第4話 俺はモンスターと戦った


 「ううっ……!」

 

 ああ、なんということだ。大蛇の強靭な身体が、メルの柔肌にキリキリと食い込んでいく。

 

 このままもう少し……

 

 じゃない! 今すぐ助けないと!

 

 「このやろ!」

 

 俺は足下にあった手頃な石を掴み取ってはそのまま殴りかかった。

 

 しかし当てた場所が悪かったのか、まるで平然としている。

 さっき木の棒で突き刺したときはすんなり決まったのに、あのときの直感と冴えはどこへ行ってしまったのか。

 

 「シャアッ!」

 

 大蛇からの手痛いカウンター。尻尾による叩きつけは、俺を吹き飛ばすには十分な威力だった。

 

 「ぐあっ!」

 

 俺は盛大に水面に打ちつけられるが、幸い動けなくなるほどのダメージにはならない。

 

 「くそ、他に何か……」

 

 俺はすぐさま立ち上がり石以外に武器になりそうなものを探そうと辺りを見回す。しかしそのとき、苦しそうな声を絞り出してメルが俺にこう言った。

 

 「ト、トートさん。逃げてください……!」

 

 「何を……」

 

 「危険ですから…… せめてあなただけでも……」

 

 「君だけを置いて逃げろと!? 出来るかそんなこと!」

 

 少し躍起になってしまった俺は、顔を険しくして武器になりそうなものを引き続き探す。

 目当てのものが見つかるのはそれほど時間がかからなかった。

 川岸にメルが置いてあった数本の剣、これなら石なんかよりも確実に有効打を与えられるだろう。

 

 「よし!」

 

 駆け出し、剣を拾っては大蛇のもとへと引き返す。

 

 「だ、だめっ……」

 

 メルは必死の様子で何かを訴えかけるが、事態は緊急を要する。ゆっくり話を聞いている時間はない。

 

 剣を握ったときにまたもや出現する謎の文字列、そしてゴー&ステイの選択肢。俺は迷わずレディゴーと叫んだ。

 

 すると、木の棒のときよろしくその剣の最適な扱い方が瞬時に想起される。

 

 いける、これなら。

 

 確実にあのモンスターを倒すことが出来る!

 

 「おおお!!」

 

 俺が抜き出したその剣は、どちらかというとナイフやダガーと形容したほうが正しいだろう。 やや小ぶりな刀身ではあるが、伝わってくる情報から相当に高性能であることが伺える。

 

 「シャシャ!」

 

 大蛇が尻尾の先端を巧みに使って攻撃してくる。しかしもう動きは見切れている。ダガーで弾けば無力化は可能だ。

 

 「次はこっちの番だ!」

 

 そのかけ声と共に俺は反撃へと移行した。

 

 大きく跳躍し、相手の反応が遅れていることを確認してはそのままの勢いで数回その刃を撫で付ける。

 

 「ギシャアアア!?!?」

 

 大蛇が悲鳴を上げる。

 

 それほどに痛かったのか、メルの拘束を解いて後ろへと退いてしまった。

 

 「メル!」

 

 「ト、トートさん……」

 

 俺は駆け寄って彼女の身を案じるが、見たところこれというケガはないらしい。

 しかし何故か彼女は困惑しているようで、不思議そうに俺の顔を見つめていた。

 

 「ん? 俺の顔になんかついてる?」

 

 「あっいえ! ……あの、トートさん。どうしてそのダガーをそんなに上手に扱えるんですか?」

 

 何を言うかと思えば少女は冗談ではなく真剣な面持ちでそんなことを俺に質問してきた。

 

 なんでダガーを上手く扱えるか……?

 

 知るかそんなもん、俺だって聞きたいわい。

 

 「ギシャァァァァァ!?!?」

 

 返答に困っていたところ、警戒していた大蛇が再び仕掛けてきたことによって戦闘が再開させれる。俺はメルに危ないから離れていろと告げては果敢に立ち向かった。

 

 さて、おそらく勝負は次で決まる。

 

 幸い相手は冷静さを欠いているから攻撃を避けることも一撃を加えることもそう難しくない。

 

 しかし俺も体力が無限というわけではないから、やたらに戦闘を引き伸ばすではなく出来ることなら一発で仕留めたい。ならば狙うタイミングは……

 

 「シャアアアアアアア!!!!」


 「今だ!」

 

 大蛇は俺を丸飲みにしようとその大きな口を差し向けてきた。

 俺はそれを紙一重で横に躱し、相手の直進する力を利用しては口角の根本に刃を差し込み切り裂いた。

 

 それはおよそ一メートルほどの切り傷となり、間もなく大蛇は力尽きてその場に倒れる。

 

 「す、すごいですトートさん! 幼体とはいえマイティスネークに勝つだけでもすごいのに、それもたった一人で、ダガーだけで勝っちゃうなんて!」

 

 「それはこのダガーの切れ味が良かったからだよ。 これはメルが作ったの?」

 

 「は、はい……」

 

 「スゴいじゃないか。 きっと才能があるんだね」

 

 「そ、そんな…… 私なんてまだまだです…… って、トートさん!?」

 

 「あれ……?」

 

 そのとき、突然俺を襲った目眩。流石に体を酷使し過ぎたのか、ここに来て急に疲労がどっと押し寄せてきた。

 

 あ、ダメだこれ。俺の意識と関係なく気絶す、る……

 

 


 「ん……」

 

 あれからどれだけ気を失っていたのだろう。疲れがまだ残っているのか、それとも眠りすぎたのか、なんとなく体がダルい。

 

 しかしここはどこだ? いったいどういう状況だ? 

 

 何故か俺はどこか屋内の、ソファーの上に横たわっている。 毛布がかけられているし、来ていたシャツやらズボンやらが全く別物の衣服に変わっている。いったい何がどうなって……

 

 「あっ、トートさん! 目を覚まされたんですね! よかったぁ」

 

 不審に辺りを見回していたそのとき、部屋に入ると共に安心したかのような表情を見せるメル。彼女がここまで俺を運んでくれたのだろうか。

 

 「ここは君の家とかかな?」

 

 メルから渡された水を受け取りつつ俺は質問した。

 

 「あっ、そです! 私の工房兼おうちです! それよりトートさんお腹空いているでしょう? ご飯にしませんか?」

 

 おお、この誘いは大変ありがたい。

 

 遭難中はあまり意識しないようにしていたけど正直腹が減って仕方なかったんだよな。

 異世界メシ、いったいどんな料理が出てくるのか楽しみだ。

 

 そうして運び出された料理は肉を豪快に焼いたものと素朴な野菜スープ。いいじゃんいいじゃん、なんかキャンプ料理みたいでテンションが上がる。

 

 「いただきます、っと。 ……んっ、美味しいねこのお肉!」

 

 「本当ですか!? よかったです!」

 

 「ほんとに美味しいよ! いったい何の肉なんだい?」

 

 「マイティスネークです!」

 

 「ブーーーーー!」

 

 だ、ダメだ。驚きのあまり盛大にふきだしてしまった。

 これが? いやまさか? このきめ細かい上質な肉がさっきのモンスターのそれだと? ううん、異世界メシ中々に侮れんな……

 

 「あ、えと、トートさん……?」

 

 「ごめん! いやなんでもないよ! そうかこれがさっきの蛇かぁー。 そういえば、俺が気を失ったあのあとどうなったのかな?」

 

 「あのあとですか? とりあえず私がトートさんを家まで運んで、心配だったのでお医者さんを呼んで診て貰いました! けど、お医者が言うには疲労が祟っただけだろうって。

 まさか丸一日寝るとは思いませんでしたけど! あっ、着られていた服は洗濯してます! 今はそれで我慢してください!」

 

 「うわぁ、何から何までお世話になってしまったようで申し訳ない。 ……うん? あれちょっと待って。あそこからここまで君が俺を運んだの? 遠かったんじゃない? いったいどうやって……」

 

 「あっ、それはですね……」

 

 俺の質問に対して、メルは一瞬何かを躊躇う素振りを見せながらも椅子から立ち上がっては何もない場所に手をかざしてぐるっと一周円を描いた。

 

 すると不思議なことにその円は何処かへ繋がるゲートのようなものへと変貌し、次の瞬間彼女はその中に手を突っ込んでは何かの工具のようなものを取り出してきた。

 

 魔法か何かか? もうここはファンタジー世界という認識だから特別驚いたりはしないが……

 

 「これが私のギフト、【燦々天庫ハッピーボックス】です。 中に色んなものを収納したり取り出すことが出来るんですよ」

 

 「ああ、それじゃあその中に俺を入れて運んだんだ?」

 

 「いえ、生きているものはしまうことが出来ないので、リアカーを取り出してその上に乗せました」

 

 「なるほど」

 

 俺は納得したようなアクションを見せるが、その実頭の中の思考は別のことに充てられていた。

 

 ギフト。

 

 彼女が口にしたその言葉に俺は聞き覚えがあったからだ。

 

 戦う度に現れた謎の文字列、その中にギフトのワードが登場していたことを俺は覚えている。

 

 直訳すると贈り物。そこから転じて神様が与えてくれた才能なんて意味もあったりするが、いったいギフトってなんなんだ?

 

 

 「そういえば、トートさんはどんなギフトをお持ちなんですか?」

 

 いきなりメルがそんなことを訊ねてくる。

 

 マズイ、いったいなんて答えればよいのか。確か彼女は今自分のギフトに【燦々天庫】なんて名前をつけていたから……

 

 「え、えーと。 【千剣君主ソードマスター】かな……?」

 

 多分こう答えるのが正しいと思うのだが、あれ、間違ってる?

 

 俺の言葉を聞いた途端にメルは一瞬目を丸くして驚いてしまっているし、もしかして俺は的外れな回答をしてしまったのではなかろうか。

 

 「あ、あの、メルさん……?」

 

 「す……」

 

 「す?」

 

 「すごいです! わわわ、すごいですトートさん! 【千剣君主】なんてレアなギフトを持っているなんて!」

 

 「あ、え……? これそんなにすごいの?」

 

 「何を言っているんですか! 【千剣君主】と言えばあらゆる剣を瞬時に使いこなしてしまうという伝説の上位ギフトじゃないですか! かの大剣聖ジルキス・ナインと同じギフトだなんて、やっぱりトートさんはすごい人だったんですね!」

 

 「ほほお……?」

 

 やめてくれ、言葉の洪水をワッといっきにあびせかけるのは。

 

 上位ギフト? 大剣聖? なんだなんだ、新ワードが多過ぎてちんぷんかんぷんだ。

 そんなふうに俺が首を傾げていると、いつの間にか同じように何かを考え込むメル。

 

 相手が何かを言い出すのを待っていると、踏ん切りをつけたかのような強い眼差しを向けてはこんなことを言い出した。

 

 「あの、トートさん! 私のバディになって一緒に最強を目指しませんか!?」

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