序章1-3

 

「案の定だよな、お前ら」

 時刻は十八時半。三人の小学生は隣町の多々良町、その最南の位置にある久芽神社にいた。

 今夜は祭りという事もあり、質素な敷地内は出店に彩られ、普段ガラガラな境内には人の姿が多く見受けられる。そこは祭りらしい賑やかな雰囲気で、活気あるひと時が夏らしい夜を作っていた。

 呆れた目を向けられる少年は、結局祭りの始まる直前までにぶちんしてしまい、なかなか話が進まず、様子を見にきた兄が助け舟を出して三人での参戦になった状況である。

 いや、本当は誘う事も出来たのだが、祭りで友達に会うのが嫌なのが本音だっただけである。クラブの人間に知れたら、なんて言い訳するか。

「放っておいて下さいよ」

「怒るなって。オレ今から学校の友達と回る約束あるから、その間に取り返せばいいだけだ」

「何をですか」

「うーん、ときめき?」

「うっぜー」

 少年の小遣いで買ったたこ焼きを一つ摘んで、花火の出店の前で線香花火をする妹を指差す兄。なんともお節介。なんとも鬱陶しい。だが少年実は満更でもない。なんせ、想像以上に女の子の浴衣姿が可愛かった。いつもと違う女子というのは、ここまで強烈なのかと、言葉を失ったほど。

 正直言うと、好きになりかけた。

「あでぃおす、エルニーニョ」

 フットボーラー故か、何故かスペイン語で別れの挨拶をし、既に待っていた友達の方へ向かわれてしまう少年。仕方ないので、たこ焼きを片手に線香花火をしている女の子の元へ足を運ぶ。ハーフアップした髪から見えたうなじはやはりドキドキしてしまう。

「兄ちゃん行っちゃった?」

 少年に気付いた女の子が、手に持つ線香花火を見たまま尋ねた。

「行ったね」

「……また二人きりかー」

「そうだな」

 花火売りのおじさんに百円を出して、少年も線香花火に火をつけた。隣に並んで、小さく煌く火花を見守る。

「なっちゃんってさ」

 少年が言った。

「なーに」

「好きな人とか、いるの」

「えっ、どうしたの」

「なんとなく」

「な、なんとなくなの?」

「なんとなくだよ」

「……じゃあ、言わないよ。うん。ははっ」

 こつん、と片手で少年の肩を叩かれる。二人して落ちてしまった線香花火は焦げ臭い。

「……もう一本、買ってくるね」

「あ、デカイのやろうぜ。七百円のやつ」

「そんなお金ないよー」

「二人でやろう」

「二人で?」

「割り勘だけど」

「割り勘ね……うんじゃあ、そうしよっか!」

 渡された手元の百円玉を数えて少年と一番高いナイアガラ花火を買う。おじさんがライターで器用に着火し、女の子の手に、綺麗な火花が弾けだす。

 それは、ひまわりみたいに。

「うわー! すごいよー!!」

 石畳の上に舞う光に、女の子は大きな声を上げた。少年の方を見て、楽しそうに笑いながら。

「こら、こっち向けるな」

「あははっ、やばーいこれ! すっごく綺麗っ! とーやくんもやろー!」

 パチパチと音を立てて輝く花火の手元を、女の子が少年に差し出す。が、渡された時に落としそうな気がして受け取りにくかった。どうしたもんかと悩んだ。

「ん」

「あ」

 けど、悩んでる間に終わってしまいそうなので、花火を持つ女の子の手ごと、少年は握る事にした。

 朱色に染まる女の子の頬が、祭りの光の中に見えた。

「暗くて見えなかった」

「……ふふ、そうなんだ」

 微笑む女の子。いつもの元気な笑顔ではなく、照れたような笑顔。

「何してんだろ俺」

「本当だよー。何してんだっ」

「あー綺麗だなー」

「誤魔化したー」

「綺麗だ綺麗だ」

「あは、ありがとありがと」

「なっちゃんじゃなくて、花火ね」

「知ってたし。でも、言われたいよねー」

「何をさ」

「あははっ。やーい、にぶちんくーん」

 そう言って、女の子もまたひまわりのような手元の花火を見ながら、思う。

 少年に、ちゃんと"そういう事"を言わなきゃ、だめだなと。

 ちゃんと自分の好きな人を言わないと、だめになってしまいそうだな、と。

 彼は、とても、にぶちんなんだからと。

「とーやくん、あのね」

 けど、言えそうにない。もし言って気まずくなったら、どうしよう。もう会えなくなったら嫌だし、辛い。

 でも――そんなの、もう、いいや。

 ここまで来たし、やっぱ、言ってしまおう。

「知ってると思うけど、私さ、とーやくんの事」


 その時の事は、何年経っても忘れられない。

 ずっと、この先、残っていく彼女にとっての大事な瞬間。

 恥ずかしいけど、やっと伝えられてると思った、初めての思い出。

 その女の子の名前は朱野なつき。

 彼にずっと"敵わない"女の子だ。

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