第十話 妖刀と術

 仙狐様とディープキスをすると、何故か魔力のコントロールが上手くいった。それも、人間の時よりも遥かに扱いが上手くなっているのがわかる。


「どうじゃ、少しは楽に操れるじゃろ?」

「はい。でも、一体どうして……?」

「わしがぬしの舌を通じてちょいと制限を解除しておいたんじゃ」

「制限?」

「魔力は暴走を起こすというのは血液が逆流するのと同じじゃ。だから、魔力を持つ生き物にはそれぞれの体が耐えきれる程の制限が勝手にかかっておるんじゃ」


 だったら、制限を解除するというのは危険なことではないのだろうか。


「そして、ぬしの制限は人間の時のまま。この世界で二番目に多く魔力を有する妖狐が人間程度の制限をかけられちゃあ、それはもう魔力を上手く使えないんじゃよ」

「だから制限を解除したということですか?」

「そうじゃ。それに、ぬしはわしと同等くらいの魔力を有しているしの。制限を解除してもその魔力量じゃったら特に問題はないじゃろう」


 その言い方から、魔力の暴走しやすさは魔力量が多い程起こりにくいというのがわかる。しかし、僕と仙狐様のような妖狐は二番目に多く魔力を持っているのならば、最も持っているのはどの種族なのだろうか。


 それはそうとして、僕が魔力のコントロールに慣れると先程落としてしまった妖刀を。そう、何故か拾い上げることが出来た。しかも片手で。


『この魔力の質……何者だ?』

「え?」


 妖刀を掴んでから間もなく、どこからともなく男の声が聞こえてきた。辺りを見渡してみるが、そこにいるのは仙狐様と狼達だけ。


「神子よ。聞こえている声の主はその刀じゃ」

「この刀……ですか?」

『妖刀だ。それより我の問に応えよ』

「えっと、藤……って、何言おうとしてるんだ僕?」

『藤……何だ?』

「あ、いえ、結城神子です」


 藤という言葉なんて僕の名前にはない。しかし、何故か無意識のうちに口に出ていた。

 藤の後に何を言おうとしていたのかはわからない。それに、何故この藤という言葉が無意識に口に出たのか。もしかすると、人間の頃の僕にあった名前の一部なのだろうか。だとすると、さっさとこの癖みたいなのをなくしたい。


『結城神子……中々にいい名だ』

「そ、そうですか」

『して……何だ今の一人称は!?』

「ひっ!?」


 突然怒鳴り出した妖刀に驚いてついつい軽く悲鳴をあげてしまう。穏やかそうな話し方から急に、結婚は許さんとかいう昔の父親みたいな感じで怒鳴られれば流石に驚く。

 別に一人称なんてなんでもいいだろうと言いたいが、それを言うだけの勇気はない。


『ボクっ娘など他の奴が許しても我が許さん!』

「うわっ!?」


 すると突然、妖刀から紫色のモヤモヤした煙がブワッと出てきた。妖刀から煙とは何事かとは思うだろうが、僕にも何が起こっているのかはわからない。


「なんじゃこの煙!?」

「やば、ゴホッゴホッ」


 仙狐様は少し離れていたため吸うことは無かったが、至近距離にいた僕は妖刀が出した煙を大きく吸ってしまいむせる。

 煙に臭いはない。それに粉でもない。だったらこの煙は一体何なんだ。


『……こんなものか』

「こんなものって、苦しいんですけゴホッ」

『さて、我の使用は許可した。そして、金輪際我の声を聞くことは無いだろう。使用許可を出すと我は消滅しなければならないからな』

「え、もうですか?」

『我は我の使用者を見極める者。貴様の魔力の質から我を扱うに相応しいものと見た。存分に我を振るうがよ──』


 最後の決めゼリフを言っているところで、妖刀から聞こえていた声は途絶えた。なんというか、言わせてあげなよと言ってやりたい。

 しかし、先程の煙は一体なんだったのだろうか。特に何も起こっていないし、ただ咽ただけだ。


「みーこー、使用許可は得られたかのー?」


 離れていた仙狐様がこっちに向かって走ってきた。


「はい。……刀って全部あんな感じなんですか?」

「いや、極一部だけじゃ。名刀には魂が宿るとかいうあれじゃ」

「いまいちにはわかりませんよそれ」

「それもそう……ん、今ぬし自分のことを私と呼ばなかったか?」

「……? いつも通りと言って……あれ、ん、あれ?」


 いつも通りに話しているつもりなのだが、何故か一人称だけが無意識のうちに変わる。無理に僕と言おうとしても、何故か気持ち悪さが出てくる。なんて言うか、違和感みたいな感じで。


「……まさか、さっきの煙のせい?」

「恐らくじゃ。おぬしの心の隙間に妖刀自身の力を入れられ、思考回路をちょいっと手を加えられたんじゃ。折角の貴重なボクっ娘が……はぁ……」

「あ、落ち込むところそこですか」


 はっきり言って私自身あまり不便さは感じない。たかが一人称、自分のことだとわかれば何でもいい。

 それに、唯一気がかりだった人間の時の一人称をやめることが出来た。これで完全に人間をやめることが出来たと、私からすれば喜ばしいことである。


「まあ、使用許可は得られたんじゃ。修行をはじめるぞ」

「はい。って、まだはじまってなかったんですね」

「前段階的な感じじゃ。ここまで時間がかかってしまうとは予想外じゃがな」


 外に出てからここまでに経過した時間はおよそ一時間。そう考えるとかなり時間をかけたと実感を持てる。原因はいずれも私だったりするのだが。


「まずは魔法じゃ。ほれ、炎を放ったりしてみぃ」

「……どうやるんですか?」

「想像じゃ。頭の中で炎を想像してその想像を魔力に注ぎ込むのじゃ。そしてドバーッと放てばでるぞい」

「炎……」


 説明のうちの六割以上意味がわからなかったが、まあ想像しておけばなんとかなるはずだ。


 私はそう考え、とりあえず燃え盛る炎を想像する。その想像を魔力を手に集結しながら集結し終えるまでしておく。


「ハア!」


 そして、その魔力を一気に放った。何かが体から出るような感覚もあった。


 ──しかし、その感覚以外は何も起きなかった。


「あれ?」


 何度も同じようにしてみるが、やはり何も起こらない。どんどん体からなにかは抜けていくが、やはり何も出てこない。

 このままでは、仙狐様に役立たずとして捨てられてしまう。もっと頑張らなければ……。


「ハッ!」


 ……………。



「やっぱり何も起こらない。どうして……」

「……ただ想像が足りないという問題ではなさそうじゃな」


 仙狐様がこっちに歩いてくる。もしかして、またディープキスでもされるのだろうか。今度は何が目的のキスが来るんだろうか。

 ……いやいやいや、何期待してるんだ私。落ち着け落ち着け。また別の理由で何かをするんだ。そうに違いない。


「ちょいと調べたいことがあるから、神子は少しうなじを見せてくれんかの?」

「項ですか……?」


 項を見せることで何がはじまるのだろうか。その可愛らしい鬼歯で噛まれるのだろうか。それとも舐められたり……。

 どうしたんだろうか今日の私。何故かこういう変態的な思考と期待しかできない。種族が変わったことで方向性も変わってしまったのだろうか。


 私が巫女服の襟元を少し下げ項を見せると、仙狐様は私の項を両手で優しく掴んできた。決して首を絞めるような強さでは握られていないので、窒息死してしまうということは無い。


「……マジか」

「どうしたんですか?」

「残念な知らせじゃ」

「出来れば良い知らせでお願いします」

「おぬし、魔力は多いくせして魔法に適性がないとはの。なんとも珍しい体質よな」

「あ、無視ですか。って、魔法が使えない?」

「そうじゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、自分のこの魔力量の多さが無駄に感じた。体力はないし魔法も使えない。あれ、わかっていた事だがかなり雑魚じゃないか私。


「魔力はあるのにのぉ……」

「なんか、すみません」

「謝らんくてもいいわい」


 しかし、魔法が使えないとなると本当に役立たずだ。この妖刀を使おうにもまず体力をつけなくてはならない。

 妖を倒しに行くことが出来るのは、きっとあと数十年はかかるだろう。私はそんな気がした。


「仕方ないのー」


 すると仙狐様が突然懐をゴソゴソとしだした。何かを探しているようだ。

 そして、仙狐様が懐に突っ込んでいた腕を抜くと、その手には何枚かの紙があった。大きさとしては、短冊のようなものからあまりにも大き過ぎるために折り畳まれているものがある。

 仙狐様はその紙を小言で何かを呟きながら、大きさで分けていく。


「ほれ。プレゼントじゃ」


 ある程度分け終えると、短冊くらいの大きさをした紙を手渡される。その紙には筆で何らかの文字が書かれていた。しかも、どれも漢字でそれぞれ書いている文字が違う。


「何ですかこれ?」

「御札じゃ。使い方は袖をめくって腕にパシッと貼る。それだけじゃ」

「えっと、こうですか……?」


 仙狐様の説明通りに、巫女服の袖をめくり右腕の適当な場所にパシッと貼っ付けた。すると、御札は巻き付くように私の腕に貼り付き剥がそうとしても剥がせなくなった。


「貼り付けたのは……ふむ、『狐火』か」

「『狐火』?」

「想像はせんでよい。その札を貼っ付けた右腕に魔力を集中させるんじゃ」

「はい」


 私はさっきとは違って特に何も考えず、ただただ魔力を右腕に集中する。そして、ある程度魔力を腕に集中させると魔法を使おうとした時とはまた違う感覚に襲われた。


 その瞬間、右の掌から青色の炎が幾つも出てき回り始めた。


「何これ……」


 その炎はただの炎ではなく、とても美しく燃え目を奪われるほどに綺麗な炎であった。


「それが『狐火』じゃ。試しにわしに放ってみ」

「はい……って、仙狐様にですか!?」

「適当に放てば間違いなく森が焼け野原になるからの」


 ここは一応森の中。放てば森の木が燃えそれはどんどん広がる。まさに地獄だ。

 しかし、それなら空に向かって放てばいいのではと思うのだが……、


「それっ」


 仙狐様も私が貼ったように御札を腕に貼った。大きさは私のよりも少し大きめで、仙狐様の腕の小ささからかなり札が目立っている。


「行きますよー!」

「おーう!」


 仙狐様の準備が出来たとのことなので、私はずっと右手の掌を回っていた狐火を仙狐様に向ける。それと同時に、仙狐様も何やら少林寺拳法のような構えをする。


「『狐火』!」


 そして私は狐火を放った。放たれた狐火は、回っていた炎が合わさり狐のような姿になって仙狐様にまっすぐ向かっていく。それもかなりの速さで。

 しかし、仙狐様は余裕な表情をしていた。そして仙狐様は、札を貼っ付けた右腕を出す。


「『水狼』!」


 仙狐様が放ったのは、私の狐火とは対になる存在である水の狼だった。その水狼も狐火と同じかそれ以上の速さで私に向かってくる。そして、私の放った狐火と水狼がぶつかった。

 すると、狐火は水狼を水蒸気にし、水狼は狐火を消火した。


「消えた……」

「わしの普段使ってるくらいの魔力量で互角とは。まあ、モデルはわしじゃし、別におかしなことではないの」


 仙狐様はそんなことを言いながら貼っ付けていた御札を剥がす。それを見て、私も右腕の御札を剥がす。

 何故貼っ付けた時は剥がれないのに、使った後は剥ぎ取ることができるのか。


「さてと、今日の修行はここまでじゃ」

「え、日が暮れるまでやるんじゃ……」

「気が変わった。それに、もうおやつの時間を過ぎとる」

「いいんですか?」

「何のことじゃかはわからんが、区切りをつけるというのは大事じゃぞ。刀に関してはまた明日にでもしてやる」


 私はここまでいい意味でほ自由な人は初めて見た。今まで見てきた自由な人はとにかく自分勝手で、作業が中途半端な所でも容赦なく止める。人のことなんて考えずに自分のタイミングだけで行動する。


 ……まあ、こういう人の逆は逆で言うことしか聞いてからでしか動けない人のことを言う。言い訳の塊だ。


 しかし、仙狐様は自由な人でも私のことを考えた。おやつを食べたいから修行を止めるというのは先程の人と同じ考え方だ。

 だが、仙狐様はそれ以外にも私の体力がないということを考慮してくれた。実際に言葉には出ていないが、私にはそう感じとれた。


 これもまた、私の自分勝手なのだろうか。そうあって欲しいという、ただの願望なのだろうか。


「今日のおやつは油揚げじゃ。早くせんと神子の分まで食べちゃうぞー」

「あ、待ってください!」


 おやつに油揚げを持ってくるというのは私からすれば斬新な感じがする。まあ、美味しければ別になんでもいいか。


 私はこの時、初めて生きているのが楽しいと思えた。きっと私は、誰かと家族のように過ごすのが夢だったんだ。こうやって、笑いながら一日を過ごせることに憧れていたんだ。

 この生活が、ずっと続けばいいのに……。


 ──こんな自分勝手な私を、どうか許してください。

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