第二十九話 許せないヤツら

 この国の王を食べ終え、そのまま町に足を運んだ私は手当り次第に人を捕まえては食す。ただただそんなことを繰り返し、気が付けば数時間という時間が経過していた。

 周りを見渡すが、そこに人はいない。数時間まではゴミのように沢山いたというのに。だから、町中に私を助けてくれる黒い人を沢山出現させて捜索させる。


「……また一人」


 ポツポツと雨が降り始める頃、また一人を食した黒い人が戻って来る。そして食べた物を私にくれる。

 まだ人の気配はある。怯えて、絶望して、恐怖して、ただ隠れることしかできない人達がまだ多くいるはずだ。

 とは思ったが、最後に一人食してからしばらく経っても全く見つけられない。本当に逃げてしまったのだろうかと思うが、私にはどうしてもそうは思えない。

 なんて考えていると、突然ゾワゾワとした感じがした後に数十人と人間達が私の目の前に立つ。全員武装をしている。


「いいか、作戦通りにやれば必ず倒せる」

「了解、作戦開始だ!」


 作戦とはなんなのだろうか、と思っていると、剣や槍を持った人間は後ろへ下がり杖を持った人間だけが前に出る。そして、何らかの詠唱を始めた。


「悪を払い、闇を照らせ『ライトソース』──!」


 十人程の人間はそう唱えた後に光の玉を作り出し、それを放つ。その光の玉はゆっくりと近付いてくる。攻撃するために放ったものとは到底思えない。

 そして光の玉が私の目の前に来た辺りで、突然人間達の雰囲気が変わる。


「今だ!」

「『シャイニング』──!」


 杖を持った人間達が全員そう叫ぶと、目の前まで来ていた光の玉が突然爆発し眩い光を放つ。


「痛い痛い痛い!」


 ただの光だと言うのに、それに当たると痛みを感じる。陽の光は大丈夫なのに、どうしてこれだけ眩しい光は痛いのだろうか。前までこんな強い光を見ても目が眩むだけだったのに。


 前まで? じゃあなんで今は痛いの?


「効いているぞ!」

「一気に畳みかけろ!」


 目の前にいる人間達が一気に光の魔法を放ってくる。その度に私は痛みを感じ、苦しむ。

 もう嫌だ。苦しいのは嫌だ。痛いのは嫌だ。心を痛め付けるのは嫌だ。


「トドメだ化け物!」


 瞬間、聞き覚えのある声が私に向けてそう言った。とても憎くて、誰よりも許せない奴で、いつもいつも集団の頂点にいた男の声だ。


「喰らえ、シャイニングスラッシュ!」

「ぅううあアアアッ!」


 光でダメージを負いながらも近付いてきた男に向けて手を出すと、それに連動して黒い腕が出てくる。そしてそのまま私は男の体を掴む。


「うぐっ……!」

「ぅ……お前、だけは……!」

「俺が何したってんだ、ああ!?」

「お前が覚えてなくても私が覚えている。お前は消えるべきなんだ!」


 どんどん握る強さを増していく。男は吐血するがまだ息はある。


「ただいじめたから? それだけじゃない。お前達は人間が争いを産み、世界を歪ませるんだ!」

「うぐっ……!」

「苦しいでしょ! 怖いでしょ? 死にたくないって思ってるんでしょ?」

「うぁあああ!」


 どんどん握る力を強くしていく。途中で私にも見覚えがある奴らが助けに来るが、そうはさせないと私はその奴らの足元に影を伸ばす。そしてそのまま足元を掴み拘束する。


「な、何これ!?」

「足が動かない!」

「光魔法を使え! さっきと同じならそれで抜け出せるはずだ!」

「わかった。『シャイニン──」


 あーあ。やっちゃった。その影には光を当てない方が良かったのに。


「え、光に、影が集まってきて……」

「どういうことだ!?」

「助けて晴矢! 私まだ」


 その瞬間、影は一瞬のうちに光を放った奴らを全て影の中へと取り込む。それは一瞬の出来事だから、誰も反応できなくて当然。


「何を、した!」

の中に取り込んだ。お陰で少しお腹が膨れたよ」

「てめー、そいつらを返せ!」

「今更正義の味方ぶって、何様?」

「がはっ……!」


 さらに握る力を強めると、ついには吐血する。なんとも汚いものだが、勝手に影がその血を取り込んでしまう。とても気分が悪い。


「殺すならさっさと殺せ! 俺を殺すことがお前の目的でもあるんだろ!」

「……そうだね。それじゃあさっさと殺してあげる」


 あの時に白い人として見えていたものも今では黒い影として見える。少し精神的に落ち着いてきたのだろう。影のコントロールも今では思いのままにできる。だからこそ、たった1人殺すくらいならば簡単にできる。


「だけど」

「うぐあっ!」


 握っていた影とはまた別に二本の腕を出現させその影で両手両足を縛り受けて地面に叩きつける。そして先程まで掴んでいた腕を四つに分離させて四肢に刺し込む。


「がぁあああああぁああ!」

「もっと苦しんでる姿を見てからだけどね!」


 ただで殺すわけないじゃん。私を苦しめたんだから逆に私に苦しめられるってことをわかっていたんだよね。


「アハハハハハッ、アハハハハハッ!」


 とても気分がいい。さっきの気分の悪さが一気に吹き飛んだ。やられたことを何倍にもして返すのがこれ程までにも楽しいだなんて思わなかった。どうして今まで耐えていたのだろうか。


「別に向こうで散々楽しんだんだから、もう夢のような楽しみとはお別れ。これから待つのは地獄だよ」


 いつの間に回収したのか、影の中から私の妖刀が出てき、それを私の手の中へと持ってくる。鞘を抜いて身動きが取れない男に刃先を突きつけ、そして……、


「うぐっ、あああッ!」

「恨みある奴に対して、何も思うことは無い。だからこそこうやって痛めつけても、ちっとも悲しくなんてない!」

「こんな所で、こんな奴を相手に、俺は死ねるかぁ!」


 必死に生きようと男は腕を動かそうとするが、そこに新たに出現させた影で腕を突き刺す。痛みに耐える男だが、その目からは恐怖の他に希望を持っているように見えた。


「目障りなその目……鬱陶しいんだよ……!」

「きっとお前には天罰が下るだろうよ! これだけのことをやればなあ!」

「同じような事をたった一人の人間にした奴が言えたことか!」

「うぐあ……!」

「私は、そんな言葉を言うことすら許されなかった!」

「この、くそがああああああああぁぁぁ!」


 そして私は地道に刺していた妖刀を思いっきり男に突き刺した。男は少しの間痙攣をしていたが、すぐに力尽きる。男の目から意志を感じないことから、間違いなく殺した。


「どうして、どうしてそう簡単に生き物を殺せるの!」


 男が死んだことを他の人間達が理解すると、一人の少女がそう叫んだ。見覚えはあるが一々名前なんて覚えていない。

 だが、簡単に生き物を殺せるのか、という質問に対しては簡単に答えられる。とても単純な答えだからだ。


「生きる為、当然じゃん」

「生きる為って、ふざけないでよ! こんなの、ただ自分のエゴを生きるって理由で隠してるだけじゃない!」

「だったら、そのエゴを具体的にお前は理解してる? そもそも理解しようとした?」

「っ……」

「ほら、何も返せない。それもそう、人が傷付いてるって言うのに人任せにして助けようともしない生き物なんだもんね、お前ら人間は」


 自分が危機に陥れば都合のいいように物事を解釈して相手に言う。誰も事実を伝えない。だからこそ、本来人間という種族があーだこーだ言う権利なんてない。あるのは、他の生き物や同種族の他人のことを理解すること。


「今もこうやって戦いが起きてる。どうしてだと思う?」

「それは、貴方を止めるために」

「いいや違うね。誰も本当は私のことを止めようとなんてしていない。きっと誰かが止めてくれる。きっと誰かが助けてくれる。そう思ってる」

「そんなことは……」

「自分では何もしようとしない。したとしてもその理由は『仕方ないから』という強制的な理由。それは果たして自分の意思と呼べる?」


 誰も他人を受け入れようとしないからこうやって戦いが起きる。強引に自分のことを受け入れさせる為に。そんなのは他人を理解しようとなんてしていない。自分に従わせようとしているだけ。

 きっと目の前にいる人達は私の言葉を聞いてこう思う。


「「どうせ貴方ことを受け入れても、貴方は私達を殺すでしょ」……っ!?」

「きっとそう言うと思っていた」


 一言一句、次に何を言うかがわかっている辺り、やはり私の思っている人間像こそ人間の本性なのだろう。

 思い込みなんてものじゃない。勘違いでもなんでもない。これはただ事実を述べているだけだ。


「そうだよ。私はお前達が受け入れても決して許しはしない。だって、相手に言われたからそうしたなんてあまりにも失望するような行動されて許せると思う?」

「ぅ……」

「泣きそうになって、許しを乞うか。さっきの話の続きと合わせて言うけど……」


 私は影を無数の小さな丸い玉状に変える。その数ざっと一万。もしもこれを目の前の人間達に飛ばしたら、きっと避けることができない。そう確信を持てている。逆に人間側からすれば絶望物なのか、唖然とした表情で私の方を見ている。


 何が悪かったか。その答えはただ一つ。


「要するに、謝るには遅かったんだよ。お前らは」


 そして私は無数の影の玉を人間達目掛けて飛ばし始める。人間達はその黒い玉に触れるのはまずいと直感的に思ったのか、近くの瓦礫を壁にしたり光を放って消滅させたりし始める。

 だが、一度瓦礫に隠れてやり過ごしたと思った人間の背後にその影の玉が当たる。その影が私が操っているのだから、この玉の操作ができても何もおかしくはない。

 そして光の魔法を放って影の玉を消滅させている人間達にも数で圧倒し、ほんの一瞬できた光のない場所を通り体に命中させる。そしてここにいる全ての人間に影の玉が命中し付着した時に、私はその効果を発動させる。


「うぐああああああ!」

「頭が、痛い……!」

「いや、止めて、来ないでぇ!」


 突然人間達が頭を抱えてうずくまる。何かに怯えるように悲鳴をあげる者もいる。

 何が起きているのかなんて簡単。私の中にある負の感情とその記憶を影を通じて一気に送っているのだ。一気に送られていた情報量の多さに頭痛を起こし、そこに来る負の感情が人間達を恐怖へと陥れる。

 確かに私自身もあれだけの記憶を一気に脳へと送られれば正気ではいられない。それを送ったのだから、この人間達が再び正気を取り戻すことはないだろう。


「いただきます」


 なんの感情も感じられない暗い声でそう呟き、町全体に影を張り巡らせる。影の操作ができるようになってからはほとんど自由に動かせるようになった。感情で動かしていた時よりも繊細に。

 そして、町全体に張り巡らせた影がこの町の地面に足をつけている人間達を侵食していく。目の前で苦しんでいる人間達には付着した影の玉からも侵食させている。


「ああ、ああああああああぁぁぁ!」

「やめて、嫌だ!」


 必死にこちらへ手を伸ばしてくるが、その姿を見下す。自分に危機が及んだ時は必死に誰かに助けを求めるなんて、なんて自分勝手なのだろう。


 そして完全に侵食し人間達の体が影に包まれたところで、床に広がる影が人間達を一瞬にして取り込む。


 人間達が取り込まれると、そこには先程よりも殺風景な静寂が広がっていた。


「人間こそこの世界の歪みであり世界を崩壊させる根源。だから私は、人間をこの世から抹消する」


 新たにできた人間の抹消という目的。それを果たすために、私はぺたぺたという足音を鳴らして町の外へと歩き始めた。

 一度人間は粛清されなければならない。それが、あの森と他の生き物達を救う為の方法なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る