第2話 再会とリバース・フランケンシュタイナー

 3時限目終了のチャイムが校内に鳴り響く。

 黒板側の引き戸が勢いよくひらいたかと思えば、一人の女子生徒が教壇の前に立つ望めがけて飛び込み、無防備な彼女を押し倒す。


「きゃあ?!」

「ひなむー、ひなむー、ひなむー、ひなむー、あたしのひなむー先生!」


 ずり落ちた眼鏡もそのままに、望が犯行に及んだ生徒を見る。

 胸元に笑顔を埋め、右へ左へと執拗に往復させている少女の名前は、上原うえはら茉優まゆ。望が担当する2年C組の問題児で、こうした強制わいせつ行為は別段めずらしくもなく、学校関係者や全校生徒からは、諦めの意味も含め日常風景・・・・として受け入れられていた。


「ちょ、ちょっと! 上原さん、やめなさい! なんでブラウスのボタンまで外そうとするのよ!? 目が全然笑ってないから、怖いしマジで! ……えっ? もう第3ボタンまで外そうとしてる!? それ以上外したら、正式に告訴するわよ上原さん!」


 そう、望をのぞいては──



     *



 食堂で手短にランチを終えた望は(きょうはBセットの和風ハンバーグ定食にした)一人足早に、職員室へ向かう。


「えーっと……次はD組で、その次は……」


 独り言をつぶやきながら廊下を急ぐ望の両肩に、何者かが凄まじい速さで飛び乗る。肩車の格好になった相手は、そのまま間髪をれずに彼女の首を太股で挟みこんだ。


(えっ、誰!? 上原さん!?)


 相手の体重のかけ具合から、自分を後ろへ投げ飛ばそうとしていることを本能で察知した望は、「させるか!」と大声で叫ぶのと同時に前屈みになり、見事に脱出してみせる。

 そして、襲撃者の後頭部を逆回転からの強烈なローリング・エルボーで殴打し、撃退した。


「──やだ、ウソ!?」


 廊下に倒れて後頭部を押さえながら悶絶する人物は、予想に反して上原茉優ではなかった。まったくの別人で、しかも、学校制服を身につけていない部外者である。


「大丈夫ですか!? ごめんなさい、ごめんなさい!」


 自分が襲われたというのに、望は慌てて駆け寄り謝罪の言葉を口にする。


ったたたた…………ハハハハハ!」


 怪我をしたはずの相手が、元気よく笑いだす。

 打ちどころが悪かったのかもしれない。

 青ざめた表情の望の脳裏に、〝美人女子高教師、過剰防衛で一般人を廃人にする〟という見出しのニュースが思いえがかれる。


「ハハハハハ! ほんと、望は変わってないや。ううん、むしろ強くなってるのかな」


 その声に、聞き覚えがあるような気がした。

 はつらつとした笑い声、きらめく汗に白い歯。


「えっ…………やだ!? あなた、ゆきなの!?」

「ハハハ……うん。来ちゃった」


 後頭部を押さえながら苦笑いで立ち上がったその人物は、望の小学校の同級生・倉科くらしな美幸だった。


「どうして学校ここに!? アメリカに居るんじゃないの!?」

「あれ? 聞いてない? テレビ番組で、わたしと闘うって……」

「あ」


 望は愕然とした。


 まさか承諾していない企画が進行していたとは、予想すらしていなかったからだ。

 だが、女子プロレス世界王者となった同級生が目の前に現れた現実は受け入れられても、対戦する理由は納得がいかない。


「ねえ、美幸。どうしてわたしと闘いたいの? 小学校の頃から会ってないし、別に恨まれることしてないよね?」


 その問いかけになにも答えることなく、美幸は笑顔のまま見つめてくるばかりだった。


「とにかくさぁ、そーゆーことだから、よろしくねっ!」


 軽く敬礼のポーズをしてみせた美幸は、太陽のように輝く笑顔を望にみせてから去っていった。


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