第4話 悪役令嬢は再会する

 ふっと目を覚まし、知らない天井にビクリとしたあと、あたくしは何があったのかを思い出し、ゾッとして身体を起こした。

 ベッドだ。大きなベッドの上にいる。


 身体中の血が、グワーとなった。熱い。胸がバクバクしておかしくなりそうだ。

 ありえない、ありえない、あってほしくない。


 あたくしは処女だ!

 痛いところがないから今も処女のはず!


 キスだって……。

 今世でも前世でも、唇と唇のキスは一度だってしたことがなかった。


 前世では乙女ゲーム命だったし、今世ではいつか殿下とって夢見てたのだ。

 今は殿下なんかどうでもいいけど。


 でも。


 魔族に会っていきなりあごクイからのキスされるなんて夢にも思わなかった。思い出すだけで恥ずかしくて、ウギャーと叫びながら走り回りたくなる。

 だけど、見知らぬ場所でそんなことをする勇気はないので、頭を抱えて目を閉じた。

 

 その時、クツクツと笑う声が聞こえて、あたくしは勢いよく顔を上げた。


 魔族がいた。笑顔だ。イケメンが笑ってこちらを見ています。いつからいたんだろ?

 気配を消してた?

 こっそり見てた?


 この世界の本ではもっと怖い顔だったけど、実物はイケメンだ。彼だけなのかもしれないけれど、乙女ゲームの攻略対象者になれそうなぐらい。


 このゲームにはこんなキャラいなかったはず。隠しキャラは知らないけど、どんなキャラが出るかぐらいはネットなんかでゲットしてた。


 だが、彼は乙女ゲームに出ててもおかしくないぐらいイケメンだ。イケメン過ぎる。殿下よりもイケメンでとても好みだ。どうしよう。


 もう、彼になら食べられてもいいかもしれない。何故か食べられなかったけど。キスされ――。


「フッ。顔がリンゴみたいで美味そうだな」


 声までイケボ!

 っていうか、食べ物!?


「貴方は、あたくしを食べるためにここに連れてきたのですね」

「いや、違うが」

「えっ? そうなのですか?」


 殺すならさっさと殺すはずだ。食べないなら何故ここに連れてきたのだろう?


「俺のお気に入りの森に誰か入ったのでな、気になって鏡で覗いてみたら人間の女で、どうしてだかものすごく気になったんだ。それで、会いに行った」


「そっ、そうですか。あの、何故キスを?」


「……匂いが、したんだ」


「匂い? 清浄魔法の魔道具がある馬車に長く乗っていたので、香水の香りなどはしないはず……」


「なら、これはお前自身の匂いなのだろう。前も同じ匂いだった。だから、お前だとすぐに分かったのだ」


「――へ?」


「分からぬか? なぎさ」


「――はい? えっ? なぎさって、あたくしの前世の名前っ!!」


 あたくしが驚くと、男はシュッと姿を消した。


「えっ? いない。消えた?」

「ここだ」


 おや?

 イケボが下の方から……。


 恐る恐るベッドから下を覗き込むと、1匹の黒猫がこちらを見上げていた。紅い双眸そうぼう


「えっ? 猫? 猫? 猫がいる……なんで? 魔族って猫になれるんだっけ? そんなの習ってない……」


「俺は魔王だ」


「はっ? 魔王? 魔王って、数百年前に聖女が倒したって聞いてるんですけど……」


「前の魔王はな。俺は今の魔王だ。俺は人間の前に出たのは今回が初めてだから、皆、知らぬのだろう」


「そっ、そうですか……」


「なぎさ、そんなに緊張しなくていい。俺とお前の仲だ」


「どっ、どんな仲なのでしょうか?」


「この姿を見ても分からぬか?」


 そう言って、小首をかしげる黒猫にキュンとした。

 可愛い。目が紅い猫なんて初めてだけど、可愛過ぎる。可愛いは正義。


 いや、そうじゃなくて。

 王国では動物を飼ってなかったし、触ることもなかったけど、前世のあたくしは猫が好きだった。


 猫を飼ったことはない。飼いたいなと思ったのは黒猫のクロだけだ。

 クロのことを想うと、鼻の奥がツンとして、泣きそうになった。


「どうした?」

「……クロを、思い出して……」

「俺がクロだ。目の色は違うがな」

「クロ?」


 ぽつりと呟く。現実感がない。ここにクロがいるなんて。魔王になったなんて、信じられない。

 あのゲームでは、魔王の話は出てこなかったはずだ。1日しかやってないけど。


 今、あたくしの前にいる彼は、あたくしの前世の名前を知っている。


「あたくしは、あの冬の日、トラックにはねられましたの?」


「……ああ。俺は、お前のことを守ることができなかった。ずっと、お前のそばにいたかったが、人間に邪魔されてな、救急車を追いかけたが、力つきた」


 悲しそうな声音で言い、うつむく黒猫。


 寒い夜、あたくしが乗った救急車を走って追いかけるクロの姿が浮かび、涙が流れた。


「クロ」


 名前を呼び、あたくしが両手を伸ばすと、顔を上げたクロが飛び込んできた。その小さな身体を力いっぱい抱きしめながら、しばらく泣いた。

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