んっ、んむっ、ちゅっ
もちろんそんなことはなく。
「ごめん。なんか涼しげな顔で爽やかにああ言われた瞬間、なぜだかイラッとして」
「当然の反応かと思われます、はい」
あの後、俺はすぐに脱衣所を出て行き、遥が出て行った後風呂に入った。
残り湯をいただき、さっぱりしたところでリビングでの勉強会。この流れが恒例となりつつある。
昨日と違うのは、同じ空間に朔夜がいることだ。俺たちが勉強している傍ら、うちにあった漫画を読んでいる。のんきなものだ。
「あっくんに下着姿見られたのいつ以来だったかな。中学一年くらいだったかな」
「あの時も不慮の事故だったな」
「顔真っ赤にさせちゃっててさ。どもりまくってて、数日間挙動不審で面白かったなぁ」
「それは遥も同じだっただろうが」
そのことは今でも鮮明に覚えている。忘れられるはずもない。
「今思い出してたでしょ? ほんと男の子はえっちだね~」
湯上がりのせいか、若干上気した顔でからかってくる。
「ち、ちげえし! 思い出してなんかねえし!」
図星を突かれたせいで思いっきりガキっぽい反応になってしまった。遥にはお見通しのようで、くすくす笑っている。くやちい。
「どう? あの頃に比べて? 成長したでしょ?」
むんっ、と胸を張って自信満々にそう言う遥。
そりゃ肉付きとかスタイルとか進化してたけど。
「まあ、うん。いい感じになったんじゃないかな、うん」
素直になれない俺をからかおうと遥が口を開きかけたところで。
「アキヒロ~。アイスがきれとるぞ~。買ってきてくれ~い」
朔夜が突然、後ろから抱きついてきた。
「お小遣いあげるから自分で買ってこい」
「え~だったら一緒に行くのじゃ~のじゃのじゃ~」
「お前その口調いくらキャラ作りのためとはいえおざなりに使うなよ。なんだよのじゃのじゃ~って」
「いいから行こうよ~」
「しゃあないなぁ。……ん?」
そこで、今更ながら気付いた。
ふにょん。ふにょんふにょん。
朔夜が身じろぎする度に感じる、この感触は!
背中に、当たってる。微かなふくらみが、当たってる。
薄いシャツを隔てたその感触に、瞬時に反応する俺氏。落ち着け俺の俺氏。
「あっくぅん」
朔夜が下着を着用していないことに遥も気付いたようだ。瞳からハイライトが消える、ように錯覚するほど冷たい目になっていた。
「さ~てコンビニ行ってくるか遥は何か買って来て欲しいものあるかなんでも買ってくるぞ遠慮せず言ってくれよ」
「そうだったね。あっくんは私のなんかより、巨乳か、それか朔夜ちゃんみたいな発展途上のがいいんだよね。知ってたけどね。知ってたけども。知ってたんだけどな。なんでだろう。胸の高鳴りが止まらないなぁ」
その表現、間違ってますよ。胸の高鳴りは恋する気持ちに用いられる表現で、決して殺意の波動を指すものじゃありませんよ。
ってか完全に忘れてた。俺、朔夜の下着を取りに行こうとしたせいで結果的に遥の着替えのぞいちゃったんだっけ。
「朔夜に可及的速やかに下着をつけさせます。また、再教育を行い、再発防止に努めます」
「聞き飽きたねぇその台詞は。口だけでなく誠意を見せたまえ誠意を」
「買ってきます! エクレアとモンブラン!」
「チーズケーキも追加ね」
「あいあいさ~! ほら、朔夜、着替えてすぐにコンビニ行くぞ! お前にも好きなの買ってやるからすぐ準備してこい! ええいもたもたするな!」
「わ~い! 何買ってもらおうかな~」
キャラ作りするのを忘れるほど喜んでいる朔夜を連れて慌ただしく家を出る。
遥の要求したものプラス人数分の飲み物、さらに朔夜がカゴに放り込んできたポテチやあたりめ、チーカマ等々のせいで俺の財布が泣いた。俺も泣いた。
翌朝。
俺は、強烈な違和感で目が覚めた。
真っ先に感じたのは、心地よさ。次いで、温かさ。
「んっ、んむっ、ちゅっ」
自身の唇近くから発せられる音。
あー気持ちいー。舌が、普段、万物を弄ぶ俺の舌が、いいようになぶられているー。
無意識に相手の動きに応える。ただ任せるのも気持ちいいけど、俺はナメニスト。闘争本能が牙を剥くぜ!
交え、吸い、つつく。
く、こんな軟体動物のような物体、今まで相手にしたことがない。これで合ってるのか? 経験値が足りなさすぎて分からない。
唾液が、流れ込んでくる。甘酸っぱい。遥とはまた違った、あっさりと後味良い味わい。
ん? 唾液?
おそるおそる目を開ける。
そこには、目をつぶって一生懸命に舌に吸いつく朔夜の姿が。
「む~!」
離そうともがいたが、朔夜の抱きしめる力が強すぎてほどけない。
朔夜の舌でも噛めば離れるだろうが、それはかわいそうだからできない。暴力いくない。
諦めて、力を抜いた。
すると、ギュッと目をつぶっていた朔夜は目を開け、目尻を下げた。
う。ここでその笑みはずるい。おかしな気分になりそうだ。てかもうなりかけてるか。
ダメだ! 気を強く持て! これはおそらく、修行。朔夜がつけてくれている稽古。
邪な気持ちを抱くなど、失礼千万。本気でいかせてもらう!
それから俺は攻めた。攻めに攻めた。最初はぎこちなかったが、徐々に要領をつかんでいく。朔夜が示す僅かな反応から、どうすれば気持ちよくなるか探ったのだ。
気付けば俺が押し倒す側になっていた。
「ちゅっ、ちゅる、ぷはぁ! どうだ朔夜! もう手も足も舌もでまい!」
観念したようにぐったりと全身を脱力させた朔夜に馬乗りになり勝利宣言。免許皆伝!
びくびくと小刻みに震えている朔夜は俺の言葉に一切反応することはない。俗に言う放心状態というやつだ。
ふはははは! と、朔夜に勝った高揚感から高笑いしていると。
もう飽きたよねこのパターン。ごめんよ。お約束ってやつなんだ。お約束も何も同じ家にいて、俺の奇声を聞いて様子を見に来ない方がおかしいから、この場合は必然なんだけど。
ドアからのぞく二つの目。
「は、遥さん? いつからそこにおられるのですか?」
「グルルルル」
「想像以上の出来事のせいで獣と化してしまったか」
「アックン、オコシニキタ。サクヤチャン、サキニイタ。セップン、ハジメタ」
「俺が起きる前から見てたんですね」
「ワタシ、オドロイタ。アックン、オキタ。アロウコトカ、サクヤチャントハゲシクシタヲカラメハジメタ」
「誤解だ! 誤解じゃないけど、これは吸血鬼としての修行なんだ! 朔夜は先達者として俺に稽古をつけてくれたんだ! そうだろ朔夜!?」
「ふにゃあ」
「いつまでふやけてんだよぉ! このままだと指定危険動物に頭からガブリといかれるんだよぉ! 正気に戻ってくれよぅ!」
「ワタシハ、コノイエノシハイシャ。エッチナコウイ、ユルサナイ」
「うわぁ入ってきた! 待て、話せば分か」
荒れ狂う遥の暴風域に足を踏み入れた俺は、報いを受けることとなった。
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