心配してほしい男の子

ハツカ

第1話 りー君の楽しいお家

夕方。

僕は自宅の洗面所で念入りに髪をとかした。

櫛を置いて、鏡の中の自分をチェック。

うん、大丈夫。

我ながら、なかなか可愛い男の子だ。

体の線は細く、肌の色も白く、髪も長め。

もう中学3年生だというのに、私服姿だと女の子にすら見える。

普通なら、せめてこの髪を切って、髪型くらいは男らしくするところだろう。

でも、僕にとってはこの女の子のような可愛らしい見た目は大切な道具だ。

お姉ちゃんに心配してもらうための道具。

―ピンポーン

待ちわびていたチャイムが鳴った。

鍵は持ってるんだから、勝手に入ってくれていいのに。

そう思いながら、パタパタ廊下を走って玄関を開ける。

「いらっしゃい、お姉ちゃん」

「こんにちは、りー君」

扉の向こうでは、重たそうな大きな手提げかばんを持ったお姉ちゃんが、ふんわりと優しく微笑んでいた。

ああ、週に3回の幸せな時間が始まる。


―ブオー…

お姉ちゃんが丁寧に掃除機をかける音を聞きながら、僕は洗濯物をたたむ。

「…ケホッ、ケホッ…」

「あっ、大丈夫?」

僕の咳を聞いて、お姉ちゃんはパッとこちらを振り向いた。

僕は苦笑しながら答える。

「大丈夫、ちょっと咳いただけだよ」

「そう?」

「うん」

僕がうなづくと、お姉ちゃんは心配顔をホッと緩めて掃除を再開した。

僕も洗濯物をたたむ作業に戻る。

お姉ちゃんは、僕の父方のいとこだ。

仕事が忙しく遅くまで帰ってこない両親に代わって、僕の様子を見るために週3回うちに来てくれる。

そしてそのついでに、僕と、僕の両親の為に、色々料理まで持ってきてくれる。

普通なら、いくら遅くまで未成年が家に1人とはいえ、中学3年生の男の子に対して過保護すぎるだろう。

しかし僕は体が弱い。

気管支系の持病があり、重い発作が起こると激しい咳が止まらなくなり、喋るどころかまともに呼吸することすら難しくなる。

もちろんそうなると、自力で救急車を呼ぶこともできない。

なので、僕が小学校1年生の時、元々バリバリのキャリアウーマンだった母が職場に復帰するのと同時に、我が家から徒歩10分の近所に住んでいる2歳年上の優しいお姉ちゃんが、放課後うちに来てくれるようになった。

小学生の頃は平日の夕方は毎日お姉ちゃんといっしょだった。

夕ご飯を一緒に食べた回数だって、両親よりお姉ちゃんと一緒に食べた回数の方がずっと多い。

今はもうお姉ちゃんも高校2年生。

通学に時間もかかるし、勉強もあるから、以前のように毎日とはいかないけれど、それでもまだ週に3回は来てくれる。

僕にとってお姉ちゃんが来てくれる日は何よりの楽しみだ。

いつもの我が家が夢のお城になる。

大好きなお姉ちゃんと2人っきりで過ごせる大切な時間。


―ジューッ

台所から玉ねぎの焼ける良い匂いがする。

今日の晩御飯は鶏肉の和風ハンバーグ。

「りー君、お茶を用意してくれる?」

「はーい」

お茶を出そうとパカッと冷蔵庫を開ける。

冷蔵庫の中は、今日お姉ちゃんが持ってきてくれたおかずがきちんと並んでいる。

コップを2つ出してお茶を注ぎながら、ハンバーグを焼くお姉ちゃんの後ろ姿を見つめる。

ゆるく結んだ髪が可愛い。

このまま後ろから力いっぱい抱きすくめてしまいたい…。

いや、だめだ。

僕は病弱なか弱いいとこなんだ。

だからこそ、お姉ちゃんはこの家に来てくれるし、親戚とはいえ男女が遅くまで2人きりでいられるんだ。

だからこのままでいいんだ。

ずっとこのままお姉ちゃんといられるなら、それだけでいい。

その為なら、僕はずっと病気のままがいい。

ずっとずっと、こんな生活が続けばいい。

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