第3章 祭り②……霧隠才蔵

 人口四千人ほどのノッティンガムは、全住民が一丸となって祭りを楽しんでいた。

 犬や猫の動物を象ったマスクや仮面舞踏会で使うマスクを被った人々が踊ったり芸をしたり、または喧嘩をしたりと兎に角祭りを騒がせている。

 出店からは肉を焼く臭いの他に、チーズやパンケーキを焼く臭いが混じって大いに腹の虫を刺激した。


「わぁ~これがカーニバルなんだぁ~」


 生まれも育ちも生まれ変わっても日本人な俺より、純粋な西洋人であるはずの彼女の方がカーニバルに浮き足立っていた。


「ホントに初めてなんだな」


「うん!」


 元気な笑顔だ。


「お~い、俺たちゃ馬車置ける宿探してくっから、夜までには見物終わらせろよ」


 気を利かせたのか、佐助が二人を連れてさっさと居なくなった。


「あいつ……」


 全部丸投げしやがった。ここからどうすりゃ良いんだ?


「ロバート、あれだあれ!あれ食べたい!!」


 子供みたいに手を引っ張っていく。


「買って!」


右手で俺の手をブンブン振り回しながら、左手で指さした先には砂糖をたっぷり掛けたパンケーキの店があった。妹を持った気分だが悪い気はしない。


「では店主ひとつ」


 財布を出す。当然金は用意していた。


「いや、ふたつだ!」


 モードレッドが横から追加した。意外と食いしん坊だな。


「店主」


「へい、おまち!」


 店主は素早くパンケーキをふたつ渡してきた。砂糖を振り掛けられたクレープのような菓子だ。


「では姫様」


 パンケーキをふたつ渡そうとしたが。


「一緒に食べよう!」


 ひとつ、突き返された。


「良いのかい?」


「ひとりよりふたりの方が美味しいからな!」


 闊達な少女だ。


「ではこちらへ」


 ちょうど空いていたベンチへエスコート。


「よしなに」


 優雅に差し出された手を取りご案内。ベンチの汚れを軽く払ってのレディーファースト。


「ありがと」


 たおやかに着座。こうしている時は普通の少女に見える。


「それではレディ、隣はよろしいかな?」


 ちょいと気取ってみせる。こういう時に恥ずかしがっては駄目だ。


「喜んで!」


 花が咲いたかのような笑顔であった。


「本当に楽しそうだな」


 隣で、あむあむとパンケーキを囓るモードレッドにひとまず話しかける。さて、ここからどう話を広げるかな?


「だって、こういうのは生まれて初めてだから……」


 食べかけのパンケーキを口から離し、少し悲しそうな眼をした。


「どうして?」


 じっくりと話を聞いてあげる事にした。


「ボクは、生まれたときから忌み子。王の命令で殆ど家から出ることなく暮らしてな。舘の中以外の世界はあまり知らないのだ……」


 ミレディーの説が本当なら、円卓の騎士の殆どは後世の英雄。アーサー王伝説を知らぬはずはないし、裏切りの王子モードレッドを見逃すはずもない。

 それでも命を奪われなかったのは、ガウェイン達が守っていたからだろう。


「でもまあ不自由はなかったし、兄弟達もボクを大切にしてくれてた。でも……」


「でも?」


「そんなボクを不憫に思ったガウェイン兄さんが、あの日外に連れ出してくれた。満月の夜だ……」


「あの吸血鬼か……」


「うん……」


「その時ガウェインはどうした?」


 数合打ち合っただけの相手だが、その武技は吸血鬼に劣る物ではなかった。


「もちろん一刀のもとに切り捨てた。だけど……」


「死ななかったか」


「首だけになって噛み付いてきたよ。そしてボクの首元で灰になって消えた」


「それからか。夢で襲われるようになったのは……」


「兄は人一倍責任を感じてな。宮廷魔術師マーリンに相談してすぐに原因は分ったんだが、手の施しようが無かった」


「確かマーリンって夢魔との混血だろ。どうにか出来なかったのか?」


「運命だと言われた。兄弟達は本気で怒ってくれたけど、マーリンには頑として無理だと拒否された」


 裏があるな。アーサー王にとって後の禍根になるモードレッドを排除しようとしたのかもしれない。


「これだから魔術師って奴は。俺も妖狐との混血魔術師を知っているが、ろくな奴じゃない」


 もう二度と会いたくない奴の顔を思い浮かべた。たぶんまた会うが……。


「そうだな。ボクもマーリンはいけ好かない」


 少しだけ笑顔を見せた。


「そこからは眠れぬ日々が続いた。魔女認定もされた。このままだと悪魔に成り下がる事が分ったとき、ボクは兄に懇願した」


「殺してくれ、か……」


 キリスト教徒に自殺は許されない。そして、魔女認定されたままだと天国には行けない。だから、あの魔女裁判で罪を清めた上での死を賜ろうとしたのか。


「気に入らんな」


何もかも気に入らない。ブリテンも、キリスト教も、騎士も、家族も、この娘を囲う全てが気に入らなかった。


「俺なら生きる。呪いも悪魔も、全てを喰らってでも生き続ける」


 事実そうしてる。現在進行形でだ。


「そういうな。人には出来る事と出来ない事がある。でも……」


 俺の手にそっと触れ、潤んだ眼で見つめてきた。


「おまえは出来るんだな?」


 その瞳には怯えがあった。自分が本当に正しいのか不安なのだ。だからこそ、縋り付くしかないのだ。


「信じて良いのか……」


 俺は、持ってたパンケーキを真上に投げながら立ち上った。


「俺を誰だと思ってやがる!」


「え!?」


「神に逢うては神を殺し、悪魔に逢うては悪魔を殺す。闇と共に生き、冥府魔道を歩む人外の化生!」


 彼女の前で大げさに斬ったり突いたりの身振りをしながら、歌舞伎役者のように見得を切る。


「例え火の中、水の中、そして夢の中であろうと、我が歩みを止めること叶わず!」


 大げさな身振りに合わせて落ちていた枝を掴んで真上に軽く投げる。


「さあご覧じろ、これが我が無双の剣の……」


 落ちてきた枝を、刹那の抜刀で切り刻む。


「華であるッッ!!」


 素早く納刀し、片膝ついて、出来上がった木彫りの花をモードレッドに捧げる。同時に落ちてきたパンケーキを口で咥えて止める。


「えっと、その……」


 突然の事に面食らっていたモードレッド。でも程なくして……。


「ぷふ、ふふふ、あはは……」


 笑い始めた。素敵な笑顔だ。

 こういうのは恥ずかしがっては駄目だ。最後まで堂々とやり通してこそ、笑顔という最高の報償を得られる。


「暗い話はこのくらいにして、今は祭りを楽しもう」


 木彫りの花を受け取った、彼女の白い手を取る。


「ありがとう。そうだな、楽しもう!」


 勢いよく立ち上がり、もう一度笑みを見せる少女。

 今日はとことんこの娘に付き合おう。


「そうだな。次はあの肉……」


 そう言って指さしかけた彼女の顔が、急に曇った。


「どうした?」


「隠れろッッ!」


「うお!」


 まだ片膝ついたままの俺は、そのまま彼女にスカートを被された。

 両頬がふとももに挟まれ、純白のショーツを間に挟んでモードレッドの大事な部分にキスをしていた。幸せ挟みである。


「ばびばばっば?(何があった?)」


「し、しゃべるな。兄上だ!」


 兄上って、ガウェイン?何故奴が!?


「ガウェインを含めて三人。ひとりはガレスだが、もう一人は兜で分らん。何やら領主らしき男と言い争っているぞ」


 パチパチと扇を広げる音が聞こえた。モードレッドが口元を隠しているのだろう。

 忍者イヤーは地獄耳。針の落ちる音も聞き逃さない。

 ということで、何を争っているのか聞いてみる。

 ………………。

 ……どうやら、誘拐犯が人質連れて逃亡中だから、祭りを中断して捜索しろと言っているらしい。当然、領主はそんなこと出来ないと反論中。

 何でばれてるの?

 俺の疑問を他所に、ガウェンと領主の言い争いはヒートアップ。

 頑張れノッティンガム公、君の頑張りに赤の他人の命運が掛かっているぞ!

 と、そんなこと考えていると、俺を股で挟んだモードレッドがモジモジ動き出した。


「ぶぼぶなぐずじい(動くな苦しい)」


「その、あの……」


「?」


「出そう……」


「?……!!」


 出るって、あれ?


 今この体勢、拙いよね?


「や、刺激しないで……」


 いや、俺自身は動いて無くて、君のふとももが動くから挟まれた俺の顔が動いて下着の大事なところがズレて直接キスをむぎゅ!!


「いや、馬鹿、ヘンタ……アン」


 甘い声が混じってきた。本格的に拙い。

 こうなったら覚悟しよう。

 常在戦場を旨とするいくさ人にとっては、ここもまた戦場。

 そして戦場では水は貴重。籠城戦ともなれば枯渇する事もある。

 そうなれば己や馬の小便すら飲んで、渇きを耐えねばならん。

 ましてやこれは美少女の聖水。

 寧ろご褒美ではないのか?

 そう考えると、何だか興奮してきたぞ!

 さあ、どんと来い。いくさ人の心意気で、見事飲み干して進ぜよう!

 俺が覚悟を完了してパカっと口を開けたとき!


「ん、いった!!」


 彼女はお花摘みに駆けだしていった。

 遠くに聞こえる馬の足音三頭分。

 そしてそこには、間抜けな顔をして口を開けてる馬鹿がひとり残った。



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