第13話

「父上様。

 龍騎様と婚約させてください!」


「いや、しかし、それはさすがに難しい」


「我が家が男爵家だからですか?

 男爵令嬢と下級将校では身分が違うと言われるのですか?

 普段から職業に貴賤はないと言われてる父上様が、そんな事は申されませんよね!

 龍騎様が会津出身と言うのは違いますよね。

 父上様達が龍騎様を支援されたのですものね!」


 私の言葉に最初困惑されていた父上様が、真剣な御顔に変わられました。

 同席されておられる母上様も親族の方々も、皆その事に気がつかれたようです。

 父上様の後見人であり、一族の長老でもあられる大叔父様も、顔を引き締められました。


「分かった。

 本音を話そう。

 ここは一族の命運を分ける大事な話し合いの場だ。

 建前などは捨てねばならん。

 覚悟はいいか?」


「はい、父上様。

 ですが何を御聞きしようと、私の心は変わりません。

 龍騎様に誘拐から救って頂いた時から、私の心は決まっております」


「それを言われると、何も言えなくなるではないか。

 そもそも、お前が誘拐され殺されていたら、お前はこの場にいなかったのだから。

 だがそれでも、言うだけは言わねばならん。

 陸軍長州閥の力が激減したことで、これからは薩州閥が、海軍だけではなく政府でも力を振るうだろう。

 数の少ない幕閥は薩州閥と手を結び、陸軍の権力を手に入れなければならない。

 その為には、縁を結ぶのが一番なのだ」


「父上様は、陸軍の権力を掌握する為に、私に犠牲になれと言われるのですか!」


「士族とは元々そう言うモノだ。

 戦国の頃も幕臣の頃も、武家娘は当主の決めた相手と結婚するのだ。

 ましてお前の結婚は、涼華家だけの問題ではない。

 幕閥どころか国の命運を変えるほどの縁を結ぶ結婚だ。

 それにここで薩州閥と縁を結べば、ドイツに渡る龍騎の命を護る事ができる」


「父上様ともあろう方が、何て卑怯な事を口にされるのですか!

 龍騎様の命を護るために、愛する龍騎様を諦めて、卑怯な薩摩っぽと結婚しろと申されるのですか!」


 何たることでしょう!

 父上様ともあろう人が、権力に眼が眩んでしまっています。

 確かに今が、長州閥にとって代わる好機だと言うのは、私にも分かります。

 何の手も打たなければ、長州閥が息を吹き返す可能性があります。

 薩州閥が陸軍にも影響力を持とうと、手を打ってくるのも分かります。

 ですが、だからと言って、涼華家が薩州閥と手を組むのは恥です。


 長州は最初から幕府の敵でしたが、薩州は味方の振りをして裏切ったのです!

 慶喜公が大政奉還をしたにもかかわらず、悪辣にも薩摩強盗を繰り返し、徳川家を潰したのです。

 そのような卑怯者と手を組むなど涼華家の恥です。

 いえ、家の恥以前に、薩摩っぽと結婚するなど虫唾が走ります!

 それくらいなら、家出して龍騎様についていきます!

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