第三十七話 モウドウデモイイ

 ──ここはどこだろう。


 かなり歩いた。事前に分離していた影が探知した魔力反応を元に歩いた。だからもうすぐ、人間が集まっている所に着くはずだ。


 そう思っていた時、足元にあった何かに引っかかる。そしてそのまま、私はそれを引きちぎる。

 すると、三方向から縄に引っ掛けられた丸太が私目掛けて向かってくる。それに対して私は影で壁を作り丸太を止める。そしてそのまま前に歩く。


 これ以上この力をなんの計画もなしに使うのはダメだ。段々自分が自分で無くなっていくような感じがする。

 精神が蝕まれているのだろうか。いや、どうなんだろう、妖の明確な意思が分からない以上その答えも分からない。私からの応答にはもう答えてくれない。向こうからの応答を待つ以外に彼らの意思を知ることはできない。


「そこの者、動くな!」


 声が聞こえた。振り返ると、そこにはボウガンを構えた人間が一人……いや、他にもあと十数人がこの辺りで私にボウガンを構えている。きっと自分達が所属する国の状況を知って警戒態勢にあるのだろう。

 そして、恐らくその者の正体はある程度目星は付いている。その証拠に、私を見る目に憎悪の感情がある。


「黒い影に禍々しいオーラ……報告通りだな」

「……ねえ、この先に人間達はいる?」

「その質問の答えを知る前にお前は死ぬ。バジル様より見つけ次第殺せとの命令だ」

「あっそ」


 質問に対して否定しなかった。つまりこの先には人間達が集まっている。恐らく拠点としている場所か、集団で襲撃している途中なのか。いずれにしても人間達がいるとわかればこいつらに用はない。


「悪く思うな。あの国の人々の仇だ!」

「………」


 そしてその人間がボウガンを撃とうと引き金を引く。


 しかしその瞬間に、その人間目の前にあったはずのボウガンは消えていた。いや、正確にはボウガンを持っていたはずの腕が消えたと言うべきだろうか。


「え」


 あまりに一瞬の出来事に、自身の腕をことにすら気が付けておらず唖然としていた。そしてそれを理解する前に、その人間の首ははね飛ばされた。


「…………」


 倒れる人間のそばにいるのは、弓と剣を持つ黒い猫族であるレーナさんだった。


「う、撃てぇ!」


 攻撃されたことを理解した人間達は私に向けていたボウガンをレーナさんに向け一斉に発射する。しかし、飛んでくるボウガンの矢はレーナさんの放つ魔力で軌道がねじ曲がり、まるで矢がレーナさんに当たらないように動いたように見える。


「……目標、左に三、正面に五、右に四」


 レーナさんは剣を鞘に刺し、弓を構える。そして矢を放つと、その矢は丁度左に三本、正面に五本、右に四本ずつ分離し一定の場所へ降り注いだ。


 降り注いだ矢は周りにいた人間の頭に直撃し、即死だった。


「仕留めた」

「お疲れ様。流石レーナさん」

「それで、この後はどうするつもりなんだ」

「先に行きます。多分、そこにみんなが集まってる」

「……なら私は、誰も出さないようにここで待機する。勿論、外部からの侵入も許さない」

「そうしてください。例え仙狐様が来ても、容赦しないで。あの人は、必ずレーナさんを殺してまで私のところに来る」

「了解した。ご武運を」


 うんと頷いた後、待機するレーナさんを背後に前へと歩き始める。そして、ついに森を抜けるとそこにはとても大きな大木があった。それはもう、とんでもなく大きい。それ以外の言葉が出てこない。


 そしてその木の前には見覚えのある男──バジルとエルフや猫族の代表らしき人物が立っていた。やはり対立しているのだろうか。


 いや、だとしたら妙だ。対立しているとはいえ何か話している様子はないし武器を構えてもいない。それに、敵対しているようには見えない。


「……やはり来たな」

「奴の目的は人間の抹殺だ。貴様ら守り神とやらを殺そうと俺達がここを襲撃に来るなんて誰にでも予想はできる」

「では、例の契約通り一時的に休戦をし、あの者を世界の敵と見なし排除します」


 猫族の女性がそう言うと同時に、三人は武器を構える。そして同時に私の周りを人間とエルフ、猫族の三種族が取り囲む。

 どういうことだ。この森の種族は人間と敵対関係にあって、こんな風に手を組むなんて有り得ない。


 ──ああそうか。そういうことだったのか。


 手を組むなんて普通に有り得る話だ。なんたって、ここにいる三種族は、自分達にとっては邪魔な要素を駆逐するという共通の目的を持っている。目的が同じならば協力した方が解決しやすい。誰もが考えつく答えだ。

 だからエルフと猫族は、敵である人間と手を組んだ。邪魔な要素である私を消すために。


 ──裏切られた。自分から守ろうとした存在から、自分が好きだったものから。


「人間の味方をするってことは、お前達はこの森なんてどうでもいいのか」


 声を低くして問う。それに対してエルフの代表は、当然のような表情をする。


「最優先事項が変動しただけのことだ」

「だけど、守り神が森を滅ぼそうとした奴らと手を組むなんて、そんな奴が守り神と呼ばれる資格なんてない」

「これもこの森を守るための判断です。元凶である貴方にそんなことを言われる筋合いは無いです」

「守るためには手段を選ばない、か。なに、正義の味方でも気取ってるわけ?」


 森を守るためには敵であろうとも手を組む。それも、種族全員の意思は関係なしに種族代表が勝手に決めて。

 そんなことをして、人間達に殺されてきた者達は救われるのか。否、救われるはずがない。寧ろより憎悪が増す。


「やっぱり、世の中みんなそんな奴しかいない……」


 誰も他人をわかろうとしない。だから、自分勝手な判断でに良い方向に向かう手段しか見えない。


 だったら、もう味方とは思わない。森に住んでいるだとかは関係ない。みんな心の奥底ではそんな人ばかりなら、もうアイツらなんてどうでもいい。



 みんな殺して食べてしまおう。


 悪い人たちなんだから、消えてしまってもいいよね。



 誰もいらないなんて思ってしまうこと自体が自分勝手だと言う人もいるが、それが一体どうした。

 向こうが自分勝手なら、こっちも自分勝手になっては行けないのか。己の意思のみを訴えているのならば、それに対して同じように己の意思で返すしかないじゃないか。


 だが、それも最後だ。みんなが消えればそんな自分勝手なんて言葉も存在しなくなる。誰もいないから、裏切ることも無いし悲しむこともなくなる。


 だから……


「早く消えて?」


 影を広げる。そしてそこから触手数十本生やし一斉に三人の元へ攻撃を仕掛ける。


「何かと思えば、結局は数か」

「それはどうかな?」

「何だと?」


 触手の攻撃をバジルが剣で切断しようとした瞬間に、私は触手を自分から爆散させる。そして触手から飛び散った黒い体液をバジルに浴びせようとする。


「『マジックリリース』」


 しかし直前でエルフの放った魔力で構成されたビームがその体液を蒸発させる。


「そいつに触れてはならないことは既に理解しているのに、なんの対策もなしにここにいると思っているのか?」

「………」


 何らかの対策はしてくる、そんなことは誰だってわかっている。だからこそあえてこの攻撃をした。最初から避けられるなんてわかっていた。


「猫神、サポート頼む」

「了解です。『オールブースト』」


 猫族が使った魔法は確か、近くの生き物を対象に使える強化魔法。オールと言うからには全ての能力が上昇するものなのだろう。


「他の者達も援護だ! 集中的に叩きのめせ!」


 バジルの言葉を合図に周りに隠れていた人間、エルフ、猫族が一斉に私に向けて攻撃を開始する。


「アァ……」

「どうだ、さぞかし痛かろう化け物!」

「貴方が犯した罪、死を持って償いなさい」


 何か言っている。罪を償えとか、その程度のことだろう。

 しかし、まさかここまでとは思わなかった。完全に想定外だった。まさかここまで、ここまで……



 ──私との力に差があることに。



「ふふ、あはははははははっ!」

「な、魔法攻撃と矢による攻撃も効いていない!?」


 いや、確かに当たってもいるしダメージもある。だけど、私はもう。それに、魔法攻撃は当たった際に出る魔力をちゃんと回収させてもらっている。私からすれば食事同然だ。


「ならば、直接切りに行くまでだ! 後に続け人間!」

「俺に命令するな」


 剣を持ったエルフとバジルが私に向かって来る。その他にも周りから同じように剣を構えて突撃してくる者が数十人いる。


 もういいや。何故かもう怒りすら湧いてこない。憎しみもない。ただ今目の前にいる二人が目障りに見える。まるでそう、虫だ。リーダーに続いて群れのように向かってくるなんてまるでそれだ。

 だったら、虫の群れは群れらしく一気に始末しないと。


 私は影から黒い小さな玉を拾い上げ、それを太陽に向かって投げる。そして、物語の終わりを告げるようなそっと落ち着いた声で言った。


「『ブラックアウト』」


 刹那、黒い玉は黒い光を放ち、この辺り一帯を暗闇に染めた。

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