第11話 逃げるが勝ち


 目の前の自治官が何を言っているのか、俺には理解できなかった。


 だが、続いて自治官が腰に掛けられたトンファーを取り出すと、流石に尋常ではないと悟れるというもの。


「待て、落ち着け、何かの間違いだ!」

「いいや、間違いはない。お前はたしかに指名手配されている。痛くはしない。そこを動くなよ」


 二人組の自治官は得物を何度も持ちなおし、手のひらによく馴染ませながら近づいてくる。


 これは良くない。

 一方的に事態が把握できていないのは、危険極まりない状況だし、ましてや俺は先日高額の借金を踏み倒す重犯罪をおかしている。


 消費者金融のデータベースを舐めすぎてたか。


「はぁ……」

「両手を頭のうえに。ゆっくり膝を地面につけ」


 細く、長く息をはき、俺は腹をくくった。


「逃げるが勝ちだッ!」

「っ、アギトさん!?」


 スズの細い腰に手をまわし、小脇にかかえて走りだす。

 

「待て、お前たち! 手配者逃亡、手配者逃亡!」

「射撃許可を申請する!」


『射撃申請、受諾じゅたく。モダン・エゴスA1アンロック』


 自治官のひとりが腰の銃に手をかけると、すぐさま射撃許可申請がとおり、速攻の抜き撃ちをかましてくる。

 

 まるで躊躇がない。


 吉祥寺の自治官は、銃を抜くまでもっと時間がかかったはずだが、どうやら千代田の自治隊はそこらへんの手際が相当にいいと見た。


 もっとも撃たれる側としては、たまったものではないが。


 飛んでくる超音速弾を首をふって回避。 

 目のまえで流れ弾に被弾する市民に心のなかで謝りながら、路地裏へと駆けこむ。

 と、同時、視界からフェードアウトする直前に、自治官たちから『射撃能力』と『直近30分の記憶を保持する能力』を剥奪はくだつしておく。


 これで彼らは追ってこれない。


「アキラさん! アキラさん! まずいですよ、まず過ぎますよ! 自治官の殺意が高すぎます!」

「記憶は奪った、今しばらくは大丈夫だが……チッ、しまったな。とっさに逃げるんじゃなかった。本部へ俺の存在が知れた以上、もう包囲が作られ始めてるかもしれない」

「いやたぁあ! ァ、アキラさん、私こんなところで捕まるの御免ですからね! 捕まるならひとりで行ってください!」

「ダメだ。お前はいざと言う時に人質になってもらう」

「最低だ、この人!」


 抗議と恐怖をやどした視線で力なく睨みつけてくるスズを、地面におろしてスマホを取りだす。


「スズ、スマホを捨てておけ。なんで狙われてるのかまったく分からないが、自治隊は緊急時に都市内のスマホから手配者を割りだして捕まえると聞いたことがある」


 半ベソ状態で素直にスマホを取りだしたスズは、最後に「経費で新しいの……」と言いかけてから、頭をふってそっとスマホを手渡してくれた。


 遠慮なく、スズのスマホと俺の5日目の相棒を筋力Aのパワーでたやすく握りつぶす。


「うぅ、ぐすん……酷いですよ。それもこれもアキラさんが訳わからない能力なんて持ってるからでは?」


「……いや、理由は他にある」


 持ってることより、明らかに使ったことが問題だろう。

 ただ、それを素直に言うと大事な社員に逃げられてしまいそうなので、隠しておくことにする。


「スズ、とりあえず俺の能力の中から耐久性をすべてお前に『施しチャリティ』しておく。異世界ならオーラありとはいえ、魔神のいかずちにもまぁまぁ耐えられたから、自治官の銃くらいならまず皮膚すら通さないだろう」


 重課金アギトの耐久力Bをスズへ付与。

 これで現人類の保有するおおくの兵器から、身を守れる状態になったはすだ。


 そのかわり、俺の耐久性は薄紙になったが、相手が武装した地球人なら戦闘勘と俊敏性アジリティでなんとかなる。


「さぁ、スズ、この都市から必ず生きてでるぞ」

「どうしてこんな事になってるんですか……!」

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