第12話 俺はナンバーワンになりたかった?


 大会の形式は予選の試験を合格した八名によるトーナメント。

 

 一対一、真剣使用可。

 

 相手が降参するか審判のジャッジが入れば勝ち。

 

 最弱モンスターのスライムを倒すタイムを競うという予選を難なく通過した俺は本戦が始まるそのときを今か今かと待っていた。

 

 この緊張感なんだか懐かしいな。

 

 剣道やってた頃もこんなふうに試合が始まるのを待ってたんだよ。

 

 この独特の、ドキドキとワクワクが混在して胸の内がざわつくような感覚。 この感覚は、何だかんだ嫌いじゃない。

 

 ……いや、今はとにかく集中だ。一回戦負けじゃメルに会わせる顔もない。

 

 ちなみにメルは観客席で見守ってくれている。 鍛治作業を続けてくれと言ったはずなのだが、彼女はまるで聞く耳をもたなかった。

 

 ちなみにここには大勢の観客達がいるわけで、各々目当ての剣士に声援を飛ばしているわけだが、聞くところによるとこの大会では試合結果に基づいた賭博が合法で行われているらしく、だから皆儲けたくて金を賭けた剣士を必死になって応援している。

 

 もしそんな状況で負けでもしたら……

 

 いや、うん。 あんまり想像したくないな。まあ俺に賭けた人いないらしいんだけど。

 

 というか、実はこの大会の主催者はオズワール商会らしい。 賭博で儲けるって、それもうヤクザじゃねえか。

 

 さあ、そんなこんなでいよいよはじまるぞ一回戦。

 

 初戦の相手はジェニスキア・サンドラック。女か。

 

 もちろん女だからって容赦はしないし油断もしない。この戦いは絶対に負けられねえからな。

 

 互いに円形の舞台に上がって所定の位置にて待機。審判からの合図を待っていると、女は俺に話しかけてきた。

 

 「よろしく頼む、剣士トート」

 

 「……よろしく」

 

 女はこんな場所に似合わない細身の美人だった。

 

 身長は俺より少し低いくらい。銀髪と碧色の目、そして中性的な凛々しい面持ちが特徴的だ。元の世界で例えるならロシア系の、ここら辺ではあまり見かけないタイプの女だ。

 

 「はじめっ!」

 

 そうこうしていると試合開始。

 

 何気にこの世界に来てはじめての対人戦だ。

 

 今までのモンスターとはわけが違うと理解しつつも積極的に距離を詰め仕掛ける!

 

 「……ほう、結構やるではないか?」

 

 「……そっちこそ」

 

 残念ながら動きを合わせて防がれてしまった。

 

 俺達の剣は鍔競り合っているが、どうにも力で押し切れそうな気配はない。とても女性とは思えない筋力だ。

 

 俺は仕切り直しを計って後ろに下がり次の一手を考える。

 

 どうする? どうやって攻める?

 

 これがもしガキの頃やってた剣道の試合だとして、あの頃の俺だったらどんなふうに試合を運ぶ?

 

 ……わからない。 あまりにブランクがありすぎてあの頃の勘は忘れてしまった。

 

 なら、ちょっとでも思い出せるように、手頃なところからはじめてみよう。

 

 「きええええええええええええッ!!!!!!」

 

 俺は会場に響き渡るくらいのけたたましい掛け声を発した。

 これは己に渇を入れる行為、あるいは己の剣に気を乗せるための儀式のようなものだ。

 

 いきなり奇行じみたことをするものだから、対戦相手含めこの場にいる全員が俺を不思議そうに見ているのがなんとなくわかる。

 

 けど、今のでちょっと思い出した気がする。

 

 戦いの勘、勝負に対する心構えをほんの少しだけ取り戻せたような気がする。

 

 「ええええええええぃ!!!!」

 

 「くっ!? さっきよりも剣が重い……?」

 

 俺の上段を先程と同じように剣で防ぐ対戦相手。しかし先程とは違う、余裕をなくした表情であることがわかる。

 

 相手が驚くのも当然だ。このようにして気を乗せた剣とそうでない剣、その重さは比較出来ない程の差があるのだから。

 

 「ぜええええええ!!! ぜッ、ぜッ、が!あああああああああーい!!!!!」

 

 俺は勢いを殺すことなくそのまま攻め続けた。そうして一太刀打ち込んでいく度に相手の防御が崩れていく。

 

 そうだ、思い出した。

 

 これが俺の剣道。怒濤の攻めで圧倒するのが俺のスタイルだったんだ。

 

 そして、相手の剣を盛大に弾いて腕を狙い降り下ろした。

 しかしそれを素早い身のこなしで避けられてしまう。

 だったら隙を与えずさらに攻め続けるまでだ。

 

 そう考えて上段に構え直したそのとき……

 

 「よし! 降参だ!」

 

 「は……?」

 

 どういうわけか、相手は攻めるでもなく距離を取るでもなく手を前に出して降参宣言をしたのだった。

 

 「しょ、勝者トート!」

 

 それはきっと審判も予測してなかったのだろう。少し慌てて判定を降し、俺達は観客からの拍手に包まれながら舞台上を後にする。

 

 それから次の自分の試合を控えで待っている間、先程の対戦相手ジェニスキア・サンドラックが俺に声をかけてきた。

 

 「やあ、先程は良い試合だったね?」

 

 「……良い試合?」

 

 「おっと、そう怖い顔するなよ。 あそこで降参したのは悪かったって。 ただ私もあれ以上戦うとなると本気を出さざるを得なくなるなるからね」

 

 「どういう意味だ? 何か事情でも?」

 

 「まあ、色々な。 ときに君はこの大会は誰が主催しているかを知っているか?」

 

 「誰って、オズワール商会だろ?」

 

 「そう、ここら辺の商売を牛耳っているオズワール商会だ。 君は奴らの噂を耳にしたことはないか? 例えば裏で闇組織とつるんでいるだとか……」

 

 「闇組織? 聞いたことねえよ」

 

 「そうか、この土地の者ならあるいはと睨んでいたのだが……

 すまないな、大会中に邪魔をした。私はこれにて失礼する」

 

 「あっ、ちょっと……」

 

 なんだか気になることを言うだけ言って女は立ち去ってしまった。いったい彼女は何者だったのだろう。

 

 いや、雑念を試合に持ち込むのはよくない。とにかく集中を維持しなければ。

 

 それから俺は快進撃を続け、並み居る強豪達を圧倒していった。

 しかしどういうわけか初戦で戦ったあの女以降手強さを感じることはほとんどなかった。

 もしかして彼女は相当に強い部類の人間だったのだろうか?

 

 「勝負あり! 勝者トート!」

 

 「つ、つええ……」

 

 何はともあれ決勝も勝って俺は無事に優勝した。

 ここまで来ると颯爽と現れた無名剣士に会場にいる皆が注目しきっていた。

 

 皆が俺に称賛の言葉を投げ掛ける。

 

 期待の新星だとか、最強だとかナンバーワンだとか、俺がずっと欲しかったか言葉をこれでもかと浴びせてくれる。

 

 「……」

 

 けど、どうして。 どうしてか、俺はそれほどの達成感もカタルシスも感じていなかった。

 

 自分でも不思議な感覚だった。 よくわからなくなっていた。

 

 俺は本当にナンバーワンになりたかったのか。 ナンバーワンになることだけが全てだったのか。

 

 そんな疑問を心の内で繰り返していた。

 

 俺が考え事をしている間にも閉会式は着々と進められていき、優勝トロフィーを受け取った際、司会進行係の人間からインタビューを受けることとなった。

 

 「優勝おめでとうございます! こういった大会に出場されるのははじめてだとお伺いしていますが! ズバリ、その強さの秘訣は!?」

 

 「強さの秘訣! それはこの剣だ! 皆も見てくれたと思うけど今日一日俺はずっとこの剣を使い続けた! けどヒビの一つも入ってないし刃こぼれだってもちろんない! ものすごく丈夫な剣なんだ!」

 

 「す、すごいですね! そんな素敵な剣をいったいどこで!?」

 

 「丘の上にある工房で買った! 小さな女の子が一人で切り盛りしている工房だ! この剣が今ならなんと六万カトラスで買えるぞ! 丈夫な剣が欲しい人、鋳造製が物足らなくなってきた人、今すぐお店に急げ!」

 

 ものの見事なダイレクトマーケティング。観客のリアクションは可もなく不可もないもので少しだけ不安が残る。

 

 しかしメルと一緒に工房に戻り迎えた翌日の朝。

 

 「た、たたたた大変ですトートさん!」

 

 借りている部屋の扉の向こうから慌てるメルの声が聞こえてくる。

 何事かと思い急いで外に出ると、そこには工房に並ぶ長蛇の列が出来ていた。

 

 「おい! 丈夫な剣とやらはここで買えるのか!?」

 

 「優勝者と同じ剣俺にも売ってくれよ!」

 

 列に並んでいる連中は、こちらに気がつくなりそんなことを言ってくる。

 隣にいたメルを見てると彼女は想像以上の展開に目を回してしまっていた。

 

 「ふにゃ~…… お、お客さんがいっぱいです~……」

 

 「驚いてる場合じゃないよ。 ほら、接客接客」

 

 そうして剣が飛ぶように売れていく。メル曰くこんなに忙しいのはお爺ちゃんが生きていたときでもそうなかったそうだ。

 

 さて、実はというここからが問題だ。

 

 宣伝して客を呼び寄せ実際に買ってもらったまではいいが、それだけだと今までと何ら変わらない。値段のわりに大した性能じゃない、詐欺だと因縁をつけられるのがオチだろう。

 

 もちろん対策は考えてある。

 

 それじゃ、もう一仕事頑張りますか。

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