第2話 生い立ち①

 私が生まれたセントリア帝国は一六◯年も続く帝国だった。当時の皇帝は十一代目で、これから先も安泰と言われていた。西の国境は海に面しており、東南北は他国と隣接していた。過去には何度も侵略戦争を行なったり行われたりしていたが、その頃にはお互い不可侵条約を結び安定的な秩序を実現していた。帝国の主な産業は農業及び商業。海の向こうからやって来る珍しい香辛料や奴隷なども大いに国に貢献していた。誰も奴隷がいなくなることなど想像できなかった時代である。そんな中、私の生まれついた家庭は極々一般的な庶民だった。都心部から少し離れた郊外エリアで、貧民とはいかないまでも、中流階級より下の者たちが住む界隈で生まれ育った。レオという名前を授けられ、大層両親に可愛がられたという。ある日、二歳の私は父方の伯母の家に預けられていた。そして、悲劇が起きた。突如として近衛兵を名乗る男たちが実家に押し寄せ、父を殺し、母を連れ去っていったのだ。その時、近所の皆は「奴隷商にでも捕まってしまったのだ、お気の毒に」と噂していたそうだ。一瞬にして孤児になった私は、子宝に恵まれなかった伯母夫婦の養子として迎え入れられることになった。伯母夫婦は子爵の爵位を持っていた。つまり、庶民から子爵の跡取り息子として鞍替えすることになったのである。

 本当の父が殺され、母が連れ去られてから半年及び一年後、国中が歓喜する出来事が起きた。皇帝のご婚姻及びご結婚だ。年頃になってもなかなかご婚姻されない皇帝に国中が焦れていたため、国中が湧いた。さらに、国民を惹きつけたのは皇妃になる女性の美貌だった。ご婚姻を祝して皇妃の肖像画が大量に出版された。そこで国民は彼女の美貌を知ることになる。真っ白な雪肌に黒曜石を嵌め込んだような瞳、スッと通った鼻筋の下にある桜色の唇はキュッと固く結ばれている。その厳格ながらも柔らかい微笑みは非常に美しかった。しかし、その肖像画を見て驚いた者たちが複数人いた。まずは、私の実家の近所の人々。そして、私の養父母だ。なぜなら、その肖像画があまりにも私の母に似ていたからだ。庶民はスキャンダルに弱い。すぐに噂話は国中を駆け巡った。どうやら皇帝は一目惚れした庶民の人妻を手に入れるために、夫を殺したらしい、と。しかし、その噂は二週間もしないうちに立ち消えた。理由は二つある。一つ目は気づいた時には近所の人の顔ぶれが変わっていたから。もう一つはーー恐らくこちらの方がより国民を納得させたのだろうがーー皇妃になられるお方の出自が公表されたのだ。そのお方は辺境伯の二人姉妹のうちの姉上の方で、幼少期より皇帝陛下の許嫁となられていた。今の今まで公表しなかったのは、許嫁は数人おり最終的に誰になるかは陛下のお心次第だったからだという。こうして、国民は納得したが、養父母はその話を聞いてさらに顔を暗くさせるのだった。

 私がちょうど十二歳になった時のことである。誕生日祝賀会が執り行われた後、養父の書斎に呼ばれた。一度も入れてもらえなかった書斎に呼ばれたために非常に緊張していた。扉を叩き、中へ入るとそこには神妙な面持ちの養父母がいた。

「さあ、ここにお掛け。長い話になるから」

 そう養父に言われた私は素直に指された二人がけソファに腰掛けた。二人は私の向かい側でソファに身を沈めながら、何やら思案していたが、侍女たちが茶と茶菓子を運んで去っていくのを見届けると腹を括ったようだった。

「実は、皇妃様についてなんだが」

「はい、父上」

「これは他言無用だぞ?」

「なんでしょうか」

「皇妃様はお前の本当の母親だ」

 私はそれを聞いた時、「なんのご冗談をこの方は仰っているのだろう?」と真剣に悩んだ。

「これは本当のことです。しかし、口外してはなりません。貴方も殺されかねない」

 養母が立ち上がって私の側に腰掛けた。そして、私の無防備に放り出された左手を握った。

「この話をするのは初めてですね。……本当は、貴方は私が産んだ子ではないのです。貴方の母親は皇妃様で、父親は私の弟なのです」

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