第2話『変わった変わらぬ日常②』

──クエストを開始します。準備してください。──

 アナウンスが聞こえる。事務的な無機質で機械のような音声が脳に直接語りかけてくる。

──プレイヤーの参入を確認、データを記録します。2022・09・20・18・11。4人のプレイヤーを確認。

*ヤッギー:Lv85、オンハンド=アサシン、オフハンド=アサシン。

*ユージ:Lv81、オンハンド=サムライ、オフハンド=サムライ。

*リンリン:Lv85、オンハンド=シールダー、オフハンド=シールダー。

*マイマイ:Lv82、オンハンド=ガンナー、オフハンド=ガンナー。

4名の記録を完了しました。──

──クエストを開始します。3・2・1・開始。──


 脳に直接語りかけて来た声は消え、辺りには静寂が訪れる、辺りは深い森の中。………いや、静寂とは少し訳が違うか。確かに音は聴こえない、空気が鼓膜を震わせない。

 音は聴こえない、聞こえないのだが何かザワザワしている。何かの、何からの殺気のようなものが皮膚を刺す、そんな感覚に襲われるのだ。

 改めて四人は心を奪われる、このゲームのリアルさに。視覚、聴覚をだけでない、五感全てが繊細な程に伝わってくる。まるでと錯覚する、これがORの真髄である。

 ORの話から四人の話に戻そう。

 四人とも変わった所があるが、どう変わっているか説明したい。

 まず、名前が変わっている。萩原はヤッギー、坂上はユージ、出水はリンリン、浅倉はマイマイ、といったように。これは所謂ニックネーム、ワンオブレジェンズでのプレイヤー名である。

 見た目の方だが、元の姿からアバターに変更されたようだ。

 ヤッギーのアバターは猫人族を元に作られている。体格、顔つきこそ同じだが耳が上に有り、尻尾が生えている。なぜヤッギーが猫人族にしたのかは簡単な理由だ、可愛いからである。ただし、その猫耳は黒を基調としたアサシンローブのフードの中に隠れてしまっている。

 リンリンのアバターは鬼人族である。ヤッギーと違い、見た目にはさほど変化がない。頭から片角が這えていて、肌の色が少し色が濃くなったように見えるだけだ。重そうな鎧を軽々と着こなし、両手に盾を装備している。

 ユージのアバターはただのヒューム、倣人族よりびとぞくである。上半身は鉄色(この場合は深めの緑色)のジャンパーを着。下半身は侍甲冑の胴より下、つまり草摺くさずり以下のみを着けている。どうにも謎な着こなしかたをしているが、背中に背負っている大太刀が格好いいので、なんかかっこ良く見える。

 マイマイのアバターはエルフ、妖人族。耳が長く、肌が白いところが特徴だが、マイマイは元から肌が白いから、本当に変化がない。ファンタジー空間には不相応のグレーのパンツスーツを身に纏い、両脇に拳銃えものを携えている。

 アバターは種族を選べるのだが、基本の形は自身の肉体なので、末端の形が変わるだけで、特に大きな変化はないようだ。種族といっても名ばかりである、見た目に関しては。

──ガサガサ、ガザザザ──木葉か草か、何かが揺れる。するとそこらじゅうから、同じ音が聞こえるようになった。


「敵を視認できたらリンリン、挑発よろしく。」

「OK。」

「ユージは………いつも通り暴れて。」

「ンシャァアー!!」

「マイマイ、ユージのフォローよろしく。」

「久々に、ぶちまけて差し上げましょう。」

「私は……いつも通りだねぇ。来るよ。」


──ガサガサバシュッ!──飛び出したるは狼。全長1.3M、葉や枝、泥で白の毛皮を覆いながら突っ込んでくる。先陣が5体、それを追うように8体の狼が、その野性味溢れる牙と爪を使い襲ってくる。

──バンッバンバンッバンバンバン──開戦一番に手を出したのは、マイマイ。右手にグロック17、左手にS&W -M27が握られ、銃口から硝煙が立のぼっている。

 打ち出された十発中五発の弾丸は、先陣の全狼の眉間に命中する。狼の体は重心を軸に、後ろへ吹き飛ばされた。

 後続の8体は、その死体をものともせず進む。眉間を貫かれ、土に叩き付けられ、赤い血だまりを作った仲間の死体、それをただの肉塊とし、『邪魔だ』と言わんばかりに無造作に足蹴にする。四人は改めてゲームだと感じた。

 数の減った狼。しかし、その勢いは衰えなかった。

 マイマイはすかさず射撃を行う。残りの六発、全弾撃ち込む。しかし、当たらない。撃ち込んだ瞬間、8体は左右へ別れていたのだ。回り込もうという魂胆だろう。

 その判断は正しい。

 ………が、巧くいくのとは別の問題である。


「アトゥラァクトゥ!!」


 武器〈盾〉のスキル。一定の距離の敵のヘイトを一定の時間、スキル使用者に集めるスキル。集団戦闘で役に立つスキルである。ジョブがシールダーなので盾のスキルを使用できるのだ。

 スキルにはエフェクトタイム(効果時間)、クールタイム(使用可能までの時間)があるので、上手いこと組み合わせて戦う事が勝利の鍵となるのだ。

 スキルは星1~5まであるが、それぞれレベル10まで鍛えれるので、星5のスキルを獲得するより先に低星のレベルをあげる方が強い。因にだがオンハンド(利き手)に持っている武器は星1~5を、オフハンド(逆手)の武器は星1~3を使用できる。ジョブにスキルは無く、武器にスキルがあるのだ。

 リンリンはオンハンドジョブと、オフハンドジョブがどちらもシールダーでどちらも盾(中型)を装備している。これは最も防御力に長けた組み合わせの1つである。

 アトゥラァクトゥを受けた狼は蛇行などをせずに真っ直ぐ突っ込んでくる。

 狼がリンリンを襲う。リンリンは二つの盾を地面に擦りながら8体全てを受け止めた。

──ガチュルェガルルルガチャガチュグギャガルルル──盾と盾の間に顔を押し込もうとする狼。少しでも盾を持つ手を緩めたら、鋭い牙の餌食となるだろう。口からの獣臭、それが恐怖を助長する。


「うへー、臭い」


 ……言うほど恐ろしがっていないように見えるのだが?

 狼を体から離そうと盾を奥の方に押し出す。


「チャージング!」


 右の盾を軽く持ち、一瞬で後ろまで引く。左手の盾を地面に突き刺し、左手をフリーにする。左足を前に踏み出して、腰を捻りながら左手を左脇腹に引いて……右手の盾でぶん殴る!!

 この動作を一秒以内で行うことによって丁度半分、4体を前方に飛ばすことができた。

 かなりのダメージが入っただろうか、飛ばされた狼は鈍い動きで起き上がろうとする。

 さて、先ほどと打って変わって4体の狼は動きが鈍い。この後どうなるか解るか?こうなるんだよ。

──バンバンバンバン──銃声が四回、狼は動きが鈍くなっているので避けられない。それぞれを弾丸が襲うのは不動の事実である。眉間と心臓、それぞれがどちらかを撃ち抜かれた。ほぼ即死だったであろう。

 このゲームはHPと攻撃力の数字的概念は有るもののあまり参考にならない。急所を突けばレベル差があっても即死させたりでき、同じ武器、同じスキルでも当て方によってダメージ量が違う。ただ、HPが0で死ぬという事は変わらない真理だが。

 まあ、一つ言える事が在るならば、このゲームはかなりリアルに作られている、という事だ。


「終わりました……。」

「おぉ、終わったか。」

「そちらは?」

「ああ、おw」

「楽勝だったぜ!!」


 ユージがリンリンの言葉を遮る。彼らの足元には鋭利な刃物で斬られた狼が散らばっていた。


「言葉を被すなっての。」


 ユージの頭を軽くチョップする。


「イテェ!」

「何すんだよ!」

「チョップしただけだが?なにか悪いか。」

「こいつぅ。」


 フフフっと笑いを漏らすマイマイ、それつられリンリンとユージも笑う。周囲の状況は微笑ましくないが微笑ましい。


──「楽しんでいるところすまんけど、ヤバい数の敵が来るから準備しといて。あと狼、一体生きているから注意ね。」──


 音声チャットからヤッギーの声が聴こえてくる。今、彼女は何処に居るのだろうか?

 そんな疑問より………。


「生きているってマジ?」

「トドメを指してあげなければなりませんね。」

「じゃあ、それはアタッカーの二人に任すわ~。」


 唯一生き残った狼、マイマイが心臓を貫いた奴だ。

 リンリンは大太刀を狼の首もとをめがけて降り降ろす。

 グシャァアーっと音を立て狼の頭が胴から離れた。今度こそ死んだだろう。


──「おわった?それなら逃げるよ。」──

「はっ?!」

──「いやぁ~、本当に数が多いから、そこじゃ無理。」──


 ターンレフト。半回転をし、そそくさと逃げる。

 取り敢えず森を抜ける。

 森を抜けた先の廃城を目指して逃げる。

 最前をユージ、最後をリンリン、その間にマイマイといった体で逃げる。


「追い付いた。」

「うぉわー!!急に存在を出すなヤッギー!」


 ユージの真横に、いつの間にかヤッギーが居た。まるで夜中のもやのように存在感が無かったのである。

 それはヤッギーのジョブ、アサシンの武器のスキルである。



 戦いは熾烈であった………あれ?熾烈でいいのか……あれ。

 狼が24体、ゴブリンが13体、オーガが3体、そしてリッチが1体。リッチ、こいつが今回のボスだろう。

 まず始めに、リンリンが、


「アトゥラァクトゥ!」


 敵を挑発し引き付ける。


「スキル:レティクルを起動。スキル:クイックショットを起動。スキル:メタルピアスを起動。スキル:リロードマスターを起動。」


 急所を鮮明にし、射撃速度を加速させ、弾の貫通力が上昇し、装填速度を加速させる。殺気大のスキルコンボでござる。


──ババババッバババンバンバンババババンバババン──

「リロード」

──バンバンババッバッバッババンバババババンバンババン──

「リロード!」

──バッバババッバンババンッバンババババババババン──

「リロード!!」

──バッバババッバンババッバッババンババンッバンバババン──


 六十四発を約十秒で撃ちきる。マズルフラッシュが凄い、取り敢えず凄い。

 えものの砲身は赤く紅潮し、肉が美味しく焼き上がりそうな勢いであった。ただ、ゲームなのでグロック17の砲身(樹脂が使われている)は溶けていないようだ。

 六十四発もの弾丸は無数の弾幕を形成する。

 当たりゃぁ、もれなくミンチよ。

 結果、一ターンで狼を19体、ゴブリンを10体葬る形となった。

 今回ばかりは、戦闘とは名ばかりな戦闘だ。蹂躙と言った方がよいか?

 ともかく相手の戦力を削ぐことはできた。


「ヤッギー、ユージ!」

「よーーし!」

「行っくよぉー」


 アトゥラァクトゥの効果はまだ残っている。そのため、モンスターは全てリンリンに向かっている。

 やはり!というか、だろうと言うべきか。奴らには味方の死体なんぞに払う敬いなど、毛頭もないのだろう。

 死体を蹴り飛ばしながら向かってくる。

 リンリンの号令を聞き、二人は飛び出す。

 装備も肉体も軽いヤッギーは兎も角、装備の重いユージがヤッギーと同じ速度で飛び出せたのは。いや、、と言った方がいいかな。

 リンリンの前方でハイタッチをしながら交差する。

 交差直後に敵を穿つ。狼が3体、ゴブリンが1体御亡くなりになった。

 残る敵は狼が2体、ゴブリンが2体、オーガが3体、リッチが1体だ。残った狼・ゴブリンはほとんど瀕死。オーガは少しダメージを受けており、リッチは無傷である。


 「(あのリッチに対して物理攻撃は無意味か……。)」

 「ユージ、オーガ2体よろしく。」

 「じゃあ、狼を殺っといてくれや。」


 コクリと頷いたヤッギー、未だリンリンの方に殺意を向ける狼に近寄った。

 流石にここまで近付くとアトゥラァクトゥの効果よりヤッギーの存在感が大きいようだ。

 素早く、身を翻して2体の狼がヤッギーを襲う。片方が空へ飛び上がり、もう片方は極限まで低い姿勢でヤッギーの首と足元を狙う。

 2体はガブリと噛みついた!ように見えた。だが、実際は違う。あと1歩、牙のほんのちょっと先にヤッギーは居た。触れてすら、いなかったのだ!


「首刈り……!」


 宙に舞うは2つの首、くうを描いた唐紅、斬光が天中を交う。狼は絶命した。

 その一方、ユージがオーガ3体を引き留めていた。太刀で攻撃を受け流し、技でダメージを相殺する。体を捻って、曲げて、跳ねらして……。それはまるでそう、演武の域であった。

 オーガはユージに留まらせられ、狼はたった今死んだ。では、ゴブリンとリッチはどうしているのか?

 リッチは高みの見物と洒落混んでいて、離れた所から動かない。ゴブリンは、今、胴から首が離れて死んだ。

 今現在驚異となるのはオーガ3体だ。


「(アトゥラァクトゥの効果消えそう。)」

──「アトゥラァクトゥ効果、消えそうなんだけど、追い発動する?」──


 チャットからリンリンの声が聞こえる。その返答は全て…


「いらない」

「いらん!」


 必要ない、だそうだ。


「リンリン………。なんかドンマイ」


 マイマイが意味の分からない励ましを行う。


「励ましの意味が分からん!」


 盾を地面に突っ刺したまま、リンリンはマイマイの武器の点検を手伝っている。

 マイマイの武器は本来、あれほどの連射を想定してない。なので少し点検に時間がかかるのだ



3体のオーガのうち2体がヤッギーの不意打ちにより死亡、残り1体はユージが首を切り落として絶命。

 残りはリッチのみだ。


「王手」

「チェックメイト」

「終わり」

「勝ち確」


 四人はリッチを指差し言い放つ。次はお前の番だ。

 リッチの周囲の黒い靄がさらに濃くなり濃くなり、周辺を覆う。すると何処からともなく、モンスターがやって来た。そいつら全ての目はやはり、四人を狙っている。数は今までの比ではない数十?いや、百数十体だ。絶望的な状況を前にして四人の心は折れもせず、むしろ期待や興奮に呑まれていた。

 さあ、第二ラウンドのスタートだ。

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