第二十七話 平穏の終わり


「おらっ、こいつがどうなってもいいのか!?」


 ざわめく森の中から激しい男の声が聞こえる。その男は数人のエルフを前にナイフを片手に一人の女性エルフを人質に取っていた。


「私のことは構わないで! こんな奴らに従うなんて考えないで!」

「ちっ、黙ってろ人外が!」

「いっ……!」

「シャーリ!」


 女性エルフ──シャーリが他のエルフに向けて叫ぶと人間の男が首に一筋の切り傷をつける。それを見た一人のエルフが前に出るが、それを他のエルフ達が止める。


「落ち着け!」

「落ち着いてられるか、シャーリが!」

「今下手に動けばシャーリを殺すことになるんだぞ!」

「うっ、じゃあどうすればいいんだよ!」


 思うように動けない現状に我慢ならないのか、エルフ達の間でピリピリとした雰囲気が漂う。その状況に人間の男は楽しげに笑う。


「そうだよなァー、お仲間さんが大事ならそうするしかないよなァー!」

「てめぇー!」

「そうだなー、折角の女だしなー。この場で辱めを受けさせてもいいなぁー。こんな風にな!」

「いやぁぁあ!」


 人間の男は人質に取っている女エルフの服に手をかける。そしてゆっくり、見せ付けるように捲りあげていく。


「ひゃはははっ、いい悲鳴で泣くじゃねぇか!」

「やめろてめぇー!」

「おっと、近づいてもいいのかなァー? 大事なお仲間さんが死んじゃうよォー?」

「くっ、この外道が……!」

「だったらお前達はずっと隠れ住んでいた臆病者だ! そして、臆病者にはそれ相応のをさせてあげないとなァー!」


 人間の男はこの圧倒的有利な状況を楽しみ、慢心し、何もできないエルフに絶望を与えようとする。またその行動に対し、シャーリは辱めを目の前にいる他のエルフに見られるくらいなら、と舌を噛み切ろうとする。その行動に気がついたエルフ達だがもう時既に遅し。ここにいるエルフ達がどう動いたとしても間に合わないだろう。

 届かないとわかっていても、ずっとシャーリを助けようとしていた男のエルフ──アルフはシャーリに向けて涙ながらに手を伸ばす。


「──『迅雷一閃』」


 突然、人間の男の背後から静かに何者かの言葉が聞こえる。何者かと男は振り向こうとすると、完全に後ろを見る前に男の首が真っ二つに切断され吹っ飛ぶ。


「……え?」


 舌を噛み切ろうとしていたシャーリはこの状況について訳が分からず呆然としていた。

 それもそうだ。声が聞こえたかと思った瞬間に自分を人質にとっていた人間の首が綺麗に切断され吹っ飛んだのだ。呆然としない方がどうかしている。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます仙狐様……」


 わしは人質にされていたシャーリと呼ばれたエルフに声をかける。大変グロテスクな瞬間を見せてしまったことには後悔しているが、この時ばかりは仕方がない。


「シャーリ!」

「アルフ!」


 先程の手を伸ばしていたアルフと呼ばれたエルフがシャーリに抱きつく。二人の関係にニヤニヤとしたいところじゃが、そんなことをしている暇なんてない。


「感動の瞬間に悪いのじゃが、早々に集会所に向かってくれ。こやつ一人だけとは到底思えんからな」「……はい、わかりました」

「いえ仙狐様、俺も戦います。こう見えても剣は振れます!」


 アルフがわしに向かって決意に満ちた目をして言ってくる。しかし、アルフには別に守る者がおる。態々ここでわしを手伝う必要なんてない。


「ふむ、ならばその剣をそこのシャーリの為に振るうんじゃな。あれだけ手を伸ばしていたのじゃから、それほどに大切な人なのじゃろう?」

「………」


 わしの言葉にアルフは下を向くが、そこにシャーリが肩に手を乗せる。アルフはシャーリの顔を見た後に覚悟を決めたのか、先程よりもキリッとした顔でこちらを向く。


「わかりました。このアルフ、シャーリを絶対に守ります」

「それでこそじゃ。ほれほれ、さっさと行かんと尾行されるぞー」

「ご武運を、仙狐様」

「まかせい」


 そう言ってエルフ達は三種族の集会所に向かった。


 さてと、わし一人になったことでこの辺にいる人間共も出てきやすくなったじゃろう。世の中質より量じゃしの。


「どうせいるんじゃろー、さっさと出てこんかー!」


 少し面倒くさげに叫ぶ。実際、人間達を食い止めるなんてこと面倒くさい以外の何でもない。

 わしが叫んでから少しして、ぞろぞろと鎧などの武装をした人間達が出てくる。本当に、どうして争うことしか知らないのじゃろうか、この生き物は。


「後ろががら空きだ!」

「この愚か者め!」


 溢れ出る殺気を事前に感じ取り大体の場所を把握していたわしは、なんの問題もなく向かってきた人間の剣を受け流し、そのまま首を切断する。

 どんな生き物も大体、首を完全に切り離されれば生きることは出来ない。無駄に刃を弾き合い、隙を見てトドメなんてするのは面倒じゃ。


「二人殺したくらいで満足したわけじゃねぇよな?」


 別の方向からまた人間のものであろう声が聞こえた。そちらの方に向くと、そこにはやはりと言うべきか鎧を着た人間が数十人くらい、わしの方に向けて剣を構えて立っていた。


「二人も殺られたんじゃ。ぬしらが数で来てもわしには勝てんぞ」

「なーにがわしはだ。まだガキの癖によぉ!」


 完全に年下だと油断しているのか、考え無しに真っ直ぐ突っ込んでくる。ここにはアホしかおらんのか。


 こんなヤツらに札を使うのは勿体ないと、わしは向かってくる人間の振り下ろす剣の刃を弾き、そのまま腹を刺した後に切り裂く。

 そして人間は、先程切り裂いた切り口から血飛沫を上げながら倒れる。本当に呆気なさすぎる。


 まだやられたのは一人、大丈夫、大丈夫、とでも思っているかのように馬鹿丸出しで突っ込んでくる。

 わしに勝つための作戦を考えていないように見える。いや、こう思わせること自体が作戦なのじゃろうか。

 しかし、人間側もこうやって死人が出るということもわかっているはずじゃ。こんな特攻作戦を立てる時点で碌な軍師が人間側にいないのじゃろう。


 突っ込んでくる人間達を容赦なく刀で切り裂いていく。今までこの森に住まう者達にしてきたことを考えると当然の報いじゃ。

 向こうから何もしなければ手を出すこともなかったのじゃが、人間達はこの森に手を出した。残酷な手段で殺された者もいれば、奴隷として生かすためか誘拐もした。

 殺すなんて簡単な事じゃが、自分が逆に殺されてしまうという覚悟を常に持たなければならない。自分を最強だと絶対的な自信があったとしてもじゃ。


 ざっと三十数人程度の人間を斬り殺したところで、残りの一人に刃先を突き付け追い詰める。


「ひいぃ、殺さないでくれ!」

「散々わしを殺そうとしたのに、いざ己が殺されそうな状況には怯えるしかないとはの」


 正直こやつを殺すというのには抵抗がある。と言うより、人間を殺すことに抵抗がある。こんな醜い生き物に慈悲を与えるというのはどうも嫌じゃがの。


「うがっ……!?」

「ん、どうした!?」


 突然怯えていた人間が自身の首を掴んで苦しみ始める。発作というわけではないようじゃが、どこか異様じゃ。まるで、何者かによって体の内側から攻撃されているような……。


「だ、だす、け……」


 その言葉を最後に人間は口から泡を吹いて力尽きた。いくら揺さぶっても返事がない。完全に死んでいる。


「仙狐」

「っ!?」


 死んだ人間について調べていると、突然背後からわしの名を呼ぶ声が聞こえた。その声は、どこか聞き覚えのあるような声であったが、初めて聞いた声という気もした。


「……誰じゃ、ぬしは」


 声が聞こえた方を振り向くと、そこには黒いローブを着た何者かがいた。顔が見えないので正体はわからないが、先程の人間への攻撃はこやつがやったに違いない。


 そう言えば、人間が攻めてくる前に妖に協力している短剣を使う黒い妖狐がいるという話をルフから聞いてた。もしかすると、こやつがそうなのかもしれない。


「そのローブを外せ。わしの名を呼ぶくらいなのじゃから、ぬしの名を名乗るくらいの礼儀はあるじゃろう?」

「……名前、覚えてないの?」

「……顔を見ない限りはわからん」

「そう……わかった」


 ゆっくりとローブを脱いでいき、ついにその姿を現した。そしてその姿を見て、わしは驚きを隠せなかった。


 白い獣耳に白い尾が特徴の妖狐が、わしの目の前に立っていた。


「これで、わかった?」

「…………」


 わかったも何も、こんな特徴的な妖狐の存在をわしは忘れたことは無い。なぜなら、わしにとって大切な人だったからじゃ。


「……何故生きておる、


 そう、わしの目の前にいるこの白い妖狐は、数十年前に妖との戦いにて命を落としたはずの白狐であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る