4話 一番大切な人

 私にとって、北城 夕月きたしろ ゆづき、これが彼女の名前である。黒髪黒目の生粋の日本人だ。腰近くまであるロングストレートヘアで、童顔の割にややつり目気味であり、初対面ではキツイ印象が強いと思う。


私と違って、年齢より若く見られる幼顔。美人と言うよりも可愛い感じで、男女どちらにも見える、中性的な容姿をしている。背も165ぐらいあるから、男性役していても、そんなにはが感じられない。

男性役の時は、声をいつもより低くして、男子でも通じるような声色を出すのだ。


そして、完璧な男装する時は、もっと声を押さえていて、全然違和感がないのよ。

その為、誰も夕月が男装した女子だとは、全く気が付かないの。最も、その事を知っているのは、私だけ。流石に、夕月の家族や私の家族は、気が付いているかもしれないけれど、学苑の生徒は誰も知らない筈である。


普段は、ロングヘアをポニーテールにしていて、体育の授業では、さらに三つ編みに結っている。バイク運転中や学苑以外では、髪を縛らず下ろしていることが、多いのだけれど。本当に綺麗なサラサラヘアーの黒髪で、憧れちゃうわ。

男装の時は鬘を被るから、隠してしまうのが勿体ないぐらい。仕方ないけれど。


実は、夕月ゆづは早生まれなので、既に16歳になっている。16になってすぐに、バイクの免許を取っている。バイクは、入学祝に両親に買って貰ったらしい。

本来は、私よりになる筈の夕月ゆづ。諸事情があって、幼稚園の頃から、私と同じ学年である。2月生まれで、干支も私と同じなの。うふふっ。


嫌な事も何でも、楽しんでしまうような明るい性格で、根っからの負けず嫌い。

だから、今まで出来ないことなんて、全くなかった、と思うわ。

その時に出来ないことでも、すぐ努力していたから、何でも自分の努力で出来るようになっていたわ。本当に、物凄い努力家なのよね。


普段の服装は、その時々の状況によって、全く異なっている。夕月ゆづのお祖母ばあ様に会いに行く時は、基本和装姿である。勿論、女性用の着物よ。

自宅に居る時は、女性らしいスカートを履いている時もあれば、短パンのような男女問わないような、中性的な服装でもあったり。場合によりけりではあるのだけれど、この2通りが多いと思う。


私と出掛ける時は、基本的にパンツルック姿である。女性らしさより、男の子っぽい演出をしてくれる。プラス動きやすさといった感じなのだろう。

時々、男の子変装時の鬘を被って、になるという、までしてくれるのよ!私的には、これが1番美味しいですわ、ホホホ。


もう似合っているの何のって、というぐらいなのです!見た目は、可愛い年下の男の子風なのに。女の子の扱いが、兎に角スマートで上手過ぎるの!

歩く時は常に、さり気無く自分が道路側を歩く。私が石か何かに躓けば、転ぶ前に支え。椅子に座る時は、相手の椅子を引いて、立ち上がる時や危ない時には、必ず手を差し出す。お店などに出入りする時は、必ずと言ってもいい程、ドアを開けて待つ。兎に角、何かとレディファースト扱いしてくれるのだ。


至れり尽くせりで、お姫様になった気分である。実際に時折、「では、お姫様。お先にどうぞ。」とか、ふざけて言うし…。このセリフを、普段より一段と低い声で言われると、グッとくるのよね~。はあぁ。(瞳をウルウルさせて)


まさに、夕月ゆづは私にとって、なのである。




        ****************************




 「そろそろ行こうか?」


夕月ゆづは、そう言って立ち上がると、私の分のコーヒーカップも片づけてくれる。片づけが終わると、再び自分の部屋に鞄を取りに行って、すぐ戻って来た。

夕月ゆづの家を一緒に出ると、並んで歩き出す。夕月ゆづは、特別背が高くはないけれど、細身の身体でスタイルもいいので、思ったより背が高く見える。


私の背が低すぎて、一緒に並ぶと差があるから、夕月ゆづが男の子の格好をしていても、さまになっているようなの。でも今日は、制服を着ているから、女子の格好でとっても残念だわ。


 「今日は入学式だから、そんなに混んでいないと思うけど。後1年は、電車通学我慢してほしい。」

 「ええ、私は大丈夫。夕月ゆづこそ、私が風邪で休んだりする時は、バイク通学してね。」

 「分かった。一応進学手続きの時に、バイク通学の申請書は出したよ。この分だと、来年は、2人乗りも許可が下りそうだよ。」


2人乗りの時点でお分かりだろうが、夕月ゆづは普通二輪免許を取ったので、当然バイクは原付ではなく、2人乗り可能なタイプである。

私は、バイクのことに詳しくないから、よく分からない。バイクには、赤と黒の色が入っていて、ヘルメットも赤と黒の同色で統一されている。


夕月ゆづ用と私用は、赤と黒の色が逆になるデザインとなっていた。同じ物より、毎日使うのだから其々専用の方がいいと、夕月ゆづが選んで来てくれたらしいの。って、いい響きですわ~。

私専用ってことは、私しか後ろには乗せないって意味だといいなぁ。うふふ。


1日も早く、一緒にバイクに乗ってみたい。運転するのは夕月ゆづだけれど、夕月ゆづの運転ならば、ちっとも怖くないわ。よく夕月ゆづが、風を切って気持ちがいい、と話してくれるの。どんな感じなのかしら?ワクワクするわ!


本来なら、バイク通学は、どこの学校でも禁止だと聞いている。でも、私達が通学する学苑、『名栄森学苑なさかもりがくえん』は、正当な理由さえあれば、申請書類を提出することで、許可が下りるのである。


今、私達は歩いて、最寄りの駅に向かっている。駅からは、電車に乗って5駅目で降りる。そこからは、『名栄森学苑』専用のバスが出ており、15~20分ほどで学苑に到着することになる。

中等部でも、私達は同じように電車とバスで通っていた。中等部は、高等部と同じ敷地内にある。只、中等部と高等部では、乗車するバスが完全に分けられている。


駅に着くと、何故か周りがざわついた。チラッと横目で見れば、まだ少数しかいないうちの女子の一部が、夕月ゆづの方を見ては、キャッキャッしている。

彼女達の着用している制服が、私達が通う『名栄森学苑』の制服とは異なっているから、他所よその学校の生徒なんだろう。


夕月ゆづは、ある意味有名なのよね。まぁ、私も含めてみたいだけれど。

その他の他校の女子や男子は、何だろう、という不思議な表情をしている。まだ知らないのかもね。同じ学苑の生徒はまだいないし、今日は平和な方である。


今日は、入学式だからだろうか?在校生と登校時間がずれている為もあり、電車もバスも席に座れるぐらいに、空いていた。お陰で密着しなかった…。いつもなら混み過ぎていて、低い背で潰されそうになる私を、守るように夕月ゆづ自身が盾になってくれるの。まさ!流石にバスは学苑専用なので、同じ学苑の生徒しか乗車していないけれど。


私が知らない生徒ではあるけれど、その内の何人かには「おはようございます。」と、挨拶された。夕月ゆづが、満面の笑顔で「おはよう。」と答えると、ポ~と呆けた顔をしている。まぁ、夕月ゆづファンならば、仕方ないことだわ。


その他の生徒は、目が合っても全く挨拶して来ないから、今年『名栄森学苑』に入ったばかりの、高等部からの新入生だろう。でなければ、夕月ゆづの事を知らないなんて、うちの学苑の生徒ではことだと、思うもの。


何故そんなに、夕月ゆづが有名なのかって?

それは、…。もう少ししたら、分かるわね、きっと…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る