変態吸血鬼にされた俺とロリババアと幼なじみ

深田風介

第1話 変態吸血鬼にされちまったよぅ

 はじめに断っておくが、俺は変態ではない。もっと正確に言うと、特殊な性癖は持っていない。

 女の子を虐める、または虐められることで快感を得たりなんてしない。上だろうが下だろうが、年齢が離れすぎていたら恋愛対象にはならない。普通に恋をして、手をつないで、キスをして、結ばれる。それが俺の理想だ。

 だから夜道でいきなり少女に襲撃され、無理矢理に唇を奪われたとしても、湧いてくるのは興奮ではなく恐怖だ。


 中学一、二年生くらいに見える黒髪の少女が、月夜を背負って、爛々と輝く赤い瞳で真っ直ぐ俺の目を見つめながら舌を突っ込んできた。

 舌を吸われ、舐められ、それが何回も何回も繰り返される。ぴちゃぴちゃと、己の口から漏れる音が聞こえる。こぼれた唾液が地面に吸い込まれていくのがはっきり見えた。

 恐怖で動けなくなった俺をいいことに、それから一〇分も口内を蹂躙された。

 恐怖と同じくらい、快感が骨の髄を駆ける。キスなんてしたことが無かったが、それでも分かる。この少女、キスが、大人のキスが、半端なく上手い。


「ぷっはあ、これが、眷属を作るということか! ぬしの体液、中々美味であったぞ、人間」


 少女は、唾液が引いた糸をぬぐいながら、満足げに息をついた。


「は、え、なんで、なにが、え?」


 ゾッと、背筋が凍るほど美しい少女は、倒れ伏した俺にまたがったまま、唇の端をつり上げ、ぺろりと己の唇を一なめした。


「なぜ? 決まっておる。ぬしを、偉大な吸血鬼たる我の眷属にするためじゃ」

「意味が分からない」

「ふむ。とりあえずぬしのねぐらへ案内せい。そこで詳しく話してやるとしよう」


 少女は俺の腕を引っ張り、立たせ、背中をこづく。

 簡素な黒いワンピースしか着ていないことから、凶器の類は持っていないように見える。しかしこの威圧感、存在感はなんだ。

 動物が、上位の動物に従うように、本能的に勝てないことを感じ取った俺は、黙って少女を自分の家へ案内した。



「狭い部屋じゃのう」

「ごめんなさいなんでもしますから殺さないでください」


 歩くこと三〇分。月瀬

つきせ

という表札のついた一軒家へ少女を案内し、現在は俺の部屋にいる。正直、生きた心地がしない。

 先週の金曜日から一〇日間両親とも出張に出たため、家には俺一人。

 もしかしたらこの少女はそれを知っていて、このタイミングで俺を襲い、家に連れてこさせたのかもしれない。


「なんじゃやぶからぼうに。我はぬしをとって食おうなどと思っておらん」

「ではなぜ俺にあ、あんなことしたり、家に連れてこさせたりしたんですか?」


 ベッドで垂直跳びしながらこちらを眺める少女は、ニタァ、と心底楽しそうに笑いながら俺の問いに答えた。


「じゃからさっきも言ったじゃろう。ぬしと話をするために家へ案内させたと。で、これもさっき言ったのじゃが、改めて言うぞ。ぬしと体液の交換をしたのは、ぬしを我の眷属とするためじゃ」


 ダメだ。話が通じない。これがサイコパスというやつなのだろうか。


「うち、財産はそんなにないです。通帳の場所は知っています。それを渡すのでどうかお引き取り下さい」


 きっとこの少女は強盗だ。夜道で押し倒された時、尋常ではない力を感じた。きっとカタギの人間ではない。抵抗するなんて愚の骨頂。


「む~ん。どうしたものか。これは実際に経験しなければ納得しなさそうじゃな。とりあえず今日は眠るがよい。明日の朝、ぬしは自身の身体の変化に気づくじゃろう。したらば、我の話もすんなり信じられるであろう。とりあえず今は安らかな眠りにつくがよい」


 恐怖で震える俺に、少女は至近距離から人差し指を突きつけてきた。

 両目が人差し指に吸い込まれる。綺麗に手入れされた爪、白磁のような白い指を眺めていたらなんだか眠くなってきて……。


「また明日の朝会おうぞ。我が眷属よ」


 まぶたがくっつく寸前に見えたのは、少女の楽しげな赤い瞳だった。



「ううん……」


 眠い。眠いけど、違和感で目が覚めた。

 ひどい悪夢を見た気がする。恐怖心がまだこびりついているようだ。

 あれ、俺、いつの間に寝ちまったんだ。昨日は確か、宿題に煮詰まって、コンビニ行って、それから家に帰ろうとして。

 そこまで思い出したところで、腕の中で何かが動いた。

 俺から眠気を取り払った違和感の正体。

 恐る恐る目を開けると、そこにはあどけない寝顔をさらした美少女がいた。

 流麗な黒髪。雪のように白い肌。長いまつげ。


「ん。起きたか。我も今起きた」


 見開かれる、この世のものとは思えない、血のような、はたまた紅玉のような、赤い瞳。

 心臓が止まるかと思った。

 俺は動揺しすぎて言葉が出てこず、鯉のようにただパクパクと口を開閉させることしかできないでいた。


「なんじゃ。朝の挨拶くらいせんか」

「おはようございます?」

「うむ。おはよう、我が眷属よ」


 少女はくあ~と暢気に伸びをして、起きあがる。

 それと同時に俺の心臓とムスコも起きあがる。なぜならその少女は下着姿だったのだ。それも黒色の。


「何で下着姿なんだよ!」

「ぬしと身体を寄せ合っていたら熱くなってな。夜中に脱いだ」

「ってか、なんでまだ俺んちにいるんですか!?」


 諸々を思いだし、あらゆるものが萎えた。萎縮した。


「何を言っておる。これから我はしばらくここに滞在するつもりじゃぞ? ぬしは眷属になりたてなんじゃから、主人たる我が面倒を見るのは当然じゃろう」

「いや、当然じゃろう、と言われましても。そもそもあなたの目的は何なんですか? お金じゃないんですか?」

「金には困っておらぬ。我の目的? 決まっておろう。ぬしじゃよ。訳あって我の眷族に相応しい者を探しておってな。全国を旅して、ようやく見つけたのじゃ。ぬしという逸材をな」

「吸血鬼? 眷属? 逸材? あなたが何を言っているのか全く分からないのですが」

「すぐ分かる。それを話す前に、朝食にしようかの。ぬしもそろそろ腹が減ってくる頃じゃろう」


 そう言って少女は、ベッドの上で、黒いニーソックスに包まれた優美なおみ足を差し出した。


「ほれ。食事じゃぞ」

「何を言って……!?」


 差し出された足に、目が釘付けになる。

 なんだこれ。なんだこの抗いがたい衝動は。俺は何に反応している。


 におい。そうだ、においだ。ニーソックスに染み込んだ、汗のにおい。

 舐めたい。飲みたい。しゃぶりたい。味わいたい。

 これはそう、空腹の時に焼きたてのチキンを差し出された時のような、強烈な食欲。それと同じだ。

 どうしちまったんだ俺は。なんでこんなにも狂おしく求めてるんだ。

 自分でも息が荒くなっているのが分かる。このまま見つめ続けたら俺は。


「我慢は身体に毒じゃぞ? ほら、はよう」


 つい、と鼻先まで足が差し出されたことで、俺の理性は崩壊した。

 自分でも何がなんだか分からないまま、目の前の不審者少女の、汗が染み込んだニーソックスにむしゃぶりつく。

 うめぇぇぇぇええええ! なんという旨さ! 

 芳醇かつフルーティで、舌の動きが止まらねぇぇぇぇええええ!


「んっ、ふっ、くっ。これは中々。予想以上。いや噂以上に。見事な舌さばきじゃ」


 少女が何か言っている気がしたが今はそれどころではなく、空腹を満たすためただひたすら、味がなくなるまでしゃぶりつくす。

 どれくらいそうしていただろう。

 正気に戻ったとき、少女は顔を赤くさせてもだえてた。


「え、俺、なんでこんなこと」

「眷属になってはじめての吸血とは思えないほど、見事な吸血じゃった。やはり我の目に狂いはなかった」

「相変わらず意味分からないし。ってか、俺は、なんてことを。あんな変態的行為…………ぐおおおお」


 自らの変態的行動に耐えきれず、ベッドの上でのたうちまわる。なんなん俺。なんで不審者少女のニーソックス舐めまわしたん? 思い出しただけで死にたくなるぅぅぅぅ!


「どうした眷属よ。そんなに我の汗は美味だったか」

「あり得ないくらい美味しかったよ! なんでだよ! 明らかに汗の味じゃない!」

「それは、ぬしの味覚が変わったからじゃ。吸血鬼、それと、眷属もじゃが、自分にとって栄養のあるものは美味しく感じるもの。その点は人間も似ておるの」

「そろそろ説明してくれ! あんたは俺に何をした!」

「じゃからぁ。我は吸血鬼なのじゃよ。きゅ・う・け・つ・きっ」

「吸血鬼って、あの?」

「そう。あの吸血鬼じゃ」

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