【第三幕】 溶け合っていく

どこだろう、ここ。

 今度は、どこに飛ばされたのだろう。

「おい、冬也! マーク! マーク! 抜かれんな!」

 戻る意識。見渡す視界。傾きかけた太陽。そして認識する、ここは屋外だって事。

「冬也!」

 そして、サッカーボールを追っていた事。

 まさか、今度はサッカーとは。

「しゃあ! 大地ナイスカバー!」

「へい、ゆうきさん、相手が下手で助かりました。つうか冬也が珍しく抜かれたな。体鈍ったか?」

 チームメイトに肩を叩かれて、適当な返事をする。試合中の記憶に飛んでくるとは予想外だが、一体なんでこの場面なのか。まだ背が大きくないゆうきさんが近づいてくる。

「あんくらい止めろ」

「すんません」

 イラッとした様子で汗を拭うキャプテンに謝ると、ホイッスルの鳴る音が響く。スコアボードを見るに前半終了といったところみたいだ。1-0。うちのチームが勝っている。

「オーケー。次は五分後集合! 勝ちに行くぞ! お、冬也はナイスゴールだったぞ。後半は本職しっかりな」

 ピッチの外に出ると、監督の声が聞こえ、俺は「ういっす」と当時の掛け声で返した。ああ、思い出した。得点決めたのかこの試合。何回か点は取った事あるけど多くはないからよく覚えてる……なんて思いながら、自分の荷物を置いてる場所を探し歩く。

 と。

「やったじゃん」

 不意に聞き馴染みある声が俺を振り向かせ、足を止めた。あきだ。近くにはなっちゃんの姿もある。

「たまたまだろ」

「やる時はやるよね、君って。なっちゃんもそう思うよね」

 話を振られるも、こっちを向かないなっちゃん。何故かあきの方を見たまま「あー」とか「うー」とかしてる。

「ほら、せっかく前髪可愛くしたんですから、見せてあければ良いじゃないですか」

 そこへ、あの甘ったるい声が後ろの方から聞こえる。ハルちゃんだ。私服を召して、車椅子からも離れてそこに居た。

「ついでに、これも渡しましょう」

「ね、ねえ。ハルちゃん私で楽しんでない? ダメだよいきなりそんな事したら私の心臓が」

 ややあって、ハルちゃんから渡された俯きながら突き出すなっちゃん。言われてみれば、確かに前髪がぱっつんっぽくなってる。

「……はい。とーやくん、差し入れ。あと、その、点決めたのかっこよかったよ」

「ふむ」

 そのピンクの弁当箱を受け取り、俺は中身を見て頷く。

 やはりそうだ。サンドウィッチ。しかも、ご丁寧に焼いたパンに具材を挟んでる。ハムや卵、レタスにトマト……これが例の、前に母親の言ってた、あき達がわざわざうちに作りに来た時のサンドウィッチか。改めて見ると、結構ボリュームあるな。絶対作りすぎたやつだろこれ。

「と、とーやくん?」

 顔をあげると、俺が反応しないのに困ってるみたいだったので、とりあえず差し入れを一口に運びながら「あーええと」と、適当な言葉を探した。

「それ、好きだよ。可愛い」

 あれ。なんか今の俺、キャラじゃない事言った気がするが……まあ、いいや。実際に言ってなくても、それっぽければ問題ない。うん。

「さすが"とーやくん"ですね。やる時はやる男です」

「あたしにもたまに言うよ」

「ええ、そうなんですか? なら、わたしに言ってくれもいいですよ。ときめく準備はできてます」

「ちょっとー! 誰にでも言うのなしだぞ! せっかく言ってもらえたのさー!」

 ガヤガヤやり合う三人を眺めつつ、俺は思う。こうやって、皆で一緒に居たんだな、と。高校に入っても同じ学舎で顔を合わせて、ひょっとしたら、ハルちゃんともどこかで一緒になるタイミングがあって、四人で騒がしく居られたのかな、と。ベガくんを失って失意の中にいた彼女を、俺は――俺らはこうして、少しでも彼女の重荷を減らして生きていたのなら、なんで、じゃあどうして、あんな事になったのか、と。

 ふと、遠くで遠雷が聞こえた。

 春雷。春の雷。遠い東の空がほんのりと鉛色を帯びるのに寒気を覚えながら、俺は監督の集合の声に、彼女達へ背を向けた。

 ピッチの外にいる、数台のカメラに眉を潜めながら――俺の意識も、また、不安定になって――

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