よ、かかってきなさい」

 指をくいっと曲げて見せ、“かかってこい”という意思を示すシルビア。その動作を見たシャルロットは不機嫌そうに目を細めた後、再び先制を取って回し蹴りを放った。

 シルビアは回し蹴りを手で捌き、小振りな蹴りで足元を狙って反撃する。

 しかし、シャルロットはシルビアが足元を狙ってくる事を最初から知っていたかのように、回避した直後に淀みない動きで足首の辺りを蹴り返した。

 それによってシルビアの体勢が崩れ、シャルロットはその隙を見逃さずに素早いハイキックを放って追撃を入れる。シルビアに回避をする余裕は無かったが、直撃する寸前で、彼女は左手による防御でその蹴りを防いだ。

 そして素早く後ろに下がり、一旦戦況を仕切り直す。

「――良い蹴りね。でも、私を倒すにはまだまだ力不足よ。さっきみたいなチャンスの時に、もっと重い一撃を打てるようになる事ね」

 蹴りを受けて痺れている左手をぶらぶらと振りながらも、強気な態度は崩す事なく挑発的な言葉を投げるシルビア。すると、シャルロットの口元から微かに歯軋りの音が聞こえてきた。シルビアは嘲笑を浮かべ、ここぞとばかりに更に彼女を煽る。

「あら、悔しいって感情が芽生えるって事は、ただの操り人形ってワケじゃなさそうね。ついでに目を覚ましてしまいなさい。このまま続けた所であんたが私に勝つ事は万に一つも無いでしょうし。そうでしょう? シャル」

 そこで、シャルロットは痺れを切らしたように攻撃を仕掛けた。

 シャルロットの連続攻撃を軽々と受け流しながら、シルビアは落とした祓魔銃を拾いに行く手立てを考える。

「(位置が悪いわね……シャルの後ろにあるってんじゃ、どさくさに紛れて取りに行くのは難しいわ……。ここは一旦、肉弾戦で圧倒しちゃった方が良さそうね)」

 考えが纏まったシルビアは、ひとまず攻め込まれている現状の形勢を覆す為、反撃の隙を作る事に集中する。

 そこでシャルロットが放ってきたのは、右足による回し蹴りから左足による後ろ回し蹴りへと繋げる上段二段蹴り。

 シルビアは一発目の右足を後ろに下がって回避し、続く左足を両手で掴んで止めた。そして、シャルロットの右足を蹴り払い、転倒させようとする。

 しかし、シルビアの蹴りが命中するよりも早く、シャルロットは左足を掴まれた状態のまま飛び上がり、右足でシルビアの頭部を横から勢い良く蹴り付けた。

「ッ――!」

 予想だにしていなかったその反撃には一切の反応をする事ができず、蹴りは見事なまでに直撃した。

 逆に自分が転倒する派目になり、加えて頭部に強烈な一撃を貰った事で、シルビアは一時的に意識が朦朧としてしまう。そんな中でも何とか起き上がろうと膝を立てるが、同時にシャルロットの蹴り上げが顎を捕らえた。

 シルビアは再び地面に倒されたものの、今度は倒れた際の勢いを上手く利用して、即座に立ち上がる。

 しかし、立ち上がりはしたものの、やはり強烈な攻撃を連続で二発も喰らった事が響き、すぐ様反撃に移る事はできなかった。

「ちっ……あんた、いつからあんなアクロバティックな動きをするようになったのかしら……?」

 倒れた際に髪を纏めていたゴム紐が解けてしまい、シルビアは乱れた髪を手櫛で整えながら忌々しそうに呟く。

 すると、今度はシャルロットが嘲笑気味に口元を歪ませ、表情でシルビアを煽ってみせた。

「――上等じゃない」

 シャルロットの挑発に、苦笑を返すシルビア。

「私を煽った事……後悔させてやるわ」

 そう言って表情から笑みを消すと、彼女は突然攻撃を仕掛けた。

 右足による左右への蹴り払いから、左足での後ろ回し蹴り――間髪入れずに、腹部を狙った横蹴りを連発する。

 それらは全て回避されたものの、シルビアは反撃させる暇を与えずに更に攻め立てる。

 今度はシャルロットの右足、脇腹、頭部のそれぞれ三か所を、左足のみで素早く一発ずつ横から蹴り付けた。

 その三連撃を防がれた所で、シルビアは本命の右後ろ回し蹴りを放つ。

 シャルロットは右手でそれを防ぐ事ができたものの、あまりの衝撃によって体勢を崩されてしまう。

 そこに、トドメの一撃が放たれた。シルビアはよろめいたシャルロットの頭部に、右足を斜め上から勢い良く振り下ろした。

 ダメージを緩和する行動を一切取る事ができなかったシャルロットは、その重い一撃を諸に喰らい、やむなく沈んだ。

「全く……手間掛けさせてくれたわね……」

 シルビアもまた満身創痍であり、彼女は肩で息をしながらシャルロットを見下ろしてそう呟く。

 それから、落ちている祓魔銃の元へ。

「これだけ苦労したんだから、目を覚まさなかったら許さないわよ……」

 銃を拾い、シャルロットの元へと戻ってくる。すると、気を失っているものだと思っていたシャルロットが呻き声と共に起き上がろうとした。

 シルビアは彼女を押し倒し、馬乗りになって銃口を左の肩に突き付ける。

「遊びは終わりよ。これで目を覚ましなさい。良いわね?」

 シャルロットは身体に残された僅かな力で抵抗するが、シルビアを押しのける程の力は残っていなかった。

「――死ぬんじゃないわよ」

 シルビアは最後にそう呟いて、重い引き金を勢い良く絞った。

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