【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド


 さて、白本冬也という俺について話を移そう。

 まず俺の生まれ育った星川市だが、何かを挙げろと言われれば、ヤンキー御用達の荒れた県立高校があり、そこはよくテレビで生徒の不祥事が報道されている不名誉の名所として知られている場所がある。

 あともう一つ、頭良さげな私立高校もあり、ここは部活要員をひたすら集める銀河系集団かつ資本主義の国というのもあって毎年その類の優秀な人材がテレビで紹介されるくらいの名誉集まる場所がある。

 そんな両極端的両校、高校進学を控えた俺にはどちらも入学候補にはなく……というか多くの人間の入学候補になく、別の高校へと志願書を提出した。

 そこが地元から少しばかり離れたとこ、ここらじゃ都市部と言われるベイサイド区の"総合轍の台高校"。通称総轍(そうてつ)だ。豊富な学科と設備の大きさは県立の中でも抜きんでおり、わざわざ県外から受験する人間も少なくない。偏差値も学科によって上手く分散していて、受口が広いため多くの生徒数を獲得し、県立の中でもマンモス校であった。

 そこに俺は去年、見事入学を決めた。

 ここは単位制も選べ、家から授業を受けられるシステムも存在し、もちろん普通科のような義務教育時と同じようなカリキュラムもあった。そういう自分がしたいように学校生活が行えるという、自由度の高さが決めてだった。受験生たちの人気が高いのも頷ける。

 俺の所属は普通第一科――つまり普通科の一般コースで、偏差値も顔を合わせるメンツも軒並み普通といった塩梅のクラスだった。配属された一年二組も遜色なく馴染む事ができ、俺の高校生活というやつが、ちょうど一か月前楽しげに幕を上げてくれた……というのがプロローグ。

 なのだ、が。

「眠そうだね、君」

 ……普通。そう、普通。

 俺にとって彼女が隣にいる事も、やっぱり普通だった。

「ん、あきか」

 白元あきあ。

 いつものように、また、俺の隣にいた。何年一緒にいるのだろうか。

 彼女が例の純正幼馴染みである。

「いやー高校生になってからさ、昔の夢すげー見るんだよ。過去夢つーの? それ見ると起きても眠くてさ」

「うわ、それ空気感染しそうだから近寄らないで。病院行きたくない」

「ウイルスですか俺は」

 そんな彼女とは、さすがに今回は教室の座席は隣ではない。小中学校は同じクラスが多かったが、今はクラスも学科も異なり、学校だけが同じという状況である。

 ちなみに、彼女の所属は第二科。普通科の単位制コースで、特定のクラスには属さない生徒だ。故に今までのような同クラ席近は無くなった訳だが、行きの電車は当然同じになるし、時間が被った日は、こうして一緒に登校したりする。

 さすが純正なだけある。

「そういえば、ゴールデンウィークの予定は埋まった?」

 ――電車であきと同じになった現在、ゴールデンウィークに公開されるらしい青春映画の中吊り広告に、なんでこのおっさんが主演なんだよと内心ツッコミを入れつつも俺は答えた。

「なんで埋まる前提なんだよ」

「高校生なんて、デートかバイトで予定埋める生き物だよ。たまに部活」

「さすが偏見の極まり」

「個性の偏りね」

 人が増えてきた車内で、澄まし口のあきはなんか昔よりは表情豊かにはなったが、他人から見ると冷たい印象を覚えるのは変わらない。見た目も美人系になったので、それでも違和感はないが、もう少し愛想良くしたら、きっとモテる気がする。

「連休のどっかに友達の家行くくらいはするけど、それ以外は特にねーな。部活も今更やる気ないし」

「ふうん」

 長年続けてたサッカーは、俺が高校に入ってすっぱり辞めた。続ける理由とやる気もなく、かと言って他にやりたい事もない。だから帰宅部になっちまってる訳で、こう連休のなんかは結構持て余す。バイトでも始めよっかなと思ったりもするが、まあ、腰はなかなか上がらない。

「デートはしないの? あの子と」

 あきが似合わないニヤけ面で俺を見てきた。

「お前、昔からそればっかだな」

「親友だからね、あの子と。幸せになってほしいの」

「そーかい」

 会話がそこで止まり、電車も止まる。再び人が増えて息苦しくなる。次が目的の轍の台。一駅前が一番の鬼門で乗車率は非常に高くなるのだ。思わず体が押される。

「あ、今おしり触ったな」

 あきの声が耳元で聞こえた。お前何言ってんの。思わず両手を吊革にやった。

「やってねーぞ」

「言いつけとくね」

「誰に」

「察せよ男子」

「なんてやつだ」

 言い掛かりも甚だしいが、あまり余計な事はしないで貰いたいので、極力あきに触れないように踏ん張る。こいつ、どうせあの女の事を言ってんだろうが、既にクラスメイトから変な目で見られてるのを知っての発言か。やめろやめろ。自然で行きたいんだよお互いに。恥ずかしい感じの過去があるのは、あきが一番知ってる筈だ。

「ご乗車お疲れ様でした。間も無く、轍の台。轍の台です――」

 ようやく満員状態から解放され、外に出られる。ホームで人の流れに乗りながらも、あきが隣に並んでくる。

「やっぱこの時間やばいね。もう乗りたくない」

「俺は慣れたよ」

「すごいよ。尊敬する。超リスペクト×8つ」

「適当なやつ」

 そのままダラダラと会話をして、学校のある西口へと進んでいく。すっかり見慣れたいつもの路に、数名の俺らと同じ制服がある。うん。やっぱ県立にしちゃアイドルの衣装じみたデザインだ。学年ごとに女子のスカートの色違うとか、これ完全に校長の趣味だろ。男子のネクタイはまだ分かるけどさ。

 見上げる。晴れた空はどこまでも青くて清々しかった。

「お前、一限は日暮先生の授業だよな。あれどこでやってんの」

 眩しい太陽に手で日差しを作る。まだ四月の末だが、春の温度はどこへやら、もう十二分に暑いと感じる気温だ。

「2-1だよ。けど、今日は外部講師来るから合同教室」

「遊びに行くわ」

「ん。授業はいいの」

「今日は自習なんだと」

 単位組のあきは、基本的に受けたい各科一般クラスの授業に参加するスタイルとなる。そのため、一般クラスの教室の後ろには、単位組用の机が並んでいる。要は授業ごとにクラスを変えていくのが単位組の仕組み。そこら辺は大学の授業と似ているかもしれない。

 本日のあきの場合、一限は二年のクラスで授業を受けて、二限は別のクラス、といった具合になる。人によっちゃ、授業を受けない時間帯を作って、課題やったり好きな事をしたりと、柔軟な時間の使い方が出来る。

 そこは羨ましいと思う。移動怠そうだけど。

「まあ、好きにしたら」

「そうする」

「でも隣来ないでよ」

「は? なんで」

 あきが染めたての茶髪を弄りながら欠伸をした。俺なんかよりこいつの方が、いつも眠そうにしていると思う。

「集中出来ないから」

「なんだそれ」

「よろ」

 吹いてきた強い旋風に目を瞑って、過ぎるのを待つ。ああこいつやっばりわかんねぇや、と思いながら足を再び出す。

 ……あきとは幼馴染みだけど、未だにその思考についていけなかった。いや、ついていきたくない。なんか見てはいけない事を見てしまいそうで、進んで知ってはいけない気がして。

 それでいい。これでいい。

 これからもそうであった方が、お互いに。

 

 もう俺は、にぶちんを卒業したんだし。

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