第3話 人間と化け物

 僕は布団に寝かされていた。暖かい布団は、僕に幼い頃を思い出させてくれたが、心地よさは微塵も感じなかった。僕はとっくに「化け物」なのだ。今の僕にとっての布団とは獲物のでしかなく、そこで寝かされていることは心地よさどころか屈辱感すら覚えた。


 「ねえ、お兄ちゃん、お兄ちゃんはだあれ? からだ、痛い?」 小さい男の子が僕の顔を覗き込みながら話しかけてきた。その様子を隣で見ていた母親がすぐに男の子を制止する。「こら! その子、爆弾で吹っ飛ばされて怪我してるんだから話しかけるんじゃないよ! そっとしておきな、寝かせてあげな!」


 僕はすぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。起き上がろうとする僕を母親がたしなめた。「駄目だよう! あんた、体中怪我してるんだから! 明日になったら家の人を呼んできてあげるから、今日はゆっくり寝てるんだよ」 


 母親はすっと立ち上がると、台所から少し冷めた粥を持ってきてくれた。僕にとっての糧であるから食事を提供されるとは何とも不思議な気分だ。


「これしかないけど、少し食べときな。体、ちょっとだけ起こせるかい?」 


 僕は上半身を起こし、母親から粥の入った茶碗を受け取った。僕が人間だった時代、粥は何よりのご馳走だったが、生き物の血肉だけを口にする化け物になってしまった僕にとって、米はただただ青臭く土臭い代物で、とても口にできる様なものではない。だが、この身体ではとても狩りなど出来ないし、なにかしらを口にしなければこの肉体は朽ちてしまう。僕は、目をつむって一気に粥を口の中へ流し込んだ。すると、米の青臭さと土臭さが鼻孔の中いっぱいに広がり、思わず吐き出しそうになるのを我慢してすべて飲み込んだ。


 腹は膨れなかったが、これで明日くらいまではこの肉体も維持できるだろう。僕の食事風景を見ていた男の子はキャッキャッと笑っていた。母親も、我が子の笑い声につられて少しだけ微笑んだ。僕は何だか気恥ずかしくなって布団をかぶり、そのまま眠りについた。


 翌朝、目覚めるとすでに母親が朝食の準備をしていた。で炊かれている米のにおいが僕の嗅覚を刺激し、また吐き気を催した。


 「おや、目が覚めたかい? もうすぐご飯できるからあんたも食べな、あんたは怪我人だから今日も粥のほうがいいね」 忙しそうに炊事をしている母親から優しく声をかけられたが、僕はさすがにもうあの米の不味さに耐える自信はない。


 「あのう…、ご飯は要らないので、もう少し、もう少しだけここで寝かせてもらえませんか…」 僕がそう言うと母親は一瞬怪訝そうな表情になり、こう尋ねてきた。


 「そりゃ構わないよ、構わないけどさ、あんた、どこの子なのかね? 家の人も心配してるに違いないよ。あんたの父ちゃんか母ちゃんの名前はなんていうのかね? 家はこの近くかい?」 


 そう矢継ぎ早に聞かれても、何一つ答えられるわけがない。僕の父母は100年以上前に亡くなっているし、家なんてものはそもそもない。だからといって、「僕は化け物で人間や動物を狩って生きています」などと言えるはずもない。


 このとき、すでに僕の怪我は治っていたので面倒なやり取りなどせずに外に飛び出してしまいたかったが、僕は昼間、太陽光のもとでは動けない。僕は化け物になったおかげで、どんな怪我でも一晩で治り、年も取らないという能力を得ることができた。だが同時に、太陽の光を浴びると皮膚やその下の血肉までもが沸騰するように焼け爛れるという特異な性質も身に着けてしまったのだ。せっかく昨日の怪我が治ったのに、日が落ちる前に外に出されてしまうと、今度はまるで生きながら地獄の業火に焼かれるような目にあってしまう。


 僕は母親に懇願した。「今日の夕方までここで寝かせてください、お願いします、どうか…、どうか…」


 母親は、にわかに僕を憐れんだような目で見つめた。「わかったよ、わかった。あんたにも色々事情があるんだろ。こんな時代だからね、こんな戦争の時代に生まれた子どもは本当にかわいそうだよ…、ゆっくり休んでいきな、ゆっくり寝ていきな」 


 そう言うと、母親は台所に戻ってまた炊事を続けた。勝手な勘違いと的外れの同情のおかげで僕は「陽の光」という業火に焼かれずに済んだ。






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