国民の毛刈り

 政治家達はまたバリカンを片手に持って柵の内側に入った。国民達はそれに気が付いて悲痛な鳴き声を上げた。国民達の毛は既に短く刈られており、肌はすっかりピンク色になっていた。国民達には逃げるという発想がなかった。柵は国民達を囲うばかりか、国民達の心の中にまで巣食って彼等を捕らえていた。

 国民達は全員政治家からバリカンを当てられた。中には皮膚が裂け、斑に血が浮いている国民もいた。

 柵の端の方に固まっている国民の一団があった。その国民達には一様に他の国民には隠している体の面があった。そしてその秘められた箇所には、まだ沢山の毛が残っていた。政治家達がその一団に近付きバリカンを向けると、皆が口を開けた。すると政治家達は次々とそこに指を突っ込み、中から黒い粉の入った小さな紙の袋を取り出していった。それはカイロだった。そして他の国民達に見える面には薄くバリカンを当て、それ以外の場所には一切触れなかった。

 牧草に落ちた毛を、政治家達は少しも残さずに柵の外にある小屋に持ち帰った。そしてそれをテーブルの上に置くと、服の形をした袋の中に入れて着込んだ。

 曇天の空の下を冷たい風吹きすさんでいた。国民達は身を寄せ合って冷気から体を守っているが、限界は確実に近付いていた。柵の中には既に死骸になっている国民が多くおり、その数は増える一方だった。

 政治家達もまた比較的暖かいとはいえ、小屋の中で震えていた。国民が減少するに従って、着ている袋はどんどん痩せていた。政治家達は寒さを、一部の国民から受け取ったカイロで誤魔化していた。

 国民の中には、悪化してゆく状況を打開する策を講じているものがいた。その国民の視線は柵の外側に向いており、政治家達の小屋の隣にある薬剤師の家を捉えていた。薬剤師はほとんど無限に育毛剤を生み出すことができ、返すという約束さえすれば、無償で育毛剤を貸してくれる。しかも政治家達とは同じ一族に類しており、貸し借りすることは実質所右手から左手に育毛剤を移すようなものだった。

 しかし発案した国民は、そのアイディアを政治家達に伝えることはできなかった。何故なら国民が何を言っても、政治家達の耳には動物の鳴き声にしか聞こえないからだ。

 風が吹いても、曇天の空は途切れることなくどこまでも続いていた。

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