第6話 さよならシンディ

「やれるぞ! これで勝てる!」


 俺は興奮して大声で叫んだ。


「うおーーーーー!!!!」


 あまりにも興奮して、スライムを倒した池の周りを、叫びながら走り回った。

 そう、俺は転生して、負け犬人生を送りそうになっていた。


 だが、生まれて初めて魔物を倒したら、ゴールドガチャ・カード【カード】が解放されて、とんでもない能力が手に入った。


『裏スキル』の【カード】だ!


 そうだ! ステータス画面を確認しよう!

 確かHP上昇だよな……。



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 HP: 12/12


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 あれ? HPに変化がない……。

 そういえば、ステータスカードを消費した時のメッセージは、


『HPが、ごくわずかに上昇しました』


 だったな。


 たぶん、小数点単位で上昇している感じなのだろう。

 10匹なのか、100匹なのかわからないけど、とにかくスライムでも倒し続ければHPが上昇するんだ!


「よし! 帰ろう! 人生計画の練り直しだ!」


 倒したスライムが作った水色の水たまりの中に、透明な水色がかった小さな石が落ちている。魔石だ。

 俺はご機嫌でスライムが残した小さな魔石を拾い集めた。


 魔石は魔物の体内にある石で、魔力が詰まっていて、魔道具の材料や魔道具を動かす燃料代わりになる。

 ギルドで買い取りをして貰えるのだ。

 強い魔物程、大きな魔石を体内に持っている。


 スライムの魔石じゃ小指の先程の大きさだから、お金になるかわからないけど……。

 まあ、初討伐の記念にとっておていも良い。


「おばあちゃん! スライム倒しておいたよ! またね!」


「ああ、ありがとう……。って、何走ってるんだい! 転ばないように気を付けるんだよ!」


 ハイジ村を出発した。

 ああ、そうだ、走って転んで怪我でもしたら損だ。


 俺は走るのを止めて、いつもの山道を歩き出した。

 興奮は、まだ収まってない。


 とにかく魔物を倒すんだ。

 そうすれば、経験値、魔石、ステータスカードが手に入る。


 経験値はLVアップになる。

 時間はかかるがLVアップすれば、能力が上がる。


 魔石は金になる。

 金が増えれば武器防具を揃えられる。


 そして、ステータスカードは、能力の直接上昇になる。


 能力が上昇して強くなれば、より強い魔物と戦える。

 強い魔物の経験値はより大きい、魔石もより大きいから金が増える、ステータスカードもきっと違うカードがゲット出来る。


 そしてまた、強くなり……。

 という事だな……。


「やばい。勝利の方程式が見えた! これはシンディとの結婚も秒読みだな!」


 そうだ……、シンディに話そう。

 今までさんざん心配させたし、いつも俺を励ましてくれたんだ。


 裏スキルやガチャやカードの事は伏せて……、うーん、何て言おう?

 効率的な訓練方法が見つかった、と言うか……。


 うん、とにかく、『ステータスが上げられそうだ』、って事だけでも伝えよう!

 そうすればシンディも喜んでくれるだろう!


 山道を抜け、街道に入った。

 ルドルの街が見える。シンディの家が見える。



 あれ?



 シンディの家に馬車が止まっている。

 家の前にシンディのお父さんとお母さんが……。

 あの男は誰だ? なんでシンディの家に身なりの良い男がいるんだ?


 何か様子がおかしい!


 俺は早足でシンディの家に向かった。

 隠れて様子をうかがう。


 男はシンディのお父さんとお母さんと何か話してる。

 声は聞こえない……。


 シンディのお母さんが、すごい悲しそうな顔をしてる。

 なんだ、何があったんだ?!


 あ!

 家の中からシンディが出て来た。


 シンディも泣きそうな顔をしている。

 ちょっと、どうなってるんだ!? この状況は!?


「これもう迷ってる場合じゃないな……」


 俺はステータス画面を開いた。

 クルッと回して裏面を表示する。



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 ◆悪魔からのおまけカード◆

【鑑定(上級)】


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 これだ。

【鑑定(上級)】を使えば、あの男が何者かわかるはずだ。


 色々理由を付けて、このカードを使っていなかったけど、緊急事態だ!

 俺は、カード【鑑定(上級)】を押した。



『カード【鑑定(上級)】を使って、スキル【鑑定(上級)】を得ますか?

 YES / NO』



 メッセージが表示された。

 俺は急いでYESを押す。



『【鑑定(上級)】がスキルに追加されました』


 よし、これでこのスキルを使ってあの男を鑑定しよう……。

 どうやって使うんだ? こうか?


 俺は男を見て、心の中で『鑑定』と念じた。

 目の前に男のステータス画面が表示された!



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 ◆基本ステータス◆


 名前:ミゲル

 年齢:42才

 性別:男

 種族:人族

 

 LV: 5

 HP: 40/40

 MP: 10/10

 パワー:20

 持久力:16

 素早さ:15

 魔力: 50

 知力: 100

 器用: 80


 ◆スキル◆

【奴隷魔術】【鑑定(初級)】


 ◆装備◆

 商人の服 防御力+1

 商人のマント 防御力+2

 ナイフ 攻撃力+1


 ◆アイテム◆

 なし


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 奴隷魔術……。

 こいつ! 奴隷商人か!


 じゃあ、シンディが売られるのか!?

 だからシンディも、シンディのお母さんもあんな悲しそうな顔を……。


 シンディの家は貧しい。

 兄弟も多いし、ただの農家だから収入も少ないのだろう。


 でも、だからってシンディを売らなくても!

 ど、どうする? 止めるか?


 俺はフラフラとシンディの家に近づいていった。

 声が聞こえて来た。


「では、お嬢さんはウチで引き取らせてもらいます。なに! 安心してください。ちゃんとうまい食事も食べさせますし、読み書きも習わせます」


「ううぅぅ、娘をよろしくお願いします……」


「いや、お母さん、大丈夫ですよ。娘さんは顔立ちが良いから、きっと美人になります。金持ちの家か、ひょっとしたら貴族に買ってもらえるかもしれません。そうしたら奴隷でも幸せな人生を送れますよ!」


「……はい」


「では、これは娘さんの代金です」


 奴隷商人のミゲルが、シンディのお父さんに金貨1枚を渡した。

 金貨1枚、100万ゴルドがシンディの値段か!


「シンディ、すまない……」


「いいの、お父さん……」


「シンディ、元気で……」


「うん、お母さん……」


「さあ、では、行こう」


 今、俺の目の前でシンディが売られた。

 俺と結婚すると言っていた、シンディが売られた。


 俺はいつの間にか、シンディ達の目の前に立っていた。

 俺は乾いた声でシンディを呼んだ。


「シンディ……」


「ん? お友達かい? お別れをするなら少し待ってあげるよ?」


 奴隷商人がシンディにやさしく聞いた。

 シンディは俺と目を合わさない。

 シンディが無言で首を振った。


「そうか。では、行こう」


 奴隷商人は、シンディを乗せると馬車を走らせた。

 馬車が遠ざかっていく。


 シンディのお母さんは、泣いている。

 シンディのお父さんが話しかけて来た。


「ヒロト君……、スマン……」


「……」


「去年は不作で税金を払えなくて……。借金して……。支払いを待ってもらってたんだが、とうとう……」


「……」


 シンディのお父さんは、くやしそうに下を向いてしまった。

 ああ、誰がシンディの両親を責められる。


 この世界は厳しい。

 誰も助けてくれない。


 俺もシンディの家族を助けられない。

 金はない。権力もない。力もない。

 俺の中身は大人でも、俺は12才の子供でしかないんだ。


 ああ、でも……。

 シンディが行ってしまう。


「シンディ……、シンディ!」


 俺は駆けだしていた。

 馬車を追いかける。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。


 何でこんなに走るのが遅いんだ!


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。


 前へ進めよ!


 俺の体はなんでこんなに貧弱なんだ。


 馬車がいっちゃうじゃないか!

 シンディが行っちゃうじゃないか!


「シンディー! シンディー!」


 こんなはずじゃなかったのに! こんなはずじゃなかったのに!


 前世の記憶で、うまくやっていけるんじゃなかったのかよ。

 あの悪魔野郎! ウソつきヤロウ!


「シンディ! シンディー!」


 遠くに見える馬車で、シンディが振り向いた。

 少し笑って、泣きながら俺に手を振ってくれた。


 俺はもう走れなくなって、道で転んでしまった。

 大声でシンディを呼んだが、馬車はもう遠くへ行ってしまった。


 街の方へ消えていく馬車は、やがて見えなくなった。

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