第7話 俺はギフトについて詳しくなった


 翌日、起床した俺は木で出来た窓を開けて外を確認した。

 

 雲一つない見事な快晴。まさにお出かけ日和だ。

 

 「さてと、メルはもう起きているかな……?」

 

 身支度を整えて一階に降りる。すると、エプロン姿のメルが朝食の用意をしている最中だった。

 

 「あっ! トートさんおはようございます!」

 

 「お、おはよう。早起きだね……」

 

 「鍛治職人の朝は早いんです! 爺ちゃんなんて日が出る前に起きてたんですよ!」

 

 それは君のお爺ちゃんがお爺ちゃんだからだよとツッコムのは控えておこう。

 てか、俺より遅く寝て俺より早く起きるってどういうことなの……

 

 お互いに席について朝食を取る。相も変わらず食事の内容は肉の丸焼き。今日は見た目からして蛇の肉では無かったが、怖いので何の肉かは聞かないことにした。

 

 そうして出かける準備をして俺達はそこそこに整備された山道を下って街へと向かった。

 

 「街には何があるの?」

 

 「何でもありますよ! バザーには色んな食材が売っていますし、それこそ武器屋さんもたくさんあります! あとは観光名所の時計台とか、あっ、教会なんかも立派な造りで評判がいいですね! どこから見ていきますか?」

 

 「おまかせするよ。 メルもそんなに気張らないでゆるい感じでいてくれていいから」

 

 「わかりました! ゆるい感じですね!」

 

 うーん、記憶が無いなんて騙しているのが申し訳ないからせめてもの思いでそんなことを言ったのだが、この感じじゃあんまり期待できないな。大人しく今日一日罪悪感に苛まされることにしよう。

 

 「さあ街に着きましたよ!」

 

 まだ朝だというのに街は人で賑わっている。メル曰くここはホルセンスという小国の中の街の一つであり陸内の王都と南の沿岸にある交易街を繋ぐ重要な中継地点だそうで、行商人や旅人が多く立ち寄るそうだ。

 

 街の名前はグレイルドだが、東西に走る巨大山脈の中に構えることからついたまたの名が〈旅のオアシス〉。

 

 「それじゃあまずは教会なんてどうですか!?」

 

 「いいね、行こう」

 

 教会、ってことは何かしらの宗教が存在しているってことだよな。その宗教がどれだけこの世界の社会に影響しているのかは分からないが、行ってみる価値は十分にあるだろう。

 

 メルの提案に従い俺達は街の教会へと向かった。

 

 

 「なるほど、確かに評判がいいのも頷ける」

 

 その建物を見て最初に口にしたのはそんな言葉。

 

 決して大きいわけでも派手なわけでもないし、どちらかというと教会というよりかは西洋風の民家と言った方が近い見た目をしているが、正面に設置された色鮮やかなステンドグラスや付近に敷かれた石畳。

 全体的に丸っこくてかわいらしくて、まるでミニチュアハウスをそのまま大きくしたかのようだ。

 

 「さっ、中に入りましょ! 神父さんが色んなお話をしてくれますよ!」

 

 メルは俺の手を引いて急かしてくる。そうして中に入ってみると、表の雰囲気と打って変わって張り詰めた空気が場を満たしていた。

 

 

 「おや、誰かと思えば丘の上の……」

 

 部屋の掃除でもしていたのだろうか、箒とちりとりを手に持つ神父の姿。

 

 見たところ二十代くらいか。眼鏡をかけた優男風の美男子だ。

 

 「お久しぶりです! あの、いつも子供達に聞かせているあの話を私達に聞かせてくれませんか!?」

 

 「ええ、それは構いませんがそちらの男性は?」

 

 「この人はトートさんです! ジャングルで知り合ったんですけど旅をされていて、是非ともダンテ神父のお話を聞きたいって!」

 

 メルは俺のことを旅人なんて言ってはいるがそれはもちろん嘘だ。

 この街に来る前に、騒ぎになると困るから俺が記憶喪失ということは言わないでくれと釘を刺しておいたのだ。

 だからこれも事前に二人で話を合わせておいただけ。メルに嘘をつかせるのはボロが出そうで心配ではあるが、まあ今はこうするしかないだろう。

 

 「なるほど、旅の方でしたか。 ……と、ううむ? 貴方もしや【千剣君主】のギフトを授かっているのですか?」

 

 「え? どうしてそれを……」

 

 「それが神父のギフト【洞観知眼】なんですよ!

 神父は見ただけで人のギフトの能力を知ることが出来るんです! ね、神父!」

 

 「ええそうですよ。昔はこのギフトが災いして色々ありましたけどね。 今はこの街でひっそりと神父をしています。

 にしてもメルさんの前にかの大剣聖と同じギフトを持った人間が現れるとは…… これも神の思し召しでしょうか」

 

 「神父! 話が脱線してます!」

 

 「ああそうでしたそうでした。それではお二人には古くから伝わるお伽噺を。どうぞ、お好きな席に腰掛けてください」

 

 神父に促され、俺達は最前の椅子に座ることにした。メルは文字通り俺のぴったり横に座るがなんか距離が近いような気がする。

 

 ま、まあ全然動揺なんかしませんよ?

 

 ただ女の子がこんな近い場所にいるってことが今までなかったからちょっとびっくりしただけですよ?

 

 そうして、神父は壇上に上がりカンペらしきものも持たずおもむろに語り出した。

 

 「……今からお話するのはお伽噺でもありこの世界のはじまりに繋がる神話でもあるとされています。

 今からおよそ三千年前、この世界は一つの剣から産まれました」

 

 おおう、ファンタジー世界のお伽噺だとか神話だとか言うからそれなりに覚悟はしていたがいきなり世界は剣から生まれた、か。 中々にぶっ飛んだ設定だな。

 

 しかし聖剣だとか大剣聖だとか、もしかしてこの世界は剣に深い繋がりがあったりするのだろうか。


 「刃は大地に、鞘は空に、鍔は海に、我々人間の祖先は錆びから産まれたとされます。そして、大昔には今では存在しない魔法の概念があったそうです」

 

 魔法? そういやファンタジー作品ではありがちな魔法を見たことは無かったな。てっきりメルが使えないだけかと思ったが別にそういうわけでもなさそうだ。

 

 「魔法とは奇跡と言っても過言ではない大いなる事象を再現する術のこと。強大な力ではありますが、しかし魔法を扱う者は例外なく邪悪な存在でありその力を以て欲望のまま人間を虐げることも珍しくありません。

 見かねた神、はじまりの剣の担い手は人間達に力を与えました。それが製剣技術と剣術、そしてギフトでした。そして武器を得た人間達は反撃の狼煙を上げます。長い長い戦争のはじまりでした。しかし人間達は力を合わせて悪しき魔法使い達を倒し平和を手に入れたのです。……これが現代に繋がる物語。人と剣の出会いでした。以後、我々人間は平和をもたらしてくれた剣に絶えず感謝の心を忘れないように生活するようになりましたとさ。ご静聴ありがとうございました」

 

 はぁなるほど。まあこれが事実かどうかは置いといて、やっぱりこの世界における剣っていうのがかなり重要なポジションだということがわかった。

 

 「どうですかトートさん? 何か思い出せそうですか?」

 

 メルが神父に聞こえないようそっと耳打ちで聞いてくる。

 

 「へっ? あ、うーん、ごめん何も思い出せないや」

 

 「そですか! まあゆっくり行きましょう!」

 

 「ありがとう。そういえばさ、ギフトについてもっと詳しく知りたいんだけど、俺の【千剣君主】やメルの【燦々天庫】、ダンテ神父の【洞観知眼】ってどれもすごい能力だと思うんだけど魔法とは違うの?」

 

 「うーん? ごめんなさい、違うとは言えるんですけどそんなこと考えたことも無かったから上手く説明出来ないです」

 

 俺の質問にメルはそのように答えた。それだけでは俺に悪いと思ったのか、ちらっと神父に視線を送って助力を求めようとした。

 

 「ええ、ギフトと魔法は根本的に異なる力と言っていいでしょう。その決定的な理由は主に二つ。扱える力の万能性と修練の有無ですね」

 

 「えと、つまり……?」

 

 「そもそも、ギフトというのは産まれ持った力のこと、つまりは才能の延長にある力であるとされています。

 私の【洞観知眼】も言わば人の才能を見抜くという才能の延長にある力でしかなく、貴方の【千剣君主】も剣の扱いが巧いという才能の延長に過ぎません。一方、魔法は習得するまでにそれなりの時間と労力が必要ですが、火を放ったり傷を癒したり、ギフトでは出来ないような事象を起こすことが可能とされています」

 

 「えっ、でもメルのギフトは……」

 

 「彼女のソレは極めてイレギュラーなものです。確かに、現代の知識と理論では説明しきれない部分が多くあり魔法と大差がないと思われても仕方がないと思います。

 ……というより、貴方がメルさんのギフトを知っていることが私には不思議なのですが」

 

 「えっ? 普通にメルが教えてくれたんですけど……」

 

 「そうなのですかメルさん?」

 

 「は、はい……」

 

 メルに訊ねる神父の口調はどこかキツく、答えるメルの表情も決して明るいとは言えないものだった。

 

 いったいどういうことなのだろうか。俺の知らない秘密でもあるのか?

 

 「メルさん、先代様から言われたはずです。貴方のギフトは普通じゃない。悪者に利用されたり、貴方自身が危険な目に遇うことだってあり得なくないのです。だからやたらに他人に教えてはいけないと……」

 

 「で、でもトートさんは悪い人なんかじゃないです!」

 

 「はあ、やれやれ……」

 

 メルの訴えかけに新婦は困ったように首を振った。

 

 「あ、あの、メルのギフトが悪者に利用されるってどういうことですか?」

 

 「……想像出来ませんか? メルさんの【燦々天庫】はあらゆる物体を好きなように持ち運び出来る力。

 例えば法で禁止されている危険薬物の輸入、武器や爆弾、金銭を関所を通さず大量に街の中に持ち込むことだってその気になれば可能なんです」

 

 「あっ……」

 

 「残念ながらこの世界には盗賊や侵略行為を目論む国家、闇組織が一定数存在します。

 もしそんな連中がメルさんのギフトの存在を聞きつければどうなりますか? 間違いなく、連れ去って自身の道具にしようとするでしょうね」

 

 「そ、そうか…… そういこともある、よな……」

 

 「……まあ、言われなければ気づかなかった貴方はメルさんの言うとおり悪い人ではないのでしょう。仕方がない、今回のことは多目に見ます」

 

 「あ、ありがとうございますダンテ神父!」

 

 思いもよらない話を聞くことになってしまったが、まあ神父も許してくれたし良かったのではないだろうか。

 

 しかし用事も済んだので教会を後にしようとしたそのとき、神父が俺だけを呼び止めてグイっと顔を近づけてはドスの効いた小さな声でこう言った。

 

 「……いいか、私はおまえを完全に信用したわけじゃない。今はそのギフトに免じて彼女の側にいることを許してやるが、彼女の身に何かあれば私はおまえを許さない」

 

 「えっ、でもさっきは多目に見るって……」

 

 「それは彼女を怖がらせないようにするための建前だ。 おまえも男ならわかるだろう?」

 

 「……」

 

 「わかったらさっさと行け。 あまり彼女を待たせるな」

 

 怖いめっちゃ怖いよダンテ神父。

 

 優しい顔してその実かなりヤバイ人だということがわかる。

 

 なんというか、どこか狂気的な。そもそも二人はどういう関係なのか、話を聞いた限りではメルのお爺ちゃんも関係してそうだが、まあ今考えても仕方のないことだろう。

 

 「……? どうかされましたかトートさん?」

 

 「いや、なんでもないよ。なんでも。あはは……」

 

 「そですか! それじゃあ次はバザーに向かいましょう!」

 

 もし俺が現在進行形でメルを騙していることがバレたら神父に半殺しにされるんだろうな。

 

 さて、俺の明日はどっちだ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る