5.王都とサンドイッチ









「うわぁ……ここが王都フラッシュリアか……」



トーチ村から馬車で6時間ほど揺られたせいか、体のあちこちが凝り固まって少し気怠いが目の前に広がる景色にそれが一気に吹き飛んだ。

シャイニール王国の首都である、王都フラッシャリアは周囲を強固なそして純白色の城壁に囲まれた、言わば城郭都市である。

その普段は純白色の城壁が、今は夕陽に照らされて茜色に染まりとても美しくてファイは思わず息を飲んだ。



「どうだい、凄いだろ?いつもは純白色の清らかな聖女であるが、夕暮れ時は燃えるような真っ赤なドレスの情熱的な踊り子、夜は月に照らされ青白く光る幻想的な妖精、そして日の出には朝日を浴び黄金に輝く王女と例えられている!」


「これが"輝きの王都-フラッシャリア-“名物の1つ、”変幻へんげん城壁じょうへき”だ」


「……すごい、すごいよ!」



門に架かる吊り橋の途中で止まっていた馬車がまたゆっくりと走り始めたが、ファイはまだ興奮冷めやらぬ様子で荷台の前方から体を乗り出し段々と迫ってくる城壁をまだ見つめ続けていた。


この都市には東西南北にとても大きい門があり、それを通らないと入ることは出来ない。

通るためにも国から認められた者にのみ発行される通行証が必要であり、所持していなければ重装備に身を包んだ門番達に文字通りの門前払いされてしまう。

ファイはここ王都フラッシュリアにあるクロノス魔法学園に入学手続きをした際に予め通行証の発行を申請していており2週間ほど前には、度々王都に訪れるバーンによって手元に届いていた。



「通行証の提示をお願いします」



面甲を上に跳ね上げているため兜から山吹色の前髪が少しはみ出た重装備の青年兵士が爽やかな表情で王都に入ろうとする者の通行証の確認を行なっている。



「次、そこの馬車の人!通行証の提示をお願いします」


「俺たちの番だな」



バーンとファイは順番に通行証を渡し、それを兵士が隅から隅までを丁寧に確認していることから彼がとても真面目な性格なのだということがわかる。



「あなた方は何をしに王都へ?」


「俺は牧場に必要な道具の買い出しついでにこいつを王都に送り届けにな。明日からクロノス魔法学園に入学するもんで」


「ほぅ、クロノス魔法学園にですか。実は私クロノスの卒業生なんですよ」


「そうなんですか!?」


「えぇ、あそこは素晴らしいところですよ。魔法を学ぶための良い環境に、とても優秀な先生が沢山居ますからね」


「へぇー、それは今から楽しみです!」


「君もクロノス魔法学園の生徒になるのであれば、いい魔道士になるために頑張ってくださいね。それと、ようこそ!"輝きの王都-フラッシャリア-"へ!」






馬車が門を抜けてファイにとっては生まれて初めての王都に、そして全てが始まる出発の地へと到着したのであった。







「じゃあ俺は市場に行っちまうから、まずはこれから厄介になるルージュさんの知り合いに挨拶に行くんだぞ?」


「わかってるよ、バーンおじさん。ここまで運んでもらってありがとう」


「いいってことよ、俺がしてやれることはこれぐらいしかねぇからな。たまに王都に居るから何かあればいつでも頼ってくれよ」


「うん!わかった!」




市場へ向かうバーンと別れ、ファイは母であるルージュが書いてくれた地図を頼りに自分がこれから住むことになる下宿先の場所へと足を進める。

なんでもその下宿屋の大家が、母に恩があると言うトーチ村の出身者であり、安く住まわせてもらえるとのことなので、王都で暮らすために少しでも費用を抑えたい気持ちもありお世話になることにしたのであった。




「あれが”魔動列車まどうれっしゃ”……、こんな物まであるなんで王都はすごいなぁ」



魔道列車まどうれっしゃ”とは魔法を原動力として人を運ぶ細長い立体長方形型の乗り物である。車体の下には車輪が付いていてその車輪がレールの上を走ることで決められたルートしか移動できないが、王都の住人の日々の生活に欠かせない移動手段である。

魔道列車まどうれっしゃについては村の学校とルージュに聞いてある程度は知っているが、乗り方は切符が必要とか、その切符を何かに通して乗るとか聞いても良くわからなかったので王都に来てから誰かに聞こうと思っていた。

なのでその下宿先には歩いて向かうしかなかったが、そこまで遠い距離ではなく、それに王都の街並みを見て行きたかったためファイにとっては歩くのは全然苦ではなかった。





「えっと……あ!ここだ!”燈のランプ亭”」



ファイは初めて来た王都のまるで迷路のような複雑な路地に迷いながら、どうにか目的地である下宿先にたどり着いた。

建物の壁はレンガ造りでとてもおしゃれな外観で、入り口の上には少し年季が入った看板に店名が堂々と書かれている。またその看板の下にはこの店のシンボルとも言える立派な青銅色のランプがかけてあり、そのランプの中には小さい火が微かに淡く揺らめいているように見えた。



入り口のドアを開けると店内に爽やかな鐘の音が広がり、来店者に気づいた店の従業員らしき女性が入ってきたファイの方を振り向き満面の笑みを浮かべた。


「いらっしゃい!ご注文は?当店名物”燈サンドイッチ”はいかが〜?パンはカリカリ、中の具はジューシー、一度食べたら病みつきになること間違いな…」


「すみません、客じゃないんです。ここの店主のリュミエールさんって居ますか?」


「んん?リュミエールは私だけど……あぁ!アンタがファイか!そう言えば今日来るって手紙に書いてあったっけ」



肩までの長い緋色の髪が、料理を作る時に邪魔にならないように深緑色のスカーフで後ろに縛るように纏めていて、そのスカーフには綺麗な刺繍が施されている。

さっきまで水仕事をしていたのか、それとも料理をしていて厨房が暑かったのか着ている白いシャツの両方の袖がまくり上げられ、水々しい肌の腕があらわになっている。



「改めて私は"カルラ・リュミエール"。ここ

"燈のランプ亭"の主人だよ。これからよろしくお願いね、ファイ♪」


「ファイ・フレイマーです。こちらこそよろしくお願いします」


「長い移動で疲れたでしょ〜?そんな時は当店名物の"燈サンドイッチ"がオススメだよ!疲れなんて吹っ飛んじまうからさ!」


「本当ですか?じゃあ1つください。えっと、いくらですか?」


「毎度あり!……あー、今日はお代はいいよ。お試しってことでサービスしとくからさ」


「本当ですか?ありがとうございます!」


「その代わり美味しかったら、次回からはドンドン注文しておくれよ♪」



カルラは厨房に向かうと、慣れた手つきで手際よく調理し始めた。

フライパンを熱した後あと、こちらから死角になっていて全然見えなかったがカルラの動作で冷蔵庫からいくつかの材料を取り出したのだとわかった。

その材料を順番にフライパンに放り込んでいくと、ジューっと音と共に香ばしいいい匂いが厨房からファイの座っているカウンターの席まで漂ってくる。


チンッ!


ファイの目の前のオーブンが音を鳴らす。それを聞きつけてカルラがオーブンで焼いておいた熱々のパンを取り出し、先ほどのフライパンで調理した具をパンに挟み、斜めに包丁を入れて皿に盛り付ける。



「ハイ、お待ち!当店名物”燈サンドイッチ”だよ!!」



ファイの目の前に当店名物と言われている"燈サンドイッチ”が運ばれてくる。

適度な狐色になったパンに挟まれた、赤、緑、黄色の野菜らしき物と香ばしく焼かれた鶏肉がソースに絡められてキラキラ輝いている様はまるで宝石のようで見てるだけで空腹のせいか、自然とヨダレが流れそうになってくるのを抑えるので必死になっていた。



「冷めないうちに召し上がれ♪」



「では……いただきまーす!!」



早速一口かぶり付く。するとカリカリのパンの食感と同時に、食べやすい大きさに切られたジューシーな野菜と鶏肉が甘辛いソースという波に運ばれて口の中に一斉に流れ込んでくる。



「………っ!?!?」



ファイはそのひと口で確信した。

サンドイッチは、今まで母親のルージュに何回も作ってもらったことがあった。ルージュの作るサンドイッチは野菜とハムを少し酸味が効いたドレッシングで和えたものをオーブンで焼いたりしないパンで挟めるシンプルな一品である。勿論美味しくて、それが今までサンドイッチの中では1番だと思っていた。

しかし、その1番が変わってしまうほどの衝撃を受けた。



「うまいっ!なんだこれ!?美味すぎる!!」



その衝撃を機に二口、そして三口と勢いよく頬張る。口の周りにソースが付くのも気づかないほど無心で口に運ぶ様はとても上品とは言えないが、そんな事は気にならないぐらいに美味しいのだ。

流石は王都だレベルが違うぜ。



「あははは、そんなに美味しいかい?そんな必死に食べてもらえると作った甲斐があったってもんだね」



食べ終わってしまった。あれだけ勢いよくかぶりついたのだ、無理もない。

ファイは自身の違和感に気づき、持っていたハンカチで急いで口の周りのソースを拭き取ったが、一心不乱に食べる姿をカルラに見られていた事が少し恥ずかしくなった。



「ふぅ……ごちそうさまでした。本当にうまかったです!」


「だろ?アンタもこれでうちの名物の虜だね。次回のご注文、楽しみにまってま〜す♪」



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